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2013.05.29 Wednesday

放影研の「黒い雨」に関する見解を批判する 沢田昭二

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    2013年5月


    放影研の「黒い雨」に関する見解を批判する
    市民と科学者の内部被曝問題研究会
    理事長 沢田昭二


    沢田昭二_放影研の「黒い雨」に関する見解を批判する (14ページ,1004KB,pdf)

    目次
    はじめに
    1.被爆者どうしを比較する放影研の欠陥
    2.原子雲の形成と放射性降下物
    3.放射性降下物による被曝影響
    4.生物学的方法による放射性降下物による被曝線量推定
    おわりに


    はじめに
     放射線影響研究所(放影研)は、その前身の原爆傷害調査委員会(ABCC)の寿命調査(Life-Span-Study、LSS)集団と呼ばれる被爆者に、ABCCが1950年頃に「黒い雨」に逢ったかどうか質問して、「Yes」と答えた被爆者と「No」 と答えた被爆者について、固形がんと白血病の死亡率と罹患率を比較する研究をしました。その結果、「Yes」と「No」の両集団の間に差が認められなかったので、2012年12月8日、「黒い雨」の被曝影響がなかったと見解を発表しました。しかし、「黒い雨」の被曝影響がなかったという放影研の見解には論理の飛躍があります。得られた結果は、「黒い雨」に逢った被爆者も,逢わなかった被爆者も、放射性降下物によって同じ被曝影響を受けたことを示しているとすべきです。放影研の見解は、従来から一見「科学的」装いを採りながら、その実、放射性降下物による被曝影響を無視し、内部被曝の影響を隠蔽し続ける非科学的な姿勢をとり続けていることを示したものです。

    1.被爆者どうしを比較する放影研の欠陥
     被爆者の被曝影響を研究する疫学研究では、本来全く原爆放射線に被曝していない非被爆者集団を比較対照群(コントロール)に設定して被爆者と比較しなければならなりません。ところがABCCとこれを引継いだ放影研の疫学研究では、初期放射線による被曝影響を無視できる遠距離被爆者と、原爆の爆発後に市内に入った入市被爆者を、比較対照群としてきました。これでは被爆者どうしを比較することになります。この問題は、1977年に市民と科学者が協力して東京、広島および長崎で開催したNGO被爆者問題国際シンポジウムにおいても指摘されました。1983年、放影研の疫学研究における比較対照群設定の問題を最初に科学的に明らかにしたのが、昨年来日して各地で講演して下さったブレーメン大学のインゲ・シュミッツフォイエルヘーケ教授です1)。彼女は、NGO国際シンポジウムの報告を聞いたことをきっかけとして、放影研のLSS集団2)の比較対照群とされていた1965年暫定被曝線量(T65D)による初期放射線被曝線量90 mSv以下の遠距離被爆者集団と入市被爆者集団の各種障害の発症率と死亡率を日本人平均と比較して相対リスクを求めました3)。彼女の研究によって、放影研の比較対照群とされた遠距離被爆者も入市被爆者も、共にかなり被曝しており、比較対照群として設定してしてはならないことを初めて科学的に明らかにしました。
     こうした批判を受けたことと、疫学研究においてポワソン回帰分析法が開発されたことを用いて、1990年頃から放影研の疫学研究では、遠距離被爆者を直爆被爆者に組み込み、1986年原爆放射線被曝線量体系(DS86)による初期放射線被曝線量の 0〜0.005 Svの区分に組入れて、直爆被爆者に関するポワソン回帰分析法による疫学研究をおこなっています。この方法で放影研は確率変数(グラフの横軸)として初期放射線被曝線量を用い、回帰分析法によって求めた回帰直線上の被曝線量ゼロの点の各種の障害の発症率や死亡率を求めて、被曝していない集団の発症率や死亡率とし、相対リスクや過剰相対リスクを求めています。



    図1 シュミッツフォィエルハーケによる放影研比較対照群
    遠距離被爆者(●印、0-90 mSvグループ)と入市被爆者(○印)の日本人平均に対する相対リスク

     しかし、確率変数として初期放射線被曝線量を選ぶ限り、放射性降下物による被曝影響を取込む余地はありません。広島の爆心地から2.75 km以遠、長崎の爆心地から2.95 km以遠の遠距離被爆者はすべて、初期放射線被曝線量によって区分された0〜0.005 Svの区分(平均値0.0025 Sv)に一括して区分分けされます。回帰分析によって求めた回帰直線上の初期放射線被曝ゼロの点は、遠距離被爆者の区分の平均値0.0025 Svの点とほとんど重なっているので、求めた被曝線量ゼロの点の発症率や死亡率の値は、遠距離被爆者の発症率や死亡率と等しくなります。こうして求めた初期被曝線量ゼロの時の発症率や死亡率、すなわち、実質上ほとんど遠距離被爆者の発症率や死亡率を用いて、様々な障害の相対リスクや過剰相対リスクを求めているので、放影研の疫学研究は、現在でも「被爆者どうしを比較している」という欠陥を実質上引きずったままです。

    2.原子雲の形成と放射性降下物
     放射性降下物による被曝影響を考えるには、原子雲のつくられ方を理解することが決定的に重要です。放影研が2012年12月に発表した「残留放射線に関する放影研の見解」では、「爆発に伴う高温で一旦気化した後、再冷却の過程で微粒子になり高空に広く拡散しました」と記述しています。もっとお粗末なのは、国際放射線防護委員会(ICRP)の委員で原爆症認定訴訟の国側の証人として意見書を書いた科学者たちです。彼らは、放射性降下物には放射性物質があまり含まれていないことを主張しようとして裁判所に提出した提出した意見書に、放射性物質は原爆の爆発で飛び散ったという珍論を書いています。
     原爆の核分裂の連鎖反応でつくられた放射性物質は、連鎖反応が終わる100万分の1秒以内には、まだ飛び散る暇もない原爆容器の中に閉じ込められていました。爆弾容器を貫いて放出されたガンマ線によって、爆弾容器を中心にしたプラズマ状態の火球がつくられ、放射性物質は火球の中心部に集まっていました。火球の急上昇に伴って、放射性物質も急上昇して急冷却し、放射性微粒子になって大気中の水分を吸着して水滴の核になり、原子雲をつくりました。すなわち、原子雲の雨滴が、放射性物質を閉じ込めていました。原子雲の中央部の雨滴は大きくなって、対流圏と成層圏の境界の圏界面(地上約1万m)を突き破って成層圏に達しました。原子雲の中央部から降下した雨は、雨滴が大きく放射性降雨になって地面に降下しました。これが「黒い雨」と呼ばれる放射性降雨です。他方、原子雲の周辺部の雨滴は小さく、圏界面に達するとそれ以上上昇する力もないので、下からの上昇気流に押されて水平方向に広がりました。小さい雨滴の大部分は、降下中に水分を蒸発させて元の放射性微粒子になり、この放射性微粒子が広がった原子雲の下に充満しました。原子雲の下の広い範囲の被爆者が、気づかないまま、この放射性微粒子を呼吸や飲食で体内に摂取し、放射性微粒子は体内で放射線を放出して内部被曝をもたらしました。
     火球の膨張で、火球表面にショックフロントと呼ばれる圧縮大気がつくられ、原爆爆発約100分の1秒後、火球の膨張速度より衝撃波の伝搬速度が大きくなったとき、ショックフロントは衝撃波となって火球から離れて伝搬していきました。爆心地から1 kmでは、衝撃波は1平方メートルの面積に約10トンの圧力を瞬間的に与え、衝撃波の圧力と大気圧との圧力差によって秒速160 mという猛烈な爆風がつくられました。木造家屋は、原爆の衝撃波によって分解され、爆風によってなぎ倒されました。次いで衝撃波の低圧部分は爆心地向きの爆風を発生させました。その結果、爆風による大気の正味の移動はそれほど大きくなりませんでした。放射性物質は火球に含まれて急上昇していたので、爆風で飛び散ることにはなりません。さらに原子雲の水滴に含まれてかなりの部分が放射性降下物になりました。もちろん原子雲の水滴が上空で蒸発して放射性微粒子は全地球上にも広がりました。

    3.放射性降下物による被曝影響
     これまで放射性降下物による被曝線量は、放射性降雨によって地表を流れ去らないで地中に浸透し、原爆投下後に起こった火事嵐に伴う強い火災雨と2度の台風による洪水によっても流失しないで地中に残された放射性物質からの放射線の測定に基づいています。元々放射性降雨が強いほど地表を流れ去っているので、測定値が、放射性降雨の量すら反映しているかどうか疑問です。
     広島原爆では原子雲の中央部からの強い放射性降雨の降雨域は、爆心地から北西方向であることが被爆者からの聞き取り調査によって明らかにされています。図2は様々な調査の中で、最近の調査によっても裏付けられている増田善信氏による降雨域を示しています。この強い降雨域の主要部分は、被爆後に発生した爆心地から約2 kmにわたる広島市全域の大火災に伴って生じた激しい火災雨の降雨域と重なっており、放射性物質の大部分は流失しました。川や池で魚や蛙が死んで浮いてきたという被爆者の証言は、火災雨の前の強い放射性降雨の影響を伝えています。また、9月と10月に台風が広島を直撃し、大洪水によって多くの橋が流失するなどの大災害を起こしましたが、放射性物質の大部分も押し流されました。高須地域は弱い放射性降雨域に相当し、火災雨があまり降らず、洪水の影響も小さかった地域です。
     仁科芳雄博士らが日本政府に命令されて、原爆であることを確認するために8月9日に広島市内28カ所の土壌を採取しました。瓶に保存されていたこの土壌からの放射線を広島大学の静間清博士らが測定しました。その放射線の強さが図2に1から28の資料番号を囲んだ円の大きさで示されています。日本政府や放影研が、最大の降下物の線量であると主張するのは爆心地から西南西約4 kmの高須地域(図2の資料番号12地点)です。ところが、図2の資料番号7の地点(爆心地から西南西 2 kmの西大橋東詰め。放射線の強さを表す円は1/20に縮小して示されている)は、資料番号12の地点の19倍の放射線を放出しました。仁科資料は、放射性降下物の最大の地域が高須地域でその他の地域は無視できるという政府の主張が誤りであることを示しています。この資料番号7の地点では、その後の台風の洪水の後には強い放射線が測定されなくなっています。このことは台風の洪水後の測定では放射性降下物の線量推定ができないことを示しています。


    図2 広島原爆の放射性降雨域(増田雨域)と仁科資料の放射線測定結果

     長崎原爆はプルトニウム原爆であったために、地中に残留したプルトニウムの測定によって放射性降雨域が明確になっています。その結果は図3に示したように、爆心地から東約3 kmの西山地域に大量に放射性降雨が降り、西山地域から東に南北の幅3 km〜5 kmで伸びた帯状の地域が放射性降雨域になっています。
     広島と異なって、長崎では爆心地が長崎市の中心部よりかなり北にずれ、火災域は広島の4分の1以下で、放射性降雨によってもたらされた放射性物質の火災雨による流失は避けられて、西山地域の測定値が広島原爆の10倍以上となったと考えられます。
     ところで、放射性降雨が降下中に水分を蒸発させて原子雲の下を充満していた放射性微粒子による内部被曝による被曝線量は物理学的測定では測れません。そこで、生物学的線量評価が重要になります。その中で最も重要な方法が急性症状発症率を解析する方法です。


    図3 プルトニウム測定による長崎原爆の放射線降雨域

    4.生物学的方法による放射性降下物による被曝線量推定
     放射線による急性症状の発症率は動物実験によって被曝線量に関する正規分布をしていることが知られています。私は脱毛発症率の被曝線量に関する正規分布を求め、これを用いてABCCの調査した脱毛発症率を解析して広島原爆の初期放射線による被曝線量と放射性降下物による被曝線量を求めました4)。その結果、図4に示すように、初期放射線による被曝線量は爆心地からの距離とともに急激に減少し、爆心地から1.2 kmの地点で放射性降下物による被曝線量と交差し、それより遠距離では、放射性降下物による被曝線量が圧倒的になります。放射性降下物による被曝線量は、爆心地から5 km〜6 kmで全方向について平均して約 0.8 Sv の一定値となることがわかりました。日本政府や放影研が主張する高須地域の放射性降下物による被曝線量の40倍ないし130倍が原子雲の下の広い地域での被曝線量です。


    図4 ABCCの脱毛調査結果に基づく広島原爆による放射線被曝線量

     さらに、放射性降下物による被曝影響が主に内部被曝によることを、下痢の発症率と脱毛や紫斑の発症率と比較することによって明らかにできます。於保源作医師は広島の被爆者の急性症状発症率を、屋外被爆であるか、屋内被爆であるかによって、また3ヶ月以内に爆心地から1 km以内に出入りしたか、しなかったかに区分して調査しました。これらの調査結果の中で、屋内被爆者で3ヶ月以内に爆心地から1 km以内に出入りしなかった被爆者の脱毛、紫斑(皮下出血)、および下痢の爆心地からの被爆距離ごとの発症率を図5に示しました。初期放射線による被曝線量が大きい爆心地から1 km以内では、下痢の発症率が脱毛や紫斑の発症率より小さく、放射性降下物による被曝が主になった1.5 km以遠では、逆に下痢の発症率は脱毛や紫斑の発症率の3倍〜4倍になっています。初期放射線による外部被曝では、透過力の強いガンマ線や中性子線が腸壁の細胞に到達できます。透過力が強いということは、疎らな電離作用によって通過距離に対するエネルギーの損失が少ないためです。到達した透過力の強いガンマ線や中性子線は、薄い腸壁細胞に疎らな損傷を与えて通過してしまうので、下痢を発症させるためにはかなりの高線量でなければなりません。これに対し、遠距離では放射性降下物を呼吸や飲食によって体内に摂取し、内部被曝を受けます。内部被曝では、透過力の弱い放射線が集中した電離作用によって腸壁細胞に損傷を与えるために、容易に下痢を発症させます。
     


    図5 於保調査による広島の屋内、爆心地出入り    図6 於保調査のの脱毛、紫斑、下痢の
       なしの被爆者の脱毛、紫斑、下痢の発症率       発症率による広島原爆の被曝線量


     脱毛(□印)、紫斑(○印)および下痢(△印)の3種の異なる急性症状の発症率の爆心地からの距離による変化を図5の曲線のようにフィットさせる初期放射線量と放射性降下物による被曝線量を求めると、図6のようにほぼ3種の急性症状に共通した被曝線量を求めることができます。この結果は脱毛も紫斑も放射性降下物による被曝が、下痢と同様に主に内部被曝であることを示しています。
     2012年10月に広島大学原爆放射線医科学研究所(原医研)の大瀧慈教授らは、広島県居住の被爆者を広島県民の非被爆者を比較対照群にした研究によって、図7に固形がん死亡超過リスク(err)を示したように、爆心地から東側(青色)も西側(赤色)も、また屋外被爆(△印)も屋内被爆(○印)も、点線のように、爆心地から1.2 km〜2 kmの範囲でほぼ一定値の約0.20 すなわち約 20%多いことを示しています(ERRは超過相対リスクExcess of Relative Riskで、被爆者の死亡率を非被爆者の死亡率で割った相対死亡リスクRelative Riskから1を引いて求める)。図7のerr(25, 75)は図に示された誤差棒が25%から75%までの信頼区間であることを示しています。この結果から、大瀧教授らは、1.2 km〜2 kmの被爆距離では、被曝影響の70%以上は初期放射線以外によるという結論を出しています。大瀧教授らの研究は継続して遠距離の err を計算中です。

       
    図7 原医研による広島被爆者の固形がん超過死亡相対リスク(err)
    [原爆被爆者の直爆者における固形癌の超過死亡危険度に関して,
    初期被爆線量以外で説明せざるを得ない寄与率は,
    被爆距離が1.2km以上(88.3%が該当)の場合,
    少なくとも70%以上である。]

     図8の緑色の破線で示したように、初期放射線被曝線量は約爆心地から1.2 kmの1.5 Svから急激に減少して2 kmでは0.04 Svと約1/40になっています。これに対し、放射性降下物による被曝線量は、図4と図6に示したように爆心地から1.2 kmの1.5 Sv から一旦やや増加した後に減少して、2 kmでは1.4 Svとほとんど一定です。放射性降下物による被曝線量と初期放射線を加えた全被曝線量を図7に描くと赤い実線曲線と赤い破線曲線になります。赤い破線の曲線は固形がん超過死亡リスクの振る舞いとで描くと初期放射線被曝線量を大幅に上回って1.6 Svから1.7 Svにやや増加して再び1.6 Svになり、ほぼ一定であることと一致しています。また、図2に示されているように、「黒い雨」があまり降らなかった爆心地の東側と、「黒い雨」が強く降った爆心地の西側とで、過剰相対死亡リスクにあまり違いがなく、また屋外被爆と屋内被爆の間にあまり違いがないことは、「黒い雨」すなわち放射性降雨と放射性微粒子による被曝にあまり差がないか、「黒い雨」に逢った被爆者も逢わなかった被爆者も、放射性微粒子の摂取による共通した内部被曝影響を受けた可能性を示唆しています。


    図8 原医研の固形癌死亡超過リスクと脱毛発症率による被曝線量の比較

     放影研は2012年12月に、ABCC調査によるLSSの「黒い雨」に逢ったという質問に「Yes」と答えた集団と「No」と答えた集団について、固形がんと白血病の死亡率の比較をして、死亡率に差がなかったので放射性降雨による被曝影響はなかったと発表しました。表1はその中の1962年から2003年の間の固形がんによる死亡数、死亡率およびERRです。表1のERRは「No」と回答した集団の死亡率を基準にして、これに対する死亡率を比較した相対リスク(Relative Risk)から1 を引いたものです。当然「No」の集団のERRは0となります。表1にある「Yes」の集団の死亡率を「No」の集団と直接比較するとERRは 5%になりますが、被曝線量ごとに「Yes」と「No」を比較した結果が表のように 0になったと差し当たり理解しておきましょう。この放影研の結果は、これまでの放影研の被曝影響の研究と同様に被爆者どうしを比較したものであることを考慮しなければなりません。図4に示されているように、初期放射線がほとんど到達しない爆心地から2 km〜5 kmの広島の被爆者は「黒い雨」に逢った被爆者も逢わなかった被爆者も共に平均的に1Sv近くの被曝をしています。したがって、「Yes」の集団も「No」の集団も、全く被曝をしていない集団と比較してERRを求めるべきです。今回の放影研の「Yes」と「No」の集団の固形がん死亡率がほぼ等しいという結果は、「黒い雨」に逢った集団も、「黒い雨」に逢わなかった集団も、放射性降下物の放射性微粒子による内部被曝を受けていることを示したとするべきです。

    表1 1963年−2003年の固形がん死亡数、死亡率および超過相対死亡リスク(放影研)


     さらに長崎の「Yes」と答えた集団の固形がん死亡のERRが30%となり、その95%信頼区間(4 %, 59 %)が完全にERRのプラス領域に入っていて、統計学的に有意となっています。放影研見解では死亡数100人が少ないとして、得られた結果を否定していますが、統計学的に有意なものを否定するのは科学的とはいえません。図2に示されているように長崎の放射性降雨域は爆心地の東約3 kmの西山地域から東に伸びた帯状の地域で、その他の方向には放射性微粒子しか降下していません。そのため、旧長崎市内でLSSに加わっていて「Yes」と回答したのは西山地域だけで、その他の地域の人は「No」と回答しています。その西山地域は図2に示されているように、放射性物質が他の地域より遥かに多く集中して被爆後も堆積し続けた地域です。
     最近の原医研の研究では、広島の爆心地から1.2 kmから2 kmまでの地域の固形がん死亡のERRの平均値が約20%であるので、これを広島と長崎で「No」と答えた集団の非被爆者に対するERRとすると、「Yes」と答えた西山地域の被爆者の固形がん死亡のERRは「No」と答えた集団に対して30%なので、非被爆者を基準にすれば約50%になります。
     こうした放射性降下物による被曝影響を否定した放影研の見解が、現在審議されている厚労省の「原爆症認定制度の在り方に関する検討会」に提出されて、従来の放射性降下物による被曝影響を無視する政策の根拠に使われているのは、被爆実態に基づかない非科学的な認定制度の問題を不問にするもので、被爆者行政の深刻な欠陥を継続させることになります。

    おわりに
     以上見てきたように放影研は相変わらず「被爆者どうしを比較する」方法によって放射性降下物による被曝影響を否定することを続けています。何時になったらこうした疫学研究の基本から逸脱した研究方針から抜け出して、現在最も期待されている放射性降下物による内部被曝影響を明らかにする研究に転換するのでしょうか。
     昨年12月に発表した「『残留放射線』に関する放影研の見解」に、5月1日付け「付記」で「原爆の残留放射線による健康影響がないことを説明したもの」ではなく、「直接放射線に比べ残留放射線への曝露量が小さいことを説明したもの」だと述べています。しかし。これは従来の放影研の放射性降下物を軽視する見解の再確認です。図4に示されているように、急性症状の発症率やがんなどの死亡率などの被曝実態から科学的研究によって,爆心地から1.2 kmを超えると初期放射線被曝線量よりも放射性降下物による内部被曝線量の方が大きくなることが示されています。
     今回の研究でも、ABCCが1950年前後に作成した8万7千人分に近い大量の調査資料ファイルが役立っています。この調査資料にはABCCが調査した様々な急性症状の発症率に関する調査資料が多数含まれています。私がこれまで急性症状発症率の解析したのは爆心地からの距離依存性だけですが、今回の放影研の発表にも示されているように、長崎では東方向の西山地域の特異性が見られました。「黒い雨」以外の放射性降下物が多く降下して充満した可能性があります。広島でも原子雲が移動した北西方向に大量の放射性降下物が降下した可能性があります。こうしたことを調べるためには、放影研に保管されているABCCの急性症状発症率調査結果を、方向性も考慮して解析する必要があります。ABCC調査は脱毛調査結果以外は公表されていません。急性症状は特異性があり本来的に比較対照群を必要としません。その意味で、急性症状発症率の爆心地からの方向と距離を区分した調査結果が、きわめて重要な原爆放射線被曝線量評価の基礎となります。また、被爆者のがん発症率が高いにもかかわらず、がん死亡率は、がんの種類によっては、非被爆者と較べてそれほど違わないという結果が得られています。これは被爆者が被爆者健康管理手帳を所持していて、がんの早期発見と医学の進歩がもたらした結果で、そのため被爆者のがん罹患率調査の非被爆者との比較が重要になります。
     放影研は、DS02などの初期放射線被曝線量による区分ごとのデータを発表していますが、これでは2.5 km以遠の遠距離被爆者は0から0.005 Svの一つの区分にまとめられてしまいます。放射性降下物による被曝影響の研究をするためには、爆心地からの距離ごとの区分が必要です。爆心地からの距離ごとのデータの公表も必要です。今回の「黒い雨」の研究発表も、距離ごとの比較結果が行われることが望まれます。
     

    1)Inge Schmitz-Feuerhake、Health Physics, 44, 693-695 (1983) .
    2)日本政府は1950年国勢調査の付帯調査によって原爆被爆者リストを作成した。これを受取ったABCCは、広島市と長崎市に在籍する被爆者12万人余で寿命調査(Life Span Study, LSS)集団を設定して死亡原因などの疫学調査を始めた。さらに成人健康調査(AHS)集団を設定して健康調査も始めた。
    3)放射線の強さを物理学的にはグレイ(Gy)という吸収線量で表す。これは1 kgの組織が放射線から吸収するエネルギーが1ジュールのとき1 Gyとする物理学的単位である。福島原発事故後はシーベルト(Sv)という線量当量で表すことが多くなったが、これは放射線の種類や被曝組織など人体影響の違いを修正係数で表し、これをGyの値に乗じて求める。しかし、内部被曝にたいしてはSvは未確立である。ここではX線による外部被曝影響と同じ急性症状の発症率を与える線量当量という意味で用いる。
    4)Shoji Sawada, Estimation of Residual Nuclear Radiation Effects on Survivors of Hiroshima Atomic Bombing, from Incidence of Acute Radiation Disease 『社会医学研究』 29 巻 1 号 47-62, (2011)(英文)。解説は、沢田昭二「放射線による内部被曝—福島原発事故に関連して」『日本の科学者』 46(6)1031-1037 (2011)、沢田昭二「被曝実態に基づく放射線影響の研究—原爆症認定集団訴訟の経験から」『日本の科学者』 47(4)12-18(2012)、沢田昭二「放射線による被曝影響」『科学』 81(9)918-923(2011)を参照されたい。
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