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2015.04.07 Tuesday

補論2 汚染水問題について、青山道夫氏の『科学』論文によせて 山田耕作・渡辺悦司

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    2015年4月
    2015年9月30日更新(計算の間違いを訂正)


     本稿は、「福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの」の補論2である。

    補論2 汚染水問題について、青山道夫氏の『科学』論文によせて
    ――福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる量、海水への漏洩、それらのチェルノブイリ事故・広島原爆・核実験との比較について――


    山田耕作、渡辺悦司
    2014年8月13日



    補論2 汚染水問題について、青山道夫氏の『科学』論文によせて――福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる量、海水への漏洩、それらのチェルノブイリ事故・広島原爆・核実験との比較について―― (13ページ,438KB,pdf)

    〖参照〗 本文
    url: 福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの
    pdf: 福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの (33ページ,1256KB,pdf)

    〖参照〗 補論1
    url: 補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性
    pdf: 補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性 (8ページ,288KB,pdf)


     以下は、昨年(2014年)の夏に書いたものであるが、汚染水と海洋汚染をめぐる最近の情勢の緊迫化に鑑み、そのまま補論として掲載する。すなわち、今でも事故原発から大量の放射性物質が海洋に漏れ出している事実が次々に明るみに出でおり、事故で海洋に漏れ出した放射性セシウムが北米大陸西海岸で初めて観測され、そのような情勢の中で東電・政府が汚染水を希釈して大量に海洋投棄する計画を進めるなど、汚染水危機は新しい段階に入っている。福島事故由来の放射性セシウムの北米西海岸への到着についてのみ付記として短く触れることとする(2015年4月9日)。計算の間違いを訂正(2015年9月30日)。

     青山道夫氏(前気象庁気象研究所研究官、現福島大学環境放射能研究所教授)は、岩波書店刊の雑誌『科学』8月号(2014年)に「東京電力福島第一原子力発電所事故に由来する汚染水問題を考える」と題した論文を寄せている[参考文献1]。同論文は非常に重要な内容や事実を取り扱っており極めて注目される。以下、福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる放射性物質の量、現在も続く漏洩の量、青山氏が警告する「新たな大量漏洩」の危機、それらのチェルノブイリ事故・広島原爆・核実験との比較について検討する。


       目 次

    1.福島事故の放出量、チェルノブイリとの比較
      ――「桁違いに小さい」事故ではなく、それを大きく上回る  ・・・・・・・・・・  2
    2.汚染水中に漏れた放射性物質の量は総放出量に含むべきである――
      この点での青山氏の立場の揺れ  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  3
    3.青山氏の数字の補正――放出量はチェルノブイリ事故の2倍超  ・・・・・・・・・  4
    4.「汚染水タンク中の放射性物質の量はチェルノブイリ放出量を上回る  ・・・・・・  6
    5.現在も汚染水は海に漏れ続け、「新たな大量漏洩」の危機が迫る  ・・・・・・・・  7
    6.核実験による降下物(「死の灰」)との比較 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
    参考文献  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12


       1.福島事故の放出量、チェルノブイリとの比較
         ――「桁違いに小さい」事故ではなく、それを大きく上回る


     まず第1に、青山氏の論文は、福島事故の規模を考える上で極めて重要である。
     日本政府は、福島第1原子力発電所の事故のおよそ1ヶ月後(2011年4月12日)、事故による放射性物質の放出量(漏洩量)を推計し事故評価を国際原子力事象評価尺度(INES)のレベル7としたが、その際「放射性物質の放出量は同じレベルのチェルノブイリ事故の1割程度」という但し書きを付けた注1。それから今日にいたるまで、マスコミ報道や政界での議論において、脱原発運動の内部でさえ、この数字がいわば一人歩きし、福島事故はチェルノブイリに比較して「10分の1」程度の「桁違いに小さい」事故というイメージが作られてきた。
     われわれは『原発問題の争点 内部被曝・地震・東電』(緑風出版、2012年9月刊)において、このような評価が量的にも質的にも福島事故の著しい過小評価であり、一面的で狭小な事故イメージを国民に押しつけようとする試みであることを批判した([参考文献2]とくに第4章3節)。さらに最近では、「福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究結果が示すもの」と題する論文を市民と科学者の内部被曝研究会(ACSIR)のウェッブページ上に公開して、この問題に関する一般の注意を広く喚起しようとしてきた[参考文献3]。
     このような観点から青山論文を検討してみよう。論文は「セシウム137マスバランス」を表として掲載している([参考文献1]0859ページ)。それを以下に掲げる表1の左側2列に再録する。青山氏に従いわれわれも、放射性核種は代表的なものとしてセシウム137をとり、基本単位はペタベクレル(PBq)すなわち10の15乗ベクレルを使うことにする。青山氏は各漏出量を合計していないので、われわれが大気中・海水中・汚染水中(回収量)を合計して追加してある。なおここでは青山氏に従って「滞留水」は「汚染水」と同義であるとする。また青山氏によれば、セシウムについては現在までに多くが吸着回収され、事故当時の汚染水への放出量推計よりも実際の回収量の方が大きいとされるので、われわれも合計には回収量の方を使うことにする。さらに、表1の右側2列に、青山論文が引用しているチェルノブイリの大気中放出量(一般にチェルノブイリの放出量とされている数字)、チェルノブイリの事故時「炉心内量」(青山氏の英文著作[参考文献9]のTable 4.5より)、われわれが計算した炉心内量から放出量を差し引いたチェルノブイリについての(今回青山氏のいう)「炉心近傍残存量」を掲げてある。これにより青山氏による福島の数字とチェルノブイリの数字とを比較してみることができるであろう。表1によれば、福島における漏洩量(放出量)の合計は、チェルノブイリ事故のおよそ2.6倍となる。

    表1 青山氏による福島事故の「セシウム137マスバランス」とチェルノブイリ事故との比較


    青山氏は2つの数字を挙げているが、大きい方の3.6±0.7を採った。
    (注)漏洩量合計と右側2列は、青山氏の本文中の数字およびその数字によりわれわれが計算したもの。漏洩量合計では汚染水への漏洩分として回収量の方を採った。対チェルノブイリ比は、国連科学委員会(UNSCEAR)の数字が最大値(上限値)をとっているので、青山氏の最大値による比較である[参考文献10]。

     この表は、広く信じられているところとはまったく違って、福島事故がチェルノブイリに比較して決して「桁違いに小さい事故」では「ない」ことを明確に示している。

       2.汚染水中に漏れた放射性物質の量は総放出量に含むべきである――
         この点での青山氏の立場の揺れ


     ここで重要な論点は2つある。
     第1には、汚染水中に漏れた放射性物質の量は、福島事故の放出量に含むべきであるという点である。われわれはこの点をはっきりと提起すべきだと考える。青山氏の英文の著作(共著)[参考文献10]は、福島事故により放出された放射性物質の環境への影響に関する最も包括的で最も優れたものの一つである。その第4章3節はTotal Amount of Radionuclides Released into the Atmosphere, Stagnant Water and the Ocean(大気中、滞留水中、海洋中に放出された放射性核種の総量)と題されて、放出量を大気中・滞留水中・海洋中への放出量の合計としてとらえるという方法論を提起している。しかし実際の叙述では、それらのTotal Amount(総計)はなぜか計算されていない注2。今回の青山氏の『科学』論文では、汚染水中への放出が「セシウム137のマスバランス」として取り上げられている。しかし福島事故での「放出総量」としては18〜20PBqという数字が引用されており、数字から見て大気中と海洋中への放出量の合計だけであると思われる([参考文献1]0860ページ)。このように青山氏は、この点に関して、立場が揺れているように感じられる。
     第2の重要な点は、福島事故では汚染水の意味が、チェルノブイリやスリーマイル島などこれまでの原発事故とは、本質的に異なっているという事実である。これが第1の観点の客観的な基礎である。福島以前の事故では(少なくとも公式的には)「滞留水」は文字通り「滞留」して流れ出すことはなかったと評価されている(もちろん検証が必要であるがこの点は今は置いておこう)。福島ではまったく事情は異なる。事故後に冷却のために大量の水が外部から注入されたという点だけではない。今回の論文で青山氏が書いているように、福島では「建物地下の壁は地震で損傷し、外部から地下水が建屋地下に容易に流入」し、さらに汚染水が「建屋地下から港湾内に染み出してさらに外洋へと漏洩し続けている」状況にある([参考文献1]0861ページ)。すなわち、地震やメルトダウンや爆発によって原子炉建屋・タービン建屋・廃棄物処理建屋などの外部環境への封止性・封水性が失われている点が本質的に違うのである。この事実からは、汚染水は、たとえ後で回収されタンクに溜められて再度管理下に置かれたとしても、一度は外部環境に暴露されたと評価すべきであるという結論が出てくる。青山氏らが前掲著作[参考文献10]において、滞留水すなわち汚染水を大気中・海水中に加えて総放出量に加えたのは、この福島事故の新しい本質的特徴を考慮した結果であろうし、まさに的を射た正しい判断であったと思われる。青山氏の今回の論文では、いかなる事情によるかはわからないが、この点は徹底していないように見える。だが、この論点を(おそらくは最初に)はっきりと指摘した青山氏らの歴史的な業績は変わらないであろうと思う。

       3.青山氏の数字の補正――放出量はチェルノブイリ事故の2倍超

     次に青山氏が挙げている大気中と海水中への放出量の数字を検討し、その補正を試みてみよう。
     チェルノブイリの放出量推計と比較する際、国連科学委員会の数字(セシウム137で85PBq)がよく使われるが、これは最大値あるいは上限値であり、注意を要する。すなわち、比較の際には同じ最大値・上限値で比較しなければならない。国連科学委員会のホームページに掲げられている付表には、38PBqという数字もあり、これは中央値である[参考文献11]。ECRRのクリス・バズビーはこちらの数字を使っている([参考文献4]108ページ)。
     青山氏は、大気中への放出量については、ほぼ日本政府発表の数字(15PBq)に依拠しているようである。他方、青山氏の前掲書は、事故当時の福島第1原発内および日本国内各地の放射線モニタリング体制の現状を詳しく分析してその不備を指摘し、さらには地震による損傷や停電などによって事故当時とくにその当初に正常に稼働していたモニタリングポストは極めて限定されていたという重要な事実を記している([参考文献10]第5章1節)。この点を別にしても、日本政府推計は、日本国内の測定値しかベースにしておらず、太平洋上に流れ出た大量の放射性物質を十分に捕捉していない可能性が高い([参考文献2]160ページ)。さらには、矢ヶ崎克馬氏が指摘しているように、日本政府のモニタリングポストは放射線量を実際の半分程度しか補足していない可能性がある[参考文献5]。これらから見て、大気中への放出量については、包括的核実験禁止条約機構CTBTOなど世界的な測定網を持つ諸機関のデータに依拠したノルウェー大気研究所のストールらの推計[参考文献12]を採るのが妥当であると思われる。また、矢ヶ崎氏の評価に基づいて日本政府推計を2倍すれば、およそストール推計の中央値に等しくなることも、ストール推計の相対的な正確さを支持するように思われる[参考文献3]。
     海水中への直接放出量については、青山氏の推計より大きい数値がベイリー・デュ・ボアらによって提起されており[参考文献13]、チャールズ・レスターらによる米国カリフォルニア州政府(資源局沿岸委員会)の報告書はこの数値を最大値として採用している[参考文献14]。州機関とはいえ米政府機関が承認した報告書であり、この数値を採るのが妥当と思われる。
     汚染水への放出量については、海老沢徹・澤井正子氏が同じ『科学』誌の2013年1月号[参考文献9]において、青山氏の数字よりもさらに大きな推計値を発表しているので、こちらを採ろう。
     以上から作成したのが表2である。これによって福島事故の放出量は、汚染水を考慮に入れた場合最大で370PBq、中央値で339PBq、チェルノブイリ事故の放出量の約4.4倍あるいは8.9倍になるといわなければならない。また、青山氏の今回の論文のように総放出量を大気中および海洋中だけの合計として限定的に解した場合でも、福島事故の放出量は最大で94PBq、中央値で63.1PBq、チェルノブイリ事故の約1.1倍あるいは1.7倍となり、チェルノブイリと同等以上の規模となるということができる。

    表2 青山氏の推計の補正

    1. 国連科学委員会の85PBqと該当最大値の比。
    2. 国連科学委員会の38PBqと該当中央値の比。
    3. 1〜3号機 青山道夫[文献1:Table 2.3〜2.5]
    4. 1〜4号機 青山道夫[文献1:Table 2.6〜2.9]
    5. 詳細は、山田耕作・渡辺悦司「福島事故における放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究結果が示すもの」市民と科学者の内部被曝研究会(ACSIR)のホームページを参照のこと(http://blog.acsir.org/?eid=29)。ただし、本論文ではストールらの推計は改訂版(2012年)をベースに再計算したが、数字には大きな変化はない。

     ECRRのクリス・バズビーは、チェルノブイリの各種の放出量推計を検討して、その数値にはおよそ10倍以上の開きがあると指摘している。バズビー自身はチェルノブイリについて最小の推計値(9PBq)を提起している([参考文献4]108ページ)。この数字を採れば、福島事故の放出量は、大気中放出量でもチェルノブイリの4倍、総放出量では41倍になる可能性も否定できない。

       4.汚染水タンク中の放射性物質の量はチェルノブイリ放出量を上回る

     青山氏は、タンクに溜まっている汚染水中の放射性物質の総量については推計を行っていない。タンクに溜まっている汚染水の量に関しては、2014年3月段階で、タンク総容量49万m3、利用率90%という数字を挙げている([参考文献1]0856ページ)。だとすると汚染水量は同時点で44.1万m3ということになる。
     東京電力は、2014年4月11日、前年8月19日に見つかった300トンの汚染水漏れの際の放射性物質の濃度を、当初発表の3.5倍に引き上げ、1リットルあたり2億8000万ベクレルに訂正した(日本経済新聞、読売新聞など2014年4月12日)。これにより計算すれば、漏洩した300トンだけで0.084PBqの放射性物質(おそらく主にストロンチウム90さらにはセシウム137)を含んでいたことになる。これは広島原爆の放出量注3(それぞれ0.058PBqと0.089PBq)を上回るかそれ匹敵する量となる。
     東京新聞は、すでに2013年夏の漏洩事故当時、旧発表の濃度を基に当時溜まっていた汚染水量33万トンに掛け算して、タンクに溜まった汚染水の放射性物質の総量を27PBqと概算していた(2013年8月23日付)。東電が新しく発表した濃度と青山氏の引用している汚染水総量を使って再計算してみると、タンクに溜まっている放射性物質の総量は123PBqとなる。昨年夏以降現在までに、処理が進んでいる分は減少方向に、新たにデブリから溶け出して汲み上げられた分は増加方向に変化しているはずであるが、ここでは概数が必要なだけである。青山氏は、汚染水中では現在セシウムは回収が進んで減少し、ストロンチウム90の割合が大きくなっている点を指摘している。いまこの123PBqすべてがストロンチウム90と仮定すると、チェルノブイリ事故のストロンチウム90放出量10PBqの12.3倍が福島の汚染水タンク中に溜まっていることになる。セシウム137とストロンチウム90が同じ濃度比率で含まれていたとしても、チェルノブイリ事故での両放出量合計95PBqの約1.3倍になる。
     このように汚染水に含まれる放射性物質の量は法外に巨大である。青山氏が言うとおり汚染水の問題が極度に深刻で危機的状況にあるのは疑問の余地はない。

       5.現在も汚染水は海に漏れ続け、「新たな大量漏洩」の危機が迫る

     青山氏は実測に基づいて、海洋への漏洩が現在も続いており、その漏洩量は1日あたり10〜30GBq(ギガベクレルすなわち10の9乗ベクレル)程度になると指摘している([参考文献1]0856ページ)。青山氏はそれ以上計算していないが、これは最大で年間(365日)では11TBqとなる。仮にすべてセシウム137だとすると広島原爆の放出量(0.089PBq)の約8分の1、すべてストロンチウム90とすると広島原爆(0.058PBq)約5分の1、両方が広島原爆と同じ割合だとすると広島原爆(0.147PBq)の約13分の1となる注3。すなわち、5〜13年で広島原爆が放出した「死の灰」に匹敵する量になってしまう漏洩量である。これだけの量が今も海に漏れ続けているのである。
     青山氏は、論文において終始、事故原発の溶融した核燃料やタンクの汚染水や回収済みのスラッジなど「いまは陸上にあるが潜在的に海洋を大規模高濃度汚染する可能性を秘めた放射能総量としては極めて大きな部分」の「新たな大量漏洩」の危機を警告している。そして「新たな漏洩に備えた体制の整備」を訴えている。大規模余震やそれによる再度の巨大津波などの危険性を考慮すれば、それはまったく正当な危機感であるとわれわれは考える。一つ付け加えるとすれば、そのためには、まず東京電力と政府が今進めている汚染水・地下水の放出計画を即時中止する必要があるということである。東電・政府の計画は、青山氏の警告する「新たな大量漏洩」を、人為的に、密かに、なし崩し的に行うものである言うほかないからである。
     東京電力は汚染水の海洋への放出基準を「1リットルあたり1500Bq」としているといわれる(各紙報道、例えば東京新聞インターネット版2014年5月28日参照)が、政府の放出基準はトリチウムで「1リットルあたり6万ベクレル」である。また読売新聞(2014年8月12日)によれば、地下水の汲み上げ量は毎日500〜700トン規模になる計画だという。汲み上げられた地下水を政府基準通り海に放出したと仮定すると、最大1年間で15.3TBqとなる。すなわち、すべてトリチウムだとすると広島原爆(11PBq)の約720分の1発分となる注3。これらはわずか1年間分の数字である。東電の発表によると汚染水タンク中のトリチウムの量は、2014年3月24日現在で0.83PBqとされている注4。これを全量海洋放出すると仮定し、トリチウムの半減期(約12年)を捨象すると、広島原爆のおよそ1割弱程度(約13分の1)の「死の灰」が、意図的・計画的に海洋に投棄されることになる。東電資料に記載のトリチウムの「総量」(3.4PBq)がすべて海洋放出されたとすると、広島原爆の約3分の1の量になる。これは事実として海洋を「核のゴミ捨て場」にするものであり、国際法上も許されない。また許してはならない。
     福島から太平洋に放出すれば、放射性物質は東に流れ、まずはアメリカ・カナダ東海岸を汚染することになる。青山氏によれば、実測に基づいて北太平洋での汚染水の移動速度は「270日間に1800km」とされている。とすると、東京・バンクーバ間の距離は約7560kmなので、およそ3年余りで北米大陸沿岸に流れ着く計算になる。青山氏によれば、汚染水はそこからさらに「一部は日本近海に戻るとともに、インド洋から大西洋および太平洋の赤道の東で南に越えて南太平洋に輸送されるであろう」という([参考文献1]0859-60ページ)。福島の海は文字通り世界の海に通じている。福島で流せば世界の海を汚染するのである。
     青山氏らの英文の著作は、福島から放出された汚染水が、太平洋を横断して、アメリカ・カナダの東海岸を汚染する、次のようなシミュレーションを掲載している([参考文献10]251〜252ページ)。これによれば到着予想時期は、2015年である。


    図 福島からの汚染水(1PBqあたり)の太平洋表層水における拡大と移動


    出典:Pavel P. Povinec, Katsumi Hirose, Michio Aoyama; Fukushima Accident ― Radioactivity Impact on the Environment; Elsevier (2013) 252〜253ページ

     [付記]NHKニュースは、2015年4月7日、北米西海岸で採取された海水から福島原発事故由来のセシウム134が観測されたと報道した。上記の図によれば、北米大陸西海岸に漂着する時期は2015年となっている。この点で、きわめて正確な予測であったことが証明された。
     このニュースを報道した際、NHKは、微小な印象を与えるためかと疑われても仕方のないやり方で、濃度が小さい方のセシウム134の数字(1.4Bq/m3)だけしか伝えなかった。この観測結果を発表したウッドホール海洋研究所のサイトでは、Cs137の濃度は5.8Bq/m3、セシウム137・134合計では7.2Bq/m3だったと記載されている。
    http://www.whoi.edu/news-release/fukushima-ucluelet)。
     これは、青山氏の予測から見ると、かなり高い数字と言わざるをえない。青山氏のセシウム137に関する予測では、現在漂着しているのは、海洋流入量1PBqあたりで0.001〜0.01Bq/m3程度のレベルの領域のはずである。すなわち、実測値は、青山氏の海洋流入量推計15〜19PBqで計算して0.015〜0.19Bq/m3となり、これの31〜387倍である。われわれが採用したベイリー・デュ・ボアの海洋放出量(最大値)41PBqおよびストール推計の大気中放出量(最大値53.1PBq)の最大8割が太平洋に沈着したと仮定して42PBqを合計した83PBqを海洋流入量とすると、0.083〜0.83Bq/m3となり、実測値はこれの約7〜70倍である。
     いずれにしても、この観測された濃度は予測よりもかなり高いレベルである。これは、福島事故からの海洋放出量がかなり大きかったことを示唆している。大気放出量のうちで海洋に集中して落ちた領域がある可能性もある。
     上に引用した青山氏らの予測通りであれば、濃度は今後2017年に向かってさらに高まっていく可能性が高いと思われる。青山氏らのピーク予測値は3〜10Bq/m3/PBq inputであり、青山氏が『科学』論文で採用している海洋放出量推定15〜19PBqで計算しても45〜190Bq/m3、ベイリー・デュ・ボアの推計では123〜410Bq/m3、大気放出量の最大8割が太平洋上に降下したと仮定した部分を付け加えれば252〜840Bq/m3にはなるはずである。いずれにしても「今でピーク」「これから低下していく」という評価はできないと思われる。
     また青山氏によれば、このような海洋汚染水は「(事故後)20〜30年で日本沿岸に戻ってくる」という。http://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueshin/20150105-00042030/

       6.核実験による降下物(「死の灰」)との比較

     青山氏の論文は重大な問題も含んでいる。青山氏は、核実験によって北太平洋に降下したセシウム137の福島事故直前の残存量69PBqに対して、事故による海洋への放出量15〜19PBqは「20〜30%に相当する」と述べた後、何の論拠も示さずに、「今後新たな放出がなければ、福島事故による北太平洋全体でのインパクトはマスバランスの観点からは大きくない量であると言える」と評価している([参考文献1]0860ページ)。20〜30%の増加が「大きくない量」というのは何を評価基準として言うのだろうか? われわれはこのような評価にはまったく同意できない。東電・政府が進めている「汚染水を薄めて海に流す」計画を考えれば、このような発言の意図が那辺にあるかについて疑問に思わざるを得ない。
     別の側面もある。青山氏が挙げている北太平洋放出量推計の最小値15PBqをベースに計算しても、その量は広島原爆の168発分に相当する。広島原爆の爆発出力を16キロトンとすると、約2.7メガトン相当となる。この数字は、米国ネバダ実験場での大気圏あるいは地上(すなわち地下核実験に移行する以前の)核実験全部の総出力、約2.5メガトンを上回るレベルである(この点についてわれわれは参考文献3で詳しく検討している)。そのような規模の北太平洋への降下・直接放出量をどうすれば「大きくない」ということができるだろうか? 核実験のもたらした広範囲で深刻な健康被害についてはすでに明らかなところであるが(ほんの一例であるが参考文献6、7、8を挙げておこう)、この「大きくない」という表現が健康被害もまた「大きくない」ということを示すために利用される危険があることを考え合わせるならば、あまりに無規定で不用意な評価と言わざるを得ない。杞憂であることを願いながら付言しておきたい。
     青山氏が指摘しているように、事故原発の炉内には、セシウム137で700PBqが存在していた。これは、青山氏が引用している大気圏(地上)核実験での大気中への全放出量(1970年時点での総量)に等しい。事故原発の炉内には、広島原爆に換算して7900発分の放射性物質が詰まっていたことを意味する。この事実が一端を示すように、原子力発電とは、極めて大量の「死の灰」を生み出すことによってしか発電を行うことのできない本質的欠陥技術であり、核実験と同様に人類の生存そのものを脅かす本質的危険である。核兵器と同様に原発と人類は共存できない。原発は再稼働を中止し、原発輸出すなわち途上国への核技術や核施設の拡散を止め、全面的に廃棄するほかないのである。




    (注1)原子力安全・保安院と原子力安全委員会(いずれも当時)「東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所の事故・トラブルに対するINES(国際原子力・放射線事象尺度)の適用について」の冒頭のコメント。経済産業省のホームページより
    http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110412001/20110412001-1.pdf

    (注2)われわれは、参考文献3において、青山氏の挙げた数字を基に、青山氏が行わなかった合計値を計算し、それらとチェルノブイリ放出量との比較を試みている。

    (注3)広島原爆の放出量については、「原子力放射線の影響に関する国連科学委員会2000年報告 付属書C」をベースにした原子力安全保安院(当時)の推計、経済産業省のホームページの数字を参照した。
    http://www.meti.go.jp/press/2011/08/20110826010/20110826010-2.pdf
    ただし、この数字が著しい過小評価を含んでいる可能性があることもまた指摘しておかなければならない。

    (注4)汚染水タンク中のトリチウムの量については、経済産業省「東日本大震災関連情報」ホームページ所収の東京電力「福島第一原子力発電所における汚染水処理とトリチウムの状況」の第3節を参照のこと。
    http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/140424/140424_02_006.pdf
    #search='%E4%B8%89%E4%BD%93%E6%A0%B8%E5%88%86%E8%A3%82%E5%8F%8D%E5%BF%9C'



       参考文献

    1.青山道夫著「東京電力福島第一原子力発電所事故に由来する汚染水問題を考える」『科学』岩波書店2014年8月号所収
    2.大和田幸嗣、山田耕作、橋本真佐男、渡辺悦司著『原発問題の争点 内部被曝・地震・東電』緑風出版(2012年)
    3.山田耕作、渡辺悦司著「福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの」市民と科学者の内部被曝研究会ウェッブページより
    http://acsir.org/data/20140714_acsir_yamada_watanabe_002.pdf
    4.クリス・バズビー著、飯塚真紀子訳、『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』講談社(2012年)
    5.矢ケ崎克馬著「進行する放射線被曝とチェルノブイリ法・基本的人権」市民と科学者の内部被曝研究会ウェッブページより
    http://acsir.org/data/20121102_yagasaki_n.pdf
    6.E.J.スターングラス著、肥田舜太訳『死にすぎた赤ん坊 低レベル放射線の恐怖』時事通信社(1978年)
    7.E.J.スターングラス著、反原発科学者連合訳『赤ん坊をおそう放射能 ヒロシマからスリーマイルまで』新泉社(1982年)
    8.落合栄一郎著『放射能と人体 細胞・分子レベルからみた放射能被曝』講談社(2014年)、とくに第3部第8章
    9.海老沢徹、澤井正子著「福島第一原発の原子炉建屋地下室に漏出する膨大な高濃度放射能汚染水の危険性」『科学』2013年1月号(岩波書店刊)0119ページ
    10.Pavel P. Povinec, Katsumi Hirose, Michio Aoyama; Fukushima Accident ― Radioactivity Impact on the Environment; Elsevier (2013)
    11.UNSCEAR; ANNEX J Exposures and effects of Chernobyl accident
    http://www.unscear.org/docs/reports/2000/Volume%20II_Effects/AnnexJ_pages%20451-566.pdf
    12.A. Stohl et al.; Xenon-133 and caesium-137 releases into the atmosphere from the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant: determination of the source term, atmospheric dispersion, and deposition; Atmospheric Chemistry and Physics; 2012;
    http://www.atmos-chem-phys.net/12/2313/2012/acp-12-2313-2012.pdf
    13.P. Bailly du Bois et al; Estimation of marine source-term following Fukushima Dai-ichi accident; Journal of Environmental Radioactivity Volume 114, December 2012, Pages 2-9
    http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0265931X1100289X
    14.Charles Lester et al.; Report on the Fukushima Dai-ichi Nuclear Disaster and Radioactivity along the California Coast; State of California Natural Resource Agency California Coastal Commission; 2014;
    http://documents.coastal.ca.gov/reports/2014/5/F10b-5-2014.pdf
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