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2015.04.10 Friday

『放射線被曝の理科・社会』の問題点 (1〜4章) 山田耕作・渡辺悦司

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    『放射線被曝の理科・社会』の問題点
    (1〜4章)


    山田耕作、渡辺悦司
    2015年4月3日(5月15日改訂)

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    『放射線被曝の理科・社会』の問題点(全体) (89ページ,1200KB,pdf)

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    『放射線被曝の理科・社会』の問題点 (5〜6章・付表・資料)



       はじめに

     児玉一八、清水修二、野口邦和の3氏による『放射線被曝の理科・社会―4年目の「福島の真実」』という本(以下『理科・社会』と略す)が2014年12月に出版された1)。この本の主張は、福島原発事故では「目に見える被害は起らない」という点を中心にしている。つまり、「目に見える被害」は、これまでも、いまも起こっていないし、今後も起こることはない、というのである。そして、「被害が起こる」という人たちは科学的根拠のない風評被害をまき散らしているとして批判している。「美味しんぼ」の鼻血問題などは当然この批判の的となる。
     しかし、この本の記述上の特徴は、一貫して自分が批判する対象の文章をそのまま引用せず、自分が少し極端化したり、ゆがめて紹介し、それを批判することである。例えば、内部被曝の強さが距離の2乗に反比例するという議論である。内部被曝を強調する人は「距離ゼロまでそれを用いて無限大の強度としている」と批判するのである。極限として例を示すとしても、誰も原子や細胞の大きさより小さい距離をまじめに議論することはないと思われる。全体にフェアで紳士的な批判ではない点が多く、後味が悪く、読みたくなくなる点が残念である。いわゆる揚げ足取りが多いが、一方、本質的な自らの誤りに無知である点が大変問題であると思う。
     この本には、ICRP(国際放射線防護委員会)の体系の誤りが、反原発の立場と称して展開され、論理が複雑であるが、ほとんどそのすべてが示されていて、批判の対象としてふさわしいといえるかもしれない。「目に見える被害が起こらない」という本書の主張が科学的かどうかを検証しよう。それによって、このような主張が、現在の情勢の下で、どのような社会的・政治的意味を持つかを考えていこう。
     本論に入る前に著者集団の性格について触れておこう。著者プロフィールによると、3名とも「日本科学者会議原子力問題委員会」の委員および委員長である。とくに児玉氏は「原発問題住民運動全国連絡センター」の代表委員とされており、野口氏は「原水爆禁止世界大会実行委員会運営委員会」の代表とされている。同時に、清水氏は「福島県民健康調査検討委員会」の副座長であり、野口氏は事故後に「福島大学客員教授」に就任するとともに「福島県本宮市放射能健康リスク管理アドバイザー」を務めているとされている。その意味では、同書の著者集団は、一般的には脱原発の内部に位置するものと解されると同時に、多数(少なくとも2人)は、被曝問題において基本的には行政側の当事者でありインサイダーでもある。このように著者集団は、客観的に見て、二重のあるいは二面的な社会的性格をもっており、この点にとくに注意を払うことが必要である。
     なお著者たちは「内容に関する責任は各執筆者が負う」(10ページ)としているが、ここでは、一つの傾向を表す一体となった見解および主張として扱うことにする。
     我々は、『理科・社会』の見解に、放射線医学総合研究所(以下放医研と略記)編著『虎の巻 低線量放射線と健康影響 先生、放射線を浴びても大丈夫?と聞かれたら』医療科学社(2007年、改訂版2012年、引用ページは後者による)の見解を対置し、それに我々の見解を提起しながら、検討して行くことにする。放医研の同書は、政府傘下の研究機関が発行した文献に避けられない制約や矛盾にもかかわらず、すなわち「100mSv以下の放射線なら発がんリスクはかなり小さい」(42ページ)とする基本的立場に立ち放射性微粒子による内部被曝をほとんど無視しているなどの本質的欠陥をもつにもかかわらず、低線量被曝の健康影響に関して最新の国際的研究成果を包括的に記述している点で「有用な情報が満載の本」である(肥田舜太・竹野内真理氏のグロイブ、スターングラス著『人間と環境への低レベル放射能の脅威』あけび書房(2011年)への「訳者あとがき」318ページ)。この2つの文書を比較することによって、『理科・社会』がどれほど国際的な研究の発展から取り残されてしまったかが、明らかになる。

     

       目 次      
                                                   ページ
    はじめに     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   1
    1.第1章「低線量被曝をめぐる論争を検証する」     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  5
     1-1.「LNT(線形閾値なし)仮説は真実というより公衆衛生上の慎重な判断」(16ページ)・・・・  5
     1-2.「ベータ線はガンマ線より危険なのか」(38ページ)     ・・・・・・・・・・・・・・  7
     1-3.放射性物質によるイオンチャンネルの阻害・損傷の重要性    ・・・・・・・・・・・・・  9
     1-4.「ホットパーティクルは危険なのか」(42ページ)     ・・・・・・・・・・・・・・・ 17
     1-5.「放射線被曝のリスクを考える」(47ページ)     ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19
    2.第2章「『福島は住めない』のか」     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23
     2-1.「美味しんぼ問題が浮き彫りにしたもの」――「福島県民の被曝線量で、
        被曝が原因の鼻血は出ない」という主張について       ・・・・・・・・・・・・・・・ 23
     2-2.「『分かっていること』と『分かっていないこと』」という論議(69〜70ページ)の本質
        ――「確率的影響」全体を否定すること     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27
     2-3.「『美味しんぼ』の最大の問題は福島には住めないの扇動」(70ページ)     ・・・・・ 29
     2-4.「どんな放射能がどれだけ出たのか」(71ページ)     ・・・・・・・・・・・・・・・ 29
      2-4-1.「放射性物質の種類と量」(72ページ)     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30
      2-4-2.気象研究所の青山道夫氏(論文執筆当時)らが明らかにしたもの     ・・・・・・・ 30
      2-4-3.青山氏らの結果を補正した総放出量     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32
      2-4-4.海洋汚染は「不幸中の幸い」「長期間にわたって私たちの生活環境に
         汚染が残ることはない」という驚くべき見解     ・・・・・・・・・・・・・・・・ 32
      2-4-5.放射性ヨウ素の放出量について     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34
     2-5.「『福島の真実』編の主題は何か」(84ページ)     ・・・・・・・・・・・・・・・・ 34
    3.第3章「『福島の食品は危ない』のか」     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35
     3-1.「福島の食品検査体制と検査結果――食品の基準値をめぐって」(102ページ)     ・・ 36
     3-2.「安全な食のための方策」(118ページ)     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37
     3-3.胎内被爆者のがん発生率(放影研ホームページより)     ・・・・・・・・・・・・・・ 38
    4.第4章「福島の今とこれから」(131ページ)     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 39
     4-1.被曝線量はチェルノブイリに比べて「はるかに少ない」という主張     ・・・・・・・・ 39
     4-2.モニタリングポストやガラスバッチの過小検出はないという主張     ・・・・・・・・・ 39
     4-3.「県民健康調査で何がわかったか」(151ページ)     ・・・・・・・・・・・・・・・ 40
     4-4.『理科・社会』は政府・環境省も専門家会議『中間取りまとめ』と
        基本的に同じ立場に立っている     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43
     4-5.健康影響は現実に「目に見える」形ですでに現れている     ・・・・・・・・・・・・・ 44
     4-6.健康被害の事実を調査することは住民の「恐怖を過度にあおる」ことになるか、
       本当の「恐怖」とは何か ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49 
     4-7.避難は本当に「健康被害を生む」だけで何の効果もないのか?     ・・・・・・・・・・ 52
     4-8.支配層中枢は本当に「健康被害は出ない」と信じているのだろうか?
       著者たちのよく使う言葉「覚悟を決めて」の意味について     ・・・・・・・・・・・・ 53
    5.第5章「原発住民運動と放射線問題」(162ページ)     ・・・・・・・・・・・・・・・・ 54
     5-1.被曝の問題では原発推進勢力と「科学的見解を共有する」という見解     ・・・・・・・ 54
     5-2.脱原発運動をめぐる現下の根本問題     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56
     5-3.福島県住民による『理科・社会』的見解への厳しい批判     ・・・・・・・・・・・・・ 57
     5-4.『理科・社会』的傾向の政治的社会的性格     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 59
    6.おわりに     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 60
    参考文献      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  62
    付表  福島県立医科大学付属病院の診療実績統計(DPC包括医療費支払制度統計データより集計)
        に見る原発事故後のがんを含む疾病の全般的な増加傾向 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64
    資料1 市民と科学者の内部被曝問題研究会会員の皆さまへの呼びかけ  ・・・・・・・・・・・・・ 78
    資料2 ジョン・D・マシューズほか「小児期および成育期にCTスキャンを受けて被曝した
        68万人におけるがんリスク:1100万人のオーストラリア人のデータリンケージ研究」
        ――「概要」および「考察」の部分の訳   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 86


       1.第1章「低線量被曝をめぐる論争を検証する」

    1-1.「LNT(線形閾値なし)仮説は真実というより公衆衛生上の慎重な判断」(16ページ)

     『理科・社会』20ページ「ICRPは、LNT仮説は生物学的真実として世界的に受け入れられているのではなく、むしろ、我々が極低線量の被曝にどの程度のリスクを伴うかを実際に知らないため、被曝による不必要なリスクを避けることを目的とした公衆衛生上の慎重な判断である、という趣旨のことを述べています。この点で私もICRPの考えに賛成です。」
     この短い言葉の中に著者たちの本質が集中的に現れている。「生物学的真実として世界的に受け入れられているのではなく」という著者たちの評価は、もしこれが全否定(「世界全体が受け入れていない」)を意味しているのであれば虚偽であり、部分否定(「世界であまねく受け入れられているわけではない」)であるならば、LNTを「真実として」肯定する見解が世界には存在していることに触れないことによって事実上の全否定を示唆し、人々を欺く表現ということになる。放医研の前掲書は、米国科学アカデミーの「電離放射線による生物学的影響に関する委員会」BEIR司鷙霆颪砲弔い銅,里茲Δ暴颪い討い襦「(BEIRは)LNTモデルについてICRPよりも踏み込んだ見解を示しており、『LNTという考え方は、もはや仮説ではなく実際の疫学的結果によって裏付けられた科学的事実である』という見解を示している」(106ページ)と。世界的には、LNTは「実際の疫学的結果によって裏付けられた科学的事実」であるとする有力な見解が現実に存在するのである。『理科・社会』の著者たちはこの事実を隠している。
     これに対して我々は、LNTは、①閾値(たとえば100mSvなど)ありモデルよりは前進であるが、②放射性微粒子による内部被曝、バイスタンダー効果、ペトカウ効果、逆線量率効果などを考慮しておらず、③線形性を認めながらその後に低線量・低線量率ではDDREF(線量・線量率効果係数)を導入して下方に補正するなど、④低線量被曝のリスクを明らかに過小評価しており、⑤実際のリスクはリニアな線ではなく上方に向かって凸な曲線となる、と考える。
     著者たちの上記の文は、文字通りに読めば、ICRPが「被曝による不必要なリスクを避けることを目的として公衆衛生上の慎重な判断をしている」と評価していると解するほかない。このような著者たちの見解については、矢ヶ崎克馬氏の評価を引用しておこう。「ICRPの被曝防護3原則は」「被曝被害の受忍を強制することにより原子力発電に伴う被曝の必要性を受け入れさせてきたのである。(ICRPの3原則は)もちろん思想として人格権を真っ向から否定している」「(ICRPの見解)を『もっともである』と説いている野口氏の人権感覚は民主運動と相いれられるのであろうか」「私が驚愕したことは『原水爆禁止世界大会実行委員会運営委員会』の代表、『原発問題住民運動全国連絡センター』の代表委員の『自身ははっきりと原発には反対の立場』に立つ人々が被曝問題・原発問題にかかわる人格権を尊重する考え方に触れたことが無いのではないか、否それらを全面否定しているのではないか、と疑わざるを得なかったことだ」と鋭く指摘している(矢ヶ崎克馬「『放射線 被曝の理科・社会』を批判する――ICRPを信奉する著者らの考え方と人格権――」http://blog.acsir.org/?eid=40を参照のこと)。我々もまったく同感である。  
     野口氏らの本に戻ろう。17ページ「信頼性の高い人のデータがなければ実験を行ってデータを出せばよいと思うかもしれませんが、人を使った照射実験などできるはずがなく、低線量領域における発がんや遺伝的影響に関する信頼性の高い人のデータは、50から100mSv当たりならともかく10mSv以下の極低線量域では出てこないと思っています。」
     科学的に解明することを目的とした本で、最近の疫学調査の結果を無視することは、真実を正しく伝えていないことになる。以下の文献は、10mSv以下でも被害があることを示している。今や仮説ではないのである2)

    • 2014年D.J.BrennerはReviewで5〜100mSvの被曝のがんリスクは証拠が十分あるとし、それ以下は分からないとしている(D.J.Brenner:What we know and what we don't know about cancer risks associated with radiation doses from radiological imaging,Br J Radiol 2014;87:20130629)。
    • 2013年、MathewらのBMJへの発表で、がんの疑い以外でCTスキャンを受けたオーストラリアの小児68万人の調査で「CT4.5mSv毎に、小児癌発症が24%増加」していたという報告3)(同論文の「概要」と「考察」の部分の日本語訳を本論文末尾の参考資料2に記載)。
    • 2010年、Kendallらの報告で、イギリス小児について自然放射線5mSv以上で1mSv毎に白血病12%増という報告4)
    • 2011年2月、日本の原発労働者の労災認定、骨髄性白血病(累積被曝線量5.2mSv)5)
    • 同、カナダのマギー大学でのレントゲン検査で心筋梗塞の患者に対する血管造影検査やCTによる医療被曝で10mSvごとにがんが3%増えた6)
     さらにこれら以前においても、
    • 原発周辺での定常運転による乳がんの増加を示したJ.M.Gouldらの研究7)
    • 最近ドイツでも同様に原発周辺で小児がんや白血病が増加しているとの報告(KiKK研究)がある8)

     例えばKiKK研究(1980年から2003年の間に小児がん登録に登録された5歳の誕生日以前に小児がんを発症した子供全てについて調査された)の結論は次のようになっている。
     「原発から5kmで、全小児がん、小児白血病とも他の地域と比べて高い発症率を示している。全小児がんの発症数は77例、オッズ比は1.61(95%信頼区間下限値:1.26)だった。小児白血病は発症数が37例、オッズ比は2.19(95%信頼区間下限値:1.51)となった。これはそれぞれ発症率が1.61倍、2.19倍であることを意味する。
     それ故、野口氏の「信頼性の高い人のデータは…10mSv以下の極低線量域では出てこないと思っています」というのは真実に反するのはもちろん、科学を信頼せず、あくまで真理を追究しようという科学者としての姿勢に欠ける態度ではないだろうか。

    1-2.「ベータ線はガンマ線より危険なのか」(38ページ)

     著者たちは「内部被曝を外部被曝より危険視する意見」を次のように要約している。「ベータ線はガンマ線より透過力が弱い代わりに電離能力が高く、人体内にベータ線を放出する放射性物質が取り込まれると臓器・組織内の狭い範囲にエネルギーを集中的に与えるため、広い範囲に薄くエネルギーを与えるガンマ線より危険である、とする主張です」(38ページ)
     同40ページ「ガンマ線による電離・励起の99.9%以上は、実はこうした二次電子が引き起こしています。この過程は、高エネルギー電子の流れであるベータ線が臓器・組織内の狭い範囲にエネルギーを集中的に与えるというのであれば、ガンマ線と物質との相互作用により生成した電子も臓器・組織内の狭い範囲にエネルギーを集中的に与えるのです。」「ベータ線による被曝もガンマ線による被曝も、結果として高エネルギーの電子による被曝であって作用の仕方に何らかわりはない。」
     この野口氏の見解は、ベータ線による被曝とガンマ線による被曝のそれぞれ質的に異なる危険性を無視し、一面的に単純化し同一視して「電子による被曝」一般に還元している。野口氏は、細字の注記の中で、批判の多いICRPの「放射線荷重係数:ベータ線=ガンマ線=1」を導入している(41ページの注)。野口氏はこの点を「すでに何十年も前に解決済みの問題」(同ページ)であると強調しているが、これは氏が数十年間の放射線医学と分子細胞生物学の研究の進歩を頭から無視するためである。
     上記の野口氏の記述では大切なことが忘れられている。我々は、天然に存在するカリウム40と人工の放射性セシウムとは内部被曝では同じとする誤りについて繰り返し説明してきた(例えば『原発問題の争点』10)125ページ)。カリウムKは生体のあらゆる場所で必要とされている(それはKの化学的性質による)ので、チャンネルその他で自由に動ける仕組みが必要で、進化によってそのような構造ができたのである。Kがかなり均等に生体中に分散するので、局所のK-40由来の被曝量が非常に小さくなる。それでK-40の影響が、60Bq/kgと大きくとも、ほとんど問題がない。結果として、カリウムチャンネルが放射能の影響を過小にする役目を担っているように見える。このことは、カリウムイオンのチャンネル通過速度が極めて高速である(1チャンネル当たりでカリウムイオンを1秒間に10個オーダーで透過させる)ことからも示唆される(小澤瀞司、福田康二郎監修『標準生理学 第8版』医学書院2014年77ページ)。
     このようにして、カリウム40は体内のカリウム濃度に従って一様に分布し、ベータ線を出す。約60兆の数の全身の細胞が年に1回程度の被曝(1回のベータ線の放出で500個の細胞が被曝するとして)を受ける。それに対してセシウム137は微粒子として臓器に取り込まれ、局所的(数mmの範囲内)に集中的・継続的にベータ線を放出する。人工の放射性セシウムは、カリウムチャンネルを通過するのが原子の大きさの違いにより困難であるので、臓器に蓄積したり、通路を塞いだりする。
     一方、微粒子から放出されたガンマ線は、電子を励起するが、微粒子の周辺数mmではない。全身から体外まで遠くに分散している。これはカリウム40の場合に近いのである。セシウム微粒子から放出されるベータ線は、数ミリ程度の距離でエネルギーを失い、狭い領域の細胞や分子を集中的、継続的に破壊する。この点が、ガンマ線が放出される場合とは異なるのである。著者の野口氏は、セシウム137を含む微粒子によるこの集中的な被曝を考慮していない。これでは、微粒子からのベータ線による内部被曝の本質的な危険性が無視されてしまう。自分が間違っているのに他人が科学的根拠もなく内部被曝を怖がると非難する。バンダジェフスキーが、なぜセシウム137が臓器に非一様に取り込まれることを繰り返し強調するかを理解していないのである。野口氏はチェルノブイリから出される警告を真摯に受け止めるべきではないだろうか。
     ここで次の疑問にも触れておきたい。放射性セシウムが溶解して、微粒子でなく、イオンになったときはカリウム40と同じかということである。われわれは次のように考える。
     カリウムはカリウムチャンネルを通じ自由に全身をほぼ一様に高速で移動するが、セシウム等他の放射性元素は偏在することである。これは一般に合金や金属において不純物原子が集積し、析出するのに対応する。生体内においても安定な場所に移動したイオンはそこに留まり、集積し偏在する。こうしてあたかも微粒子が形成されたと同様の集中した局所的・継続的被曝を与えると考えられる。これがA.Romanenko氏達の膀胱がんの論文において、キログラム当たり50ベクレルのカリウム40ではなく、数ベクレルのセシウム137で膀胱がんが発生する理由であると考えられる。バンダジェフスキーも解剖し、病理検査から、心臓などの臓器の一部にセシウム137が偏在するといっている。偏在するのが一般的であり、偏在しないカリウム40が特殊である。これはカリウムチャンネルのおかげである。これが市川定夫氏(『新・環境学Ⅲ』、藤原書店、2008年)や鷲谷いづみ氏(『震災後の自然とどう付き合うか』、岩波書店、2012年)が生物進化の上でカリウムチャンネルの重要性を繰り返し述べている理由である。

    1-3.放射性物質によるイオンチャンネルの阻害・損傷の重要性

     最近、生体内の電気信号の伝達経路として、また細胞と細胞外の生体環境とを結びつけ細胞と細胞とを連携させる経路として、さらには生体内の情報伝達システムとして、各種イオンチャンネル(ナトリウムチャンネル、カリウムチャンネル、カルシウムチャンネル、ナトリウム・カリウム・ATPポンプ、塩素イオンチャンネル、炭酸チャンネル、水チャンネル、各種のトランスポーターなど)の機能が解明されてきている(小澤瀞司、福田康二郎監修『標準生理学 第8版』医学書院2014年、リチャード・A・ハーベイ著鯉渕典之ら訳『イラストレイテッド生理学』丸善出版2014年など参照)。各種チャンネルの体系は、生体内の代謝、体液の調整、感覚・運動神経系、脳・高次神経系、筋肉、心臓、血管系、呼吸器系、腎臓と尿生成、消化器系、内分泌系、骨の形成・吸収、生殖機能など極めて広範な機能において重要な役割を果たしている。「生理学の全体像を最新の知見を含めて的確に伝えることのできる教科書」を目指しているとされる上記『標準生理学』を見れば、人体の生理学的機能においてイオンチャンネルとその体系が役割を果たしていないような機能はほとんどないと言っても過言ではない。これらチャンネルの精巧な体系は、放射性物質に対してとくに脆弱であると考えられ、放射性物質(とくにカリウムに似た性質を持つセシウムとカルシウムに似た性質を持つストロンチウム)がチャンネルの極めて広範囲の機能を阻害し攪乱し破損するメカニズムを具体的かつ全面的に解明していくことが必要不可欠である。
     この点では、先駆的で貴重な研究が医学者の大山敏郎氏によってなされている。次のサイトを参照されたい(http://blogs.yahoo.co.jp/geruman_bingo)。また、同ブログの内容の要約と解説が以下のサイトにあり、大いに参考になる(http://m-epoch.com/benkyoukai/mainbenkyoukai.html)。
     医学者の井手禎昭氏も、近著(『放射線とがん』本の泉社2014年)の中で、同じ問題を提起している。氏もまた、セシウムの放出する放射線による直接間接の損傷だけでなく、セシウムが放射線を照射しない場合でさえも、自然界にはほとんど存在しないセシウム原子が多数体内に侵入してくること自体により生じる、その金属イオンとしての「負の作用」にも注目すべきであると指摘している。セシウムはカリウムと同族であるので、細胞膜にあるカリウムチャンネルを通過しようとするが、直径がカリウムより幾分大きいため(K+イオン径0.266nm、カリウムチャンネルの穴径0.3nm、Cs+イオン径0.338nm)途中で詰まってしまうか、通過に長い時間がかかる事態が生じる。こうして「カリウムチャンネルに詰まったセシウムが正常なカリウムチャンネルの電気伝導を阻害する」ことになり、心臓の電気伝導経路に障害が生じ、「心室性不整脈」を引き起こし、「ひどい場合にはQT延長症候群と呼ばれる病態と同じになって心室細動で突然死する」可能性がある、と指摘している(前掲書226〜227ページ)。井手氏は、バンダジェフスキー氏のセシウムが「少量でも心電図異常がみられる」という点に注目し、その原因を追及する中で、また自然界に存在する放射性カリウム40との比較で、同じく放射性のセシウムイオンの特異性を認識し、この見解に到達したという。イオンチャンネルによる電気信号の伝達を分かりやすく説明した図を下に引用しておく(図1)

    図1 イオンチャンネルによる電気信号の伝達の説明

    カリウムチャンネルが阻害・損傷を受けると、③の回復が起こらなくなり、
    電位が②の興奮時のままとどまり、元に戻らなくなってしまうことが分かる。
    出典:長野敬、牛木辰夫監修『サイエンスビュー 生物総合資料』実教出版(2013年)209ページ

     これらは非常に重要な指摘である。この点に関して内部被曝問題研究会内部で議論していただいた(重要な論点をご指摘いただいた田島直樹氏、落合栄一郎氏、岡山博氏、生井兵治氏に感謝します)。その議論を我々なりに要約すれば、大山・井手氏の指摘するセシウムイオン自体のカリウム類似性によるチャンネル阻害作用およびその状態での放射線の照射によるチャンネルの損傷という機序は、イオンチャンネルが障害され破壊される1つの可能なシナリオではあるが、それ以外の別の可能性も含めて、障害と破損のメカニズムはもっと広く考えなければならない、ということである。
     大山氏の指摘するようにセシウムイオンがイオンチャンネルに詰まった状態になるか、あるいはチャンネル通過に時間がかかれば、その間にセシウムが放射線を照射し、それによってチャンネルが破壊される確率も大きく高まるのは確かであろうが、この確率は我々の計算では、重要なチャンネル傷害を引き起こすほど大きくないように思われる。我々の見解では、放射性物質によるチャンネルの阻害・損傷は、①カリウムチャンネルだけではなく、あらゆるチャンネルについて考えられ、②チャンネル通過時にのみ生じると限定して考えるべきではなく、あらゆる状況下の被曝で生じうると考えるべきであろう。以下論点を整理してみよう。
     第1に、大山・井手説の画期的な点である(両氏の見解には相違もあるがここでは一系列のものと考える)。大山・井手両氏は、放射線の健康影響を考えていく上で、今まで考えられてきたDNA鎖の切断や損傷、ミトコンドリアの損傷、細胞膜脂質の破損などのメカニズムと並んで、①放射線と放射性物質(我々の見解ではさらに放射性微粒子)が破壊する標的としての各種のイオンチャンネルおよびそのシステムの重要性を、分子細胞生物学的・医学的にはっきりと指摘し、②チャンネルの阻害・損傷と具体的な疾患(両氏が指摘したのは心疾患だが我々の見解ではそれだけにとどまらない)との関連性を明確に問題提起した。これは、我々の知る限りでは、初めての指摘である。この功績は不変であり今後も高く評価されるであろう。放射性物質によるイオンチャンネル破壊という両氏の考え方は、現在の段階では1つの仮説であるが、将来研究が進んでいけば、イオンチャンネル系に対する放射性物質の阻害・破損作用の全体を「イオンチャンネル効果」と呼ぶことになるかもしれないほど重要な発見であると思われる。
     第2に、しかし、阻害・損傷が生じる機序については、両氏の説明にはやや一面化があり狭く限定しすぎているように思われる。破壊はイオンチャンネル通過時だけにとどまらず、さらに広くいろいろな状況を考えるべきであろう。たとえば、放射性セシウムが放出するベータ線は飛程が数ミリほどあるので、細胞の大きさを10ミクロン程度とすると1000個程度の細胞がチャンネル部位を含めて継続的に被曝する可能性がある。チャンネルの通過時に(その内部あるいは直近で)照射されなくとも、数ミリ程度離れたチャンネルが、放射性セシウムによる放射線により破壊される場合が多いと考える方が自然であろう。ガンマ線の場合は外部被曝も含めてさらに広い様々なケースが考えられる。
     第3に、放射性物質の、原子レベルでの作用だけでなく、微粒子形態での作用も考えなけばならないであろう。これもメカニカルな阻害と放射線による損傷とを分けて考えよう。自然界に存在する非放射性のセシウムは僅少ではあるが体内に存在し、しかも大きな健康障害を引き起こさない。だから、チャンネルにメカニカルに詰まるか、通過速度が顕著に低下し、健康被害を引き起こすとすると、セシウムは原子ではなく、放射性セシウムを含む放射性微粒子であろう。表面に放射性セシウムを含む放射性微粒子(おそらくナノレベルの極微小な形のもの)が、チャンネルに吸い寄せられ、チャンネルにいわば蓋をしてブロックすることは十分考えられる。微粒子表面にカリウムやカルシウムがある放射性微粒子も引きつけられるかもしれない。チャンネルをブロックする形でチャンネルの機能を阻害する医薬品はすでに開発されて広く使われている(たとえば浦部晶夫ほか編集『今日の治療薬2015年』「抗不整脈薬」の項参照605〜606ページ)。ふぐ毒など各種の毒物がチャンネルの機能を阻害することもすでに明らかになっている。ブロックしたその状態で微粒子が集中的にベータ線を照射すれば、また、微粒子が通過しようとしなくても、チャンネル近傍で集中的に放射線を照射すれば、チャンネルを損傷する可能性が高まると考えるべきであろう。
     第4に、カリウムチャンネルをもっぱら放射性セシウムが(あわせて言えばカルシウムチャンネルをもっぱら放射性ストロンチウムが)破壊すると考える必要はないであろう。放射性セシウムがカリウムチャンネル以外の各種のチャンネルをも破壊する可能性があると考えるべきであろうし、さらにセシウム以外の放射性物質もまた同じようにいろいろなチャンネルに損傷を引き起こすと考えるべきであろう。また破壊される対象もカリウムチャンネルだけに限定して考えるべきではない。体内で情報の伝達に関与しているのは、カリウムチャンネルだけではない。カリウムチャンネルは、同じく細胞膜にあるナトリウムチャンネル、ナトリウム・カリウム・ATPポンプ、カルシウムチャンネルなど(これらもまた多数の種類がある)とのペアとして働いている。これらすべてに対する放射線の破壊的影響を考えるべきであろう。
     第5に、チャンネルの損傷には、放射線によって生み出されるフリーラジカルの作用が重要な役割を果たすものと思われる。放射線による直接の破壊作用に加えて、放射線によって生み出される活性酸素・活性窒素・フリーラジカルが、イオンチャンネルに対して(とくにイオンを選択的に捉える部分、受容体、センサー、サブユニット、フィルターなどのパーツ)に、数倍ものより深刻な破損作用をもたらすことが十分に考えられる。
     第6に、体内の電気信号・情報伝達系が放射線によって傷害されうるのは、チャンネルの障害・損傷だけではない。損傷は、その系路のどこかの細胞自体(DNAやミトコンドリアなど)の損傷であってもよいし、また細胞間質(細胞間基質ECMなど)でもよい。チャンネル系路は、多数がネットワークとなって機能しており、どこか重要な箇所が切れれば、シグナルは伝わらなくらなくなる。チャンネル系路の長いパスの一部が壊れれば、全体に影響が及ぶというのがチャンネルによる体内の情報伝達系の阻害・損傷の特徴である。
     第7に、セシウムやストロンチウムなど放射性物質が特定の臓器に偏在して蓄積される傾向(セシウムの心臓への、ストロンチウムの骨や神経組織への、ヨウ素の甲状腺へのなど)である。これによって、蓄積された臓器内部での照射はいっそう強いものになり、チャンネル破壊の確率も高まるであろう。
     第8に、注意点であるが、放射線のイオンチャンネル系への影響を、従来から知られ解明されてきた放射線の健康影響に対置したり対立させて考えてはならない。チャンネルへの傷害は、放射線の極めて広い影響の「一部分」であって、決して「全部」であるわけではない。たとえば、チャンネルへの作用によってQT延長症や急性心筋梗塞が「100パーセント」説明できる必要はないのである。それは、今までに解明されてきた放射線のいろいろな影響の上に「相加」され、おそらくは「相乗的」に働くものであると考えるべきである。
     最後に、大山・井手両氏の重要な貢献は、放射線のイオンチャンネル系への影響を解明することによって、放射線の健康影響がさらに広範なものであり、ほとんどあらゆる病気や障害を引き起こすことがいっそう明らかになるという点である。この点は少し詳しく検討しよう。
     まず、遺伝や薬剤の結果生じるイオンチャンネルの障害・損傷は、心臓病だけでなく筋肉病、脳疾患、腎疾患、代謝性疾患などさまざまな一連の疾患(「チャンネル病」と呼ばれている)を引き起こすことがすでに知られている。これらのチャンネル病のうち少なくとも一部の疾患が、遺伝や薬剤によってだけでなく、人工放射性核種によるイオンチャンネル阻害・損傷によってもまた起きる可能性があると考えるのが自然であろう。
     また、イオンチャンネルは、大山・井手両氏が取り上げている心筋だけでなく、ニューロンやシナプス・受容体においても重要な役割を果たしている(下図2および3)。我々にはこの点がとくに重要であると思われる。たとえば下図によれば、神経細胞には、いろいろな種類のカリウムチャンネルが全体に散らばって、極めてたくさんあることが分かる。これらのうちのどれかにあるいは複数に障害が起これば、その部位によっては、神経情報の伝達が阻害されることになる。また、カルシウムチャンネルが阻害・損傷されれば、カルシウムイオンが流入しなくなり、神経伝達物質の放出が阻害され、神経情報が伝達されなくなることが分かる。放射線によるイオンチャンネルの阻害・損傷は、神経系に深刻な影響を及ぼす可能性があると考えなければならない。

    図2 神経細胞内の各種の電位依存性カリウムチャンネルの位置

    出典:インターネット「脳科学辞典」の「カリウムチャンネル」の項
    http://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:KCh_fig5.png


    図3 神経伝達物質の放出におけるカルシウムチャンネルの役割

    出典:長野敬、牛木辰夫監修『サイエンスビュー 生物総合資料』実教出版(2013年)209ページ

     さらに、これらのイオンチャンネル阻害・損傷作用は、チャンネル系がニューロンやシナプスにおいて重要な役割を果たしていることから考え、脳や神経系(中枢および末梢神経、感覚神経、運動神経、自律神経など)の信号伝達にも広く影響すると考えるべきであろう。さらに、チャンネル損傷によって脳内の神経伝達物質の不足が生じるならば、うつをはじめ一連の精神障害を引き起こす可能性があると考えられる。それらの症状は、福島や周辺地域だけではなく、トモダチ作戦で被曝した米軍兵士にも現れている、彼らは実にさまざまな症状を訴えているが、とくに感覚器官障害(難聴、耳鳴り、視力低下・失明、めまいなど)、運動機能障害(筋力低下、運動失調、歩行困難、けいれん、筋肉痛、四肢麻痺など)、精神障害(不安、不眠、うつ)などに注目すべきである。放射性物質と放射線によるチャンネル傷害が解明されるならば、被曝がこれら疾患や障害の原因の1つとなっている可能性は十分あると考えなければならない。参考までに以下に米軍被曝兵士が訴えている主な症状を挙げておこう(表1)。

    表1 トモダチ作戦で被曝した米軍兵士に現れた多様な症状(2014年11月3日付)

    出典:http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4009.html

     野口氏らは、原発事故による被災者の「ストレス」を健康被害の原因としてあげ、あたかも脱原発の側が「放射線の危険を誇大に言い立てている」ことがその原因であるかに主張しているが、生理学の最新の成果によれば、この「ストレス」そのものが、イオンチャンネルの障害と損傷によって、放射線被曝の結果生じている可能性が示されているのである。

    1-4.「ホットパーティクルは危険なのか」(42ページ)

     『理科・社会』43ページ「25人の作業者の肺がんの発生に関する調査が行われましたが、肺がんの増加は確認されませんでした。同施設の約1200人のプルトニウム作業者の疫学調査も別の研究者により行われましたが各種の発がんの増加は確認されておらず、総じてホットパーティクルによる被曝と発がんとの因果関係に否定的な結論が下されています。…ホットパーティクル説は疫学調査により否定されたと思います。」
     この本を通じて野口氏の論法は注意すべき点がある。100ミリシーベルト以下の閾値の問題もそうであるが、疫学調査には調査対象の規模が大切であり、精度に関係するのである。25人を短期間観測して発生しなかったとしても安全の証明にはならない。野口氏は、無知か故意かはわからないが、ロッキーフラッツ核兵器工場による作業員の被曝に言及しながら、住民約60万人の疫学調査を無視している(Carl J. Johnson et.al: Plutonium Hazard in Respirable Dust on the Surface Science193, 488-490)9)。1993年の被曝反対東京実行委員会による『プルトニウムの危険性』という小冊子から引用させていただこう(表2)。

    表2 放出プルトニウムによる過剰ながんの発生率

    Carl J. Johnson et.al: Plutonium Hazard in Respirable Dust on the Surface Science193, 488-490(1993年)、
    さらに高木仁三郎著:『プルトニウムの恐怖』岩波新書1981年、120ページ。
    ただし、(50-0.8)mCi/km2=(1850-29.6)Bq/m2,(0.8-0.2)mCi/km2=(29.6-1.4)Bq/m2,(0.2-0.1)mCi/km2=(1.4-0.37)Bq/m2

     種類別では1969年から1971年の3年間で直腸・結腸がんが22%、肺がん24%、舌・咽頭食道がんが49%、白血病が14%、リンパ腫・骨髄腫が11%、卵巣がんが24%、睾丸がんが135%、肝臓がんが135%、甲状腺がん28%、膵臓がん7%、胃がん22%、脳腫瘍7%等の増加であった。
     野口氏は調査規模を問題にせず、他の人が恣意的なデータを用いていると批判するが、それは野口氏自身のことではないだろうか。           
     『理科・社会』46ページ「粒子状であるから特段に危険になる理屈はないと思っています。」
     ロッキーフラッツ核兵器工場によるコロラド州の住民の被曝は、火災事故によるプルトニウムの放出や廃棄物貯蔵ドラム缶からのプルトニウム放出によって生じたものであり、プルトニウムのホットパーティクルの危険性を証明したものである。数百グラムから1kgというプルトニウムの放出によって生じた被害をコロラド州ジェファーソン郡の厚生局長カール・ジョンソンらによって行われた100万人を超える大規模な疫学調査である。実に501人、全体の9%が過剰にがん死している。上記小冊子の著者たちは、以上の結果を基に100%の確率で1人の人間が肺がん死する量、すなわち、プルトニウムの肺癌吸入量を計算し、ゴフマンの米国25歳喫煙男性の肺がん吸入量0.225μgに近いとしている。ICRPは10432μgとしており、1万から、10万倍も過小評価していると批判している。 
     このように野口氏の「微粒子は危険でない」という主張は、疫学的に否定されている。このことは、野口氏が44ページで「ホットパーティクルを作らないで臓器・組織内で均等分布する場合の方が多くの細胞を無駄なく被曝させるはずです。つまり臓器・組織内でアルファ放射体が不均等分布する場合よりも均等分布する場合の方が、生物影響は大きいのではないでしょうか。ホットパーティクルについての疫学研究が総じて否定的な結論を示しているのも、こうした事情が影響しているのではないかと思います」と述べているのは、事実で持って否定されたことになる。ICRPの国内委員も同様の見解を述べている(『原発問題の争点』126ページ参照)10)。科学は厳しいものである。いい加減な類推や推測を許すほど甘くはないのである。その他の論点については放射性微粒子に関する我々の論文http://blog.acsir.org/?eid=31を参照されたい。
     この点に関しても放医研の前掲書を見ておこう。同書は、はっきりと次のように書いている。「酸化プルトニウム粒子のように難溶性のものを吸入した場合、肺に長期間沈着するため肺に繊維化や肺がんのリスクを招く可能性が出てくる」と(141ページ)。このように放医研の同書は、野口氏らとは違って、放射性微粒子の危険性を明確に認めている。福島原発事故では、プルトニウムだけでなく、放射性セシウムを含む不溶性の放射性微粒子が発見されており、「ホットパーティクル」による被曝は「現実の危険」となっていると言わなければならない。

    1-5.「放射線被曝のリスクを考える」(47ページ)

     『理科・社会』55ページ「そういった線量域で細胞の中で起こることを踏まえると、放射線被曝によってがんになる人が目に見えて増えることはないだろうと私は考えています。」これは、田崎晴明氏と全く同じ主張である(『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』朝日出版2012年刊、我々の一人山田耕作による同書の批判論文http://blog.acsir.org/?eid=25も参照のこと)が、ホットパーティクルやペトカウ効果など多くの重要な危険性を無視してこのような無責任な予測をすることは許されない。国際的な合意である「予防原則」にも反している。被害が生じたとき如何に責任をとるのか。
     これに関して著者たちは「生物進化の歴史」を強調している。「地球がつくられてから、天然のさまざまな放射性物質は崩壊して減少していますから、歴史をさかのぼればさかのぼるほど、放射線量は高かったことになります。そうした環境の中で生き物は進化してきたのです。DNA修復系もまた、そういった環境の中で進化していったのです。放射線被曝のリスクを考える上で、生物がこのようにして環境に適応して進化してきたことをぜひおさえていただきたい」と述べる。だから「DNAの損傷は効率よく修復されている」、福島程度の被曝量程度で不安になるには及ばないというのである。
     しかしここには2つの問題がある。1つは単純な論理矛盾である。著者の書いている内容は、地球史において環境中の放射線レベルの低下が、原始生物から高等生物への進化の自然的前提のひとつになったという自然史上の事実を確認しているにすぎず、再び環境中の放射線レベルが上昇しても人間と高等生物が十分対応できるという証明にはならない、むしろ反対であるという点である。そこからは、現在の地球史的に低い放射線量が維持されなければ、たとえば人類が地球的規模の放射線量を人工的に高めるというようなことが生じるならば、人類と現在の高等生物種全体の生存が脅かされるであろうという結論が出てくる。著者らの議論からは、現在の地球史的に低い環境放射能レベルを守っていくことが人類の自然に対する義務であるという結論が出てくるはずである。ここから反対の結論を導くなら、それは自然と進化の全歴史に対する「奢り」であり「冒涜」であると言われても当然であろう(ローマ法王の警告――「原発は現代の『バベルの塔』であり『神への冒涜』である」――を想起するだけで十分であろう)。
     もう1つは放射能の性質である。著者たちが取り上げている放射能はもちろん自然放射能のことであるが、いま福島事故で問題になっているのは、生物進化史上にはまったく存在しなかった人工放射性物質であるという点である。人間が第2次世界大戦中以降につくり出した人工放射性物質に対する生物の対応機構は、生物進化の過程では形成されていないし、されるはずもないことは、明らかである。地球史に存在しなかった放射性物質による被曝に対して、地球史と生物進化を持ち出しても無意味であり、事情のよく分からない一般の人々を混乱させ欺く欺瞞にしかならない。
     ここでも放医研の前掲書によって最近の研究を見てみよう。同書では、電子の作用で生じるDNA損傷のなかでとくに「クラスター損傷」(DNA損傷が数nm以内に近接して複数個生じたタイプの損傷で修復が困難になる)の重要性が強調されている(本文だけでなくICRP2007勧告の要約、BEIRⅦの要約でも触れられている)。この場合、電子のエネルギーが低くなるほどクラスター損傷の割合が大きくなる傾向があり、X線やガンマ線照射による100keV程度の電子では全2本鎖切断の20%、1keV程度の電子では30%程度、アルファ線では70%程度がクラスター損傷であるという(134ページ)。「DNAの損傷は効率よく修復されている」としか言わない『理科・社会』の著者たちは、この問題を無視している。
     また、同書で指摘されている重要な現象の1つは、「逆線量率効果」である。つまり、「放射線による細胞の損傷が一定以上になると間違いの少ない修復系が主になり、線量率が低いと修復系が不完全でエラーが発生しやすくなるために、(突然)変異頻度が上がる」という(85ページ)。つまり低い線量率で長時間被曝した方が突然変異の頻度が逆に高まるのである。これは「ペトカウ効果」そのものであるが、この現象もまた野口氏らによって無視されている。
     放射線の間接的作用すなわちフリーラジカルと活性酸素の作用についても、著者たちは「生物進化」を強調する。著者たちは地球の歴史で石炭紀における「大気中の酸素濃度の上昇」を指摘した後、「生物はこうした高酸素濃度環境の中で、酸素毒性に抵抗する能力を進化させながら生きてきたし、現在もまた生きているのです」(50ページ)という。ここには、大気中の酸素活性と体内のフリーラジカル・活性酸素とを混同するという極めて初歩的な誤りがあることは言うまでもない。
     著者たちは、「生物は活性酸素などの酸素毒性への抵抗性を持っている」として、体内の解毒酵素、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)の役割を強調している。同書は、またしても典拠を挙げずに、SODは「・O2を分解し、・O2と・O2に由来する他の活性酸素、特に・OHによる損傷を防いでいます」と書いている(48ページ)。だがこれはSODに対する過大評価であって、SODには放射線によって生じる強力な・OH(ヒドロキシラジカル)を分解したり分解を促す作用は確認されていない。・OHを抑制するとすれば、むしろ著者たちが挙げているグルタチオンペルオキシターゼの方であろう(図4参照)。

    図4 活性酸素の産生と解毒システム

    出典:リチャード・A・ハーベイ著、鯉渕典之ほか訳『イラストレイテッド生理学』丸善出版(2014年)569ページ

     しかも、グルタチオンペルオキシターゼは、名前の通りペルオキシド(過酸化物)タイプの化合物を分解する酵素で、ヒドロキシ(水酸化)ラジカルを直接分解するものではない。もちろん、含まれるイオウ部分がラジカルと反応するので、同ラジカルについてもその攻撃性を抑えることはできる(Eiichiro Ochiai; Bioinorganic Chemistry, a Survey; Elsevier, 2008にあるGlutathione peroxidaseの項を参照のこと)。また、放射線によって生じるヒドロキシラジカルは、過酸化水素からではなく水から直接生じ、また決して同図のように生体内で産生される場合の教科書的な機序に沿って処理されるものではない。この事情も放射線によって生み出されるフリーラジカルに対する生体の反応に重要な影響を及ぼす可能性がある。(この項の内容について落合栄一郎氏のご指摘に感謝します)。
     放射線が体内で生み出すフリーラジカルと活性酸素の影響(我々の放射性微粒子論文32〜35ページ http://blog.acsir.org/?eid=31参照)についても、著者たちの根拠なき楽観論は変わらない。著者たちは、一方では、ガンマ線とベータ線について、放射線のこの「間接的作用」が「直接的作用」よりも3倍も強力であることを認めている(48ページ)。しかし、著者たちはそれによって生じる「酸化ストレス」を認めず、それはまたしても根拠なき楽観論に変わる。「放射線で活性酸素が作られてDNAに修復できない傷がつくことを心配する声をときおりうかがいます。私たちの身体の中ではいまの瞬間も大量の活性酸素やフリーラジカルが生成しており、私たち生物はその毒性から身を守る巧妙な仕組みを持っているからこそ生きていることを、ぜひ知っていただきたいと思います」(50ページ)と書いている。
     『理科・社会』のフリーラジカルの叙述はここで突然止まっている。著者たちは、これに続けてどうして次のように書かないのであろうか。…しかし、体内に入った放射線は、このようなフリーラジカルや活性酸素をめぐる生体の微妙なバランスを崩してしまう。内部被曝による放射線は、常にフリーラジカルと活性酸素を生みだし、生体がその解毒メカニズムを酷使せざるをえない状況を作り出し、その機能を疲れさせ萎縮させ、体内に深刻な「酸化ストレス」を引き起こす(表3)。

    表3 真核生物が受ける酸化ストレス

    出典:山内脩ほか『生物無機化学』朝倉書店(2012年)252ページ

     その結果、著者たちの挙げている「DNAの損傷」だけでなく、細胞に対し広範囲の影響を及ぼすことが考えられる。その中には、上でセシウム・ストロンチウムによるイオンチャンネルの阻害・損傷との関連で述べた「シグナル伝達物質の抑制」も含まれる(小澤瀞司、福田康二郎監修『標準生理学』720ページ)。これらにより、がんだけではなく、動脈硬化、腎不全、気管支喘息、心不全や心筋梗塞、花粉症や口内炎、ドライアイや白内障、関節リウマチや膠原病、胃潰瘍や逆流性食道炎、炎症性腸疾患、脳梗塞、アルツハイマー病やパーキンソン病、老化の促進など極めて多様な疾患や障害を引き起こす要因になる、と(吉川敏一氏(元京都府立医科大学教授)「フリーラジカルの医学」『京都府立大学雑誌』126(6) 2011年を参照のこと。関係する病名一覧は386ページにある。
    http://www.f.kpu-m.ac.jp/k/jkpum/pdf/120/120-6/yoshikawa06.pdf)。
     ここでも放医研の前掲書を見てみよう。放射線が活性酸素・フリーラジカルを発生させ健康影響を与える点以外にも、国際的に認められている放射線の影響として「非標的効果」(DNA損傷を受けていない部位において突然変異が生じる)と「遅延効果」(照射された細胞のみでなくその子孫細胞に染色体異常が生じる)があることは、よく知られている。具体的には「バイスタンダー効果」(照射された細胞の周辺の細胞に突然変異が生じたりがん化が生じる)、「ゲノムの不安定性誘導」(遅延突然変異頻度が長期にわたって蓄積する)などの作用がある。放医研の前掲書は、これらについて指摘した後、さらに踏み込んで「以上、概観してきたような非標的影響は、放射線照射の標的となった細胞DNAに直接的な突然変異が生じて放射線発がんのイニシエータになるという図式の変更を迫っている」(88ページ)と書いている。
     さらに放医研前掲書は、「バイスタンダー効果」の1つの説明として、放射線照射によって細胞に炎症が長期的に生じ、その細胞炎症によって産生される物質と周囲の細胞における発がん性突然変異の誘発に「密接な関係がある可能性」を指摘している(81ページ)。同書はこのような物質として「さまざまなサイトカインと活性酸素」を挙げている(79ページ)。サイトカインは、免疫細胞に情報を伝えるタンパク質で、体内の免疫バランスを越えて産生されるとアレルギーや自己免疫疾患を促す可能性があると考えられるので、このメカニズムは、放射線被曝によって各種の自己免疫疾患が生じる可能性を示唆している。また、動物実験においては、「低線量放射線照射が個体の免疫応答を亢進する可能性」が示されているという(125ページ)。このように放射線は免疫機構に対して二面的で矛盾した作用を及ぼし、一方では白血球などの造血機能を障害し免疫機能を弱める場合もあれば、他方では免疫機能を一方的に亢進させ自己免疫疾患など免疫異常を引き起こす場合もある、と考えなければならない。
     また放射線が体内で生み出すフリーラジカルは活性酸素だけではない。活性窒素もまた重要な破壊的作用を及ぼす。この点に関しては我々の『原発問題の争点』所収の大和田幸嗣著第1章の第4節を参照されたい。
    これらについて、野口氏はまったく触れていない。このことからも、著者たちがどれほど国際的な研究の発展を無視しているかは、明らかであろう。

     
       2.第2章「『福島は住めない』のか」

    2-1.「美味しんぼ問題が浮き彫りにしたもの」
      ――「福島県民の被曝線量で、被曝が原因の鼻血は出ない」という主張について


     『理科・社会』58ページ「被曝によって鼻血が出るということは明確に否定できます。」
     同63ページ「血小板がほとんどなくなるのは、かなり大量に放射線を浴びたときです。どのくらいの被曝かというと、2Sv以上と言われています。」
     これはすでに雁屋氏によって正しい反論がなされている。雁屋哲著『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』を参照していただきたい11)。例えば2012年11月に、岡山大学、熊本学園大学、広島大学の合同プロジェクト班が疫学調査を行い、2013年9月6日に報告書を発表している。調査は福島県双葉町、宮城県丸森町筆甫地区、滋賀県長浜市市木之本町の3地区を対象として行われ、木之本町と比べて双葉町と丸森町では、「体がだるい、頭痛、めまい、目のかすみ、鼻血、吐き気、疲れやすいなどの症状」が有意に多く、「鼻血に関して両地区とも高いオッズ比を示した」という事実。報告書によれば、この福島県における放射線と鼻血についてのオッズ比は3を超えている。明らかに鼻血が出たことを示している。疫学結果を過去の高線量被曝の経験で否定することはできない。過去の事実に合致しない事実とすれば、別の機構を考慮するのが科学的態度であり、『理科・社会』のように、新しい事実を古い理論で否定するのは本末転倒である。にもかかわらず、鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立てるのはなぜなのだろうか。
     『理科・社会』65ページ「放射性セシウムを含む微粒子から毎秒1000個のガンマ線が出ているとします。この線源にどれだけ近づいたとしても、被曝するガンマ線の量は頭打ちになり、無限に増えていくことにはなりません。なお、1000ベクレルのセシウム137から体が受ける最大の被曝量は、体重50kgの人で0.007μSv/時になります。」と菊池誠氏の計算を用いている。
     しかし、繰り返しになるが、被曝の影響が問題なのは生体としての反応であり、全身で被曝するとして評価した0.007μSv/時は局所的集中的被曝を過小評価している。ICRP に基づく田崎氏、菊池氏、野口氏はガンマ線とベータ線を区別せず、全身が均一に被曝するとして計算している。ベータ線の局所的な被曝(ベータ線は数mmの距離でエネルギーを失う)では50kgは関係がないはずであるが、彼らは体重で割っている。内部被曝が危険とする人たちの本質的な論点が理解できていないのである。雁屋氏が、西尾正道氏などの微粒子によるベータ線によるイオン化作用に基づく説明を用いるのは、正しく当然である。菊池氏のガンマ線1000ベクレルを用いた議論では、集中的な被曝でないから内部被曝が小さいのは当然である。これは前述の問題で「ガンマ線も電子を励起するから同じ」という誤解にも基づいている。先に述べたようにガンマ線は全身や外部に拡がるので被曝の集中度が異なる。このように『理科・社会』全体が誤りの積み重ねとなっている。
     『理科・社会』64ページで児玉氏は「『美味しんぼ』23回に登場する『専門家』もそうですが、放射線被曝で鼻血が出るメカニズムを無理やり考え出そうとする人がいるようです。しかし、そこには被曝量が全く見積もられていません。被曝量がどのくらいかを度外視して、放射線被曝の健康影響を論ずることはできません」と述べている。いくら線量といってもガンマ線とベータ線は区別しなければメカニズムが議論できないのは当然である。かって、食品基準の説明会で厚生労働省の人がバンダジェフスキーの「放射性元素臓器取り込み症候群」を否定するのに線量が記されていないからと述べた。論文には病理解剖によって、取り込まれた微粒子の影響が明確に写真で示されており、さらに体重と各臓器1kg当たりのベクレル数が示されているのにも関わらずこの否定である。ここでの鼻血の問題では、体全体のガンマ線の線量がSvで示されても無意味で、鼻が受けるベータ線の局所的な強さが必要なのである。元々内部被曝を人体や各臓器を一様な物体(ファントムという)で置き換えたICRPの実効線量シーベルトで評価するのは正しくないのである10)
     『理科・社会』46ページの注記で著者たちは、「2ミクロンぐらいのセシウムボール」は「大部分が鼻腔粘膜にはほとんど付着することなく」したがって「鼻血が起こることはない」と断定している。典拠は何も示されていない。しかし「鼻腔粘膜にはほとんど付着しない」という点は、明らかに事実と異なる。
     我々は、すでに放射性微粒子に関する論文でこの点を検討している。ここでは、論文で引用した日本政府の「原子力委員会決定 昭和44年(1969年)11月13日 プルトニウムに関するめやす線量について」より、別図だけを引用しておこう(図5-1)。それを見れば、2ミクロン程度の粒径では、鼻咽喉への沈着率は7割程度でかなり高いことが分かる。さらに、環境研究所が行ったディーゼルエンジンの排気ガスに含まれる粒子(DEP)による最近の研究成果も掲げておこう(下図5-2)。鼻腔・咽頭・喉頭への沈着率は、2µmあたりできわめて高くなっており(対数目盛であることに注意)、著者たちの主張が明らかに間違っていることを示している。重要なことは、ナノ粒子の鼻腔も含む呼吸器系各部位への総沈着率が、ミクロンレベルの粒子の総沈着率よりもさらに高くなることである。鼻腔などへの沈着率は1nm付近で最大となり、粒径の大きい方の5μm付近のピークをさらに越えている。ナノサイズの放射性微粒子は、直接体内および血液中に取り込まれ、また数ナノの微粒子は体内のあらゆる関門を通り抜けて脳内にも胎児にも侵入するため、危険性は桁違いに大きいと考えるべきである。

    図5-1 日本政府原子力委員会の1969年の決定より

    [注意:図の横軸左下の2箇所のミクロンの表記(0.1と0.5)は、
    明らかに誤植で0.01と0.05としなければならないと思われる]
    出典:『原子力委員会月報』14(12)で、以下の政府サイトにある。
    http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/ugoki/geppou/V14/N12/196901V14N12.html

    図5-2 ディーゼルエンジン排気粒子(DEP)の呼吸器系各部位への沈着率

    出典:国立環境研究所「微小粒子の健康影響」『環境儀』No.22(2006年10月)
    http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/22/04-09.html
     
    2-2.「『分かっていること』と『分かっていないこと』」という論議(69〜70ページ)の本質
       ――「確率的影響」全体を否定すること


     『理科・社会』8ページ「高線量の放射線被曝が急性障害を引き起こすケースにあっては議論の生じる余地はほとんどありません。しかし低線量被曝の影響となると…なかなか見解の一致を見ることができません。…マスコミなどでは、この件(放射線の影響)については『分かっていない』という扱いにするのが一般的です。…ジャーナリズムで『分かっていない』という言葉が好んで使われる理由は、ひとつにはそう言っておけば何の責任も生じないからでしょう。もうひとつの理由は『分かっていない以上、リスクを大きく見込んで対処するのが正しい』という主張が、そこに成立するからだと思います」。
     同69〜70ページ「まだ分かっていなくて論争が続いているのは、低線量領域での確率的影響についてです。…すでに分かっていることまで無視して、『分かっていない』と片づけるのは、科学の冒涜であり、福島原発事故の被災者の不安を煽るものでしかありません」。
     著者たちがマスコミ批判として展開する「『分かっていること』と『分かっていないこと』」という分かりにくい論議(8〜9ページ、69〜70ページ)は、その本質において、ICRPやBEIRなどにより不十分で歪められた形ではあれ国際的に確立されている、低線量による確率的ながん発症の考え方全体を否定するためのロジックであるといわざるをえない。
     今まで低線量被曝の結果としてのがんの発症は「確率的影響」とされ、「X(ミリ)シーベルトの被曝によりがん発症確率YがZ%だけ増大する」という考え方が広く行われてきた(放医研前掲書『低線量放射線と健康影響』150ページ参照)。この見解に基づくなら、福島事故の放出放射能によるがん発症確率の上昇は不可避的かつ必然的に生じるはずであり、たとえ個々の被災者の線量が低くても被曝集団の数が莫大(千万人オーダー)であるので、決して著者たちのように「目に見えるがんの増加は起こらない」すなわちゼロか限りなくゼロに近いという結論には決してならない。この点に関して、松崎道幸氏は福島の汚染地区におけるがんの発症や心臓病死の具体的な推計を試みている(松崎道幸「放射線被ばくの影響を一ケタ過小評価していませんか?――放影研原爆データ(LSSデータ)を検証する――」http://yahoo.jp/box/XSLBqZ を参照されたい)。
     著者たちにとって都合の悪いこの定式に対して、著者たちは、まず、ジャーナリズムの一般的議論として「低線量被曝の影響は『分かっていない』」と決めつける。だが、これはICRPやBEIRではっきり認められ「分かっている」とされている「低線量被曝の確率的影響」を全否定するための第1歩である。『理科・社会』では、次には「分かっていない」という言葉は「ない」の部分だけが展開されて「影響はない」の意味に解釈され、いつの間にかこの確率的影響自体が「存在しない」ことにされる。最後には国際的に認められ確立されている「予防原則」自体が否定される。
     もちろん、低線量被曝におけるICRP式の確率論には、放射性微粒子として体内に取り込まれた場合の危険性が考慮されていないなど、一面性と狭隘化が含まれているのは確かであり、批判的に検討する必要がある。だが著者たちは、そこからいっそう被曝の現実に合致させる方向へ前進するのではなく、反対の反動的な方向に向かい、ICRPよりもさらに後退する。低線量被曝の影響は「確率的」な形では「存在する」というこのICRPの定式さえも否定し、放射線の影響は、高線量被曝による「確定的影響」以外は「存在しない」という見解を主張する。この意味では、著者たちの見解はICRP以下であり、ICRPよりもさらに反動的であるというほかない。
     津田敏秀氏は『医学的根拠とは何か』岩波書店(2013年)の中で、統計的に「有意差がない」と「影響がない」とを混同しさらに「放射線による発がんがない」という結論を導いている「数量化の知識なき専門家」を鋭く批判している(95〜96ページ)が、この批判はそのまま『理科・社会』の著者たちに当てはまる。
     『理科・社会』は、放射線が引き起こす疾患として事実上がんだけしか認めず、そのがんも福島事故によって「目に見えて増えることはない」と否定しているが、そのことの裏面は、放射線被曝による心臓血管系疾患、心筋梗塞や心不全の多発にも何も触れずに、いわば沈黙によってがん以外のあらゆる疾患の増加も全否定することである。放医研の前掲書は、放射線被曝とがんとの関連だけでなく、原爆被爆者のデータにより、被曝と「心疾患、脳卒中、消化器系疾患、及び呼吸器疾患」(154ページ)との関連も認めている。初版ではBEIR擦鰺很鵑垢觀舛如△気蕕法崑し豐鏃麓栖機廚加わり、これら5つの疾患カテゴリーについて「線量・反応関係」に「統計的に有意な関連が示されている」点に「注目すべき」であると強調されている(初版191ページ)。このことと比較すると、『理科・社会』が、どれほど国際的な研究動向から見て後ろ向きで反動的か、被曝被害者の利益を顧慮することが少なく、反対に被曝加害者の免罪に腐心しているように見えるかは明らかである。
     上に述べたように放射線被曝とくに放射性微粒子による内部被曝は、放射線のもつ種々の間接的作用、活性酸素・フリーラジカルによる作用、イオンチャンネルの阻害・損傷、さらには免疫機能への影響までを含めて考えると、極めて広範囲の疾患や障害の発症に直接間接に関与し、ほとんどあらゆる病気を増加させると考えなければならない。重要なポイントは、被曝が、がんから始まり、種々の内科的、眼科的、整形外科的、産科的、精神神経科的な障害・疾患にいたる、非常に広範な健康破壊的影響を及ぼすということである。したがって、医学内部の各科ごとの機械的な分業の枠を越えた、有機的で全面的な研究調査が必要であり、ぜひこの点を皆さまに呼びかけたい。というのは、上記の各疾患や症状は相互に結びついており一体のものとしてしか理解できないからであり、それらを過去の一面的な知見によってばらばらに切り離し、被曝との関連の有無を従来から「公認」されてきた疾患だけに狭く考えるならば、現実の被曝の危険を見逃すことになるからである。

    2-3.「『美味しんぼ』の最大の問題は福島には住めないの扇動」(70ページ)

     『理科・社会』70ページ「私は『美味しんぼ』こそが、福島をまともに取材もせず、県民の声も聞かず、科学的な根拠もないままに思い込みによって書き散らしていて、『真実を知らない』のだと考えています」と、児玉氏は自らの思い込みから決めつけて言う。
     この記述は、津田敏秀氏達の疫学研究の結果に反している。鼻血は真実なのである。根拠のあることなのである。GoogleTrendsの解析でも、東京では鼻血が2011年3月より急に増加している12)。大阪ではそのような傾向はない(「東京電力原発事故、その恐るべき健康被害の全貌」http://ishtarist.blogspot.jp/を参照)。科学者は人を批判する前に真実を確認しなければならない。謙虚に、だれが真実を知らないのか、自らを厳しく反省しなければならない。古い専門家だとしても時代遅れになることが科学の常であり、それが科学の進歩である。先に述べたように放射線による電離作用によって生じた活性酸素・フリーラジカルの効果は、ペトカウ効果と呼ばれる放射線による被害の新しい機構である13) 。『理科・社会』の著者たちは、だれが真実を知らないのか、バンダジェフスキーや綿貫さん達がわが身を犠牲にして追求した被曝の真実が何か14)15)16)、これまで考えたことがあるだろうか。

    2-4.「どんな放射能がどれだけ出たのか」(71ページ)

     『理科・社会』72ページ「28年前のチェルノブイリ原発事故を引き合いに出して、福島原発事故による健康被害を予測しようとする気持ちはよく理解できるのですが、両事故の違いをしっかり押さえないと大きな誤りを犯すことになりかねません。大阪大学教授の菊池誠さんは『「チェルノブイリではこうだった」というのは参考にはなってもそのまま当てはまることは少ない。むしろ当てはまらない』と2014年6月末にツイートしていますが、これは真理であると私は思います。」野口氏は何を根拠に菊池氏の言葉「むしろ当てはまらない」を真理と判断したのであろうか。内部被曝の評価で菊池氏に追随して誤りを犯したばかりである。両事故の違いをしっかり押さえないといけないということを言いたいようである。次に放出放射性物質量を検討するが、無批判に原子放射線に関する国連科学委員会(UNSCEAR)や日本政府の安全・保安院のデータを用いて放出規模が1ケタ近く違うとしている。これがそもそも誤っているのである。

     2-4-1.「放射性物質の種類と量」(72ページ)

     『理科・社会』72ページ「福島原発事故による大気放出量は、ヨウ素131が100〜500PBq、セシウム137が6〜20PBqの範囲にあります。1ら3号機の緊急停止時における原子炉内放射能の、ヨウ素131は2~8%、セシウム137は1~3%に相当します。チェルノブイリ原発事故における大気放出量と比較すると、ヨウ素は10分の1、セシウム137は5分の1と推定されています。」
     同73ページ「海洋への直接放出量はヨウ素131が約10〜20PBq、セシウム137が3〜6PBq、海洋への間接放出量はヨウ素131が60〜100PBq、セシウム137が5〜8PBqと推定されています。」 
     野口氏は政府発表に近い値を採用しているのであるが、我々は次のように考えている。大事な点なので詳しく説明する。
     政府は、福島原発事故後の約1ヶ月後に、事故による放射能の放出量を暫定的に推計し、チェルノブイリ事故の「1割程度」とした(2011年4月12日、当時の原子力安全・保安院の発表)。原子力安全・保安院と原子力安全委員会(いずれも当時)の「推定的試算値」はセシウム137で各々6.1PBqと12PBqであった。その後マスコミ報道や政界の議論などでは、この1割という数字がいわば一人歩きしてきた。それにより福島事故はチェルノブイリ事故よりも「桁違い」に小さい事故というイメージが作られてきた。2014年2月の政府資料「放射線リスクに関する基礎的情報」でも総量で約7分の1としている。
     しかし、2013年9月に出版された青山道夫氏(当時気象庁気象研究所)などの著書によると、直接の言及はないが、放出量はチェルノブイリの2倍を超えることになる。特に滞留汚染水として放出された放射性物質の量が原子炉の残留放射性物質の20%とされ、チェルノブイリの放出量を超える。ここでは青山氏らの分析方法に基づき、福島原発事故の放出量を議論する。詳しい報告は http://blog.acsir.org/?eid=29 に公開されている。

     2-4-2.気象研究所の青山道夫氏(論文執筆当時)らが明らかにしたもの

     青山道夫氏らのグループは、同書で、福島原発事故による放射性核種の放出量・率の検討に一章を割き、①大気中への放出、②汚染水中への漏出、③海水への直接の流出を一体として評価するという方法論を提起している17)
     ②の汚染された滞留水については、2点注記しておかなければならない。第1に原発内には大量の水が存在するので、事故の際そのような水に放射性物質が漏出し高濃度汚染水が発生する。この問題は、スリーマイルでもチェルノブイリでも生じた。ただそれらの場合、滞留水は文字通り滞留しており、後で何とか回収されるかあるいは封じ込められて、大規模な環境中への漏出はほとんどなかったとされている。これに対し福島では、地震や津波さらには炉心溶融や爆発によって、圧力容器・格納容器・配管が破損して穴があき、さらには建屋とくにその地下構造が重大な損傷を受けて外部環境に対する封水性を喪失している。「滞留水」には地下水が毎日数百トン規模で大量に流入し、また「滞留水」からも大量に地下水へと流出しており、結局海に流れ込んで海水を汚染している。すなわち「滞留水」は決して「滞留」しておらず、実際には外部環境に直接に曝され環境中に流出している。したがって、福島では、「滞留水」について、その一部分が後に「汚染水」としてタンクに汲み上げられることになったとしても、一度は環境中に漏出したものと解すべきである。青山氏らが今回、滞留水を大気中・直接海水中と並べて福島の放出量に加えたのはこのような事情を考慮したものと思われ、まさに的を射た判断であると言える。第2に、西原氏らの論文によれば、「滞留水」とは、各号機のタービン建屋地下および原子炉建屋地下、廃棄物処理建屋、トレンチに溜まった汚染水の合計であるとされている18)
     ③の海水中への直接放出量について、青山氏らは、セシウム137の数値を、電中研の津旨氏らの論文から採っている。同論文は、放出量を、日本政府推計のように事故後に海水への流出が目撃された事象あるいは人為的な放出事例における実測値を総計する方法(小さな数字となる)ではなく、福島第1原発周辺の海域で実地にサンプリング調査を行いサンプル中の放射性物質の濃度から「領域海洋モデルROMS」を用いた海洋拡散シミュレーションを使って流出量を逆推計する方法をとっている19)
     我々は青山氏らの方法やレスターらの数字20)を基に、福島事故による総放出量を①②③の合計として計算し、チェルノブイリ事故との比較を試みた。その結果、福島事故は、チェルノブイリ事故の「1桁小さい」ものでは決してなく、チェルノブイリ事故に関する国連科学委員会を含む主要機関のどの推計と比較してもチェルノブイリ事故を上回り、2倍超から20数倍の規模であることが明らかになった。

     2-4-3.青山氏らの結果を補正した総放出量

     青山氏らの大気への放出率2.2%は日本政府発表をそのまま採用したものである。矢ケ崎氏らの実測によると政府の大気への放出量の根拠とされたモニタリングポストの値は半分くらいに過小評価されているようである。それ故、福島事故による大気中(上記①)への放出量については、確度が高いと考えられるストールらの推計20) 36.6PBqを採用して青山氏らの数字を補正すれば、大気中への放出率は5.2%となる。ただし、国連科学委員会のチェルノブイリのセシウム137の数字は多くの場合に比較の対象とされるが、注意すべきなのは最大値あるいは上限値を採っている点である21)。したがって、幅をもったストールの推計(20.1〜53.1PBq)から、比較のためには最大値を採るべきであろう。そうすると53.1PBqとなり、放出率は7.6%となる。
     さらに、2014年4月には、チャールズ・レスターらによる米国カリフォルニア州政府資源局沿岸委員会の福島事故による放出量に関する報告書が公表された21)。海水への直接(上記③)放出量については、同委員会が採用した数字、セシウム137で3.6〜41PBqを採ろう。ここでも上記のとおり最大値(上限値)を採ると41 PBq で、放出率は5.9%になる。
     これら(上記①と③)の最大値を、青山氏らが採用している汚染(滞留水)中(上記②)への放出量140 PBq (放出率20.0%)と合計すると、全体の総放出量は、234.1 PBq、放出率は33.4%となる。この数値が現在のところ、最も信頼できる数字と考えてよいであろう。これを国連科学委員会の推計22)で比較すると、チェルノブイリの2.8倍、サムナーの1991年の推計で比較すると6.2倍となる。バズビー自身の推計23)を基にすると26.0倍となる。
     また米ネバダ核実験場での地上核実験の爆発総出力と比較しても、福島の大気中放出量(ストール)の換算爆発出力(約9.5メガトン、広島原爆596発分)は、ネバダの合計(2.5メガトン)の3.9倍であった。福島県における子どもの甲状腺ガンのアウトブレイクの立ち上がりがチェルノブイリに比べて非常に早いが24)、このことはチェルノブイリ事故と比べた福島事故による放射性物質の放出量の大きさと関連している可能性がある。我々は、福島事故によるものと考えるほかない健康被害や人口減少が大規模に現れ始めている現在、あらためて放出量の推計に注目すべきであると考える。

     2-4-4.海洋汚染は「不幸中の幸い」「長期間にわたって私たちの生活環境に
         汚染が残ることはない」という驚くべき見解


     海洋の放射能汚染については、著者たちの厚顔無恥としか形容できない「無感覚」に注意すべきである。たとえば73ページでは、福島原発事故による「大気放出量の7〜8割が海洋に降下・沈着したと評価しています。言い換えれば、陸土には大気放出量の2〜3割が降下・沈着したことになります。批判を受けることを承知の上で言えば、これは不幸中の幸いだったと思います。海洋を汚染させたとはいえ、海洋に降下・沈着した放射性セシウムはやがて海水により希釈拡散され、あるいは海底に沈降することが期待できます。一方、陸土に降下沈着した放射性セシウムは希釈拡散も沈降も期待できず、長期間にわたって私たちの生活環境に汚染が残るからです」と書かれている。
     つまり、字義通りに解すれば、海洋に降下・沈着した放射性セシウムは「長期間にわたって私たちの生活環境に汚染が残ることはない」というのである。だが、海水に溶け込んだ放射性物質や海水面を漂う(とくに泡の表面に付着して集積する)放射性微粒子が、風による波の飛沫として、竜巻・低気圧などの上昇気流によりエアゾールとして、大量に大気中に再飛散する現象は、広く知られている。また海洋に降下した放射性物質が、海洋の生態系全体を汚染し、それがプランクトンに始まる食物連鎖を通じて濃縮され、海産物全体の放射能汚染が長期にわたって拡大し深刻化し、日本だけでなくアメリカ東海岸から始まって世界の人々に、数十年数百年の長期にわたり、深刻な被曝と健康被害を与えるであろうことは容易に予想される。
     著者らが「専門家」としてこれらの危険を知らなかったはずがない。著者たちの見解は、放射性物質による海洋汚染に対する恐るべき無感覚であり、無知によるか意図的な欺瞞かは別にしても、海洋の放射能汚染の危険性と重大性を事実上無視し、「不幸中の」という限定を付けたとしても「海洋の汚染は幸い」とする驚くほど厚顔無恥な放射能汚染容認論というほかない。日本政府は現在、事故原発に溜まり続ける汚染水を希釈して海洋投棄することを目論んでいるが、著者たちの考え方は、このような日本政府の国際法に違反する見解と事実上何の区別もできない。
     著者たちが放射線被害に対する根拠なき楽観論により、放射能汚染とそれによる被曝を正当化しようとしているもうひとつの例をあげよう。それは、福島原発事故によるストロンチウム90とプルトニウムの降下量が、過去の核実験による放射性降下物に由来する残存沈着量と比較して「大きな違いはない」ので、「問題にならない」とする議論である(81ページ、ほかに44ページも)。この際、著者らは、当然のごとく、核実験による降下物の残存量は「問題にならない」つまり健康影響はないとする前提に立っている。
     とくに野口氏は、「執筆者プロフィール」において「原水爆禁止世界大会実行委員会運営委員会代表」と記載されており、核兵器と核実験に反対して闘ってきたはずの人である。その人の口から、このような核実験の残存放射能が「問題にならない」という「核実験容認論」とも取れる発言を聞かされるのは、あまりにも衝撃的である。

     2-4-5.放射性ヨウ素の放出量について

     これまで放射性セシウムの放出量を議論してきたが、放射性ヨウ素は、人体に侵入すると甲状腺に沈着し、がんを引き起こすことがよく知られている。この点から見ても、福島原発事故によるヨウ素の放出量の推計は、事故による健康被害を考えていく上で重要な意味を持っている。我々は、東京電力が発表している放出量推計におけるヨウ素131とセシウム137の比率(50:1)に注目し、その検証を行った(http://blog.acsir.org/?eid=35)。同比率を東電が推計する際の基礎になった事故原発敷地内での実測数値、日本と世界の各観測地点での同比率を総括しているネイチャーの論文、ヨウ素131の炉内残存量・放出率などを検討してみると、東電推計の比率(50:1)は、日本政府推計の低い数字(11:1)よりも、むしろ自然な数字である、ということが分かった。東電推計の比率を基に、セシウム137については国際的に権威のあるものとされるストールらの推計によって補正して計算すると、福島原発事故によるヨウ素131の放出量は、チェルノブイリ事故の約1.5倍に達していた可能性が出てくる。
     福島で起こっている事態については、あらゆる先入観を排して、事実を直裁に見ていくところからはじめる必要がある。「チェルノブイリに比較して桁違いに小さい」という政府の放出量評価を鵜呑みにし前提にして議論することは決してあってはならない。以上の諸点を考慮すると、福島における生じつつある甲状腺異常について、チェルノブイリにおいて生じた過程をそのままたどることになると、前もって機械的に想定してかかることは危険であろう。小児甲状腺がんの明らかに早期の多発傾向に現れているように、福島ではチェルノブイリよりも深刻化のテンポが速く発症率も高い傾向がある。この背景には、福島原発事故によってチェルノブイリを5割も越える放射性ヨウ素が放出された可能性があるという、法外に深刻な事故の真実が横たわっているのではないか、と問題提起したい。

    2-5.「『福島の真実』編の主題は何か」(84ページ)

     『理科・社会』85ページ「さすがに鈍感な私も『福島の真実』編の主題は、福島県は危ないから県民は全員避難すべきであるということであり、その理由付けとして鼻血がでる、耐え難い疲労感に襲われる、除染は危険な作業である。除染しても無駄だ。」
     同88ページ「先ず、『福島がもう取り返しがつかないまでに汚染された、と私は判断しています。』という荒木田氏の現状認識が語られるのですが、この現状認識がそもそも間違っていると思います。」
     同88ページ「県北地域の中でも伊達市は空間線量率の高い自治体として知られています。…同市では全市民を対象に2012年7月1日〜2013年6月末までの1年間、ガラスバッジによる外部被曝線量測定を行いました。1年間継続して測定値が得られた5万2783人分の結果が2013年11月に発表されています。これによれば年間被曝線量は平均0.89mSvです。線量分布では年間1mSv未満が全体の66.3%、1〜2mSv が28.1%、2〜3mSvが4.4%、3〜4mSv が0.9%、4〜5mSv が0.2%、5mSv 以上が0.1%でした。…外部被曝線量の高い住民について、生活圏の除染など線量低減化対策さえぬかりなく講ずれば、少なくとも避難をしなければならないような状況ではないはずです。」
     ところが「福島老朽原発を考える会」の2015年3月1日発行のパンフによると「高エネルギー研平山論文では0.68倍である」というようにガラスバッジは7割程度の低い値を示すとのことであり、過小評価になっている。25)専門家の野口氏はなぜかこの点を無視している。チェルノブイリは参考にならないと菊池氏や『理科・社会』は言うが白石草氏の「ルポ チェルノブイリの28年目の子供たち」26)の14ページによると「1986年から2011年までの25年間にコロステンの住民が浴びた線量は、平均15mSv から25mSvだ。」同書13ページでは「コロステンのセシウム土壌沈着量は、事故5日後の1986年5月1日の値で1平方メートル当たり20万Bq程度と推計される。…一方、文部科学省が福島の事故から3か月後に当たる2011年6月6日から7月8日に実施した土壌調査によると、福島県飯館村は1平方メートル当たり70万Bq、福島市の平均が16万Bq,郡山市の平均が10万Bqだ。このデータを基に考察すると、コロステンはセシウム137の汚染レベルは福島市の平均よりやや高く、セシウム134のレベルは福島市の半分、逆にヨウ素の値は福島市の倍程度と推測される。」このような事実は福島でもウクライナのコロステンと同様の被害を心配しなければならないことを示していないだろうか。野口氏や菊池氏は何を根拠に「チェルノブイリの例は当てはまらない」というのだろうか。白石氏は「子どもの命と健康をどう守るか」と題して「学校、医療機関、行政などで力を尽くす人々の声を伝え」ようとしている。「ルポ」の70ページで白石氏は「チェルノブイリと日本は違う」という見方を鋭く批判している26)


       3.第3章「『福島の食品は危ない』のか」

    3-1.「福島の食品検査体制と検査結果――食品の基準値をめぐって」(102ページ)

     『理科・社会』83ページ「チェルノブイリ原発事故で大きな問題となった内部被曝は、事故直後から食品の放射能監視体制を整備して検査に当たってきた日本ではほとんど問題になりません。事故情報が当初何日も隠され適切な緊急時対応が取れなかったチェルノブイリ原発事故と不十分ながらも緊急時対応が取れた福島原発事故との違いは、極めて大きなものがあると私(野口)は思います」。
     同104ページ「一般人の線量限度は1mSvであるのに、暫定規制値は年5mSvの内部被曝まで認めていると批判する人々もいました。確かに平常時における一般人の線量限度の国際勧告値は年1mSvですが、放射性物質の大規模な大気放出が起こっている緊急時に、平常時における国際勧告値の達成を政府に要求するのは酷な話です。国際勧告も、事故時において1mSvを超えないように求めているわけではありません。『飲食物摂取制限に関する指標』を暫定基準として採用して3月17日に関係諸機関に通知し、最悪でも年5mSvを超えることのないように措置した政府の対応は、緊急時の対応としては決して間違ってなかったと私は思います。」
     人間の放射線に対する抵抗力が緊急時だからといって高まるわけではない。基準を緩和することによって被曝低減の努力が弱められる。基準を変えなければ汚染されない食料を供給したり、避難する努力が強められる。健康な体の維持は「健康で文化的な生活」を保障した憲法の基本的人権に属することである。妊婦や幼児に対する配慮もなく5mSv を認めるのは基本的人権の侵害である。その上、シーベルトで表示される線量限度は内部被曝を過小に評価しており信頼性がない。ICRPの報告でも毎日10ベクレルの汚染食品の摂取で100日後には全身での蓄積量が約1200ベクレルになり、体重60キログラムの人なら体重1キログラム当たり20ベクレルの汚染となる。これはバンダジェフスキーの研究では心電図で異常が発見され、血圧や心臓の異常が心配される被曝である。14)15)内部被曝をシーベルトに直して議論するICRPの勧告は信頼できないのである。ICRPは内部被曝を、人体や臓器を構造のない一様な物体として被曝を評価しているからである。バンダジェフスキーは自ら病理解剖してセシウムが各臓器に取り込まれていることを確認し、「放射性核種取り込み症候群」という病気を警戒するよう呼びかけている。このような重大事実を『理科・社会』の著者達は無視している。

    3-2.「安全な食のための方策」(118ページ)

     「『理科・社会』118ページ「実際の内部被曝量は年5mSvより遥かに低いレベルにあることを多くの専門家は早くから知っていました。福島県であれ東北地方や関東地方であれ、外部被曝の方が内部被曝よりはるかに高いレベルにあると2011年当時から私も講演の中で繰り返し強調していました。」
     シーベルトの比較であり、ICRPの言う実効線量当量は内部被曝の基準としては信頼できない。内部被曝の評価において臓器を一様な物質で置き換えて評価しているからである10)
     『理科・社会』119ページ「よく知られているようにICRPの勧告する平常時における一般人の線量限度は、年1mSv です。あるいは体内に存在する天然の放射性物質であるカリウム40に起因する内部被曝量は、年0.17mSvほどです。こうした数値と比較すると、福島原発事故に起因する福島県民の内部被曝が2011年12月段階でさえ非常に低いレベルにあり、最大値の場合でもカリウム40に起因する線量より低いことを明らかにした点で、調査した家族数は決して多いとはいえず、かつ1日分の食事の分析に基づくものであるとはいえ、大変重要な結果だと思いました。」
     ここでは2つの誤りがある。1つは、内部被曝を実効線量シーベルトで評価していることである。この問題点は先に述べた。第2は、カリウム40との比較である。カリウムはカリウムチャネルを通じて全身をくまなく均等に自由に移動できる。それ故、各細胞当たりの被曝は年に0.002回程度である27)。それに比べセシウムは微粒子として各臓器に取り込まれ、ベータ線やガンマ線による局所的な集中的な被曝を与える。被曝の仕方が異なるのである。この集中的・継続的な被曝が重大な病気を引き起こすことがチェルノブイリ原発事故の教訓として得られている。なぜ、この重大な事実を無視するのだろうか。この結果によると毎日10ベクレルの放射性セシウムの摂取でも危険領域にあり、上記の中央値や最大値は危険領域にあるのである。チェルノブイリの教訓に学ばす過去の権威をICRPと同様に振りかざしているのではないだろうか。科学は進歩しているのである。
     『理科・社会』125ページ「天然の放射性物質であるカリウム40は体重1kg当たり60Bqほど存在し、それによる内部被曝量が年0.17mSvほどになることを考えれば、現在ごくわずかながら体内に放射性セシウムが検出されている大人も、健康への影響はほとんど問題にならないと思います。」
     この野口氏の記述は誤っている。すでに『原発問題の争点』38ページにおいて大和田氏によって強調されたチェルノブイリ膀胱炎は尿中のセシウム137の濃度Bq/kgと相関する。6.47Bq/kgで膀胱上皮がんが64%の人に、1.23Bq/kgで59%の人に発生した。0.29Bq/kgでは0%であった。野口氏が言うカリウム40は体重1kg当たり60Bq(尿では約50Bq/kg)と圧倒的に多いが、膀胱がんの発症の有無は少ないセシウムの量で決まるのである。単なる放射線の濃度では決まらず臓器に取り込まれ蓄積するセシウム137が膀胱がんを決定し、カリウム40は関与していない27)。単にベクレル数を比較するだけでは内部被曝は議論できない。それはまさに生体内の発がん機構であるからである。セシウム137に依って発生した活性酸素も重要な役割を果たす。ロマネンコ達はそのメカニズムについて詳しく議論している27)。セシウム137が臓器に取り込まれ集中的に被曝することが重要である。だからカリウム40のベクレル数より小さいことは内部被曝が小さいことにならない。この本質的に重要な点がICRPや野口氏、田崎氏に理解されていない。それ故、内部被曝は外部被曝より小さいという結論を出すことは誤った根拠に基づく判断であることになる。
     野口氏とともに田崎氏や菊池氏はそれぞれの著書で、胎内被曝は100mSv以下では妊婦にとって子供に無害であることが広島・長崎の原爆被爆から証明されているように言うが、放射線影響研究所(放影研)は次のように言っている。

    3-3.胎内被爆者のがん発生率(放射線影響研究所ホームページより)

     「最近、胎内被爆者と小児期被爆者について、12歳から55歳までの期間に生じたがん発生率データの比較が行われた。胎内被爆者では、1 Gy当たりの過剰相対リスク(ERR)が1.0で有意な線量反応が認められたが、被爆時年齢5歳までの幼児期被爆者(ERRは1.7)と比べて有意に低いリスクではなかった。しかし、幼児期被爆者では年齢の増加と共に過剰絶対率が急増するのに対して、胎内被爆者ではこうした過剰例の増加が見られないようであった。ただし両群の違いは、現時点では統計的に有意ではない。少なくとも、胎内被爆による成人期のがんリスクが幼児期被爆によるリスクと比べて高くはないことが結論として言えるであろう。」 http://www.rerf.or.jp/radefx/uteroexp/utero.html
     すなわち、放影研は胎内被曝の影響を認めているのである。胎児被曝のReviewとしてR.Dollたちは10mSvのオーダーの被曝で小児がんの過剰リスクが1Svあたり6%増加すると結論している。(R.Doll and R.Wakeford:Risk of Childhood Canser from Fetal Irradiation The British Journal of Radiology 70(1997)130-139)
     落合栄一郎氏は『原爆と原発』でカリウム40による1個の細胞当たりの被曝は年に0.002回であるとして無視できるほど小さいとしている28)29)。これは次のように計算できる。
     全身の細胞数を60兆個とする。全身で4000Bq のカリウム40があるとする。カリウム40は1年間で4000×3600×24×365個=1.26×1011個の放射線を出す。60兆個の細胞で割ると0.002個/年である。


      4.第4章「福島の今とこれから」(131ページ)

    4-1.被曝線量はチェルノブイリに比べて「はるかに少ない」という主張

     『理科・社会』134ページ「私は、福島での被曝線量がチェルノブイリ・ケースに比べればはるかに少ないという事実を自分の判断の根拠にしたのです。」
     では野口氏はこの記述が事実であることを如何に証明するのかを述べるべきである。事実ではないから証明はできないはずである。ノルウエーのストールらの報告20)によれば同等程度に汚染しているし、人口密度は福島の方が3倍程度多い。我々の論文 http://blog.acsir.org/?eid=29 を見ていただきたい。野口氏は判断の根拠を失っている。青山氏は、汚染水だけでも放出量は停止時セシウム137存在量の700 PBq の20%、140 PBq としている。後に200 PBq としている。この値は海老沢・澤井が東電発表の汚染水の総量を集計した210 PBq に近く正しいと思われる。ストールらは大気放出を36.6 PBq で5.2%としている。野口氏は大気放出を6〜20 PBq としている。これはストールらの約半分で政府発表に近い。政府発表はモニタリングポストの実際より、5から6割の低い空間線量に基づいており、ストールが信頼性が高い20)。野口氏の言うチェルノブイリよりはるかに小さいという根拠はない。広河隆一氏は自らチェルノブイリと福島各地を測定し、空間線量が同程度であることを数値を付けて雑誌『Days Japan』に発表している。その際、広河氏は、チェルノブイリで避難が行われているような線量の場所に福島では多くの住民が住み続け生活している点に注意を喚起している。

    4-2.モニタリングポストやガラスバッチの過小検出はないという主張

     『理科・社会』146ページ「役所が公表している空間線量の数値は信用できないという人もいます。市町村の役人が数字をごまかしていると言いたいようですが、そんなことが実際にあると本気で考えているのでしょうか。」要するに「信じなさい」というだけのことである。
     しかし、文部科学省のモニタリングポストの数値に関する矢ヶ崎克馬氏の研究(内部被曝問題研究会ブログhttp://blog.acsir.org/?eid=23)、ガラスバッチの製造業者「千代田テクノル」自身の「全方向照射では3、4割低めに検出する」という発言(フクロウの会 http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/2015/01/post-156b.html)などによって、実際に過小評価があることが確認されている。

    4-3.「県民健康調査で何がわかったか」(151ページ)

     『理科・社会』153ページ「福島原発事故による一般公衆の外部被曝線量は、不幸中の幸いでチェルノブイリ事故に比べれば格段に小さかったといえます。こうした数値を示した後、調査結果の報告資料は『これまでの疫学調査により100mSv以下で明らかな健康への影響は確認されていないことから、4か月間の外部被曝線量推計値であるが、放射線による健康被害があるとは考えにくいと評価される』と記述しています。この100mSv 云々は、専門家の間での共通認識といっていいのかもしれません。…100mSv未満の低線量被曝の影響に関してはコンセンサスが成立していませんので、それを根拠にして評価を下すのは適切とは言えないというのが、私の考えです」
     一方、松崎道幸医師はウクライナの小児甲状腺がんの51.3%が100mSv未満で起こっていることを論文を精査して示している(『福島への帰還を進める日本政府の4つの誤り』旬報社2014年35ページ)2)。ここでも清水氏は100mSv以下の被害はコンセンサスがないとして切り捨てている。科学は古いコンセンサスを打破して進歩するものであり、最近の進歩を真摯に検討していないのは責任を放棄していることにならないだろうか。100mSv以下を無視することは、低線量を多数の人が被曝した場合の集団線量という考え方を無視することになり、多数の被害者の切り捨てになる。野口氏は集団線量を評価することを適切でないといっているのである。
     こうして野口氏は「目に見える被害」をなくしているのである。
     『理科・社会』155ページ「ベラルーシでは4歳以下の年齢層に患者の3分の2が集中しています。9歳以下が97.6%を占めていて、明らかに小さな子供に集中して発症していることが見て取れます。これを福島のデータと比べてみると、その違いは歴然としています。福島では5歳以下の患者は1人も出ていないのです。このことをもってすれば、今福島で見つかっている小児甲状腺がんは放射線被曝に起因するものでないといってまず間違いはないと、私は判断します。」
     ここで清水氏が引用するベラルーシのデータは1986年から1995年までの10年間のデータである。福島は事故後3、4年間のデータである。年齢分布に関しては同じ10年間で比較しないと分からないだろう。
     一方、松崎医師は男女比が福島の子どもの甲状腺がんとチェルブイリが近いことを指摘している。通常の甲状腺がんは女子に多く、米国の自然発生甲状腺乳頭がんの性比は10から19歳では5.43倍女子が多い。福島では4から14歳で1.6倍,ベラルーシでは同じく1.6倍である。15から18歳では福島1.1倍、ベラルーシ2.0倍である。
     最近、2014年に福島で2巡目の検査が行われ、1巡目で異常のなかった子供に甲状腺がんが発見された。このことは潜伏期間が2年間より短く、スクリーニング効果でないことを示すものである。甲状腺がん自体もリンパ節への転移が多く悪性であることが多く、多発を疑わせる。津田敏秀氏は有病期間を考慮しても多発としている30)
     下表4のように有病オッズ比に地域差が見られ汚染度に対応する。また、医療問題研究会の山本医師も福島における被曝量と子どもの甲状腺がん発生数の間に相関関係があることを示している31)。被曝量が多いと甲状腺がんも多く発生しており、放射線被曝による甲状腺がんの発生を示すものである。スクリーニング効果では地域差は出ないはずである。

    表4 内部比較(南東地区を基準にした有病オッズ比)

    出典:津田敏秀「2015年2月12日第18回福島県『県民健康調査』検討委員会発表の甲状腺がんデータの分析結果」
    『科学』岩波書店2015年4月号

     このような現実にもかかわらず、清水氏は言う。
     『理科・社会』157ページ「被曝が原因で甲状腺がんが発症に至るまでに要する期間に関しては…平生からヨウ素の摂取量の多い日本人であればおよそ10年を要するということです。」「事故から10年後に、事故当時幼かった子供たちの甲状腺がんも当然ふえるでしょう。それが被曝の結果なのかそれとも無関係なのか…福島事故では被曝量が小さいぶん、その判断が難しくなるでしょう」。
     同158ページ「数千人の子どもが甲状腺がんになるということは、日本ではあり得ないと予想して差し支えないと思います」。
     清水氏によれば、小児甲状腺がんの潜伏期間は「10年」であるが、「10年後に」小児甲状腺がんが増えたとしても、被曝が原因かどうかは判断できないであろうと、今から断言するという姿勢なのである。ちなみに、アメリカ政府の疾病予防管理センター(CDC)によれば、甲状腺がんも含めて小児がんの潜伏期間は1年とされているが、『理科・社会』は無視している。
     がん発症過程に関しても放医研の前掲『低線量放射線の健康影響』を見ておこう。同書では、がん発症が、初期段階(イニシエーション)から後期段階(プロモーションおよびプログレッション)に到る「多段階的な過程」であることが強調されている(159ページ)。同書は、BEIR擦、動物実験に基づいて、低線量放射線ががんの初期段階(DNA損傷、遺伝子・染色体異常、がん細胞の発生)に作用するだけでなく、高線量放射線が後期段階(がん増殖)に作用する可能性を指摘していることを紹介している(初版186ページ)。また、生体は、日常的に多数初期発生しているがん細胞を免疫機構やがん抑制遺伝子によるアポトーシスなどによって絶えず排除することによって、本格的ながんへの進行を抑えるメカニズムをもっているが、その機能に放射線が影響を及ぼす可能性があるとしている(146ページ)。
     放射性物質が微粒子として体内に入ってきた場合には、その近傍では被曝は「高線量」である。したがって放射性微粒子は、単にがんの初期発生だけでなく、同時に、体内にすでにあり本来は生体の機能によって排除されている多数のがん細胞が本格的ながんへと進行するのを促す作用も果たす可能性があると考えなければならない。また放射線の免疫系への阻害作用(好中球減少など免疫を低下させる)を考慮に入れれば、放射線のがんの後期過程を促進する影響は、高線量だけでなく、低線量でも十分起こりうると考えるべきであろう。
     同書で「免疫力の低下と発がんについてはよくわかっていない」(146ページ)としていた点に関しては、最近革命的な発見がなされた。がん細胞は、成長の一定の段階で、がんを異物と認識して攻撃するキラーT細胞を不活性化する分子をがん細胞膜上に産生することが分かってきた(日本経済新聞2014年10月24日 http://www.nikkei.com/article/DGXMZO78790300T21C14A0X11000/)。また、一部のがん細胞は、特殊なタンパク質を分泌して、キラーT細胞の働きを抑える役割を果たす制御性T細胞をがん細胞の周囲に集めることも分かってきた(読売新聞2015年5月7日)。これらの性質を逆に利用してがんの免疫療法が次々開発されつつある。つまり、がんがこれらの段階に進化するまでは、がんに対して免疫機構が直接効果を発揮するのである。だから、放射線の影響により免疫力の低下が生じるならば、放射線によってがん細胞の初期発生数自体が増加するだけでなく、発生したがん細胞を免疫によって排除する機能が低下し、このT細胞を不活性化する段階にまで進化するがん細胞の数が増加し、発がんの確率は高まると考えるべきである。
     これらからして、福島事故以来現在までに現れてきたがん(たとえば小児甲状腺がん)は、一般に潜伏期間と考えられる時期を過ぎていなくても、事故による放射線と「関係がない」と断定することはできない。すでに潜伏期にあった体内のがんが、放射線によって進行が促され、本格的ながんとなって発症したものである可能性があるといわなければならない。
     これらの点についても、『理科・社会』には何の言及もなく、著者たちがどれほど国際的な研究の進展から立ち後れてしまったかは明らかである。ここまで来れば、著者たちが「立ち後れた」というよりは、むしろ世界の研究動向に「背を向け」、数十年前にすでに明らかになった「高線量の確定的影響」だけが存在する放射線被曝論の「ガラパゴス化した世界」に閉じこもってしまったのではないかと疑われても致し方なかろう。
     もちろんこれは彼らだけの責任ではない。日本政府が同じような立場に立ち、そのような時代遅れの反動的見解を、一般の国民や学校生徒たちだけでなく、大学と研究機関の学者たち、「専門家」たちに、権力主義的に無理矢理押しつけようとしているからである。『理科・社会』の著者たちの責任は、このような政府の動きに自ら進んで追従し迎合している点にある。

     
    4-4.『理科・社会』は政府・環境省も専門家会議『中間取りまとめ』と基本的に同じ立場に立っている

     以上検討してきたように、『放射線被曝の理科・社会』は、結局、環境省の「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」の「中間取りまとめ」(2014年12月22日)とそれを踏まえた「環境省の当面の施策の方向性」(2014年12月27日)と基本的に同じ立場を、形を変えて表現したものにすぎない。すなわち「中間取りまとめ」によれば、「今般の事故による住民の被曝の線量に鑑みると」「福島県及び福島近隣県において」「がん罹患率に統計的有意差をもって変化が検出できる可能性は低い」「放射線被曝により遺伝性影響の増加が識別されるとは予想されない」「不妊、胎児への影響のほか、心血管疾患、白内障を含む確定的影響(組織反応)が今後増加することは予想されない」というのである。『理科・社会』は、環境省の「統計的有意差をもって」と「識別できる」という限定を、「目に見える」といういっそう曖昧な言葉で言い換えているだけであり、内容上「中間取りまとめ」を踏まえ、それに追従している。
     しかも、このような、健康被害の発生の可能性を最初から全否定し、したがって出てくる被害は放射線被曝とは無関係だとする事故正当化の論理は、何も福島事故に始まったものではない。スタンフォード大学国際安全保障協力センターのジョン・ダウナーJohn Downer氏は、原発事故が生じた際に政府や原発メーカーや関連学界関係者が行う「正当化」の論理を研究している。氏が見いだしたいろいろな事故の際の正当化の論理は、「事故は例外的なものであって再び起こることはない」と「事故が起こっても受忍できる範囲内である」というものである。ダウナー氏は、福島事故後の早い段階から、米英のマスコミがこのような正当化を試みていたことを指摘している。イギリスの新聞ガーディアンは、早くも2011年3月29日に、「私の知る限り(福島事故で)被曝によって死んだ人は一人もいない」と述べた英科学者の発言を掲載している。アメリカの雑誌フォーブスは、2012年2月10日に、「福島から避難している人々は、被曝ではなく非合理的な恐怖の被害者である」と題する記事を掲載している(Peter Bernard Ladkin et.al.; The Fukushima Dai-Ichi Accident; Lit Verlag; 2013、90〜93ページ)。この意味で、「全く健康被害がない」「放射能への恐怖が被害を生み出す」という論理による原発事故の正当化は、いわゆる「国際的な原子力マフィア」が事故が起こるたびに持ち出している論理である。『理科・社会』の著者たちは、知ってか知らずか、このような国際原子力複合体の論理に従っているのである。

    4-5.健康影響は現実に「目に見える」形ですでに現れている

     このような論理は、現実に「目に見える」形で現れている現象を無視し、放射線被曝との関係を否定するためのものである。①甲状腺がんや②鼻血についてはすでに述べた。だが、現に現れている兆候はこれらだけではない。我々はすでに微粒子の論文http://blog.acsir.org/?eid=31において次の事象に注目するように指摘した。
     ③福島県における心臓病(急性心筋梗塞)の多発とそれによる高い死亡率の放射能汚染との関連については、明石昇二郎「福島県で急増する『死の病』の正体を追う」『宝島』2014年10月号、後掲の図8参照。
     ④福島県における悪性リンパ腫・白血病(潜伏期間が約半年と短い)による死亡率の上昇については同じく明石昇二郎「福島県でなぜ『ガン死』が増加しているのか」『宝島』2014年11月号および「原発近隣住民の間で『悪性リンパ腫』多発の兆し」『宝島』2015年3月号(図6)。

    図6 『宝島』による血液がん死亡率の急増(図のナンバーは同サイトによる、以下も同じ)

    出典:明石昇二郎「原発近隣住民の間で『悪性リンパ腫』多発の兆し」
    『宝島』2015年3月号。
    http://blog.takarajima.tkj.jp/archives/1954779.html

     ⑤福島県と周辺地域における死産および乳児死亡の増加については、ハーゲン・シュアブほか「東日本大震災/福島第1原発事故による死産と乳児死亡の時系列変化」『科学』岩波書店2014年6月号。
     ⑥小児の免疫機能の低下については、福島県の第13回「県民健康調査」検討委員会の資料においても、平成24年度の「健康診査」結果の中に6歳以下の女児の0.1%に好中球500/μL以下のいわゆる「無顆粒球症」が報告されている。第13回「県民健康調査」検討委員会(H25/11/12)の資料3.「県民健康調査の実施状況について」参照。
    https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/6427.pdf
     ⑦福島県周辺自治体における健康調査において現れている児童の心電図異常については、茨城県「取手市小中学校 心臓検診結果(2013/01/01)」参照。
    http://www.h7.dion.ne.jp/~touhyou/houshaedu/sinzou_toride.pdf
     ⑧福島の周辺県や東京圏における白内障の増加傾向(我々の微粒子論文参照のこと http://blog.acsir.org/?eid=31)。
     ⑨院内がん登録統計における東京(および福島周辺諸県)における血液がん(潜伏期間が約半年と短い)の顕著な増加傾向(これも我々の微粒子論文参照 http://blog.acsir.org/?eid=31)。
     これらに加え、さらに最近明らかになってきたことは、
    ⑩厚労省「人口動態調査」がはっきり示している、福島県における事故以降の周産期(妊娠22週から生後満1週間までの胎児あるいは新生児)死亡率の明確な上昇である(明石昇二郎「福島県の汚染地帯で新たな異変発覚、『胎児』『赤ちゃん』の死亡がなぜ多発するのか」『宝島』2015年4月号 図7参照)。
    http://blog.takarajima.tkj.jp/archives/1957234.html
    http://blog.takarajima.tkj.jp/archives/1957240.html

    図7 『宝島』による福島県における周産期死亡率の事故後の上昇

    出典:明石昇二郎「福島県の汚染地帯で新たな異変発覚、『胎児』『赤ちゃん』の死亡がなぜ多発するのか」
    『宝島』2015年4月号
    http://blog.takarajima.tkj.jp/archives/1957234.html

     ⑪福島県立医科大学附属病院の患者統計で、被曝との関連性が指摘されている一連の疾患、白内障・水晶体疾患、心不全・不整脈・弁膜症などの心疾患、非外傷性頭蓋内血腫・頭頸部悪性腫瘍・小腸の悪性腫瘍・骨軟部の悪性腫瘍・膀胱腫瘍・非ホジキンリンパ腫・甲状腺の悪性腫瘍などのがんや腫瘍、急性咽頭喉頭炎、新生児疾患・先天性異常などの疾患や健康障害が事故以降急増している(2010年度から2012年度の統計、「『専門医』ナビ」という病院紹介サイトにある。 http://www.senmon-i.com/detail/0701907_9.html ご指摘いただいた遠坂氏に感謝します。付表に、同表の病名の増減率、悪性・良性腫瘍の増減率および「院内がん登録」統計での増減率との比較を掲載しているので参照されたい)。
     東京圏における健康影響については我々の放射性微粒子に関する論文を参照のこと。
     ⑫50歳代での有名人の死亡が目立っているという週刊誌記事(「50代で死んでいく その『無念』を想う」『週刊現代』2015年3月14日号)。2007年5月17日以降に50代で亡くなった有名人20人のうち事故以前の4年間には5人、以後の4年間には15人で、事故後3倍に増えている。若い歌舞伎役者が亡くなる例も目立つという。
     Wikipediaには「訃報」という項目があり、主に各新聞・通信社などで報道された著名人・有名人の訃報を2005年〜2015年につき各月ごとにまとめている。そのデータを使って、この週刊誌の指摘を検証してみよう。ここでは早死の範囲をもう少し広く取り、延長された定年である64/65歳以前に病気または自殺によって亡くなった著名人の数を集計してみよう(表5-1)。自殺を算入するのは、我々の見解によれば、自殺の原因となるうつと放射線被曝とが関連している可能性が考えられるからである。

    表5-1 Wikipedia「訃報」による64/65歳以前に逝去した著名人の数

    (注)Wikipedia のデータでチェックして、事故・事件による死亡であることが明らかなケースは除いている。
    Wikipediaにその個人のデータが未記載の場合や死因が特定されていない場合は算入している。
    Wikipedia以外の情報によるチェックがまだできていない段階の暫定値である点に留意されたい。

     もちろん著名人・有名人の範囲は曖昧であり、傍証としかならないが、2013年以降の急増傾向がはっきり確認できる。2014年3月12日〜2015年3月11日の期間には、事故前4年間の平均(年間99人)に対して1.54倍に、4年間のボトムの値との比較では2.01倍に増えている。
     次に若い歌舞伎役者の逝去が目立つという同誌の指摘についても検証して見てみよう(表5-2)。

    表5-2.最近における若手(66歳以下の)歌舞伎役者の逝去の事例

    (注)満66歳で逝去、上記の基準からは2年ほど出てしまうが追加する。
    なお事故以前4年間にはこのような事例はない。
     
     Wikipedia「訃報」のデータでは、最近、長老の歌舞伎役者だけでなく、明らかに若手の(66歳以前の)歌舞伎役者の逝去が目立っている。一部マスコミはこれを新歌舞伎座立て替えによって高層ビルの影になってしまった歌舞伎稲荷神社の「たたり」であるとの説をまことしやかに報道している(『週刊文春』『アサヒ芸能』など)が、このような憶測を記事にするくらいなら、どうして福島原発事故による放射性物質の影響である可能性を疑ってもみないのであろうか。
    ⑬人口統計に見られる福島原発事故以降の日本の人口の急速な減少の始まり(図8)。
    などである。

    図8 総務省推計による原発事故のあった2011年以降の日本の人口の減少

    出典:読売新聞2015年4月18日

     これらの現象は、さらに多数挙げることができる。重要なことは、これらをバラバラに切り離すのではなく、その全体を見なければならないという点である。そうすれば、これらの健康影響の全体が共通して原発事故による放射能との関連がある可能性は明らかであろう。
     また、放射能の健康影響は、「有るか無いか」「ゼロか100%か」という考え方をしてはならない。我々が微粒子論文で明らかにしたように、放射線の影響は、甲状腺がんや血液がん、白内障や急性心疾患のように関連性が相対的強い疾患も含めて、疾患を引き起こす他の環境的諸原因(大気汚染・電磁波・農薬・食品汚染など)や生活習慣(喫煙・過食・運動不足・ストレスなど)との相加的あるいは相乗的効果として、それら環境・生活要因の上にさらに付け加わる要因となり、寄与度として、原因中のパーセンテージとして評価しなければならない。環境要因や生活習慣は統計上は「交絡要因」として捨象されるが、現実にも切り捨てるのは誤りである。放医研の前掲書は「生活環境因子と低線量放射線との」「相加性」だけでなく「複合影響」(相乗効果)も認めている。例として、鉱山労働者における喫煙と肺がん誘発における複合影響(喫煙者はラドン被曝による肺がん発生が3倍に増える)、紫外線とX線による皮膚がん、乳がんの放射線治療における喫煙と肺がんリスクなどが指摘されている(75、144ページ)。
     また健康影響を及ぼす可能性を持つ放射能の範囲も、福島原発事故による放出放射能だけでなく、さらに広く考えなければならない。福島原発事故以前の降下物すなわち広島・長崎への原爆投下、核実験、核兵器・核燃料製造工程からの放出、原発・核燃料サイクルの稼働による放出、チェルノブイリなどの原発および核施設の事故による放出なども影響を及ぼし続けており、これらの上にさらに福島原発事故による大量の放出が付け加わるのである。
     以上を全体として評価すれば、上に列挙した一連の現象において、福島事故による放射線被曝が寄与をした可能性を否定することはほとんどできないといわざるをえないばかりか、現象はこれらにとどまらないと考えるべきであろう。

    4-6.健康被害の事実を調査することは住民の「恐怖を過度にあおる」ことになるか、本当の「恐怖」とは何か

     『理科・社会』の著者たちは、このように健康影響がすでに出ている可能性を「恐怖を過度にあおる」という文字通り政治主義的理由ですべて頭から否定するだけで、国や自治体による「調査」すら要求していない。それどころか、いっそうの調査を求める住民の当然の要求を「事故の影響評価の名の下に子供たちをモルモットのように扱うもの」「医療現場に耐えがたいストレスを加える」などと不当に非難している(159ページ)。このことは現実を「見たくない」「見せたくない」著者らの指向を象徴的に示している。
     被曝の危険性を指摘したり調査したりすることは「恐怖をあおる」ことであるという著者たちの基本概念については、次の点を指摘しておこう。
     第1に、ここでも放医研の『低線量放射線と健康影響』を見てみよう。福島原発事故前に刊行された同書初版にはすでにリスクコミュニケーション上の次の注意点が記されていた。「『(放射線に関する)知識偏重はかえって不安になるので、大丈夫だ、とだけ言ってほしい』という意見に遭遇することがある…不安解消に都合のいい情報だけに関心を示す事業者もいる…これらの対応は、安心醸成に即効性があるように見えるが、長い目で見ると事業者/専門家への不信感といった副作用を生みかねない」「『専門家が安全です、と判断すれば、それを一般の方が信じて安心する』という図式はもはや成り立たない」(初版108ページ、事故後に発行された改訂版では自分の言葉ではなく大阪府の文書の引用に差し替わっているが、内容はほぼ同じである、176ページ)。この批判は、放射線利用を推進するリスクコミュニケーションの立場からのものであるが、そっくり『理科・社会』に当てはまる。つまり、「大丈夫だとだけ」強調し、「不安解消に都合のいい情報」だけを列挙し、現実の健康被害を訴える人々を「恐怖をあおる」と非難することこそ、かえって住民の不安と恐怖をかきたて、「専門家」に対する不信感を拡大再生産しているのである。
     第2に、『理科・社会』の著者たちの基本概念の本質を検討するためには、仮にそれが実現したという想定をしてみればよい。いま著者たちが言うように、脱原発運動が「低線量放射線は安全で被曝しても安心だ」と信じるようになり、人々に低線量被曝の「危険」や「恐怖」ではなく「安全」や「安心」を説得するようになり、人々も放射能に対する「恐怖を克服」して、現実に生じている健康被害や人口減少は「見ない」ようにし、「目に見えた」としても原発事故以外の原因によるものと考えて諦観するようになったと仮定しよう。何が起こるだろうか。それは明らかである。
     政府・原発推進勢力は、原発を再稼働しやすくなり、住民の「同意」を得て次々に再稼働し、新増設も進め、もんじゅも動かし核燃料サイクルも稼働し、世界への原発輸出も大々的に進めて行くであろう。福島のような重大事故が起こって被曝しても「安心」で「問題ない」のだから、事故対策はさらに削られるであろう。ほとんどの原発が設備年齢40年を越えて60年さらには80年と、事故が起こって使えなくなるまで使い尽くす方式で稼働されていくだろう。
     促されるのは原発推進だけではない。安倍政権の進めている「集団的自衛権の行使容認」は、現実には中国、ロシア、北朝鮮、イランなどを仮想敵国とする戦争計画であり、その場合の戦争とは核戦争が想定されている。広島原爆数百発分(日本政府発表でもセシウム137換算168発分)の「死の灰」をばらまいた福島原発事故の「目に見える」影響が「ない」ことにされれば、日本と世界で人々の放射能アレルギーが払拭されれば、核戦争への「閾値」もまた低下するであろう。途上国への原発輸出は、核技術の拡散を通じて、核兵器の広範な拡散に繋がる危険があり、そうなれば核戦争の危険は、既存の核大国間の世界的勢力圏の再分割をめぐる対立激化を通じても、新たな核保有国の増加と対立抗争を通じても、世界中で拡大し深刻化するであろう。また、アメリカの軍事的覇権が今後いっそう弱体化すれば、安倍的な冒険主義的軍国主義路線の先にあるのは、日本の独自核武装であろうし、核燃料サイクルは核兵器の製造へと転換されるであろう。
     このように、人々の放射能や被曝への「不安」「恐怖」が解消すれば、その先に必然的結果として待ち構えているのは、原発・核施設の重大事故の(日本だけでなく世界における)短くなる確率周期での反復と、局地的および世界的規模での核戦争勃発の現実の危機である。『理科・社会』の著者たちの主張は、知ってか知らずか、その論理を客観的に展開していけば、このような核・原発事故と核戦争と放射線被曝による世界的な核破局を近づけ促す結果に導くほかない。
     この意味で、放射線の影響は、一民族だけでなく人類全体の存在そのものを脅かしかねないほど深刻で重大な脅威であり、我々は放射能と被曝の危険性に文字通り「恐怖しなければならない」のである。人々が抱いている本能的ともいえる「恐怖」は正しいのである。真実を追求する科学者たらんとする者は、この「恐怖」に科学的な基礎を与え、この「恐怖」に基づいて対策を立てなければならないと政治や経済の指導者にはっきりと進言すべきである。必要なのはそれを行う勇気である。米ソの熱核戦争が迫っていた時期には、多くの人々は、核爆弾による直接の被害だけでなく放射性降下物(「死の灰」)による影響にも「恐怖」を感じていた。その本能的な「恐怖」は正しかったのであり、世界熱核戦争が現実に勃発するのを防ぐ大きな力になった。当時世界の人々がもしも放射能に「恐怖」を抱かなかったとしたら、核戦争は現実に勃発していたかもしれない。その当時、高まっていた原水爆禁止運動に対して、放射線の影響を強調するのは「恐怖をあおる」から止めろと言う者があれば、それは当然戦争勢力への荷担と見なされたであろう。現在でも同じことである。
     古代ギリシャの弁論家デモステネスは、次のような警句を残している。「自己欺瞞ほど楽なことはない。自分が真実であってほしいと願っていることを真実だと信じることだから」と。放射線の健康影響についても、人々はこの厳しい試練に耐えなければならない。

    4-7.避難は本当に「健康被害を生む」だけで何の効果もないのか?

     『理科・社会』は「避難生活が多様な健康被害を生んでいる」として、住民の「放射線への恐怖」とそれを「過度にあおり」「避難」を勧める脱原発運動こそが、健康被害の元凶であるかのように攻撃している(159ページ)。しかし、本当に避難は「健康被害を生む」だけで効果がなかったのだろうか。
     明石昇二郎氏による厚労省「人口動態調査」をベースとした調査によれば、住民が避難をした福島県の7町村における循環器系疾患における年齢調整死亡率は、それら以外の汚染が深刻な17市町村に比較して、明らかに重要な、決して僅かとはいえない低下を示している。明石氏は「汚染地帯から避難することにより、循環器系疾患で亡くなる人を全国平均かそれ以下にまで減らせる可能性がある」と結論づけている(明石昇二郎「原発近隣住民の間で高倉健さんの命を奪った『悪性リンパ腫』多発の兆し」月刊『宝島』2015年3月号78〜79ページ、図9参照)。避難は実際に多くの人々を心臓など一連の急性疾患やそれによる死から救った可能性が高いと言える。

    図9 月刊『宝島』による「避難効果」の図

    注記:福島県の汚染17市町村では2011年以降急性心筋梗塞による死亡率は急増したが、これとは対照的に、避難7町村では2011年以降、急性心筋梗塞による死亡率が低下している。
    出典:http://livedoor.blogimg.jp/tkj_takara/imgs/3/4/3458e62d.jpg

     著者たちは、深刻な汚染地帯に住む人々に避難せず「住み続けること」を進言し勧告することによって、人々をこの可能性(「避難効果」)から遠ざけているかもしれないという点について真剣に考察したことがあるのだろうか。
     この項を終わる前に、学童の全員避難について一言触れておこう。「現実的でない」という非難に対して、戦時下で行われた「学童疎開」を対置することは意味があると考える。太平洋戦争末期には、米軍の都市爆撃を避けるために、最大時42万人の学童の集団疎開が組織された。私的に疎開した児童を加えるならこの数字はもっと多くなるであろう。食糧不足や病気の発生など多くの問題を含みながらも、集団疎開によって多くの子供たちの生命が救われたことは事実である。
     福島県全体の18歳以下の児童数は22万人程度であり、現在の生産力と医療水準の下で、福島県や周辺の汚染が深刻な地域で、将来を担う若い世代を被曝による悪影響から守るという目的のために、全ての学童の集団避難を政府や行政が先頭になって組織できない客観的な理由はない。住民に無用のストレスや不安を与えているのは、避難と被曝の判断を住民個人の責任に委ねて押しつけ、現に現れている住民の健康被害に対し補償も賠償も行わず、被害を申し立てる人々に対して「風評」として逆に攻撃し、そのような被害者を救済しようとする運動を「放射能の恐怖をあおる」として攻撃している政府・行政側にあることは明らかである。戦前戦中に回帰したがっている安倍政権は、国民の未来について、戦争によって他国民だけでなく数百万の自国民を虐殺しつつあった戦時下の最悪の政府以下の判断力しか持ち合わせていないのである。

    4-8.支配層中枢は本当に「健康被害は出ない」と信じているのだろうか?
      著者たちのよく使う言葉「覚悟を決めて」の意味について


     『理科・社会』を読んで非常に奇異に響く表現は「覚悟を決めて」「覚悟を持って」という言葉である。この言葉は、「汚染されてしまったのはどうしようもない現実ですので、覚悟を決めて向き合って選択していくしかありません」(144ページ)「日本人は腹を決めて『原子力と付き合う』覚悟をちゃんと持ってこなかった」「日本人は、あってはならない事故が起こってしまった現実に正面から向き合う覚悟も、持っていないと言わざるを得ません」(186ページ)など、何度も繰り返されている。だが、この表現を読んだ人には、著者たちが「目に見える被害は出ない」と科学的確信を持って主張するのなら、しかも著者たちが言うとおり人々がそれを「朗報」として歓迎しているのなら、わざわざ人々に「覚悟を持て」と迫る必要はないはずなのではないか、と思われるであろう。「覚悟」を迫るようなことをすれば、著者たちの批判しているように、いまや極めて高い被災地の人々の「ストレス」をさらに高めることになるであろう。だから、この表現を読んだ読者に「それなのにどうして『覚悟』などを強調するのだろうか」という疑念がわくとしても当然であろう。
     事実、「覚悟を決めて」という言葉は、財界の中枢部JR東海の葛西敬之会長(当時、現在は名誉会長)が事故直後に使った有名な表現である。葛西氏は、読売新聞紙上で、福島原発事故により、交通事故死亡者(「毎年5000人」)程度の死者が出るとしても「リスクを制御・克服し」「覚悟を決めて(原発を)活用する」べきだとする趣旨の発言をしている(葛西敬之「国益に背く『原発ゼロ』」読売新聞2012年9月10日掲載)。もちろん葛西氏は、後で言い逃れができるよう例え話として書いているが、例えの対象にするということは、福島事故が交通事故死亡者に比較できる規模の犠牲者を出す可能性を葛西氏自身が想定していたことを意味する。この年間5000人程度の犠牲者という想定は、10年間で5万人、50年間で25万人という数字であり、脱原発側のクリス・バズビー氏などの推計とほぼ同じレベルである。これだけの犠牲者が出ることを前提にしても、それでもなお原発をあくまで推進していこうというのが、葛西氏的「覚悟」の意味である。
     安倍首相に最も近い財界人の1人である葛西氏のこの発言は、支配層の中枢部が福島原発事故の被害を極めて深刻に考えており、年間で数千人、累計で数十万人の犠牲者が出る可能性も十分に考慮していることを示唆している。つまり、これが葛西氏的「覚悟」の具体的内容である。支配層の中枢は、外向きには、つまり一般国民向けには、「被害はまったくない」と宣伝しながら、自分たちの内部では、秘密保護法によって厳重に守られる形で深刻な被害想定を行っている可能性が高いのである。葛西氏の「覚悟を決めて」発言は、支配層中枢の内奥の秘密を図らずも漏らしたものであると言えるかもしれない。
     『理科・社会』の著者たちの場合に、この「覚悟を決めて」という表現が何を意味するのか、葛西氏的な意味なのか違うのか、著者たちははっきりと書くべきである。


    『放射線被曝の理科・社会』の問題点 (5〜6章・付表・資料)
     につづく
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