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2015.03.04 Wednesday

補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について

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    2015年3月

     本稿は、「福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの」の補論1である。

    補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について
       ――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性

    渡辺悦司 山田耕作
    2015年2月25日



    補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性 (8ページ,288KB,pdf)

    〖参照〗 本文
    url: 福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの
    pdf: 福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの (33ページ,1256KB,pdf)

    〖参照〗 補論2
    url: 補論2 汚染水問題について、青山道夫氏の『科学』論文によせて――福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる量、海水への漏洩、それらのチェルノブイリ事故・広島原爆・核実験との比較について――
    pdf: 補論2 汚染水問題について、青山道夫氏の『科学』論文によせて――福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる量、海水への漏洩、それらのチェルノブイリ事故・広島原爆・核実験との比較について―― (13ページ,442KB,pdf)



     本文ではセシウム137を中心に福島原発事故による放出量を論じてきたが、ここでは放射性ヨウ素とくにその代表的な核種であるヨウ素131を中心に放出量の推計を検討しよう。いうまでもなく放射性ヨウ素は、人体に侵入すると甲状腺に沈着し、がんを引き起こすことがよく知られている。この点から見ても、福島原発事故によるヨウ素の放出量の推計は、事故による健康被害を考えていく上で重要な意味を持っている。われわれは、東京電力が発表している放出量推計におけるヨウ素131とセシウム137の比率に注目し、その検証を行った。それを基に補正して計算すると、福島原発事故によるヨウ素131の放出量は、チェルノブイリ事故の約1.5倍に達する可能性が出てきた。
     この補論を書くに当たり、矢ヶ崎克馬氏、大沼淳一氏、藤岡毅氏をはじめ多くの方々にご協力いただきました。ここに改めて謝意を表します。

      1.東京電力による放出量の推計とその注目点

     ヨウ素131についても、日本政府の発表に従って、チェルノブイリの「1割以下」(当初「14分の1」、その後「11分の1」)という評価が広く宣伝され行き渡ってきた。このような状況のなかで、2012年5月24日、東京電力は、福島原発事故によるヨウ素131の大気中放出量を500PBqとする独自の推計を公表した(「福島第一原子力発電所の事故における放射性物質の放出量の大気中への推定について」2012年5月24日、表1参照)注1。政府によるヨウ素131の大気中放出量の推計値は160PBqなので、東電推計はその3倍であり、チェルノブイリ(国連科学委員会の推計1760PBq)の約3割という数字である。しかし、事故後の福島県における小児甲状腺がんの多発にかんする議論の中でも、この事実はあまり注目されて来なかったように思われる注2

    表1 東京電力による大気中放出量の推計(単位PBq)

    出典:東京電力「福島第一原子力発電所の事故における放射性物質の放出量の大気中への推定について」
    2012年5月24日発表 6ページ
    http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/120524j0105.pdf

     この場合、重要なポイントは、ヨウ素131放出量とセシウム137放出量との比率である。政府の推計値ではこの比は約11(ヨウ素131が160PBq、セシウム137が15PBq)である。東電の推計ではこの比率は約50である(表1)。ちなみにチェルノブイリ事故では、この比は約21である(ヨウ素131が1760PBq、セシウム137が85PBq)。
     もちろん、東電の発表はとかく人々から不信の眼で見られており、同社が、原発事故において基本的な指標と考えられているセシウムの放出量を少なく見せるために、ヨウ素の放出量を意図的に水増しした可能性があると疑う必要もあるかもしれない。しかし、以下に検討する事情を考慮すると、この東電推計のヨウ素131/セシウム137比率(50)は、日本政府推計(11)に比較して、むしろ信頼度が高いと考えるべきであろう。

      2.東電推計のヨウ素131/セシウム137放出比率の検証 

     第1に、東電の報告書によると、この比率は、2011年3月21日に事故原発の事務本館北側で測定された実測値(39.9)に基づくとされている(同18ページ)。ヨウ素131は、半減期が8日と極めて短く、正確な測定が困難であり、たいていの場合、その放出量は過小に推計される傾向にあるので、大きい方の推計は重要である。
     政府推計だけでなく全国各地の降下量統計でも、この比率が東電推計ほど大きくない地点が多いのは事実である。ただ、降下量統計については、われわれが微粒子の論文注3で引用した大野利眞氏が指摘しているように、乾性沈着の割合が大きいヨウ素と、湿性沈着が多いセシウムとでは、沈着の条件が大きく違う。ガスの比率が大きいヨウ素と微粒子が圧倒的と思われるセシウムとでは飛散の条件もかなり大きく異なる。観測地点の気候条件とくに降雨降雪の状況や風向もまた大きく影響する。これらから、原発周辺から離れた特定の諸地点の降下物での同比率から、実際の放出比率を推測することには困難なように思われる。
     第2に、この意味では、原発に近接する地点での観測結果がより重要であろう。東電推計の同比率のベースは敷地内での観測値であるが、それが少なくとも不自然ではないことを示しているデータの1つは、地震の影響で止まっていた福島市での「定時降下物」の観測が再開された日(2011年3月27日午前9時から24時間)におけるヨウ素131/セシウム137比率である注4。政府の「定時降下物」の数値からこの比を計算してみると29.1になる。これは、ヨウ素131の半減期(約8日)を考慮すると、ほぼ東電の数字に近いと考えられる。
     第3に、いずれにしても、可能な限り多くのデータを集計しなければ、信頼度の高い数値は得られないであろう。この意味で重要な文献は、2013年9月Natureに掲載された、Kittisak Chaisan らによるWorldwide isotope ratios of the Fukushima release and early-phase external dose reconstructionという論文である。そこでは、日本と世界の214地点で観測されたヨウ素131/セシウム137比率が総括されている。それによれば、同比率は土壌沈着(事故原発周辺80km以内145地点)で22.5(中央値)、大気中浮遊粒子で(日本の80km以内22地点、日本の80km以上5地点、世界各地の42観測点に関して)それぞれ31.8、70.9、70~80と推定されている。これによっても、東電の数字50がそれほど不自然なものとは言えないと考えるべきであろう。むしろ最小の場合でも20以上はあるはずなので、政府推計の11の方が明らかにヨウ素131の過小評価となっている可能性が高い。同論文から、詳しい結果を示している「table1」を引用しよう(表2)。

    表2 日本と世界において観測されたI131/Cs137比率の総括表

    出典:Kittisak Chaisan et al; Worldwide isotope ratios of the Fukushima release and early-phase external dose reconstruction; Nature 2013年9月10日付
    http://www.nature.com/srep/2013/130910/srep02520/full/srep02520.html


      3.東電推計のヨウ素131/セシウム137比率に基づく放出量の補正

     ヨウ素131/セシウム137比率と対照的に、東電推計のセシウム137の放出量の数値(10PBq)は、明らかに過小評価と思われる。ここで、福島原発事故によるセシウム137の大気中放出量について、最も国際的に権威があるものの1つと考えられているストールらの推計注5を採用して、東電推計を補正してみよう。ストールらの推計では、福島事故によるセシウム137の放出量は36.6(20.1~53.1)PBqである。上限値(最大値)は53.1PBqである(上限値を採るのは国連科学委員会のチェルノブイリの数字が上限値であるためである、詳細は本文を参照のこと)。この数値から出発して、東電の推計したヨウ素131/セシウム137比率によって計算すると、ヨウ素131の放出量は53.1PBqの50倍であり、2655PBq(上限値)であったと推定される(ストールはヨウ素放出量は推計していない)。これは、日本政府推計160PBqの16.6倍である。あわせて、事故の規模を示す指標としてよく用いられるヨウ素換算のINES評価もこれによって計算してみると4779PBqとなる(表3)。

    表3 東電推計のストールによる補正

     次に、この数字を、チェルノブイリ事故でのヨウ素131の放出量と比較してみよう(表4)。国連科学委員会の推計を見ると、ヨウ素131放出量は1760PBq(上限値)である。従って、ヨウ素131の大気中への放出量で見ても、福島原発事故はチェルノブイリを上回り、その約1.5倍となる。またヨウ素換算のINES評価で計算しても、福島事故は大気中への放出規模の点でチェルノブイリ事故とほとんど変わらない。

    表4 ヨウ素放出量とINES評価のチェルノブイリ(国連科学委員会推計)との比較


      4.炉内残存量および放出率による検証

     事故直前の炉内にどれだけの量のヨウ素131が残存していたかは、桁違いには間違うことがない水準で推計できると考えられる。炉内残存量(インベントリ)の推計を見てみよう(表5)。福島事故原発では、政府推計でヨウ素131残存量は6010PBqである。沸点が184℃と低いヨウ素131は、メルトダウンによりかなりの部分が気化しており、気体として放出されたと考えられる。政府の大気中放出量推計160PBqでは放出率では2.6%にしかならず、同じく気体として放出された希ガスの放出率100%と比較して、まったく不自然に小さい数字である。
     ここで得られた放出量推計2655PBqは、放出率で44.2%になり、気体の放出率としてはむしろ自然な数字に思われる。またこの数字は、1970年代のアメリカ原子力委員会(USAEC)の最大仮想事故想定において、ヨウ素131の大気中への予想放出率が、熱出力300万kW(電力で約100万kW)の発電炉について50%とされていたことからも説得的といえる注6。ちなみにチェルノブイリでは、ヨウ素131の炉内残存量は3200PBqで、放出量が1760PBqなので、放出率は約55%である。これらの点から考えて、福島の放出率約44%は十分あり得るレベルであろう。
     本論文で検討した青山道夫氏らによるヨウ素131の汚染水への放出率(32%)を加えると(海洋への直接流出はなかったとされる)、炉中にあったヨウ素131の76%が放出された計算になる。

    表5 ヨウ素131の炉内残存量と放出率

     また、福島事故でのヨウ素131の大気中(2655PBq)および汚染水中(1923PBq)への放出を合計した総放出量は4578PBqとなり、チェルノブイリの大気中放出量(1760PBq)の約2.6倍となる。また、このヨウ素131総放出量と福島事故によるセシウム137の大気中・汚染水中・海水中への総放出量とに基づいてINES値を計算すると13,942PBqとなり注7、チェルノブイリ(5160PBq)の約2.7倍となる。これらは、われわれが本文中でセシウム137に基づいて導いた「福島事故による放射性物質の放出量は大気中・汚染水中・海水中を合計するとチェルノブイリの2倍以上である」という結論と一致する。

      5.福島事故における大きなヨウ素放出量のもつ重大な意味

     以上検討してきたように、東電の放出量推計から推論すると、福島におけるヨウ素放出量はチェルノブイリの1.5倍であった可能性があるということができる。よく指摘されるように、福島周辺の人口密度はチェルノブイリのおよそ3倍なので、1.5倍のヨウ素131放出量は、健康被害の深刻度では3倍して、チェルノブイリの4.5倍程度になる可能性があると考えるべきであろう。
     また、チェルノブイリでは爆発と火災によって放出された放射性プルームは極めて高い高度にまで(6000mといわれる)噴き上げられたが、福島事故ではプルームの雲頂はそれほど高くなかったと考えられ、富士山での観測では最高でも2500m程度とされている注8。つまり福島の方がその分、周辺に沈着した濃度が高かった可能性があると考えるべきであろう。
     福島で起こっている事態については、あらゆる先入観を排して、事実を直裁に見ていくところからはじめる必要がある。「チェルノブイリに比較して桁違いに小さい」という政府の放出量評価を鵜呑みにし前提にして議論することは決してあってはならない。
     以上の諸点を考慮すると、福島における生じつつある甲状腺異常について、チェルノブイリにおいて生じた過程をそのままたどることになると、前もって機械的に想定してかかることは危険であろう。小児甲状腺がんの明らかに早期の多発傾向に現れているように、福島ではチェルノブイリよりも深刻化のテンポが速く発症率も高い傾向がある。政府は原発事故によるあらゆる健康被害を頭から何としても全否定するつもりであり、福島の深刻な事態を、事故による放射線被曝との関係を否定し補償義務を逃れる「口実」として使おうとしている。しかしこの背景には、福島原発事故によってチェルノブイリを5割も越える放射性ヨウ素が放出された可能性があるという、法外に深刻な事故の真実が横たわっているのではないか、と疑うべきである。




    (注1)東京電力プレスリリース「東北地方太平洋沖地震の影響による福島第一原子力発電所の事故に伴う大気および海洋への放射性物質の放出量の推定について(平成24年5月現在における評価)」
    http://www.tepco.co.jp/cc/press/2012/1204619_1834.html
    さらに詳しい解説は、東京電力「福島第一原子力発電所の事故における放射性物質の放出量の大気中への推定について」にある。
    http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/120524j0105.pdf

    (注2)この東電による推計値に早くに注目した一人は、落合栄一郎氏である(『放射能と人体 細胞・分子レベルからみた放射線被曝』講談社(2014年)270ページ参照)。

    (注3)渡辺悦司、遠藤順子、山田耕作「福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性 その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性」13ページ。同論文は市民と科学者の内部被曝問題研究会のホームページにある。
    http://blog.acsir.org/?eid=31 はじめに、一章
    http://blog.acsir.org/?eid=32 二章
    http://blog.acsir.org/?eid=33 三章
    http://blog.acsir.org/?eid=34 おわりに、注記

    (注4)文部科学省「環境放射能水準調査結果(定時降下物)2011年3月27日午前9時から3月28日9時採取」の中の福島県福島市の数字。
    http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/3000/2287/24/1060_0328.pdf

    (注5)ストールらの論文は2011年10月に発表されたが、2012年3月に改訂版が発表され、セシウム137放出量の推計数字は、初版の35.8(23.3〜50.1)PBqから36.6(20.1〜53.1)PBqへと、中央値と上限値が若干上方修正されている。ここでの数字は改訂版から引用した。A. Stohl, P. Seibert, G. Wotawa, D. Arnold, J. F. Burkhart, S. Eckhardt, C. Tapia, A. Vargas, and T. J. Yasunari; Xenon-133 and caesium-137 releases into the atmosphere from the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant: determination of the source term, atmospheric dispersion, and deposition
    http://www.fukushimaishere.info/AtmosphereRprt_mar12.pdf

    (注6)藤本陽一、依田洋「発電炉事故の災害評価」原子力安全問題研究会編『原子力発電の安全性』岩波書店(1975年)53〜54ページ。

    (注7)セシウム137の放出量、大気中53.1PBq(ストール)、海水中41PBq(ベイリーデュボア)、汚染水中140PBq(青山)を合計して234.1PBq、これを40倍して9364PBqとなる。これにヨウ素131の大気中および汚染水中への放出量合計4578PBqを加えて、13,942PBqとなる。

    (注8)土器屋由紀子『水と大気の科学 富士山頂の観測から』NHK出版(2014年)によれば、福島由来の放射能は、山頂では検出限界以下であり、放射性プルームの「上限は2500m付近と推定」されている(111〜112ページ)。




    本記事は
    補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について
    ――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性
    です。

    参照
    福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの
    補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について ――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性




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