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2015.06.06 Saturday

石川廸夫著『考証 福島原発事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』の問題点 山田耕作、渡辺悦司

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    石川廸夫著
    『考証 福島原発事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』
    の問題点


    山田耕作、渡辺悦司
    2015年6月1日



    石川廸夫著『考証 福島原発事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』の問題点(32ページ,928KB,pdf)


     福島原発事故の経過をたどり事故原因を解明することは、溶融炉心の状況がいまだに不明なままであり、また一連の重要情報が公開されていないことから、極めて難しい。石川廸夫氏の『考証 福島原発事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』日本電気協会新聞部(2014年3月出版)は、原発推進側からの事故の経過を解析する試みである。しかし、我々から見ると、有馬朗人氏の「目からうろこ」という賞賛に反して、多くの本質的な論理矛盾や問題点が数多く見られる。その点を指摘し、原発の本質的危険性に関連する検討課題を提起したい。このような検討を通じて、正しい事故解析が進むことを期待するものである。さらに同書後半の地震や放射線被曝に関する記述については、科学の歴史的成果を踏みにじるがごとき非科学的な記述が多々あり、何の批判もなくこの書が店頭や図書館に並んでいるという状況を科学者として座視することは許されないと思う。また、政府・原発推進勢力がこの夏から原発の再稼働を強行しようとしている現在、原発推進勢力が事故とそれによる住民の被害についていったい何を考えているのかを知るという点でも、無視することのできない文献と言える。


         目 次

    1.はじめに――本書の基本的性格       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  2
    2.有馬朗人氏の「発刊に寄せて」      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  5
    3.「第一部 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか」      ・・・・・・・・・・・  6
     3-1.石川氏の主張      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  6
      3-1-1.「第1章 スリーマイル島原子力発電所事故」       ・・・・・・・・  8
      3-1-2.「第2章 福島原子力発電所事故 1〜3号機編」       ・・・・・・・ 10
       3-1-2-1.「1号機の場合」(82ページ)      ・・・・・・・・・・・・・・ 10
       3-1-2-2.「2号機の炉心溶融」(94ページ)       ・・・・・・・・・・・ 10
       3-1-2-3.「3号機の場合」(125ページ)       ・・・・・・・・・・・・・ 11
       3-1-2-4.「再び1号機の場合」(162ページ)        ・・・・・・・・・・ 12
       3-1-2-5.2章の「まとめ」(194ページ)        ・・・・・・・・・・・・ 12
      3-1-3.「4号機編」(203ページ)       ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13
    4.第一部のまとめと問題点         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14
     4-1.まとめ        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14
     4-2.問題点        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15
      4-2-1.問題点1:崩壊熱の過小評価とヒートシンクの無視がある       ・・・ 15
      4-2-2.問題点2:ICとRCICの過大評価         ・・・・・・・・・・・・・ 16
      4-2-3.問題点3:石川氏は3号炉の爆発を格納容器の底からの水素爆発とする
         のに苦労している、臨界爆発の可能性はないのか        ・・・・・・・ 19
      4-2-4.問題点4:メルトダウンに対する一般論との整合性       ・・・・・・ 19
     4-3.再臨界爆発の可能性に関する国会事故調の見解       ・・・・・・・・・・ 20
     4-4.NHKスペシャルが放映したデブリ再臨界の可能性       ・・・・・・・・・ 21
    5.「第二部 原子力安全向上と福島復興の論点」       ・・・・・・・・・・・・ 21
     5-1.問題点1:被曝被害に対する石川氏の見解は基本的人権に反する      ・・・ 21
     5-2.問題点2:SCベントの過大評価         ・・・・・・・・・・・・・・・ 24
     5-3.問題点3:石川氏の地震に対する楽観的見解の誤り        ・・・・・・・ 24
      5-3-1.国会事故調査報告書を補足する証言       ・・・・・・・・・・・・・ 25
      5-3-2.石川氏の主張の激しい動揺と支離滅裂       ・・・・・・・・・・・・ 26
     5-4.問題点4:安全な耐震設計ははたして可能か        ・・・・・・・・・・・ 26
      5-4-1.5学会の柏崎刈羽原発の地震被害調査と報告         ・・・・・・・・ 27
      5-4-2.耐専スペクトルの問題点        ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28
    6.おわりに       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29
    注記         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30


           1.はじめに――本書の基本的性格

     福島原発事故の経緯とその評価は、溶融炉心の現状など未解明な部分が多く、詳細なデータが公開されていないこともあって難しい問題である。このような時、原子力分野の大ベテランの石川廸夫氏が事故の経緯についてシナリオを提出された(石川廸夫著『考証 福島原発事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』日本電気協会新聞部 2014年3月出版)。同書に対して、物理学者で元文部科学大臣の有馬朗人氏が「発刊に寄せて」を寄稿し、同書を「目からうろこ」(3ページ)と絶賛している。確かに、石川氏の専門の溶融実験に関しては参考になる報告もあり、われわれは謙虚に学ばなければならないと思う。しかし、力作だけに、それだけ石川氏の思い入れが強く、私達から見ると、福島原発事故の評価は全体として一面的でバランスを欠くものになっているように見える。
     例えば、崩壊熱に対する危険性の評価が甘いことである。ここから石川氏は、炉心溶融は基本的に、崩壊熱ではなく、ジルコニウムと水の反応によって生じたと断定する。それに基づいて、炉心溶融は1号機・2号機・3号機とも、起こっていたとしても部分的であり、溶融した炉心の大部分は、表面が固まった卵のような形で、圧力容器の内部にとどまっていると推定する。しかし、2015年3月19日の東電の発表(1号機)、同20日の名古屋大学の発表(2号機)によれば、宇宙線ミュオン(ミュ中間子)を用いた炉内の透視を行った結果、両号機とも、圧力容器内に溶けた核燃料は見えず、炉心が圧力容器の外に格納容器に溶け出ていることが明らかになった注1。石川氏の議論の基本的な大前提は、実際の測定によって崩れてしまった。
     いっそう問題となるのは、被曝被害の評価や耐震設計などに対する恐るべき楽観的見解である。あまりにも信じがたいことなので、無知なふりをして暴言やデマゴギーを振りまいているようにも見えてしまう。
     例えば、238ページでは「上限値の100ミリシーベルトは人体に影響がない値として、科学的に判断した数値です。」と、最近はICRPなどでも国際的に否定された閾値100ミリシ−ベルトを未だに主張している。その上、石川氏はさらに総被曝量と年間被曝量100ミリシーベルトとを混同し、年間100ミリシーベルトを浴びても害がないかのように記述している。ICRPが言っているのは総被曝量100ミリシーベルト以下で、統計の信頼性の基準である危険率が0.05より小さくないので統計的に信頼性が「低い」というということであって、被曝影響が「ない」といっているのではない。しかも最近は、被曝線量がわかりやすい、医療被曝などを通じて10ミリシーベルト以下でも被害があることが統計的に証明されている注2。また、福島原発事故でも2011年12月には福島近くの4県で自然死産率の12.9%の増加が確認された。にもかかわらず、石川氏は福島原発事故の直接被害で死んだ人はなく、むしろ、避難生活で命を落としたとして、「不必要な」避難をさせたとして民主党政権を批判している。石川氏の見解は『電気新聞』紙上や研究会で議論されたというが、誰も忠告しなかったのだろうか。私達がこの本で最も驚いたことは、原発を推進してきた人たちの放射線被曝に対する軽視の姿勢である。何事においても全力で推進させようとする人には、その障害となるマイナス面は目に入りにくい。石川・有馬両人とともに『電気新聞』に集まる人たちが被曝者被害に対してまじめな注意を払って来なかったし、まじめに議論して来なかったことが、何よりも明確にこの本に示されている。その意味では恐ろしいが重要な本である。
     著者たちの目的は、福島原発事故を解釈可能で対処可能なように見える水素爆発として説明し(後述するように「見える」だけである)、事故を恐れることなく原発の稼働を進めようという宣伝にある。少々単純化しすぎたり、言い過ぎても再稼働に役立つなら良いではないかというのであろうか。石川氏が、歯に衣を着せず率直に言い放つところは人柄として好ましく思う人もいるかもしれない。しかし、物事を的確に判断できるはずである石川氏本人が福島の子どもの甲状腺がんをはじめ本当に被曝被害が一切ないと信じているのかは、依然として私達にはわからないままである。事故による「死者は1名も出ていない」と何度も強調するが、石川氏自身が追悼の言葉を捧げている吉田元所長自身の急死を含めて単にカウントされていないだけだという可能性を一顧だにしなかったのだろうか?
     財界・学界・マスコミ・政界を結ぶ原発推進のための組織「原子力の安全と利用を促進する会」の共同発起人には、同会会長の有馬氏や石川氏とともに、JR東海の葛西敬之名誉会長が名を連ねている。葛西氏は、読売新聞紙上で、福島原発事故により、交通事故死程度「毎年5000人」の死者が出るとしても「リスクを制御・克服し、覚悟を決めて(原発を)活用する」べきだとする趣旨の発言をしている注3。これは10年間で5万人、50年間で25万人という犠牲者数であり、脱原発側のクリス・バズビーなどの試算とほぼ同じレベルである。つまり、この葛西氏の言葉は、そのまま石川氏に跳ね返って突き刺さることになる。
     石川氏は、今まで日本の原発推進を技術研究の面からトップに立って担ってきた責任者の一人である。だが、そのような者として重大事故を引き起こしたことに対する自分の責任や真摯な反省は表明されていないように見える。これは大変遺憾なことであるといわざるを得ない。
     石川氏の本は、第二部はとくにそうであるが、議論が混乱して、首尾一貫せず、お互いに相対立する見解や主張が、何の説明もなく並んで述べられている。その意味で、二面的で、矛盾し、立場が常にゆれているという印象が強い。ただ、これは善意で解した場合の評価で、意図的だと解釈されるなら、欺瞞的、二心的、虚偽的という人もいるであろう。
     たとえば、一方では、技術者・研究者として事故を客観的に見ていこうという立場がある(この点ではこの本から大いに学ばなければならない)かと思えば、他方では、原発推進と再稼働という技術外・研究外の目的のために事故像をその都合のよいようにゆがめていこうという立場がある。しかも石川氏本人はこの2つの立場の間を、無意識にか意識的にか、絶えず揺れ動いている。一例は、崩壊熱が1時間に700℃〜1000℃の炉心(燃料棒)温度上昇をもたらす(134ページ)という崩壊熱の重要性を指摘している箇所があると、そのすぐ後には、水・ジルコニウム反応を強調して崩壊熱による炉心溶融を否定する見解が展開されるという具合である。
     また、安全性のところでは、一方では、軽水炉は本来「強靱で絶対に安全」だという軽水炉に対する「原理主義的安全信仰」と、他方では、その反対に、事故は「自然力によリ不可避的に生じる」のだから、起こる事故に対応して改良を積み重ねながら原発を推進していくべきだという「事故対応的安全論(弥縫(ビホウ)策的安全論というほかない)」との間を、絶えず行ったり来たりしている。
     さらには、事故原因でも、一方では、建設当時の原子力発電所の設計上の制約からして起こるべくして起こった(たとえば非常用発電機の低い設置位置)という「事故必然論」をとりながら、他方では、東電トップと吉田所長の事故対応(水の注入時期)や当時の民主党政府の対応(首相視察や4号機への注水優先)と無策(電源確保の遅れ、自衛隊・米軍の発電艦の派遣を依頼しなかったなど)に転嫁するなど「人的ミス原因説」をとり、ここでも揺れが甚だしいと言うほかない。
     事故を起こした東京電力についても、事故対応の失敗(とくに注水の遅れ)や秘密主義の点で批判して一線を画しているかと思えば、他方では、事故原発の「運転員のレベルは一流だった」、東電の技術者たちの「気概」を評価してほしいなど露骨な賛美と弁護論、その裏返しとして「東電には地元からの心の支援が今必要」であり(それにより)「東電職員がしっかり働く」かどうかで「廃炉工事の成否が決まる」、つまり廃炉工事が失敗するとしたら住民が東電を心から支援しないからだなどと、住民の反東電意識への責任転嫁を示唆するなど、これも二面性が甚だしい。
     あと一言付け加えれば、石川氏の主張は、意図的に虚偽的なものを取り除くと、結局のところ、①注水したことがメルトダウンと水素爆発の原因である、②放置しておけば熱放射で徐々に冷えて爆発は起きなかった、③注水は原子炉をベントで減圧し水を沸騰させて炉心が冷却した瞬間(時間単位ではなく分単位の期間)にだけ行うべきだった、という3点に帰すると思われる。
     しかし、後述するように、もしも③が実施できた場合でも、石川氏の説くとおりだとすると、燃料棒は屹立しているが制御棒は溶け落ちているという状態であり、そこに注水して炉心を水で満たせば、再臨界が制御不能な形で生じることになる注4。ということは、つまるところ、「いったん重大事故が起き始めるとそれを止めることはできない」というのが、石川氏の証明しようとした真の核心であるということになる。
     だが、石川氏は、この自分の議論から出てくる必然的な結論を、公然と一貫して主張する勇気がなく(葛西氏式に言えば「覚悟が決まらず」)、自己の推論の結論を断固として主張すれば、自分が代表する原発推進の利害と矛盾すると感じている。この結論における動揺が、氏の議論を曖昧にし混乱させ、正反対の矛盾した見解を平気で併置し、真実と虚偽意識との間を常に動揺するという形に終わらせている最奥の原因であると思われる。
     この本のもつこのような複雑で矛盾した基本性格は、読み手を混乱させ理解を困難にしているが、同書のもつこの本質的な二面性を確認し意識しておけば、本文の理解と検討は容易になるであろう。


           2.有馬朗人氏の「発刊に寄せて」

     石川氏の主張の要点を有馬氏は次のようにまとめている。
    3ページ「石川氏によれば軽水炉の冷却材喪失事故では、燃料は高温となっても蒸気冷却や輻射による放熱と被覆管表面にできる強靭な酸化皮膜で形態を保ち、その後に急冷されると分断・落下して炉心崩壊を生ずる。燃料が出し続ける残留熱(崩壊熱)だけでは容易に溶融せず、被覆管材料(ジルコニウム)と水との激しい酸化反応による発熱が止まらなくなると初めて炉心溶融を生じる。しかし、溶融物と水との間に卵の殻が形成され、溶融炉心はその中に保護されるので水蒸気爆発は生じない」。以上の理解のもとに有馬氏は「石川氏の分析、考証の結果は、原子力発電の安全性の再構築が可能であることを証明している。」「本書により福島の炉心溶融・爆発の様相は完全に解明された」と宣言する。
     しかし、問題はこのような石川氏の議論と有馬氏の理解が正しいかどうかである。長い歴史を持つ原発の危険性に関する議論が石川氏の著作によって一挙に解決したかのような有馬氏の宣言は、すぐには信じがたい。以下問題点を議論するが、私達は「解明」されたのではなくて、採用するシナリオを決めたに過ぎないと思う。しかもそのシナリオは出版後1年で実測により土台から崩れてしまった。このような誤った認識で再稼働されてはたまらない。まさに安倍首相の「アンダーコントロール」に対応する主張である。かって、理論物理学を指導した有馬氏は科学的証明ということを現在どのように考えているのだろうか。伏見康治氏以来、有馬氏の子弟をはじめ、我が国の核物理の理論家達は輝かしい伝統を持つ。彼らは沈黙しているが、有馬氏の結論に同意しているのだろうか。
     事故の「解明」と安全性の「再構築」に関しては例えば二見常夫氏の教科書的文献(二見常夫著『原子力発電の事故・トラブル』丸善出版 2012年)と比較してほしい。著者二見氏は、3年間、福島第一原発の所長も務めた。この書は、東電福島原発の吉田所長などとの議論を踏まえた東電の情報に基づく教科書的な著書である。石川氏が明言していない真実もみられるようである。
     例えば、65ページで、5,6号機では、ディーゼル発電機が、それを冷却する取水口近くの海水系ポンプモーターの冠水により使用できなかったことなど、ヒートシンクの重要性を正しく指摘している。
     「1号炉 12日2時45分原子炉圧力0.800MPa、2時30分のD/W(格納容器ドライウェル)の圧力が0.840MPaと原子炉がD/Wの圧力より下がった。明らかに燃料が溶融し、原子炉圧力容器から原子炉格納容器へと流れ落ち始めたことを示している(同書77ページ)。全電源喪失から約11時間経過していた」として、炉心溶融を明確に認めている。
     二見前掲書129ページでは、「三つの喪失と三つの多様化の教訓」として「福島第一原子力発電所の事故のキーワードは『三つの喪失』すなわち電源喪失、水源喪失、ヒートシンク喪失であり、「再構築」への教訓は『三つの多様化』すなわち電源多様化、水源多様化、ヒートシンクの多様化である」という。


           3.「第一部 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか」

         3-1.石川氏の主張

     8ページ「はじめに」で次のような「NHKのシナリオ」を否定している。「真っ赤に焼けた炉心燃料がぐにゃぐにゃと溶けて崩れ、丸い灼熱の溶液と化した炉心が圧力容器の底に落ちる。この熱で周辺の水と溶融炉心とが反応して水素を発生させ、水素爆発が起き原子炉建屋を破壊する。さらに灼熱の溶融炉心は、圧力容器の底を溶融貫徹して格納容器の床の上に落下し、格納容器の床のコンクリートも溶かす。幸い炉心から出る崩壊熱が低下したために、紙一重の差で格納容器を貫く事故への拡大は防げた模様」という「NHKのストーリー」は「間違っている」として全面的に否定して、「演繹と考証」で「1から4号炉で起きた事故の具体的現象を分析」するというものである。
     この点は、事故炉の調査が進んで事実が公開されていけば、自ずと明らかにされるであろうことなので、これ以上は触れないこととする。ここは事故のシナリオについてできるだけ予断を持たず、石川氏の述べる内容の検討に入っていきたい。言っておきたいのは、この点でも石川氏は、非常に誤解や混乱を生じやすいミスリーディングな書き方をしていることである。本の中では石川氏自身も、1号機については、このメルトスルー・水素爆発・シナリオを基本的に認めている(171ページ)。だから石川氏のこのNHK批判は、2号機と3号機についてだけに限定しなければならないはずである。

       3-1-1.「第1章 スリーマイル島原子力発電所事故」

     22ページ「燃料棒が2000℃くらいの高温になると、燃料本体の二酸化ウランと被覆管のジルコニウム合金とが境界面で接触し、混入しあって、ウラン、ジルコニウム、酸素の3元素からなる混合溶融物を作ります。」「混合溶融物は,二酸化ウランの融点よりずっと低い温度で溶融する。」「TMI(スリーマイル島原発事故)の場合2,200℃程度であったといわれています」。「福島第一の場合も、炉心の混合溶融温度はこの程度と推測」する。
     この石川氏の3元素からなる混合溶融物の記述は正しく、それらは二酸化ウランの融点2800℃より低い温度で混合溶融する。
     23ページ「TMI事故では、制御棒はすべて炉心に挿入されました。制御棒の材料は融点の低い銀、インジウム、カドミウム合金(融点約800℃)で、それを覆っているステンレス鋼の融点も1450℃です。制御棒材料は比較的早く溶けて、溶融炉心の周囲を囲む薄い外皮(殻)の下半分に集まっていたとみられています。この事実は、たとえ制御棒が溶融炉心中で偏在しても炉心は再臨界にはならなかったということの証明でもあります」。
     これは証明でも何でもない。再臨界はウランやプルトニウムの集まり方や水の中性子の減速効果によるのである。必ずしも臨界にならない場合もあることを示したに過ぎない。偶然、救われた一つの例というべきではないのか。本来、形が崩れなければ、制御棒なしでは再臨界になるはずだからである。3号炉はプルサーマルが行われており、反応の速いプルトニウム燃料が混在している。プルトニウムが集まると臨界が起こりやすい。この点の検討も必要である。また、3号炉の爆発の際、オレンジ色の炎が見られており、その説明も必要である。
     37ページ「第3の知見は、中央の溶接部を除く比較的温度の低い、燃料棒の上下部分の様相です。そのうちの約25%は粉々になって炉心外に流出していましたが、それ以外の部分は、表面が酸化ジルコニウムの被膜に締め付けられた状態で、分断してループの下に落下していました」。TMIでは溶解した燃料棒などのタマゴの上には燃料棒のデブリがあったが、それは微粉塵化していた。福島でも、溶けなかった燃料棒は微粉塵化しているにちがいないという重要な指摘がなされている。この微粉塵化した燃料棒が3号炉の黒い煙の正体の可能性がある。これは、我々の微粒子論文(「市民と科学者のための内部被曝問題研究会」のブログに掲載されている)でベースにした東北大学の佐藤修彰氏の見解――炉心溶融の早い段階で燃料棒は微粒子化する――を補強するものである注5
     39ページ「このジルコニウムの酸化被膜は非常に緻密で、一度表面にできると、その内側に容易に水を浸透させません。しかもその融点は2700℃に近く、本体であるジルコニウム合金の融点約1800℃よりずっと高いのです」。酸化被膜は安定ということであるが、石川氏の記述によると、上から散水すると壊れるようである。石川氏の主張ではこの酸化膜が鍵となるが、PWR型のスリーマイル島原発の例のみでは生成条件、安定性が不明である。例えばBWRの沸騰水中でも生成するのか。安定に存在するのか。酸化被膜は炉心が静かな場合、溶融燃料と水との接触を防ぎ水蒸気爆発を抑える場合があると思われるが、崩壊熱による沸騰や温度上昇などの条件に依存すると思われる。石川氏は研究会でNSRR実験では「軽水炉燃料をUO2の融点以上の高温にすると、粉々に噴出して水蒸気爆発を起こす」と報告している。
     53ページ「炉心溶融は2分程度で終了しました。ジルコニウム水反応の発する熱量はそれほど激しい、これがTMI事故の示してくれた貴重な事実です。
     65ページ「炉心上部の燃料棒が灼熱状態となって溶けたのではなく、水の中にあった健全な燃料領域が溶融したという事実には驚かれるかもしれません。
     65ページ「炉心溶融がジルコニウム水反応の反応熱で起きるとは想像もしていなかった。
     この記述は不正確である。炉心溶融がジルコニウム水反応の反応熱だけで生じたかのような記述になっている。正しくは、酸化ジルコニウムの薄い被膜が燃料棒の溶解や破壊を一時的に防いだが、崩壊熱によって燃料棒は変質していたのであり、冷えて収縮すると破壊された。いずれにせよ健全な状態ではなかったのである。最後にジルコニウム水反応の熱で溶融したとしても、それまで溶融していないというだけの違いを誇大に強調している。いずれにせよ、水が入ると水素ガスを発生し、水素爆発したというシナリオに違いはない。しかも後に見るように石川氏は1号炉の炉心の溶融は認めているようである。
     66ページ「もう一つ注意してほしいことがあります。溶融という文字は高温の溶液を連想させますが、炉心は溶融の開始時点から流れやすい液体になるのではありません。高温で柔らかくなった燃料材料が混合し、接着したような状態が存在します。2000から2200℃という高温ですから、輻射熱の放散があって融点に達しても、容易に液化できないのです。冒頭で述べた炉心溶融の誤りはこの部分です」。本書冒頭の書き出しでは溶融自体が起こらないというように理解する人もあると思われる。ここで明らかにされたことは溶融体を作り、「容易に液化できない」ということであった。溶融の形態の違い、「映像イメージの誤り」に過ぎない。確かに石川氏の記述のように輻射熱の放散で溶融は容易でないかもしれない。しかし、輻射熱による放散も周りを温め、系全体の温度を高めるであろう。境界条件に依ることであり、いずれ溶融すると考えられる。もし輻射熱で冷却できるなら水の注入は不必要になるはずである。現実に1号機では大量のジルコニウム水反応の前に圧力容器下部は溶融していた。最近のミュオンによる透視では1、2号炉ともに圧力容器内に炉心はなく、格納容器に溶融落下したようである注1

       3-1-2.「第2章 福島原子力発電所事故 1〜3号機編」

     73ページ「なお、原子炉の冷却に重要な役割を果たす海水ポンプの設置高さは4メートル、当然のことながら海岸近くに設置されていますから、津波で全滅の被害に遭いました。
     75ページ「機械設備に電気を分配する配電盤も、地下室または1階に設置されていたため、その多くが被水して使えなくなりました。したがって、仮に電源が復旧してもおいそれと機械を動かすことはできません。
     77ページ「福島第一発電所が事故に至り、災害を引き起こした原因は、第一に津波ですが、第2に全電源喪失状態が10日間も続いたことが原因とわかります。
     石川氏はここでは福島事故の他の要因にも正しく言及しながら、再稼働を議論する際にはこれらのことに一切注意を払っていない。後にIC(非常用復水器)やRCIC(原子炉隔離時冷却系)の運転操作が正しければ炉心溶融は回避できたかのような記述があり、この時には海水ポンプや電源盤のことはもう忘れている。このように事故の評価が総合的でなく一面的である。
     78ページ「3号機の炉心も13日に崩壊し、14日には同原子炉建屋で水素爆発が起きました。3号機炉心溶融の側杖を喰らって、3号機から流れてきた水素によって、15日には4号機も爆発しました。」「14日午後10時ごろには、2号機の炉心は溶融しました。

      3-1-2-1.「1号機の場合」(82ページ)

     87ページ「IC停止に気付くのが遅れたことは、事故対応での最大のミスといって良いでしょう。」しかし、もし気づいたとしてもICの200トンの貯蔵水では水素爆発と炉心溶融は避けられなかったのではないだろうか。

      3-1-2-2.「 2号機の炉心溶融」(94ページ)

     96ページ「マーク2型の格納容器に蓄えられるSC(サプレッション・チェンバー)水量は約3000トンです。」しかし、NHKが強調している、冷却中にこの温度が上昇してしまう問題については沈黙している。
     100ページ「炉心から完全に水がなくなり完全に空焚き状態になっているにも関わらず、原子炉は溶融していないという事実です。」だが、このまま空焚きが続けばいずれ炉心は溶融するか微粉塵化して崩壊すると思われる。空焚きのままで安定するなら海水の注入は不必要のはずである。
     101ページ「炉心溶融が起きるには、…燃料棒が高温の灼熱状態にあること、水が大量にあることの2つでした。
     103ページ「もし海水が炉心の頂部から散水されていれば、酸化膜は冷えて破れ、燃料棒はバラバラに分断されて、炉心が崩壊したであろう。…炉心は一瞬にして崩壊し、デブリの山と化したでしょう。でも、こうはなりませんでした。
     105ページ「炉心溶融を起こす熱は、崩壊熱ではなく、被覆管材料のジルコニウムと水との酸化反応が生み出す膨大な反応熱でした。でも、この反応を一気に起こすには、燃料棒温度が高く、水が十分あることが必須です。消防車を用いての注水では一気に反応を進めるには十分な水量ではなかったのです。
     必ずしも一気に炉心溶融を起こす必要はないが、そのためには燃料棒温度が高くなることが必須条件という。しかし、その燃料棒の温度上昇は崩壊熱によって起こされることである。
     123ページ「2号機では、減圧と同時に炉心注水を行っていれば、炉心溶融は起きなかったと考えられる。
     これは注水が継続できればの話である。それが問題である。さらには、注水がもし万一成功したとしても、減圧による炉心冷却が起こる以前の炉心温度上昇(1000℃近く)によって制御棒はすでに溶け落ちている(Ag-In-Cd合金の融点約800℃)はずなので、制御棒がない状態で核燃料に注水すれば、当然再臨界が制御不能な状態で生じ、核暴走が生じた可能性が高い。そうなれば、事故はさらに重大な結果を生み出したかもしれない。石川氏は再臨界の可能性についてなぜか一貫して口をつぐんでいるが、石川氏のようなプロがこの危険を知らないはずがない注4

      3-1-2-3.「3号機の場合」(125ページ)

     136ページ「2号機の水位低下理由は、崩壊熱による原子炉水の蒸発でした。このことから3号機の水位低下も2号機と同じとして間違いなさそうです。」RCICによる冷却もSCの3000トンの水では足りなかったということである。
     148ページ「原子炉建屋の爆発」(14日午前11時1分)
     156ページ「下階に爆発を起こすほどの水素ガスが存在したのは、下階に漏れが起きていたからです。格納容器の機器搬入ハッチは原子炉建屋の一階にあります。ここから水素が長時間漏れ出していたとすれば、3号機の爆発状況はきれいに説明できます。
     水素がずっと長時間下階に溜まって上昇しなかっただろうかという疑問が起こる。3号機の爆発が臨界爆発すなわち核爆発であった可能性は、真剣に検討されてもいない。

      3-1-2-4.「再び1号機の場合」(162ページ)

     171ページ「(3月11日)午後11時ごろ、原子炉建屋内の二重扉前面の線量が高いことが記録されています。格納容器の中に相当量の放射能が漏れていた証拠です。…原子炉圧力容器の水は完全に空になっています。午後11時50分頃、格納容器DW圧力が0.6メガパスカルに上昇していることが確認されています。原子炉圧力容器に熱による開口部が生じ、中の蒸気が原子炉から抜け出たことを意味しています。
     173ページ「炉心の輻射熱や溶融した炉心上部構造体の熱影響で、炉心下部に位置する制御棒駆動装置の案内管や中性子測定器などもその一部が溶け、原子炉圧力容器の底には穴ができたことでしょう。
     石川氏は水素爆発前に1号炉の炉心溶融が(崩壊熱によって)生じていたことを認めているようである。
     178ページ「注水を開始する12日午前4時頃には、炉心温度約2000℃原子炉圧力容器温度550から600℃、格納容器温度の推定120〜130℃という輻射熱の平衡温度体系がほぼ出来上がっていた。
     この状態は崩壊熱によって起こったものであり、石川氏の主な主張、ジルコニウム水反応でのみ炉心溶融が起こるという説に反することではないだろうか。この熱輻射の状態が安定な状態のように記述しているが、さらに温度が上昇するので注水する必要があったのである。

      3-1-2-5.2章の「まとめ」(194ページ)

     194ページ「第一は炉心の溶融がジルカロイと水との反応による発熱で起きることです。…炉心は崩壊熱で溶融するのではありません。…ふにゃふにゃと崩壊熱で溶けて、液体となるのではありません。…わずか1%やそこいらの崩壊熱で簡単に溶融するやわなものではありません。その証拠に一滴の水の補給ですらなかった1号機ですら、爆発が起きたのは丸一日以上後のことでした。」 我々には十分早いと思うが、石川氏は遅いという。
     「わずかな崩壊熱が起こす低温火傷は、適切な手当てで治まります。炉心溶融という治療のできない大火傷は、たった2分間でTMI炉心を溶融させた、急激なジルコニウム水反応の発熱しかありません。この反応を急激に発生させるには、ジルカロイが高温であることと、水が十分あることの二つの条件が必要です。
     以上の記述は発生する熱量から見ても誤っている。ジルコニウム水反応の過大評価と崩壊熱の過小評価がある。ここでは突然、崩壊熱が1%というだけで軽視されている。これを軽視してはならないというのが炉心溶融事故に対する従来の教科書的警告である。ジルコニウム水反応が最終的に炉心崩壊を導く急激な反応であったとしても、高温のジルカロイを生成したのは崩壊熱である。
    197ページ「第二は水素ガスの急激な発生とこれによる圧力上昇が水素爆発の大きな原因となっていることです。
    198ページ「適切な注水ができれば大規模な炉心溶融を防ぐ可能性があるという教訓です。
     「適切な注水」これが困難なので、原発の致命的欠陥として指摘されてきたことである。崩壊熱を適切な注水で冷却できればというがそれこそ問題なのである。石川氏は原発の危険性の問題の基本問題に戻ってしまっただけではないのか。
     198ページ「福島での事故対応は、減圧沸騰までは間違いなかったのですが、いずれのケースも2時間ほど注水が遅れました。この遅れが命取りになりました。この2時間の間に、崩壊熱によって炉心温度が再上昇して、燃料棒は灼熱状態になってしまったのです。
     わずか「2時間の遅れで命取りになる」――ここには崩壊熱の恐ろしさが的確に表現されていて、石川氏の優れた記述である。しかし、直前の結論の第一で「1%そこらの崩壊熱で溶融するやわいものではない」といったのは石川氏自身である。著者は混乱している。これは重大な発言である。一般に原子力関係者は崩壊熱を重大な脅威として、それが避けられないことが原発の致命的欠陥として恐れてきたはずではなかったのか。何よりも停止時も崩壊熱のために水で冷却することの必要性が言われてきた。ここには石川氏と有馬氏の思考方法の欠陥が表れている。何事も総合的に考察しなければならない。崩壊熱や反応熱をあれかこれかと対立的に議論するのではなく、総合的に検討すべきであるということである。両方が重なって原発の危険性を高めていることを正しく見なければならない。そうでなければ原発の安全性を論じる資格はないのである。

       3-1-3.「4号機編」(203ページ)

     204ページ「4号機の爆発が、3号機の炉心溶融でできた水素ガスが逆流して起きたものであること」。
     205ページ「4号機の非常用ガス処理系(SGTS)に取り付けられていたフィルターの汚染状況が、入り口より出口が高いという、普通では起きることのない事実が判明しました。この事実によって、3号機から4号機への水素の逆流が証明されたのです。
     4号機の爆発は不明な点が多いが、もし石川氏の記述(すなわち東電の説明)の通りであるとすれば、4号機の爆発は、3・4号機を共用排気筒とした設計上の根本的欠陥、4号機の共用排気筒への非常用ガス処理系のバルブが開いていたことを見逃した重大な操作ミス、それを明確に規定していなかった事故マニュアルの信じがたい不備など一連の人為的ミスにより生じたことになる。


           4.第一部のまとめと問題点

         4-1.まとめ

     以上の石川氏の第一部の見解に対してここでまとめて考察する。
    1. )石川氏が、制御棒が燃料棒よりも先に溶け落ちた可能性が高いことを指摘しながら、その状況で注水すれば、それによって再臨界が生じた可能性を検討もせず、論証なしに否定していること。
    2. )崩壊熱とジルコニウム水反応とを機械的に対立させて考え、実際には崩壊熱にさらにジルコニウム水反応の熱が付け加わってメルトダウンした可能性が高いにも関わらず、崩壊熱によるメルトダウンを一面的に否定するためにジルコニウム水反応をもちだしていること。
    3. )TMIでは溶解した燃料棒などの溶けて表面が固まったタマゴ状の塊の上には燃料棒のデブリがあったがそれは微粉塵化していたが、福島でも溶けなかった燃料棒は微粉塵化していたにちがいないという指摘は重要である。3号炉の爆発時の黒い煙はこの微粉塵が噴き出したものである可能性がある注5
    4. )高温になると格納容器も圧力容器もその蓋のボルトが伸びて空隙ができ、またシール部のシールも劣化して空間ができ、容器は気密性を喪失し、外形的には破損していないように見えたとしても、破損したと同じことになる。
    5. )ジルコニウム水反応そのものが急激に爆発的に生じるので、「水素爆発」と呼ばれるものには、①水素の爆発的生成と、②水素と空気中の酸素の爆発的化合の「2つの爆発」がありうる。石川氏のように水蒸気爆発を否定したとしても、炉内での急激な水素発生によって爆発事象が生じたという可能性は否定できない。
    6. )その際、水素は2000℃の温度で吹き出したであろうと推計していることは重要である。このような高温の水素が酸素と反応した場合、水素爆発の火炎温度約2000℃がこれに加わって4000℃近くになると考えてよいかもしれない。福島原発事故では、ウラン粒子を含むガラス状の微粒子が発見されており、このことは、事故の過程の中で、ウランがその沸点(4131℃)付近にまで加熱されたことを示している注5。これにあと崩壊熱として500〜1000℃ほど加われば、ウランの沸点に達するので、さらに再臨界による加熱が生じた可能性を示唆している。


         4-2.問題点

       4-2-1.問題点1:崩壊熱の過小評価とヒートシンクの無視がある

     石川氏は崩壊熱を「たかが1%」と軽視する気持ちが強いようである。それ故、ジルコニウム水反応による水素爆発のみが重要視され、崩壊熱による炉心の加熱を必要とする水蒸気爆発は起らないことになる。ICやRCICが機能すれば炉心溶融が避けられたように主張するが、崩壊熱の過小評価が念頭にあり、原子炉の冷却をシステムとして厳密に考察していない。大量の熱を発生する原発ではその内部の冷却系から外部への熱の除去が必要で、我が国の原発はすべて海水で冷却している。閉じた原発の冷却系で冷やしても、いずれ全系の温度が上がり溶融は避けられない。それ故、海水の取水口も決定的に重要である。フクシマ第一では海水ポンプが水没して壊れた。取水口の海抜はゼロである。
     アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発――真相と展望』集英社新書(2012年)は次のように述べている。
     「原発は、最終的に海水を使って徐熱しているのです。津波ではディーゼル発電機だけでなく、海岸沿いの冷却用海水ポンプも壊滅しました。燃料の崩壊熱を運ぶ汚染された冷却水の循環系と、そこから熱を除去する海水の系統は分かれており、後者はこのポンプに頼っています。両者は熱交換器を通じて熱の受け渡しを行います。つまり、海水ポンプが壊れてしまえば、最終放出先である海へ熱を逃がすことができないのです。この手段を失うことは、最終的な冷却機能(UHS:Ulltimate Heat Sink)の喪失と呼ばれます」(22ページ)。
     「冷却用海水ポンプが破壊されてUHSを喪失した1から4号機では交流電源に依存しない冷却系の機能喪失が長引き、1から3号機はメルトダウンに至りました。もし、ディーゼル発電機が無事だったとしても、防げなかったのです。なぜなら、海水ポンプが流されたり取水口が砂で埋まったりして海水取水系の設備は壊滅しており、仮に電気が通じたとしても全く使えない状態でした。代替する設備は用意されていませんでした。海水を利用できなければ、原発内の冷却水を最終的に徐熱できないのです。…結局のところ1から3号機は、冷却用海水ポンプが原因でメルトダウンが運命づけられていたのです」(24ページ)。
     以上ガンダーセンであるが、NHKスペシャル「メルトダウン取材班」著『福島第一原発事故7つの謎』講談社現代新書(2015年)には、福島第二原発にも同じ危機があったという指摘があり、次の記述がある。
     「外部電源も無事だという。しかし、原子炉の熱を格納容器の外に逃がすための海水系の冷却装置が機能を失っていた。福島第二原発では所長の増田尚宏が中心になって、原子炉からの熱を海に逃がすための海水系のポンプの手配を急いでいた。この海水系のポンプが動かなければ格納容器の熱を逃がすことができない。このままの状態が続けば、核燃料が溶け、さらに周辺に放射性物質を放出するベントを迫られる事態になりかねない」(279ページ)。

       4-2-2.問題点2:ICとRCICの過大評価

     83ページ。非常用復水器(Isolation Condenser)ICは100トンの水がたくわえられており、8時間しか持たないのに石川氏の評価は過大評価である。最後は海水で熱を交換し、取り出す必要がある。「もちろん,2次側に水を追加すれば、冷却時間を延長するのは容易なことです。」水はどのように持ってくるのか。2系列A,Bあったとしても200トンである。
     87ページ「運転員の完ぺきを求めるのは酷でしょう。」「IC停止に気付くのが遅れたことは、事故対応での最大のミスといって良いでしょう。」しかし、もし運転員が気づいてICを開いても、8時間しかもたないということはここでは忘れられているようである。
     2号機以降は、原子炉隔離時冷却系RCIC(Reactor Core Isolation Cooling System)であるが、同じ問題を持っている。一時的応急処置であるICやRCICが8時間もてば、成功として評価している。その時間内に電源が復旧し、接続できなければならない。そういう応急処置が必要であるということそのことが原発のシステムとしての本質的危険性であるということが無視されている。電源さえ回復すれば冷却機能が機能するとしているが、海水の取水口、電源の差込口など、機能の回復が必要で、現実に1か月以上かかった。
     東北大学小宮山研究室の報告 Heat-Transfer Control Lab. Report No. 1, Ver. 4 (HTCRep. 1.4 2011/04/13)によれば、1号炉は崩壊熱の冷却で5日で1250トンの水を必要としたと推計されている。ICの貯蔵された200トンの水では焼石に水である。
     図2は崩壊熱に相当する水量を表している.原子炉内を3気圧の気液平衡状態とみなし,発熱量を水の蒸発潜熱2.16MJ/kgで除したものである.原子炉の温度を維持するための最低限必要な水の流量とみなすことができる.2号機と3号機は発熱量がほぼ同じであるため,注入水量も同量でよいことがわかる.原子炉停止から30日後の温度維持のための注水量は1号機が毎時3.6トン,2・3号機が毎時6.4トンとなっている.

    図1 原子炉停止からの総崩壊熱量


    図2 崩壊熱に相当する水量

    出典:東北大学小宮山研究室の報告「図2 原子炉停止からの総崩壊熱量に相当する水量」より
    http://www.ifs.tohoku.ac.jp/maru/atom/HTCRep/HTCRep.1.4.pdf

     故吉田所長の言葉も引用する(門田隆将著『吉田調書を読み解く 朝日誤報事件と現場の真実』PHP研究所 2014年)。
     「もともとICによって取れる熱量はそんなに大きく設計されていないわけですよ。交流電源が復旧して停止時冷却系が動かない限り原子炉の熱は取れないんです。しかし、交流電源の復旧は全く期待できませんでしたから、どこかでICをあきらめて水を入れるしかないんです。後はどんどん水を入れていって,水位を確保するしかない。わかりやすい話なんですよ。そういう方式を、われわれはやっていたんですが、報告書もそうですけど、ICがちゃんと動いていれば、あの事故は防げたみたいな違ったことを言っている人がたくさんいるんですね。私は『熱量というものを考えてくれ』と思うんですよ。そういうことを仰る方には、原子炉から出てくる熱量を考えてみてください、といいたいですね」(114ページ)。
     吉田氏の言うとおり、熱量を簡単に計算してみよう。
     電気出力50万kW、熱出力150万kWとし、その1%が崩壊熱とすると1.5万kWとなる。この1日の発熱量は1.5×107×3600×24=1300×109=1300GJである。これは上記東北大グループの10日で4000GJ、5日で2500GJに近い。小さめにして熱出力の0.5%が崩壊熱とすると650GJとなる。石川氏はスリーマイル事故で6トンのジルコニウムと水との反応で4×107J=40GJの熱量と260キログラムの水素ガスが発生したとしている。水素の発生を520キログラムとしても発熱量は80GJである。確かに吉田所長の言うように崩壊熱の方が決定的に大きい。

       4-2-3.問題点3:石川氏は3号炉の爆発を格納容器の底からの水素爆発とするのに苦労している、
       臨界爆発の可能性はないのか


     もし石川氏の言うように、炉心熔融がないとすると、制御棒が溶けているのだから、水があれば臨界爆発の危険がある。水素爆発では3号炉の爆発で生じたようなオレンジ色の光は生じないから、何か別の説明が必要である。また、建屋の底から上空への爆風の起源は水素爆発ではたして可能だろうか。石川氏は、原発事故を水素爆発だけに単純化している。3号炉の黒煙が高く上がり幾日も継続したことの説明ができない。

       4-2-4.問題点4:メルトダウンに対する一般論との整合性

     石川氏の単純化した主張は、以下のような一般的な検討に基づく見解とどのような関係にあるのだろうか。もし、福島事故で海水が注入されなかったら、大量のジルコニウム水反応は起きない。そのあとも崩壊熱で温度は上がり続けるから酸化被膜や酸化ウランの融点を超えてゆくだろう。そうすれば、石川氏が冒頭で否定した「NHKのシナリオ」による炉心溶融となるであろう。また、ウラン、ジルコニウム、酸素の溶融体を形成しておれば、核燃料は高温で微粉塵化し、そこに水を入れると水蒸気爆発を起こすかもしれない。その前段の酸化被膜や酸化ウランの融点以下で水をいれるとジルコニウム水反応が起こるのである。これが石川氏のシナリオである。石川氏のシナリオもNHKのシナリオもどちらも可能性としては正しく、取り扱う冷却水が量的、時間的に異なるだけである。2つのシナリオは統一的に理解できるのである。現実には、壊れた炉心に海水を注入し、水素爆発も炉心溶融・メルトスルーも両方とも生じ、現在でも地下水を循環させて行方不明の溶融炉心を冷却している。
     石川氏は1996年に『原子炉の暴走』日刊工業新聞社を出版している。同書107ページの第2章でNSRRの標準燃料実験について紹介している。その中で「燃料の破壊形態には2つの型があり、明確な破壊力を伴うものは330cal/gUO2以上の燃料エンタルピが加わった場合であることがわかる」と書いている。石川氏は、この破壊力を伴うものを「悪玉の破壊」と呼んでいる。これは「燃料ペレットが溶融蒸発して生じる破壊である」。さらに同書112ページによると「原子炉の燃料にこのような悪玉を作り出す発熱条件は暴走出力以外にはない」としている。
     しかし、石川氏はスリーマイル島原発事故でも、今回の福島原発事故でも、2200℃までの上昇を認めている。『原子炉の暴走』によれば酸化膜の溶融点は2400℃であり、福島原発事故で消防ポンプなどで水が入れられなかったら、崩壊熱により、2400℃も超え、ペレットの融点2700から2800℃に達する可能性は否定できないであろう。石川氏によれば「100cal./gUO2というのは、燃料ペレットの温度が1000℃上昇するほどの熱量」(『原子炉の暴走』105ページ)である。これは熱出力の1%の崩壊熱で1時間程度の熱量である。

         4-3.再臨界爆発の可能性に関する国会事故調の見解

     国会事故調査報告書では、この点に関し、米国サンディァ国立研究所が米NRC職員の研修用に編集した資料NUREG/CR-6042も参考にしながら真剣な検討がなされている。「炉心溶融が進行する過程で、融点の低い制御棒だけが先行して溶け落ち、赤熱の燃料集合体だけが炉心に残るという仮想的な議論がある。その場合、減速材の水がないことで臨界になることはないが、仮にそのままの状態で注水された場合には臨界超過(暴走)が起こり得る。しかし、そのような状況を実際に現出させるためには、燃料集合体だけが溶融せずに整然と残り、注水されたときの熱衝撃にも耐えて燃料棒の形状を保つというおよそ起こりえない状況を想定しなければならず、これは現実にありえないものと判定されている。」しかし、3号炉はプルサーマルでプルトニウム燃料も入っており、臨界は複雑である。必ずしも米国の教材のようにはならないかもしれない。「メルトダウン後、原子炉圧力容器の底部にたまった溶融物、メルトスルー後に原子炉圧力容器の底部から漏れてペダスタル内に滞留する炉心溶融物に対しても、もはやそれらの臨界性については扱われていない。また、原子炉圧力容器の底部にまで水位が低下した後、炉心支持板が溶け落ちることで崩落する炉心溶融物が水に没する際、水蒸気爆発を起こすのではないかという懸念についても議論されており、実施された様々な実験結果を根拠に、実質的にはそのような懸念はないとの趣旨が述べられている。」
     「炉心溶融物がコンクリートを侵食していくプロセスに関しては、溶融物を熱した鉄の円柱や山盛りの釘で模擬した実験で推測している。これらの実験によれば溶融物はコンクリートを溶かしながら沈降し、水蒸気、水素、二酸化炭素、一酸化炭素などの気体を発生させ、鉄筋が存在する場合には、それが触媒となってメタンガスも発生させるという。いわゆるチャイナシンドロームの現実性についても実験と解析が行われている。ドイツの研究機関が同国の代表的な規模のPWR型の原発に対して行った解析では炉心溶融物は、コンクリートの層を1050日かけて浸食し、深さ約19mにまで達するが、ここで成長が止まった。」
     以上、国会事故調査報告書(139〜140ページ)より引用した。

         4-4.NHKスペシャルが放映したデブリ再臨界の可能性

     付記として、石川氏が一貫して批判の対象としているNHKが、最近、原子炉から溶け落ちたデブリの「再臨界リスク」に1つの焦点を当てた番組を放送したという事実を指摘しておこう(2015年5月17日「NHKスペシャル廃炉への道2015『"核燃料デブリ"未知なる闘い』」)。デブリに含まれるであろう成分を実際に溶解して固化する実験によれば、デブリは2つの層に分かれて固まり、制御棒に使われていた炭化ホウ素は、ほとんどがデブリの薄い上層に集中して(99%が上層に)、厚い下層にはホウ素はほとんど含まれていなかった。ウランは、それと反対に、下層に集中して固化した(91.5%が下層に)という。ウランの濃度は下層では上層の3倍になっていたという。この実験結果から、番組では、デブリを取り出す際に局所的な「再臨界」が生じる可能性があるという点が強調されていた。番組に登場して再臨界の可能性に言及していたのは、内藤正則氏(エネルギー総合研究所)、ソン・ジンホ氏(韓国原子力研究所・過酷事故研究部門部長)、高木直行氏(東京都市大学教授)である。デブリになってもさらにその処理の際に再臨界が生じる可能性があるというのであるから、現実の事故の過程において再臨界が起きる可能性を完全に否定することは不可能なはずであろう。
     
     
           5.「第二部 原子力安全向上と福島復興の論点」

     ここからは、219ページから始まる「第2部 原子力安全向上と福島復興の論点」を検討しよう。まず221ページからの「第1章 放射能放出と住民避難」を検討し、次に第2章「津波」と第三章「安全再構築」における地震・津波と耐震設計の問題を検討し、最後に石川氏の強調するサプレッション・チェンバーを使ったベントの効果を検証しよう。

         5-1.問題点1:被曝被害に対する石川氏の見解は基本的人権に反する

     235〜238ページ「次に、14日午後10時頃からの第2の線量率の上昇後に測定された毎時約300マイクロシーベルトの背景線量は、年間線量に直すと1500ミリシーベルトです。住宅地の線量はその10分の1ですから150ミリシーベルトとなり、これが緊急避難を発動する線量に達した時刻でした。つまり、ICRP勧告に従えば、14日深夜までは住民避難の必要はなかったのです。」「明確な根拠なしに緊急避難を強行した政府の責任は重いと思います。
     239ページ「ICRPは放射線医学的に100ミリシーベルトまでの被曝は人体に有害でないとしています。
     毎時300マイクロシーベルトをそのまま24時間365日浴びると2628ミリシーベルトである。それ故、1500ミリシーベルトは室内での遮蔽を考慮して被曝量を少なく見積もったものであろう。また外気が1500あるいは2600ミリシーベルト/年の状況下で、住宅内がその「10分の1」となる保障はない。まして住民が完全に屋内にとどまり100%外気を避けることは不可能であり、普通の家屋においては、気体あるいは微粒子状の放射性物質を含む外気が居住空間に侵入して来ないというようなことはあり得ない。まして避難の際には、直接そのような高濃度の外気に被曝し、さらに吸入によって内部被曝することは避けられない。石川氏は人の命をどう考えているのであろうか。
     先述のように、石川氏はICRPの被曝総量100ミリシーベルトを年間100ミリシーベルトにすり替えている、被曝総量100ミリシーベルト以下は統計的に有意でないということであって、ICRPは有害でないとはしていない。通常、労働者の許容された被曝線量は5年で100ミリシーベルト、年平均20ミリシーベルト以下である。ただし、1年に限れば50ミリシーベルトが許容されている。現行の法律では3か月で1.3ミリシーベルト(年5.2ミリシーベルト)を超える地域は「放射線管理区域」である。被曝労働の労災認定は5.2ミリシーベルトで認められている。
     このことからも、子供や妊婦を含む住民が100ミリシーベルト浴びてもよいとするのは、住民の健康を著しく損なうものであることは明らかである。それ故、チェルノブイリ法では年5ミリシーベルト以上被曝する恐れのある地域は、政府が移住させる義務のある「移住の義務」ゾーンである。しかも内部被曝を外部被曝の2/3として加えるので、実質外部被曝3ミリシーベルトで避難義務地域となる。石川氏の主張する150ミリシーベルトは3ミリシーベルトの50倍である。石川氏の意見は、チェルノブイリの被害の現実を踏まえて定められたチェルノブイリ法を無視するものであり、人が健康に生きる権利を著しく侵害していることになる。
     239ページ「最初の数値決定が、緊急時においては非常に大切です。福島の場合も、本来であればICRP勧告に従って当初は100ミリシーベルトとし、順次下げていくべきだったと思います。そうすれば避難しなければならない人は今のように多数でなかったでしょう。20ミリシーベルトという政府の選択は誤りだったと考えています。私がさらに嘆かわしいと思うのは、この20ミリシーベルトの基準も、今では実質的に1ミリシーベルトまで下がってしまっていることです。」チェルノブイリではベラルーシやウクライナでの健康被害に基づいて基準が定められている。チェルノブイリの被曝地帯の人々の実態をご存知であろうか。『ルポ チェルノブイリの28年目の子供たち』(白石草著 岩波ブックレット2014年)には様々な健康被害の実態が報告されている。汚染地帯に住むことは健康な生活を破壊することになる。実態報告によると放射線の影響は、直接のDNAの損傷やそれによるがんの発生のみではなく、放射線によって発生した活性酸素・フリーラジカルによる体力や免疫力の低下など広範な健康破壊が住民を苦しめている。それらの報告に学ばず、年100ミリシーベルトを基準とするような提案は健康に生きる権利という全ての人に保障された人権を無視するものである。石川氏はICRPの緊急時の被曝基準に依拠しているが、緊急時だから被曝してよいという考え方は許されない。緊急時こそ生命・健康、人権が守られなければならない。もし、事故時に人権を破らざるを得ないとすれば、人権を侵害することなしに存在できない原発こそ廃棄されるべきなのである。
     石川氏は福島県における子どもの甲状腺がんとその疑いが2015年3月末現在、126人に達したことや自然死産率の福島近県で12.9%の増加など全く気にならないようである。原子力を推進する人はより一層被害の増大に対して注意を払うべきではないのか。生まれるべくして生まれえなかったこども達に対して胸が痛まないだろうか。本当に死者はゼロと思っているのだろうか。
     242ページ「福島の放射線レベルは、発電所周辺の汚染の高い地域を除いて、人体に有害とは思いません。帰宅されたい人は、1日も早く帰宅されるのがよいと思います。
     243ページ「放出された放射能ですが,ひと口にチェルノブイリは福島の7倍と言われます。」この日本政府発表の放出量の値は過小評価である。汚染水も考慮すれば福島の放出量は少なくともチェルノブイリの2倍以上となる注6。しかも人口密度が高いことを考慮すべきである。さらに、ヨウ素の放出に関しては2012年4月、こっそり東京電力が訂正し、政府の160ペタベクレルから500ペタベクレルに増加させているのである。チェルノブイリでは放出放射性物質が上空高く成層圏まで上がり、広く汚染した。一方福島ではそれほど高く上がらなかったために東北、関東や我が国を集中的に汚染することになった。その結果,年間1ミリシーベルト以上の汚染地面積は福島事故の方がチェルノブイリより広い。(「地球の子ども新聞」2012年11月・No.132号)
     255ページ「年間1ミリシーベルトという無意味な低線量が避難民の呪縛となって、帰宅を阻止していることがあります。政府はこの歪を是正し、帰宅したい人は帰宅できるようにする方策を講ずるべきでしょう。」チェルノブイリの現状では避難権利ゾーンである年間、1ミリシーベルトでも被害が出ている。生殖影響も重要である。白石氏のウクライナのコロステンの健康破壊の実態報告を見てほしい。「無意味な低線量」とはとんでもない誤解である。老人、子供、妊婦を含む住民の健康をどう考えているのか(澤田昭二他著『福島への帰還をすすめる日本政府の4つの誤り』旬報社 2014年参照。さらにユーリ・I・バンダジェフスキー『放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響』合同出版 2011年、バンダジェフスキー他『放射性セシウムが生殖系に与える医学的社会的影響』合同出版 2013年)。
     放射線の健康影響の専門家からみると、不勉強な上、知らないことをまるで専門家のような顔で平気で言っているように感じられるとしても当然である。
     288ページ「原子力事故が起きれば幾百万人が死ぬなどというデタラメ物語」アレクセイ・V・ヤブロコフ他『チェルノブイリの全貌』(岩波書店2013年)やウクライナ政府報告などを読んでいないようである。
     また、露骨な原発推進派である石川氏の放射線被曝に関するこのように破廉恥な主張は、脱原発派の中で同じように露骨な被曝容認論を主張している野口・清水・児玉氏ら『放射線被曝の理科・社会』的見解と、何らかの関係があるのではないかという疑惑を生じさせるものである。後者の傾向に対する批判と福島原発事故による健康被害の全体像を解明しようとする試論の1つとしては、我々の論文「『放射線被曝の理科・社会』の問題点」を参照されたい注6

         5-2.問題点2:SCベントの過大評価

     253ページ「2号機のベント失敗がなければ、平均被曝線量はTMIに近かったことでしょう。
     過小評価である。汚染滞留水だけでも200ペタベクレルになる。また、ベント時の放射性物質除去効果の過大評価がある。
     334ページ「SC(サプレッション・チェンバー)ベントの有効性」について「除染係数は750,4桁に近い大きな除染効果を持っています。
     しかし、水を通すウエットベントでは、ベントが初期は除染効果があるが、崩壊熱で温度が上昇し、泡ができ、除染効果がいずれなくなる。このことは、イタリアの巨大実験設備SIETで行われた、ほぼ実物大の水槽での実験で証明されている。石川氏の主張は過大評価である。NHK「メルトダウン取材班」の研究チームは実験により、ベントの難しさ、その有効性の限界を明らかにしている注7

         5-3.問題点3:石川氏の地震に対する楽観的見解の誤り

     285ページ「原子力開発当初の夢であった機械による発電所の制御と安全確保は、今日完成の域にあります。
     289ページ「地震国日本は米国に学んで、地震波を捉え、分析し、それらを参考にした振動解析を行うなどの、工学的な耐震設計手法を学びました。その結果、建造物は地震に対して非常に堅牢となりました。
     これは全く認識が間違っている(また、『原発問題の争点』第2章参照)。最近になって、超高層ビルの長周期振動に対する危険性がクローズアップされている。
     289ページ「国会事故調査委員会は地震動により福島第一1号機の配管破断が疑われると報告書に記載しましたが、その見解を支持する証拠はなにもありません。
     国会事故調の報告は現場の証言に基づいている根拠のあるものである。

       5-3-1.国会事故調査報告書を補足する証言

     最近1号炉4階を調査した田中三彦氏は、一般に5階で水素爆発したと言われるのに反して、損傷が大きく4階で爆発があったと考える方が自然である、そのためには地震で配管の損傷があった可能性がある、と指摘している注8。元福島第一原発の技術者木村俊雄氏も、東電の報告書が、通常行われる全てのデータを並べてデータ間の整合性を確認できる形でなく、不備な形で発表されているとしてその報告の信頼性に疑問を述べている注9
     例えば水位のみのデータを示してそれは一定で漏れがないというが、実際はポンプが稼働していて、そのデータが示されていないという具合である。石川氏も東電の秘密主義を他のところでは批判しているにもかかわらず、すべてが明らかにされていないのに、地震による配管破断の「証拠は何もありません」と断言している。捜索も十分しないで証拠がないといっているのである。しかも、原子力安全基盤機構の専門家や東電の担当者の意見は、石川氏の見解とは異なり、地震の影響を頭から否定することには慎重である。
     原子力安全基盤機構耐震安全部次長高松直丘氏はNHK取材班に対し次のように述べている。「今回の地震が非常に大きかったこともあり、機器配管系が一部損傷して、何らかのリークとかそういうものが起きた結果としてベントがうまくできないという可能性は否定できないと思います。」「今回は格納容器ベントが注目されていますがAM(アクシデントマネジメント)設備は他にもありますので、他のことも忘れてはいけない。今回の貴重な、あまりにも悲しい経験として、他のものの耐震性を見ていくということも、同じように大切なことだと思っています」注10
     同じくNHKの著作によれば「2012年5月の東京電力の会見で、広報担当であった松本は2号機のベントができなかった理由について、AO弁と呼ばれる空気で動くベント弁を開けるための電磁回路に不具合があった可能性を指摘する一方で、『AO弁を開くための、空気圧が維持できなかった』とも述べている。」「圧縮空気を送り込む配管は、原子炉建屋内部の重要機器が、耐震性の最も高いSクラスで設計されているのとは異なり、最も耐震性の低いCクラスで設計されていた。AO弁に連なる70メートルの配管とAO弁との接合部分は地震後に本当に健全だったのだろうか」注11というのである。

       5-3-2.石川氏の主張の激しい動揺と支離滅裂

     ここで石川氏に戻ろう。290ページ「地震で、その危害原因を振動問題と捉えて成功したように、全ての自然現象についてその危険原因を解明し、特定して、広くデータを集めそれらに耐える工学的手段を開発することが必要です。耐震設計で成功したように、自然現象の脅威に対し工学のメスを入れる検討作業を全ての自然現象について行うのです。この作業は膨大ですがIAEAを中心に国際協力で行えば、20年を経ずして完成するでしょう。この検討によって、自然現象に対して強靭な発電所が生まれることは必定です。
     福島原発事故が地震によってどの程度の被害を受けたかは今後の原発の安全性の議論に取って根本的な重要性を持っている。そのことを十分認識しながら科学的な議論を無視することは許されないことである。
     有馬氏はどこまでこれらの石川氏の見解を信頼しているのだろうか。現在耐震設計は全く成功していないのに、石川氏の夢のような記述は驚くばかりである。誰も注意を与えないのであろうか。このような人によって原発がリードされてきたとは恐ろしいことである。
     291ページ「自然の脅威が現実のものとなって原子力発電所を襲ったとき、それを防止しうる完全な対策はありません。
     ということは、福島事故は繰り返されるということなのか。前ページで「強靭な発電所が生まれる」といったばかりである。

         5-4.問題点4:安全な耐震設計ははたして可能か

     292ページ「福島事故では十数万名といわれる避難者を出しましたが、炉心溶融や水素爆発の発生にも関わらず、原子炉事故と放射線災害による死者は1名も出ていません。いわゆる原子力災害による死者はゼロでした。福島第一の職員及び関係者は、よく務めを果たしたといえます。」このような認識なので事故の再来も恐ろしくないということなのか。しかし、現実を直視して目を覚ましてほしい。子どもの甲状腺がんや自然死産率の増加、心疾患・心停止の増加等が見られ慎重な調査と治療が必要になっている。
     300ページ「安全設計は自然の脅威の前に無力なのかといえば、それは大間違いです。福島第一5、6号機でたった一つ生き残った非常用発電気を遣り繰りして、冷温停止を達成させました。
     同ページ「より力強い証拠があります。それは1から3号機の溶融時間が違っていることです。崩壊熱で働く炉心冷却設備RCICが働いた時間だけ、2、3号機の炉心溶融時間に差が生じたように、安全設計が原子力安全を守る基礎であることは、昔も今も変わりはありません。
     溶融時間の差にそんなに意味があるだろうか。すべて結局炉心溶融となったのではないか。小さな違いを取り上げて根本的な原発の危険性が解決できるかのような問題のすり替えが行われている。
     耐震設計が可能であるとしているが、そのためには現在の地震学の水準を超えるものが必要であるがその認識はなく、可能である根拠も具体的に示されていない。2000年代初めに最強地震動を超える地震動が、女川原発などで観測され、耐震設計の基礎として採用されてきた大崎順彦氏の方法の信頼性がなくなった。例えば大崎の方法では、断層が地表に現れない地震はマグニチュードM=6.5以下として直下の地震を想定することになっていた。しかし、Mが7.3を超えても地表に断層が現れない例が示されたのである。また、女川原発、柏崎、志賀原発で、耐震設計した最強地震動S1や想定できる最大の地震動S2を現実に観測された地震動が超えてしまい、耐震設計の基礎を失わせることとなった。そのため、2006年に耐震設計審査指針の改定が行われた。その改定した指針に基づく福島などの耐震設計の基準地震動を今回の福島の地震は超えたのである。
     また、福島原発と東電の電力系統を連結していた送電鉄塔や送受電設備は津波ではなく地震によって破壊されたのであり、地震が原因で原発と外部との電力接続が完全に遮断された状況(外部電源喪失)が生じ、それに津波による非常用発電能力の喪失が加わり、全電源喪失(トータル・ブラックアウト)が起きてしまったのである。この意味で、地震は、原子炉への直接の影響を除いても、事故に対して決定的に重要な役割を果たしたのであり、この重い事実は厳然として存在している。石川氏は、事故分析の中ではこの事実を正しく指摘しながら(75、77ページ)、耐震設計の議論になるとこのことをまったく忘れてしまっている。
     現実に福島原発の各号機に地震の被害がどの程度あったかは調査が必要である。石川氏は地震から津波到達まで原発の一部が機能したことから、福島では地震による被害は一切なかったとしているが、2007年の新潟県中越沖地震で、原発事故は免れたが柏崎刈羽では原発が損傷を受けたのである。また、福島原発事故への地震の影響は多くの議論があるが、放射線被曝と東電の秘密主義が解決を妨げている。

       5-4-1.5学会の柏崎刈羽原発の地震被害調査と報告

     土木学会や日本地震工学会など5学会は合同で調査し、次の報告を出している。
     「東京電力柏崎刈羽原子力発電所は、2007年7月に発生した新潟県中越沖地震の直撃を受け、観測された地震波加速度記録の最大値は、設計時のそれの約2倍の大きな値を示した。幸いにして、原子炉本体の大きな損傷や、大量の放射能漏れなど重大な災害は回避できたものの、設計地震動を大きく上回る地震であり、種々の被害や不具合が報告され、運転再開にも長時間を要している。」我が国の耐震設計の現状はこのようなものである注12

       5-4-2.耐専スペクトルの問題点

     石川氏は著書の初めでは地震と津波が原因といいながら、二見氏のような解決法を提示していない。我が国のような地震多発地帯の地震が世界中で大きな問題となっているのにその認識がない。
     耐震設計において耐専スペクトルと断層モデルが主に利用される。耐専式法については、すでに『原発問題の争点』第2章で橋本眞佐男氏が、98ページのまとめで以下のように記している。「原発の耐震性にとって周期約0.4秒以下の加速度の大きさが重要であるが、この周期領域の観測加速度応答スペクトルと耐専スペクトルと比べるとこれまでの例のように両者の絶対値も周波数依存性も大きくずれている。実測では、周期約0.1秒以下の加速度が相対的に大きくなっている場合も多くある。東京電力や北陸電力の報告ですら、耐専スペクトルが観測地(はぎとり波)の2分の1 〜 6分の1になることを認めている。これは震源距離が数十km以下の場合に著しいと思われる」(98ページ)。
     また、最近内山成樹氏が『原発地震動想定の問題点』七ツ森書館(2015年3月)を著し、耐専スペクトルのみならず断層モデルも含めて、応答スペクトルのバラツキが大きいことから、平均値をとる耐震設計は信頼できないことを指摘している(31ページ)。
     このことは2015年4月の高浜原発3、4号炉運転差し止め仮処分判決でも採用され、規制基準の基準地震動は信頼性を欠くとして運転差し止めの根拠にもされている。断層モデルは、仮定する断層のモデルに依るが、地下の震源断層を知ることは困難であり、モデルが正しいという保証はない。
     下図は2011年の福島原発事故での地震動で、第一原発では超えてはならないはずの基準地震動(赤の1.0のライン)を超えた。

    図3 今回の東北大地震における各原発における現実の地震と基準地震動の比較

    出典:澤田隆(当時東大教授・日本原子力学会副会長)
    「東京電力福島第一原子力発電所事故の評価と今後の対応」27ページ
    http://www.aesj.or.jp/information/symp2011/symp2011_2_sawada.pdf


           6.おわりに

     石川氏の著書を検討してきたが、第二部は被曝被害や原発の安全性に関する議論である。かなり、乱暴な議論がなされている。われわれが指摘したように多くの問題点がある。もし、人々がこの主張を信じて行動することは大変危険なことであり、人類の未来さえ脅かしかねないと私たちは考える。世の多くの人々が我々の意見も参考にして同書を慎重に検討されるようお願いしたい。
     石川氏はチェルノブイリ原発事故10年後の1996年に『原子炉の暴走』を出版している。優れた解説である同書のあとがきで「今の世の中、科学技術を歪曲して伝えるほど罪深い話はない」(249ページ)と書いている。石川氏はこの気持ちを失われたわけではないと思う。しかし、神でない我々人間は、誠実に努力をしても誤りを避けることができない。それから18年経って出版された本書が真実を伝えているか、「罪深くないのか」は読者の判断に任せたい。
     最後に、石川氏の指摘しているデータの公開についてお願いしたい。
     344ページ「今回の考察で困ったことは、東電関係者からこのような事故状況や行動について、ほとんど聞くことができなかったことです。」石川氏もまた東京電力の秘密主義を批判している。これは正しい指摘であり、石川氏の主張を強く支持する。東京電力が臨界の有無などにとって重要な中性子の放出量などのデータを公開しないのはなぜなのだろう。公開することは事故を起こした東電の最低限の社会に対する責任であると思う。


     注 記

    (注1)東京電力「原子炉内燃料デブリ検知技術の開発1号機測定結果速報」
    http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/handouts/2015/images/handouts_150319_03-j.pdf
    名古屋大学プレス・リリース「名古屋大学が(株)東芝と共同で福島原子力発電所2号機原子炉内部の宇宙線ミュー粒子による透視に成功」
    http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20150320_esi.pdf

    (注2)2013年 MathewsらのBMJへの発表で、オーストラリアの小児68万人の調査で「CT4.5mSv毎に、小児がん24%増」という報告。2010年 Kendallらの報告で、イギリス小児 自然放射線 5mSv以上で1mSv毎に 白血病12%増という報告。2011年2月 日本の原発労働者の労災認定 骨髄性白血病(累積被曝線量5.2mSv)など。
    詳しくは我々の論文「『放射線被曝の理科・社会』の問題点」を参照のこと。
    http://blog.acsir.org/?eid=37
    なお最近発表されたスイスのベルン大学社会予防医学研究所(ISPM)の研究では、自然放射線1mSvごとに小児がんが4%増加するとなっている(この情報についてすどうゆりこ氏に感謝します)。Background Ionizing Radiation and the Risk of Childhood Cancer : A Census-Based Nationwide Cohort Study
    http://ehp.niehs.nih.gov/wp-content/uploads/advpub/2015/2/ehp.1408548.acco.pdf

    (注3)葛西敬之JR東海会長(当時)「国益に背く『原発ゼロ』」読売新聞2012年9月10日掲載 

    (注4)原発推進を掲げる団体(「エネルギー問題に発言する会」)のホームページ「第145回エネルギー問題に発言する会 座談会議事録」には、講演した石川迪夫氏に対して質問者の1人が「炉心が形状を保ったままかろうじて屹立していても、十字形の制御棒は溶け落ちていて存在していない。そのような状況で水を注入して再臨界の心配はないのか」と問いただしたという記録がある。
    http://www.engy-sqr.com/lecture/document/145zadannkai-gijiroku.pdf

    (注5)渡辺、遠藤、山田「福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性」を参照のこと。
    http://blog.acsir.org/?eid=31 はじめに、一章
    http://blog.acsir.org/?eid=32 二章
    http://blog.acsir.org/?eid=33 三章
    http://blog.acsir.org/?eid=34 おわりに、注記

    (注6)我々の放出量に関する論文を参照のこと。
    山田、渡辺「福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの」
    http://blog.acsir.org/?eid=29
    同「補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性」
    http://blog.acsir.org/?eid=35
    同「補論2 汚染水問題について、青山道夫氏の『科学』論文によせて――福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる量、海水への漏洩、それらのチェルノブイリ事故・広島原爆・核実験との比較について――」
    http://blog.acsir.org/?eid=36

    (注7)NHKスぺシャル「メルトダウン取材班」著『福島第一原発7つの謎』講談社現代新書 2015年 118〜125ページ

    (注8)福島第1原発1号機 原子炉建屋4階現場調査報告(田中三彦氏講演会:東電株主代表訴訟 公判報告会)
    http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/1-0ee5.html

    (注9)ニコニコ動画「元東京電力福島第1原発技術員木村俊雄さんの会見動画」(2013年7月10日)
    http://ch.nicovideo.jp/masayukisatomura/blomaga/ar344680

    (注10)NHKスぺシャル「メルトダウン取材班」著『メルトダウン連鎖の真相』講談社 2013年 277ページ、および『福島第一原発7つの謎』講談社現代新書 2015年 155ページ。

    (注11)同NHK取材班『福島第一原発7つの謎』講談社現代新書 2015年 153ページ。

    (注12)家村浩和「5学会合同による柏崎刈羽原子力発電所中越沖地震被害報告調査と報告」
    http://library.jsce.or.jp/Image_DB/eq04-07/proc/02002/2010-0033.pdf
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