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2015.08.20 Thursday

原発再稼働の経済と政治――経済産業省専門家会議「2030年度電源構成」の分析と批判 (1−3章)

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    2015年7月

    原発再稼働の経済と政治
    ――経済産業省専門家会議「2030年度電源構成」の分析と批判
    (1−3章)


    渡辺悦司
    2015年7月17日


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    原発再稼働の経済と政治――経済産業省専門家会議「2030年度電源構成」の分析と批判(78ページ,1877KB,pdf)


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    原発再稼働の経済と政治――経済産業省専門家会議「2030年度電源構成」の分析と批判(4−6章・参考文献)



     現在、原発をめぐる情勢は極めて切迫している。福島原発事故以後日本の原発は次々と停止し原発ゼロの状態が続いてきたが、8月の鹿児島県の川内原発を皮切りに原発の大規模な再稼働が順次始まろうとしている。経済産業省は7月16日「長期エネルギー需給見通し」を決定し、以前に提起されていた案の通り「2030年度電源構成」を決定した。以下は、「2030年度電源構成案」(以下電源構成案と略記)を分析し、その真の意図と欺瞞性、政府・原発推進勢力が進めようとしている原発再稼働計画の規模や内容、その致命的な欠陥と危険性、その実施から必然的に生じることになる諸結果について考察しようと試みた論考である。読者にとって読みやすいよう少し先回りになるが内容を要約してみよう。
     「はじめに」では、電源構成案が残存原発の最大限規模の再稼働計画であり、新増設を含めて福島事故前の原発推進政策に回帰する意図の表明であることが示される。
     第1章では、同案の最重要かつ致命的な問題点――同案自身が原発46基の稼働によっておよそ20年あるいは10年に1回の頻度での福島原発事故級の苛酷事故の反復を最初から想定していることを詳しく検討する。この苛酷事故頻度想定は、決してわれわれ自身の独自の見解とか評価ではなく、政府専門家会議の報告書そのものが明確に記載し公然と述べている内容である点に注目して分析している。
     第2章では、電源構成案が、原発再稼働の障害になるとして、再生可能エネルギー・自然エネルギーの導入を、政府公約に公然と違反して、全体として抑制する計画となっていること、とくに太陽光については既存の認定分を2割も削減する計画であることが明らかにされる。
     第3章では、同案における発電コスト比較が、どのような形で、原発を一番経済的なエネルギー源であるかのように見せかけるために数字上操作され粉飾されているかを詳しく分析する。原発は現実には、石炭火力はもちろん自然エネルギーに比較してさえ高コストのエネルギーであることが証明される。それにもかかわらず、政府や電力会社や財界が原発を再稼働し推進しようとする奥深い基礎は、経済的には、使用済み核燃料という核廃棄物が「資産」扱いされ、巨大なマイナスの価値が巨大な資本価額に転化されるという「核のゴミ」に対する「物神崇拝」的会計経済制度にあることが明らかにされる。
     第4章では、政治的軍事的な分析が行われ、原発・核燃料サイクルへの固執が日本の独自核武装への意図と不可分に結びついていること、また原発を導入しようとする新興諸国に原発輸出によって核兵器拡散の危険があること、原発再稼働が現在の戦争法制と軍国主義化と一体であり、民主主義の危機を意味することが強調される。
     第5章では、再生可能エネルギー技術の最新の発展段階を検討する。政府は再生可能エネルギーについてその固有の「変動性」のために「ベースロード電源」としては使えないと切り捨てたが、それとはまったく反対に、世界的規模では、変動性再生可能エネルギーを基軸とした電力技術革命が現に進行中であり、原発の方こそ過去のエネルギー源となりつつあるという現実が事例研究により示される。日本は、この分野での国際競争に大きく立ち後れつつあり、この電源構成案が今後15年にわたって実行された場合、日本が電力技術の部面で国際水準から決定的に落伍してしまうことは避けがたいことが示される。
     第6章では、電力部門の直面している危機について検討する。火力発電とくに石炭火力に大規模な投資が行われている中で原発を大々的に再稼働すれば、電力部門の過剰設備危機の激発は不可避であること、原発をめぐる世界的趨勢の中で世界でも日本でも原発関連企業・部門で深刻な経営危機および技術劣化が生じていることを事例研究により指摘する。また、この電源構成案の路線を今後長期に実施した場合に生じうる結果を検討する――福島級の原発事故の再来と反復、日本の人口の減少の急加速、日本経済の深刻な危機と経済的衰微が生じることは避けられないことが示される。電源構成案は政府・財界・支配上層のいわば倒錯と狂気を反映していると言って過言ではないが、これは諸個人のものではなく原発をめぐる経済・政治・社会関係から不可避的に生じるものなのである。
     以上すべてから、脱原発と再生可能エネルギーへの移行は、今では現在の生産力の要求であること、政府の原発再稼働・再生エネルギー削減計画とそれを進めるような政治経済体制は生産力の桎梏となっており、どのような経過を辿ろうとも最終的には必然的に打破されるほかないと結論づけられる。その際の電力・原発企業の民主的懲罰的国有化の重要性が指摘される。
     本論を作成するにあたって貴重な問題提起をいただいた田中一郎氏、重要な情報をご提供いただいた落合栄一郎氏に深く感謝いたします。
     
     
        目 次

    はじめに          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・    5

    第1章 経産省2030年電源構成案が想定する事故確率――計画通り46基稼働すれば「22年に1回」の頻度で福島原発事故のような過酷事故が繰り返されるという前提で立案されている   ・・・・・・・・・・・・・    9
      1.事故確率1基あたり「4000炉・年に1回」の本当の意味
      2.苛酷事故確率についての政府文書の説明
      3.政府想定の事故確率の検証――立地点ベースの事故頻度実績の計算
      4.政府が想定する事故確率の整理
      5.事故確率を大きくするその他の諸要因
      6.安全への基本的考え方と事故確率の意味の根本的変化
      7.経団連「エネルギーミックス」プランの役割と財界の責任
      8.チェルノブイリ事故と社会主義崩壊以後の東欧の人口動態
      9.結論

    第2章 電源構成案の基本的な内容と特徴          ・・・・・・・・・・・・・・・   28
      1.原発再稼働の規模と再生可能エネルギー抑制
      2.日本経団連の2030年度電源構成案
      3.電源構成案でCO2の26%削減目標の達成は能か

    第3章 発電コスト比較――本当に原発は一番安価な発電方法か? なぜ電力会社は原発を運転して大きな利益を得るのか?            ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   36
      1.計算上のトリック――他の発電種類の数字を人為的に膨らませる
      2.原発の発電コストを低く見せかけるさまざまなトリック
       2-1.事故費用を低く算定する
       2-2.核燃料サイクルコストの罠
       2-3.安全対策費用、廃炉費用などの過小評価
      3.「共済方式」を採用し「割引率3%」と計算
      4.電源構成案の補正したコスト比較
      5.電力会社が原発を動かしたがる理由――会計上の「錬金術」
      6.東京電力の巨額の利益の秘密――交付金受取と賠償支払いの削減・遅延

    第4章 核武装の準備としての原発と再処理・核燃料サイクル、原発再稼働と軍国主義の不可分の結びつき、日本における民主主義の危機の現れの1つとしての再稼働   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   49
      1.原発問題は軍事問題である
      2.現在問題になっている戦争の性格
      3.原発輸出による新興国への核兵器拡散の危険性
      4.軍国主義に内在する自滅的性格
      5.日本の民主主義全体の危機の一環としての原発再稼働
     
    第5章 風力・太陽光を基礎とした電力技術革命、その世界的進展、その中で再生可能エネルギーの導入抑制を基礎に原発を大規模再稼働する意味について   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   55
      1.風力・太陽光発電を基軸とする電力技術革命の進展
       事例1:アメリカにおける風力発電所レベルの蓄電池と電力系統周波数調整サービスとの組み合わせ
       事例2:電力会社レベルでのエネルギー貯蔵・周波数安定化システム
       事例3:アメリカにおける大規模太陽光発電所
       事例4:スペインの自然エネルギー発電量予測システムとその中央給電センターとの統合
      2.ベースロード電源という考え方は「時代遅れ」である
      3.自然エネルギーは国産エネルギーであり自給率上昇にも役立つ
      4.日本の電力産業の技術的立ち後れ
      5.自然エネルギー革命から出てくる将来に向けての結論
     
    第6章 電源構成案の経済的結果――迫り来る電力過剰設備危機      ・・・・・・・・・   67
      1.エネルギー政策の基本目標
      2.発電設備への過剰投資傾向
      3.世界的な原発産業の経営危機とその日本への反映――技術劣化の危険
      4.総括

    参考文献        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   75



       はじめに

     政府は7月16日に2030年度の「望ましい電源構成」を正式に決定した。それに向けて、経済産業省有識者会議(総合資源エネルギー調査会長期エネルギー需給見通し小委員会)は4月28日に「長期エネルギー需給見通し骨子(案)」および同「付属資料」を提起し、6月1日に決定していた(文献1〜3)。正式の決定は同案の通りであり、以下は同案の分析であるが、決定された内容と同一である。それによれば、政府が想定する2030年度の電源構成は下図の通りである。

    図表1 2030年度に想定されている電源構成とその内訳

    出典:経済産業省総合資源エネルギー調査会長期エネルギー需給見通し小委員会「長期エネルギー需給見通し骨子(案)関連資料」
    注記:電力需要は、2030年度に2013年度との比較で、わずか1.5%しか伸びないと想定されている。政府案はこの間に17%の省エネを実現するとしている。

     ただこの図表では、原発が停止している現在の状況が分かりにくいので、日本経済新聞のデータを入れて作成した下表を参照していただきたい。

    表1 電源構成の推移と政府による2030年度の想定

    出典:(1)震災前10年間平均と2030年度想定については、経済産業省総合資源エネルギー調査会長期エネルギー需給見通し小委員会「長期エネルギー需給見通し骨子(案)」
    ・原発と再生可能エネルギーで数字の順番が違うが、これは原発については高い方の22%が、再生可能エネルギーについては低い方の22%が現実の目標となっていることを示唆している。
    ・注意点としては、原発比率が自家発電分を発電量合計に入れた数字に対して計算されている点である。したがって、一般に使われる自家発電分を除いた発電量では、原子力発電所の想定比率は24〜22%となる。
    (2)2013年度実績については、日本経済新聞2015年6月13日付の記事「石炭火力リストラ促す 環境相、山口の新設計画に異議 老朽施設削減も視野」より引用。
    ・原発がゼロになっていないのは、当時大飯3・4号機が2013年9月まで稼働していたことによるものである。2014年度ではゼロである。

     同電源構成案については、次のような問題点があり、すでに多くの人々によって指摘されている(文献10〜13など、他にも多くある)。
     (1)同案の真の目的がどこにあるかという点である。同案は、未来の「望ましい電源構成」を示すという形をとっているが、実際には、政府の今までの「原発依存度を可能な限り減らす」という公約に明確に違反しそれを事実上破棄して、福島原発事故以前の原発推進政策への全面的な回帰をはっきりと示すことが現実の意図ではないかと疑われている。具体的には、同案が想定している2030年度の原発依存度22%〜20%を実現するためには以下の諸方策の実施が必要となり前提となるので、それが真の目的ではないかという点である。
     ①既存原発を最大限に再稼働する(すなわち福島第2、女川、東海、浜岡も含めて廃炉決定以外の原発43基をすべて動かす)。
     ②原発の新増設を推進すること(最低でも大間、島根3号機、東通2号機の完工・稼働)とあわせて、結局は「なし崩しに」(文献13)あるいは「後出しジャンケン」的に(文献11)老朽化した原発のリプレースを推進する。
     ③現在の設備年限である40年を越えての原発の稼働を「例外的措置」ではなく「常態化」する(まずは60年までだが、おそらく次には80年まで[文献15]となる可能性があり、結局は、可能な限り廃炉費用を避け、事故を起こして使えなくなるまで使い尽くす方向性が示唆されている)
     ④使用済核燃料を全量再処理する(20年後半量・45年後全量という年限とともに明記されている)。記載の通りであれば、再処理・核燃料サイクルを六ヶ所再処理工場の工事完工や高速増殖炉「もんじゅ」の稼働も推進することになる、等々。
     しかし、既存原発のこのように大規模な再稼働と老朽原発の最大限長期利用によっても原発比率22%を確保することは「あまりに非現実的」な方針であると考えられている(文献10)。
     (2)再生可能(自然)エネルギーは、「最大限導入する」という公約に違反して、伸びを抑制し、とくに太陽光発電については認可済み計画さえ削減する内容となっている。2030年度に発電量の22%〜24%というのは数字の上で「格好を付ける」程度であり、実際には「導入目標ではなく抑制目標」であるとさえいわれている(文献12)。これは、IEA(国際エネルギー機関)の2030年までに「変動性再生可能エネルギー(主に風力と太陽光)を45%に高める」という勧告に真っ向から違反する内容である(文献12、14)。この分野での国際競争に立ち後れてしまう可能性があると指摘されている。
     (3)環境的負荷の大きい石炭火力に追加的に依存しており、石炭火力の過剰設備化が避けられず、さらにCO2排出だけでなく大気汚染とくにPM2.5などの問題がさらに深刻化する危険性がある。
     (4)発電コストについては、福島原発事故の賠償支払や今後の重大事故対策を考慮に入れても「原発が最も低い」という計算は「無意味」(文献10)である(付言すれば、同案は、現在最も安価とされる石炭火力のコストには、現実には課されていない炭素税分を上乗せして原発より高く見せる細工をするなど欺瞞的なものでさえある)。
     (5)吉岡氏は電源構成案の原発比率22%〜20%を「非現実的」と評価している(文献10)が、同案の実現性の問題にはここでは立ち入らないことにする。経済計画を評価する上でのまず第一の論点は、その実現可能性の前に、その目的あるいは意図でなければならない(文献45)。その意味では、電源構成案は、全体として見れば、火力発電を維持した上での、原発推進の障害になる再生可能エネルギー活用を抑制し、原発の最大限の再稼働計画であるといえる。それはまた、この夏以降に連続的に予定されている本格的な原発再稼働を、政府として後押しするための正当化の手段、政治的ショーアップとしての性格が強いといえる。
     だが、これらの経産省案をめぐる議論では、この計画のもつ最大の危険性、文字通り致命的な欠陥に十分な光が当たっているとは言いがたい。上記のさまざまな問題点の検討は後回しにして、多くの論者において注目されていない最も深刻で重大な問題点、電源構成案のベースとなっている原発過酷事故頻度(確率)の想定を詳しく検討しよう。


    第1章 経産省2030年電源構成案が想定する事故確率
    ――計画通り46基稼働すれば「22年に1回」の頻度で福島原発事故のような過酷事故が繰り返されるという前提で立案されている


     2030年度電源構成案は、原発の過酷事故(すなわちスリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発事故、福島第1原発事故などのような重大事故)の起こる確率を1基あたり「4000炉・年に1回」と想定している。該当箇所を引用しておこう。

    引用1:電源構成案で想定された事故確率


     では、この4000炉・年とはどんな意味をもつのであろうか?

       1.事故確率1基あたり「4000炉・年に1回」の本当の意味

     これに関して国会福島原発事故調査委員会のメンバーでもあった吉岡斉九州大学教授は、『東洋経済』オンラインでのインタビューで、極めて重要な指摘をしており、注目される。

     「(編集部の問い)今回の原発コストの試算では、追加的安全対策費用が増えた一方、安全対策の強化で過酷事故発生の確率は前回試算(1基当たり2000年に1回、50基では40年に1回)から半分(1基当たり4000年に1回)に低下すると想定し、事故リスク対応費用が減少する形になりました。
     (吉岡氏の答え)発生確率が2分の1になるという根拠も疑わしいが、たとえ半分になったとしても数十基が稼働し続けるならば発生確率は低くない。原発はそれだけの事故リスクがあるということを改めて認識すべきだ。」
    (文献10)
     
     つまり、過酷事故発生確率を半分に引き下げる「根拠は疑わしく」、また半分としてもその確率(政府の計画通り46基運転とすると87年に1回に相当する)は決して「低くない」というまったく正しい指摘である。われわれはこの内容にさらに次の点を付け加えたいと考える。
     なによりもまず、原発の過酷事故を確率的に考えてコスト計算していくという考え方そのものが、「福島のような原発事故を決して起こしてはならない」という基本理念の真っ向からの否定である。それは、原発事故は「起こる」ものであり「起きてもよい」「起こしてもよい」という前提に立って、その上に原発を再稼働し再度推進するという路線であり、一段と露骨な原発推進の論理である。しかし、この根本的な点での批判はしばらく置いておこう。ここでは、まず最初に、この過酷事故確率あるいは頻度の具体的数字を問題にし、吉岡氏のインタビューで言われている過酷事故発生の確率の「前回試算」の内容を検討してみよう。
     言及されている数字は、内閣府原子力政策担当室(当時)「原子力発電所の事故リスクコストの試算 原子力発電・核燃料サイクル技術等検証小委員会(第3回)」(2011年10月25日付)および原子力委員会(当時)「核燃料サイクルコスト、事故リスクコストの試算について(見解)」(2011年11月10日付)の文書記載のものであろう(文献4、5)。そこでは、過酷事故発生頻度の確率について「1基当たり2000年に1回」(あるいは「2000炉・年」)という評価がなされている。だが、それは「モデルプラント」に対して仮想的に計算された事故確率であって(同文書では「算定根拠(炉・年)」と呼ばれている)、実際の事故確率ではない。実際の発生実績に基づく数値(政府文書では「商業炉シビアアクシデント発生実績」と呼ばれている)は、原発50基を稼働した場合に「10年に1回の頻度に相当」するとされている。すなわち、同文書における「モデルプラント」に対する「2000炉・年」の事故確率とは、福島事故の「実績」に基づいて計算すれば、現存する原発1基あたりでは「500炉・年」のことであり、50基を運転した場合には「10年に1回」の頻度で過酷事故が起こる確率である。この点は明確に政府文書に記載されている。以下に少し長くなるが引用しておこう。なお同文書は現在も日本政府の公式ホームページに掲載されている。ぜひ参照されたい。

       2.苛酷事故確率についての政府文書の説明

    引用2:確率は現実の原発ではなく「モデルプラント」を「想定」して計算されている
    注記:ここで言うモデルプラントとは、東北電力東通原発1号、中部電力浜岡原発5号、北陸電力志賀原発2号、北海道電力泊原発3号から想定した仮想の原発である
    内閣府原子力政策担当室(当時)「原子力発電所の事故リスクコストの試算 原子力発電・核燃料サイクル技術等検証小委員会(第3回)」2011年10月25日
    http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/hatukaku/siryo/siryo3/siryo3.pdf

    引用3:福島原発事故までの日本の全原発の稼働実績は廃止プラントも含め約1500炉・年である

    注記:備考一番上の欄にある1494炉・年が福島原発事故までの日本の全原発の運転年数である。福島事故を3基の事故と計算すると1基あたり約500炉・年となり、50基に対しては約10年の頻度となることが分かる(次の表参照)。
    内閣府原子力政策担当室(当時)「原子力発電所の事故リスクコストの試算 原子力発電・核燃料サイクル技術等検証小委員会(第3回)」2011年10月25日
    http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/hatukaku/siryo/siryo3/siryo3.pdf

    引用4:「モデルプラント」での事故リスク「2000炉・年」は「現実の」原発では「50基稼働」で「10年に1回」の「シビアアクシデント(過酷事故)頻度に相当」する

    注記:一番左の欄最下列の括弧内の括弧内の注記に注目のこと。表の下に記されている原表の注[1]も注目のこと。
    原子力委員会(当時)「核燃料サイクルコスト、事故リスクコストの試算について(見解)」2011年11月10日付
    http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/seimei/111110.pdf

    引用5:当該箇所を拡大してみよう。


     すなわち、政府の委員会自身が、「シビアアクシデント発生実績」すなわち福島原発事故の現実の経験から計算すると「商業炉シビアアクシデント頻度」が「10年に1回」にならざるを得ないという計算結果を、報告書に正式に記載していた。これが事実である。このことを疑う向きもあるかもしれないので、この政府コスト等検証委員会の2011年報告に関する新聞報道を読売新聞から引用しておこう。読売新聞は露骨な原発推進の論調で知られており、同紙が脱原発の主張に有利になる方向でバイアスをかけて報道した可能性があると考える人は(この反対ならともかく)おそらくいないであろう。

    引用6:「過酷事故確率が500年に1回」とする読売新聞の報道

     「原子力発電所事故に伴う損害額などを試算する内閣府原子力委員会の小委員会(座長=鈴木達治郎・原子力委員長代理)は[2011年10月]25日、日本の原発が過酷事故を起こす確率は最大で500年に1回で、1基あたりの標準的な損害額は3兆8878億円、将来の損害に備えるために必要な費用は、従来の発電コストの約2割にあたる1キロ・ワット時あたり1.1円とする試算を発表した。… 日本の原発が事故を起こす確率は、全国の原発がこれまでに延べ時間数で1400年あまり稼働してきたなかで福島第一原発1〜3号機が過酷事故を起こしたことを根拠に、『500年に1回』と算定。…」
    「原発事故コスト 従来の発電費用の2割」2011年10月25日13時54分 読売新聞オンライン http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111025-OYT1T00701.htm
    (上記は閲覧当時のサイトであるが、同記事は現在も以下のサイトで閲覧可能である)
    http://blogs.yahoo.co.jp/zaqwsx_29/29648693.html

     この新聞記事でも、政府が試算した「日本の原発が過酷事故を起こす確率」は「500年に1回」すなわち「500炉・年」とはっきり記されている。これは50基を運転したとすると、事故確率は「10年に1回」の頻度であり、10年ごとに福島原発事故のような破局的事故が起きるリスクが高いことを意味する。
     吉岡斉氏の議論に戻ると、これが『東洋経済』編集部がいう政府「前回試算」の「モデルプラント」ベースの「2000炉・年」という数字の具体的内容である。
     つまり、今回の電源構成案の「モデルプラント」ベースで「4000炉・年」という数値は、2011年の政府見解から「たとえ半分になったとしても」50基稼働すると「20年に1回」福島事故のような過酷事故が生じる確率ということである。電源構成案の想定通り46基稼働すると「22年に1回」ということである。つまり、経済産業省の案は(数字そのものの妥当性は今は問題にしないにしても)「約20年ごとに福島規模の原発事故が起こる」ことを想定し、それを前提に原発の再稼働と核燃料サイクル推進を行っていくという計画であるということができる。すなわち、政府案は2030年代半ばには次の福島クラスの重大事故が再発する確率的リスクをいわば前提にして、原発の大々的再稼働を計画していると言っても過言ではない。
     いまもし、事故確率が2011年の政府文書のレベル(「50基で10年に1回」)に近ければ、電源構成案が目標としている46基稼働では「11年に1回」過酷事故が起こることになってしまう。これだと、目標年次の2030年度以前に次の福島事故クラスの重大事故が起こってしまうリスク事態を、2030年度を目標年次とする電源計画が想定しているということになってしまう。
     いずれにしろ政府の2030年度電源構成案が正常な神経で立案されているのかどうか疑わしめる内容と言うほかない。

       3.政府想定の事故確率の検証――立地点ベースの事故頻度実績の計算

     原発立地点について福島事故のような重大事故を引き起こす自然災害(地震・津波)に襲われる確率あるいは政府の言う「頻度実績」は、容易に計算することができる。下の表1のように、各原発立地点につき福島原発事故までの存在年数を合計すると約543年である。これが1立地点あたりの過酷事故の頻度実績である。それを立地地点数18カ所で割れば、全原発立地点あたりの自然災害(地震・津波)による事故確率が計算でき、それは約30年に1回となる。
     これは、上記の政府の推計において、福島事故を1事故と計算した場合とちょうど同じ頻度である。福島事故を3事故とすると事故頻度は10年に1回である。すなわち上記の政府の2011年の事故リスクの推計(500炉・年)が決して不自然な数値ではなく、反対にきわめて当然の常識的な数値であることを示している。また、それを仮想の「モデルプラント」に対して推計した2000炉・年や4000炉・年という数字の方が(それでも十分に危険であるが)、人為的に加工された架空かつ虚偽の数字であり、人々を欺す欺瞞的性格を疑わしめるものであることを示している。

    表2 原発立地点の存在期間による重大事故確率の概算

    Wikipedia各項目より筆者計算。福島事故発生は2011年3月11日とした。閏年は考慮していない。新型転換炉「ふげん」(1978.3.20〜2003.3.29に存在、現在廃炉作業中)は敦賀原子力発電所に併設されており、立地点は敦賀とした。なお、単純計算して事故以前の日本の原発存在期間を1966年からの45年間ととっても、苛酷事故実績頻度は45年になり、上で計算した30年とそれほど大きな隔たりはない。

     ここで試算した1立地点当たり「約30年に1回」、原発1基当たり「10年に1回」という確率は、政府の「原子力損害賠償責任保険」の保険料率計算における事故確率によっても検証できる。同保険料は「一工場若しくは一事業所当たり」で計算されている。なお、福島原発以後、2012年1月に、保険料はそれまでの7倍に引き上げられた。

    引用7:「原子力損害賠償補償契約に関する法律施行令」における補償料率

     「原子力損害賠償補償契約に関する法律」第6条「補償料の額は、一年当たり、補償契約金額に補償損失の発生の見込み、補償契約に関する国の事務取扱費等を勘案して政令で定める料率を乗じて得た金額に相当する金額とする。」
     この「料率」は、「原子力損害賠償補償契約に関する法律施行令」において規定されており、その第3条第2項「原子力損害の賠償に関する法律施行令第二条の表第一号に規定する熱出力が一万キロワットを超える原子炉の運転に係る補償契約 一万分の二十」。この条項は2012年4月1日から実施された。
    出典:原子力損害賠償補償契約に関する法律
    http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxrefer.cgi?H_FILE=%8f%ba%8e%4f%98%5a%96%40%88%ea%8e%6c%94%aa&REF_NAME=%8c%b4%8e%71%97%cd%91%b9%8a%51%94%85%8f%9e%95%e2%8f%9e%8c%5f%96%f1%82%c9%8a%d6%82%b7%82%e9%96%40%97%a5&ANCHOR_F=&ANCHOR_T=
    原子力損害賠償補償契約に関する法律施行令
    http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S37/S37SE045.html
    この件に関する解説は以下のサイトにある。
    http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/efd19d32948cbe1a8fc10625bc1a2063

     ここで「1万分の20」を乗じるということは、最大補償損失の発生する確率が「500年に1回」すなわち「500事業所・年」に相当するということである。事業所は立地点とほぼ同じであるから、18箇所で計算すると約28年に1回の最大事故確率となる。この数字はわれわれの計算(30年に1回)とほぼ一致する。また、原子炉が1基しかない「事業所」でも「1万分の20」であると理解すれば、原子炉1基あたり「500炉・年」(10年に1回)とも解釈することができる(この点は後述)。
     なお、アーニー・ガンダーセン氏は、世界的に見れば、この35年間で5基の原発がメルトダウンを起こしたのだから、重大事故頻度は7年であると主張している(文献42)。これを採ると、世界に原発は400基ほどあるので、1基当たりは2800炉・年、日本について50基では56炉・年ということになる。政府の2011年報告の表3(上記引用4)の下から2段目「57年に1回の頻度」に対応する。したがって、福島事故を1事故としても3事故としても、日本における事故頻度は世界平均の事故頻度よりもおよそ2〜6倍も高いということができる。

       4.政府が想定する事故確率の整理

     いろいろの数字が出てきてややこしいので整理しておこう。下の表2を左下から時計回りに見ていただきたい。
     政府が想定している原発の過酷事故頻度(確率)は、今回の案(2015年4月)の数字[(1)段]と、同案が基礎として依拠している2011年報告書の数字[(2)段]と2つの推計がある。
     さらにこの2011年文書では、数字は2本立てであって、「モデルプラント」をベースとする数字[A列]と、それに対応する現実の「過酷事故発生実績」をベースとする数字[B列]とが併記されている。
     後者にも福島原発事故を1事故とする評価[①]と3事故とする評価[②]がある。
     ここまで見て今回の電源構成案に帰ると、そこでは2011年報告書の「モデルプラント」ベースの数字[A(2)]だけが記載されており、「発生実績」ベースの数字[B(1)に対応]は公表されていない(ようである)。
     ただこれは容易に計算できる。これら数字を列挙してみると以下の通りである(以下「→」以降は筆者の計算である)。
     [下段左の欄A(2)]今回の「2030年度電源構成案」の「事故発生頻度」あるいは「事故リスク」は「4000炉・年」(「モデルプラント」となる原発1基を4000年運転すると1回過酷事故が発生する)→ 46基運転として計算すると87年に1回となる。
     [上段左の欄A(1)]同案の基礎となった「2011年コスト等検証委員会」の想定した「事故発生頻度」あるいは「算定根拠」は「2000炉・年」(モデルプラント1基について2000年運転すると1回)すなわち「50基運転で40年に1回」。
     [上段右の欄B(1)]上の「2000炉・年」に対応する「2011年コスト等検証委員会」が計算した日本における実際の、すなわち「発生実績」ベースの事故リスク、あるいは「シビアアクシデントの発生実績」には2つの数字があがっている。
      福島原発事故を1事故と評価すると「1494炉・年」(福島原発事故までに存在した原発の総運転年数)→ 50基運転で約30年に1回。これは筆者が原発立地点の存在年数から計算した数字(表1)とぴったり一致する。
      福島原発事故を3事故と評価する(稼働中の原発3基が事故を起こしたのでそれぞれ別な事故と評価する)と「500炉・年」(福島原発事故までに日本に存在した原発の総運転年数÷3)すなわち「50基運転で10年に1回」 → 同委員会は1事故ではなく3事故とするこちらの数字を表に記載している。
     [下段右の欄B(2)]「2030年度電源構成案」の想定する実際の原発の事故確率、つまり「発生実績」ベースの事故発生頻度、つまり「2011年コスト等検証委員会」の上記B(1)の②にあたる数字は、同案には見当たらないようである → ただこれは簡単に計算でき、2011年報告書の半分として(「2000炉・年」から「4000炉・年」にリスクを半分に評価しているので)、50基運転で20年に1回、今回の計画46基運転では22年に1回の頻度になる。
     事情に疎い一般人ならともかく、政府委員会に所属する専門家たちが、このような事情を知らなかったとは考えにくい。彼らも、また大手マスコミの記者たちも、知っていながらこの事実に口をつぐんでいるとしたら、許しがたい行為というほかない。

    表3 政府各委員会の過酷事故確率の推計の一覧(「→」以降は筆者の計算)

    政府の各文書によって筆者が作成。左下から時計回りに見ていただきたい。

       5.事故確率を大きくするその他の諸要因

     電源構成案では、想定される「モデルプラント」について、福島事故の経験を踏まえて事故対策が進み事故確率が2.4分の1に「低減すると推定」している。だが、反対に、現実の事故確率を増大させる一連の諸要因はまったく顧慮されていない。いくつか上げてみよう。
     (1)20基を越える多数の老朽原発を設備年齢40年を越えて60年まで使うならば、当然事故リスクは増大するであろう。このことは、原子炉や配管などの放射線による脆性劣化が進んでいること、鉄筋コンクリート構造物の経年劣化による脆弱化が避けられないこと、1980年以前に稼働開始した原発では配線の被覆に可燃性素材が使われており火災の危険が高いことなどを考えただけで明らかであろう。
     (2)多数の原発が稼働される場合、たとえ政府委員会の言う「モデルプラント」のような事故確率の低い新しいプラントが少数(4基+新設3基)あったと仮定しても、全体の事故確率は、その本質上、運転される原発の中で最も危険度が高く事故確率の高い多くの老朽プラント(39基)によって支配され決定される。その意味では、同案は事故確率計算にあたって、最も危険度の低い原発ではなく、最も危険度の高い原発を「モデルプラント」とすべきであったのである。
     (3)政府推計の事故確率は、事故が原発の運転時にだけ起こることを前提にしているが、原発は、福島第一原発4号機の爆発(その詳細は未解明である)のように、稼働していなくても事故が起こる危険がある。また、使用済燃料プールの地震・津波に対する脆弱な構造を考慮すると、原発の稼働・非稼働にかかわらず事故の確率を考えなければならないことは明らかである。
     (4)日本列島とその周辺が、地震や火山活動について、激しい地殻変動の歴史的時期に入った可能性が指摘されている。その結果として当然、原発事故確率も上昇が予測される。
     (5)後に詳述するが(本書第5章第3節)、近年、財界サイドの経済誌によって、日本の重電・原発メーカーの技術劣化が指摘されている(文献33、35、38)。とくに、日立・三菱製の機器で、発電用タービン・ブレード損傷(浜岡、島根、志賀原発など)や蒸気発生器の細管の振動による破断(米サンオノフレ原発)など、重大事故に繋がりかねない深刻なトラブルが頻発している。このような技術劣化が生じているとすれば、原発の事故確率も必然的に上昇していると考えるべきである。
     (6)あわせて言えば、電源構成案には、使用済核燃料の「全量の」再処理方針が表明されている(下に引用)。つまり高速増殖炉「もんじゅ」の再稼働と六ヶ所村核燃料サイクル基地の全面的稼働を行うという方針が明記されているといってよい。これら核施設は原発以上に危険であり、事故リスクも高いことが当然予想され、これらを稼働させた場合、想定される事故確率はさらに高くなるはずである。だが政府の電源構成案ではその検討はなされていない。

    引用8:使用済核燃料の全量再処理と核燃料サイクルの推進という方針の表明

    総合資源エネルギー調査会 長期エネルギー需給見通し小委員会 発電コストワーキンググループ「長期エネルギー需給見通し小委員会に対する 発電コスト等の検証に関する報告(案)」2015年4月
    http://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/cost_wg/006/pdf/006_05.pdf

     これらのことから必然的に導かれるのは、電源構成案のように日本における原発の苛酷事故リスクが福島事故後の対応策によって顕著に低下したと評価することはできないということ、日本における原発稼働の歴史的経験から計算される過酷事故確率が極めて高いということである。政府の想定しているどの数字をとっても、50基稼働として「実績」ベースでおよそ10年に1回、20年に1回、30年に1回のどの数字であったとしても、また「モデルプラント」ベースでおよそ40年に1回、80年に1回であったとしても、この結論は変わらない。また、われわれの計算のように原発重大事故を引き起こす自然災害の確率が18立地点で30年に1回であったとしても、同じことである。これらはすべて「いつ起こってもおかしくない」程度の確率であるといえる。
     政府が想定する「モデルプラント」ベースの事故確率(4000炉・年)でさえも、IAEAの掲げる国際的な安全目標値を大きく越えてしまっている(「大規模放出頻度」10万炉・年はおろか一般的な「炉心損傷頻度」1万炉・年をも)。そのような、危険性が確率的に実証されている原発を、それを承知の上で稼働することは、皮肉にも、世界的な原発推進を目的としている国際機関の基準にさえも公然と違反し、その規制と権威とを赤裸々に踏みにじることになるであろう。政府の想定する事故確率からだけでも、日本において原発を稼働することには福島規模の破局的事故を繰り返し引き起こす極めて大きいリスクがあり、「あらゆる原発は運転してはならない」という結論以外の結論は出てこない。

       6.安全への基本的考え方と事故確率の意味の根本的変化

     以上を総括すると、経済産業省の「2030年度電源構成案」には、原発の安全性についての政府の根本的な路線変更がある。すなわち同案は「原発は安全であって事故は起きない」と言っているのではない、あるいは「事故を決して起こしてはならない」と言っているのでもない、「事故は確率的に起きる」「事故は事業者の責任であって政府には主な責任はない」と言っているのだということが分かる。「2030年度電源構成案」には次の1節があり、この方針が端的に表現されている。

    引用9:電源構成案の事故に関する基本的な考え方

    出典:「長期エネルギー需給見通し 骨子(案)関連資料」

     だから事故費用は「コストとして」算定しておけばそれでよいというのが経産省案の基本的立場である。しかも、このコストには住民の健康被害に対する賠償はまったく算入されていない。過酷事故が起こっても「健康被害はない」という評価なのである。また、福島のような原発の重大事故が起これば、もはや賠償や事故対応コストによっては「取り返しの付かない」損害や被害が出ることへの、金銭的な補償や対応の枠組みそのものを越えてしまう破壊が生じることへの意識や配慮はまったく表明されていない。
     これは、検察が事故を起こした東電や関連官庁担当者を不起訴処分としたとあわせて、恐ろしい無責任状態であり、電力会社に「事故を起こしてもよい」「事故を起こしても責任を取らなくてよい」という示唆を与える重大なモラル・ハザードである。それどころではない。過酷事故を想定して原発を大規模再稼働させようとしている点で、もはや今後起こる可能性のある原発事故は決して「想定外の結果」ということにはならない。「苛酷事故が起こることを想定して原発を稼働すべきだ」と公言していると言っても過言ではない。
     つまり原発の事故確率の意味が根本的に変わってしまった点に注意が必要である。福島原発事故以前には、原発の事故確率は、IAEAに従って重大事故頻度(「早期大規模放出頻度」)は1基に対して「10万年に1回」、50基運転の場合で「2000年に1回」とされ、いわば近い将来生じる可能性がゼロに近いことの根拠の1つとされてきた。それは「安全神話」の不可分の構成部分であったといえる。しかし、今や状況は根底から変化した。政府の電源構成案では、事故確率は、それほど遠くない時期に、確率的にではあれ必然的に、過酷事故が生じると想定し、そのような巨大なリスクを国民に無理矢理押しつけ受忍することを強要する道具になっていると言える。
     日本経済新聞の滝順一編集委員は、経産省の電源構成案が決定された6月1日に「『まさか』への備えはあるか」と題する論説を日本経済新聞紙上に掲載し、「原発の再稼働を目指す電力会社に『まさか』への備えはあるだろうか」という問題をはっきりと提起したが、それは当然である。この論説は、原発再稼働をめぐって「規制基準を超えた事態」への備えが電力会社の「自主的な」取り組みに委ねられている(すなわち実質上行われていない)現状の危険性を訴えている(文献16)。それは、過酷事故を起こすことを想定した再稼働という事態に直裁に危機感を表明した、極めて時宜にかなった優れた問題提起である。全体としては原発推進論を基調とする日本経済新聞がそのような論説を編集委員名で掲載した事実に注目しなければならない。ただ、滝氏があわせて指摘しなければならなかったのは、政府案におけるこの「まさか」の想定頻度である。
     電源構成案は、この「まさか」の事態が、福島事故のような大量の放射能を放出する破局的事故が、「事故実績」ベースではおよそ20数年ごとに(可能性としては10数年ごとに)反復されることを想定し前提としている。それを、安全で事故対策の進んだと想定した「モデルプラント」1基について計算すれば「4000年に1回」となるとして人々を慰めようとしているようにも見えるが、現実の想定数字は計画通り46基稼働するなら「22年に1回」である。政府の電源構成案は、20数年周期の過酷事故の反復を前提に、原発を大々的に再稼働し、原発を新増設・リプレースし、「もんじゅ」も核燃料サイクルも稼働し、日本国民を放出放射能によって大量にしかも何度も繰り返し被曝させ、いわば日本全国の原発が事故によって使えなくなるまで原発を推進しようという計画であるといっても過言ではない。

       7.経団連「エネルギーミックス」プランの役割と財界の責任

     この経済産業省の電源構成案は、日本経団連のまとめた「新たなエネルギーミックスの策定に向けて2015」(文献7、8)をベースとして策定されていると考えられる。経団連案は「原子力比率が高いほど+再エネ比率が低いほど経済に好影響を与える(悪影響を与えない)」という主張を基軸としている。経団連案は原発比率を25%以上とするよう勧告しており、政府案の自家発電分を除いた原発比率24%とほとんど一致している。核燃料の再処理・核燃料サイクル推進という点でも政府案と同じである。政府の電源構成案をまとめた委員会の責任者、コマツ相談役坂根正弘氏は、財界首脳の1人であり、日本経団連の元の評議員会副議長あるいは環境安全委員長であった。
     坂根氏は日本経済新聞に「100年先の資源枯渇を見越して」という論説を書いている(2015年5月21日付)。化石燃料の多くだけでなくウランまでが枯渇する「100年先を見越して」「核燃料サイクルを含めて原子力エネルギーを使う」べきであるという主張であるが、原発の全面推進方針のもつ事故リスクについては口を閉ざしている。それだけでない。坂根氏は、『中央公論』誌に寄せたインタビュー記事においては、原発再稼働をめぐって「安全神話を再び蘇らせてはならない」と主張し、「100%安全・安心」という「お墨付き」を住民に与えることなく再稼働を行なうように進言している(文献6)。
     坂根氏の言っている「100年」単位でとれば、坂根氏が委員長として作成した政府案は、実は、福島原発事故クラスの原発事故が100年間に4から5回程度起きることを「見越して」作成されている。坂根氏は同委員会の責任者として、この事故リスク計算について知らなかったとは言えないはずである。坂根氏は「安全神話の克服」を訴えているのだから、事故確率についても当然知っているのである。だが、肝心の数字について氏はまったく沈黙している。
     元通産官僚・元経済企画庁長官であって、財界中枢に近く「電力会社に群がった原発文化人」の一人とされ、また維新の会のブレーンともされる評論家の堺屋太一氏も、週刊誌とのインタビューで「事故確率主義による『安全神話』からの脱却」を訴えている(文献42)。この点も重要であって、坂根氏だけでなく財界首脳層が苛酷事故の確率的反復を前提に原発を大規模に再稼働していく方向で一致していることを示している。堺氏は、原発即時ゼロを(まったく正当にも)主張する脱原発運動に対して、「どんなに規制基準を厳しくしても事故が起きる可能性はゼロにはならない」のだから「『原発即時ゼロ』しかない」という主張は「冷静な議論ではない」と批判する。「事故リスクは確率主義で考えるべき」であり、それに基づいて政府が「基本的考え方を改訂」し「安全指針を定める」べきであり、そうでなければ「本当の意味で『安全神話』からの脱却はできない」という。だが、これらの内容はすでに政府案の基本線になっており、その口移しに過ぎないように見える。だが、文脈からは肝心の具体的な事故確率あるいはその頻度年数が問題になる直前のところで、堺氏の議論はなぜか突然止まってしまう。具体的数字を提起しなければ「冷静な議論」は不可能である。具体的な事故確率数字には沈黙して、卑怯にも人々には知らせないまま、「冷静に」受忍だけして欲しいというわけなのだろうか。
     しかし、政府文書に明記されている数字が鮮明に示しているように、政府・財界の意図通りに事が進めば、坂根氏の言う100年の間に日本全国の原発のうち4〜5基程度(可能性としては9〜10基)が福島原発と同じ運命をたどるという確率的なリスク――これが政府のエネルギー長期計画の大前提になっているのである。
     思い起こせば、JR東海の葛西敬之氏(当時会長)には、福島原発事故の記憶がまだ生々しかった2012年に、原発事故によってたとえ交通事故死者と同程度の「年間5000人の犠牲者」が出たとしても、その程度のリスクは「覚悟を決めて」原発を推進していかなければならないと公然と主張する「勇気」(「蛮勇」というべきであろう)があった(文献9)。
     葛西氏は「国益に背く『原発ゼロ』」と題された論説の中で言う。「人々の生活は多様なリスクと共存している。…要はどこまでリスクを制御・克服し、覚悟を決めて活用するかだ。…自動車は日本国内だけでも毎年5000人の事故死を出している。それでも自動車の利便性を人は捨てない。…原発も同じだ。事故被害の規模の大きさを考えれば四重五重の安全対策を施して事故を防ぎ、損害を封じなければならない。…逃げることなく問題を克服し、原子力を活用してこそ、日本の明るい未来が開ける。そしてそれは可能である」と。これは、例示の形ではあるが、福島原発事故の被害規模についての財界首脳による貴重な示唆である。
     葛西氏の例示した数字に従って計算をしてみよう。単純にするために仮に50基稼働とすると、今後100年間には4回福島規模の原発事故が起きることになる。これまた単純化のため1回の事故ごとに、放射能汚染が全国各地に拡散し、年間の死者数が葛西氏の想定どおり5000人ずつ増えていくと仮定しよう。すると80〜100年後には単純計算で毎年2万5000人規模の犠牲者が出ることになる。100年間で積算すれば合計150万人に上るであろう(20年ごとに10+20+30+40+50万人と増えていくので)。戦時に匹敵する「静かな大量殺戮」と言ってよい事態が生じるであろう(これは現在すでに始まっている可能性があるがこの点はここでは置いておこう)。
     日本の人口は福島事故以前にすでに減少傾向に入っており、福島原発事故以後、減少幅は大きく加速している。国立社会保障・人口問題研究所の福島事故以前の数字に基づく研究(文献18)によれば、およそ100年後2110年の日本の人口は、出生・死亡とも中位推計で4286万人とされ、現状の約3分の1に減少すると予測されている(出生低位・死亡上位推計では3014万人と現状の4分の1に減少)。もし、そこにさらに4回の福島規模の原発事故と放射性物質の大量放出が日本各地の原発で繰り返されるならば、何が起こるかは明らかであろう。坂根氏ははっきりと「それでも」全面的原発・核燃料サイクル推進を強行するべきであると公然と主張するべきだったのだが、彼には葛西氏的「覚悟」はなかったようだ。いずれにしろ、これが財界首脳の人権感覚である。今回の電源構成案の策定にあたって財界の果たした役割もまた徹底的に追及されなければならない。

       8.チェルノブイリ事故と社会主義崩壊以後の東欧の人口動態

     チェルノブイリ事故によって大きな健康被害を受けたウクライナでは、事故後現在までに人口が8人に1人の割合で急減した。ロシア、ベラルーシを加えるとチェルノブイリ事故後3国の合計で人口減少は1300万人以上に達した。その他の東欧諸国での人口減少も、2200万人以上であった。合計ではおよそ3500万人の減少が生じた。もちろんこの全体がチェルノブイリ事故に関連しているわけではないであろう。ヤブロコフはチェルノブイリ事故の人的被害を約100万人と推計しているが、これを見るとさらに多い可能性を考えなければならないかもしれない。しかし、日本で福島クラスの事故が何度も反復すれば、東欧の被害どころではない。現在の人口の減少傾向は破局的に加速しないわけにはいかないのは確実であろう。

    表4 チェルノブイリ原発事故以後の東欧諸国の人口動向  (単位 万人)

    出典:WikipediaウェッブサイトにあるDemographicsの各国の項目より計算(四捨五入があるので合計は一致しない)。2013年7月24日閲覧

       9.結論

     以上検討したことから、次の結論が導かれる。
     1.この電源構成案は、無責任きわまりない半ば狂気と呼ぶほかない計画であって、およそ20年ごとの確率で反復する原発重大事故とそれによる国民の繰り返される大量被曝という破局的なリスクを前提とした計画になっている。それを実行すれば、その計画の想定通り、政府・財界自らが国と国民の存立そのものを脅かす破局的危機を人為的に作り出す結果になりかねない。
     2.しかも、想定どおり再度の破局的事故がおよそ20年ごとの頻度確率で繰り返される事態が生じた場合、事故は政府電源構成案の中に原発の「発電コスト」としてはっきりと想定され計算され計画された内容の帰結であるということになるであろう。決して「想定外」の「意図せざる結果」としてではない。その意味では、同案の実施によって次に起こる原発の重大事故は、政府・財界が「意図した結果」であるというほかない。政府は、福島原発事故がいまだに収束せず、福島県とその周辺や首都圏などの住民および多かれ少なかれ全国民の放射線被曝による健康影響が進んでいく中で、さらに破局的事故のおよそ20年程度ごとの反復を見込んだエネルギー計画を実行しようとしているのである。これは政府・財界による未必の故意による「国家的組織的犯罪行為」としか言いようがない。
     3.政府の電源構成案は、すでに誰の目にも破綻と致命的な危険性が明らかになった原子力エネルギーを、致命的に大きなリスクを冒してでもあえて推進しようとする「集団自殺」(文献17)的計画であり、いわば太平洋戦争末期の絶望的攻撃計画にも等しい「原発特攻」「原発バンザイ突撃」「原発玉砕」計画であるといえる。もしそのような計画が実行され、その想定どおり100年間に4回の福島級原発事故が反復すれば、財界首脳が奇しくも示唆した評価によって計算してもおよそ150万人規模の犠牲者がでる事態が生じる危険性がある。現実には文字通り国と国民の存立そのものが根底から脅かされる破局的事態となるであろう。
     4.政府の事故確率の試算から出てくる結論は、原発は一切稼働してはならずすべて直ちに廃棄に着手すべきであるということである。最低限必要なのは、何よりもまず政府が進めようとしている原発再稼働を何としても止め、この危険極まる電源構成案を撤回させることである。このような犯罪的ともいえるエネルギー計画を立案した責任者を厳罰に処し、全原発と核燃サイクルを全面的に廃棄し、再生可能エネルギーを半分以上に高めることを中心に2030年の電源構成を決めることである。
     
    第2章 電源構成案の基本的な内容と特徴

       1.原発再稼働の規模と再生可能エネルギー抑制

     次に2030年度電源構成案の想定する発電量を、想定する発電出力(容量)に換算し、現存する発電所の合計出力と比較してみよう。
     その前に、数字に不慣れな読者のために、発電出力(瞬間的な容量あるいは能力)と発電電力量(積算した発電量)の計算について簡単に説明しておこう。
     (1)年間の発電電力量=発電所の出力(kW)×24時間×365日(キロワットアワー[kWh])
    ①標準的な原子力発電所の発電出力(1基あたり)は約100万キロワット(これは瞬間的な出力のことである)。
    ②つまり標準的な原発を1年間運転すると、年間の発電量は、
    100万kW×24時間×365日=100万キロワット(kW)×8760時間
               =87億6000万キロワットアワー(kWh)
     (2)火力発電所の出力
    ①最大規模の火力発電機の出力は1機あたりほぼ100万キロワット。
    ②標準的な火力発電機の出力は1機あたりほぼ50万キロワット。
    ③小規模な火力発電所の出力は1機あたりほぼ10万キロワット。
     (3)水力発電所の総出力
    ①黒部第四発電所の総出力は33万5000キロワット。
    ②奥只見発電所の総出力は56万キロワット(一般水力で日本最大)。
    ③一般に中小水力発電所の出力は1万〜3万キロワット。
    ④小水力発電所の出力は1000キロワット以下。
     (4)風力・太陽光発電所の出力
    ①郡山布引高原風力発電所の最大総出力は6万6000キロワット(現在日本最大)。
    ②現在の最大級の風力タービン1機の最大出力はおよそ8000キロワット。
    ③大分ソーラーパワーの最大総出力は8万2000キロワット(現在日本最大)。
    ④世界最大級の風力発電所の最大出力は132万キロワット(カリフォルニア州、文献25)
    ⑤世界最大級の太陽光発電所の最大出力は58万キロワット(カリフォルニア州、文献26)
    ⑥ただし日本の条件では、風力・太陽光の設備利用率は政府想定で風力20%、太陽光14%とされる(実際にはもっと高いとも言われている)。
    ⑦世界最大級の自然エネルギー発電所付属の蓄電池システムの最大出力は15万キロワット(小規模火力発電所の出力に等しい、後述)。
     これらを知っておくと、電力の問題を考えていく上で便利であろう。注目される点は、水力発電、風力・太陽光発電の発電能力が、原発や火力発電に比較して決して小さくないという点である。
     これらを踏まえて、政府案の想定出力を見てみよう。

    表5 「2030年電源構成案」の発電出力への換算――発電設備は過剰状態

    注記:左2列が政府の電源構成案の数字、右2列がわれわれの計算あるいは引用した数字である。
    出典:2030年度の発電量とその比率は、総合資源エネルギー調査会 長期エネルギー需給見通し小委員会 発電コストワーキンググループ「長期エネルギー需給見通し小委員会に対する 発電コスト等の検証に関する報告(案)2015年4月」(66ページ)による。想定出力はその数字により筆者が計算。再生可能エネルギーの各現行出力は、同書にある「認定量」をそのまま引用した。
    http://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/cost_wg/006/pdf/006_05.pdf
    石油火力、石炭火力、LNG(都市ガスを含む)火力の現行出力はWikipediaの「日本の火力発電所一覧」より筆者が計算。複数の燃料を使用する発電所は、最初にあがっている燃料に分類している。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%81%AB%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%B8%80%E8%A6%A7
    原子力発電所の現行出力はWikipedia「日本の原子力発電所」による。事故を起こした福島第1原発、廃炉の決まっている原発各号機は除外されている。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80
    火力現行出力計および水力発電の現行出力は資源エネルギー庁「発電所認可出力表」「自家用発電所認可出力表」によって筆者計算。
    http://www.enecho.meti.go.jp/statistics/electric_power/ep002/results.html

     原発がすべて停止して「発電設備能力が不足している」という印象を持っている読者が多いと思われるが、表を見ると、そのようなイメージは、どんな手段を使っても原発を再稼働したがっている電力会社や経産省が意図的に流してきた虚偽の情報であることがよく分かる。現在すでに発電設備は絶対量では過剰状態にある。(石油火力などは老朽化が進んでいることは確かだが、それを除いてもこの過剰は確認できる。ただし設備老朽化の問題はここでは置いておこう)。
     以下各項目に付いてみてみよう。まず原発と火力との関係について考察し、次に再生可能エネルギーについて考えていこう。
     (1)原発については、2030年時点で政府の想定水準22%を確保するには、稼働率を70%とすれば、ほぼすべての原発を稼働し続けなければならないことが分かる。しかし、既存の原発のうち半数程度は、2030年までに、使用年限の40年を越えてしまう。これに関連して、電源構成案には次のグラフが記載されている。

    引用10:政府の原発再稼働規模計画を表すグラフ

    経済産業省「長期エネルギー需給見通し 骨子(案)関連資料」

     上記の図からは、①既存の原発43基をすべて運転、②その際の40年運転年限を60年に延長、③新増設中の3基の工事を促進し早期に稼働、という政府の意図が読み取れる。このように、計画している内容を直接に明記するのではなく、間接的に示唆することによって、すなわち2030年度の電源構成比率を実現するための必要条件という形で政府の実際の意図と計画を表示するというやり方が、今回の電源構成案の特徴の一つである。この点に注意すべきである。
     (2)火力発電については、電源構成比率を56%とする計画であるが、震災前10年の63%と比較して大きく削減されたとは言えず、またバイオマスとして再生エネルギーとして計上されている火力部分(3.7〜4.6%)を加えると60〜61%の比率となり、ほとんど変化がない。化石燃料による火力発電に依存する構造は今後15年間変えないという計画である。
     (3)次に再生可能エネルギーについて見てみよう。
     象徴的なのは太陽光発電能力である。太陽光発電の現存設備は、認定されている計画分を含むと、すでに2030年度想定を大きく越えて過剰に存在し、経産省の想定を「実現する」ためには、太陽光発電設備は、現在の計画分を含めておよそ20%の「削減」を強行し、さらに今後15年間新規計画を一切認めないことになる。
     水力についても事情は同じである。小規模水力についても、ほとんど新規投資を行わない想定であると言える。
     風力については発電量を2.5倍に増強することになっている。これは、日本における風力発電製造主要メーカーが三菱重工、日本製鋼所、日立製作所であり、この3社は主要な原発機器製造企業でもあり、原発推進策を補強するものとして、風力発電での国際競争において大きく後退して行っている日本メーカーを側面から援助しようとする政府の意図が感じられる。ただ世界的に見れば規模があまりにも小さい。
     電源構成案による再生可能エネルギーによる現在の発電容量は以下の通りである。

    引用11:電源構成案における再生可能エネルギー

    出典:経済産業省 総合資源エネルギー調査会 長期エネルギー需給見通し小委員会 発電コストワーキンググループ「長期エネルギー需給見通し小委員会に対する 発電コスト等の検証に関する報告(案)」2015年4月
    ・太陽光発電については、経産省案は2030年で発電量が749億kWhに達するとの想定だが、これはすでに現在の段階(認定段階の設備も含む)で超過達成されている(846+86=932億kWh)ことが分かる。経産省の想定を「実現する」ためには、太陽光発電設備は、2030年度までに、現在の水準よりも20%の削減を強行しなければならないことになる。

       2.日本経団連の2030年度電源構成案

     今回の経産省の電源構成案は、財界の現指導層の強い影響下に策定されたことがうかがわれる。したがって、われわれも電源構成案の内容を具体的に検討する前に、財界指導層の考える長期エネルギー政策の基本路線をざっと見てみる必要がある。
     坂根氏の出身母体である日本経済団体連合会(以下経団連と略記)は、政府の電源構成案が公表される直前の今年(2015年)4月6日、「新たなエネルギーミックスの策定に向けて」という文書を発表し、経団連としての2030年電源構成プランを示している。同文書は、その分析の要旨を次のようにまとめている。下線部に注目いただきたい。

    引用12:経団連の2030年電源構成計画案
    「モデル分析結果のポイントは次のとおりである。
    ①2030年時点でも、化石燃料は一次エネルギー供給において引き続き重要な役割を果たしている。
    ②再生可能エネルギーに関しては、比率が5%ポイント増加すれば、6,000億円〜1兆1,000億円コストが増加する。とくに、現状みられるように導入が太陽光に偏った場合には、価格競争力の高い順に再生可能エネルギーが導入される場合と比べ、3,000億円〜5,000億円コストが増加する。
    ③ゼロエミッション電源(再生可能エネルギー+原子力)比率が5%ポイント増加すれば、エネルギー起源CO2は2〜3%ポイント減少する。
    ④全般的な傾向として、「原子力比率が高いほど+再エネ比率が低いほど」経済に好影響を与える(悪影響を与えない)という分析結果が観察される。
    ⑤再生可能エネルギーのうち価格競争力の高いものから順に導入されれば、15%以下の場合には経済に与える悪影響は極めて小さい。
     以上を踏まえれば、S+3E(安全性、エネルギー安定供給、経済性、環境適合性)の観点から、2030年における電源構成は、再生可能エネルギー15%程度、原子力25%超、火力60%程度とすることが妥当である。」

    出典:日本経済団体連合会「新たなエネルギーミックスの策定に向けて」2015年4月6日(下線部はわれわれによる)

     財界中枢の考えるエネルギー政策の基本線は、①原発の大規模な再稼働、②再生可能エネルギーの抑制(概ね現状程度)、③火力発電のとくに石炭火力を主力としての推進であり、政府の電源構成案に先立って提言していた。政府案はこの路線を基本的に引き継ぎ、再生エネルギー部分を若干増やして格好を付けた程度である。

       3.電源構成案でCO2の26%削減目標の達成は可能か

     経産省案は、EUだけでなく中国・アメリカがCO2削減目標を提示する(米:2030年までに対2005年比42%削減)という国際的な状況を踏まえて、日本経団連案に原発を3%(自家発電分を除くと1%)および火力を6%それぞれ削り、再生可能エネルギー比率に7%上乗せをして辻褄を合わせた(CO2排出が2030年度までに対2013年度比26%減)。EUやアメリカが再生可能エネルギーを主要な基礎として排出量を削減しようと計画しているのに対して、日本が主に原発の再稼働によって削減使用としているという点で根本的な違いがある。
     多くの国の場合、国際的な基準年は2005年になっているが、政府案では2013年度を基準にし、短期間に26%という大きな削減率を達成するかに印象づけようとしている。たしかに原発が稼働していた2009年度にはCO2排出量は2005年度から11%低下した。だが、同じく原発が稼働していた2007年には2013年とほぼ同じ水準の排出量であった。つまり2008〜2009年の低下は景気後退による部分が大きいのである。原発稼働が福島事故前の水準に戻ったとしても、それだけではCO2排出量は約1割減少するとは限らない。
     経団連の試算(上記③「再生可能エネルギー+原子力の比率が5%ポイント増加すれば、エネルギー起源CO2は2〜3%ポイント減少する」)によって計算してみよう。仮に2013年度を基準にしても、再生エネルギーと原発の合計の比率は12%から2030年度の44%に32%増えるが、それでもエネルギー由来のCO2は12.8〜19.2%ポイントしか削減されず、政府目標の26%には及ばない。もし震災前10年間をとれば38%から2030年度の44%に、わずか6%ポイント上昇するだけであり、経団連の試算に基づけば、エネルギー由来のCO2排出量は、わずか2.4〜3.6%ポイントが削減されるだけである。

    図1

    日本地球温暖化防止活動推進センターの資料による
    http://www.jccca.org/chart/chart04_03.html

     大規模な原発再稼働によって26%の削減目標が実現できるはずだというのは、安易な口約束と言われても仕方がない。経団連の推計によって計算しても、「欧米に遜色ない温室効果ガス削減目標を掲げ世界をリードすることに資する長期エネルギー需給見通しを示すことを目指す」(経済産業省「長期エネルギー需給見通し 骨子(案)」)という言葉は、まったくの虚言としか響かない。


    第3章 発電コスト比較――本当に原発は一番安価な発電方法か?
        なぜ電力会社は原発を運転して大きな利益を得るのか?


     発電コストについて経産省案は、次の表を掲げ、相変わらず原発が一番安価な電源であることを主張している。だが以下に検討するように、これは作為的な数字であり、数字のトリックにすぎない。だがそれだけでは済まない。この数字は、以下に検討するように、電力会社が実際に負担する原発稼働コストを大まかに表示していると考えられ、経産省が示唆しようと試みていることとは反対に、事故コストの著しい過小評価と無際限に蓄積されていく将来コストの無視という、原発稼働の抱える途方もない危険性を示しているのである。



     原発と石炭火力を中心に拡大してみよう。




       1.計算上のトリック――他の発電種類の数字を人為的に膨らませる

     「原発が一番低コストである」という評価は、「モデルプラント」での仮想の計算であり、事故費用の過小評価、再処理費用の過小評価、社会が負担するコストの大きな部分(たとえば健康被害への賠償)を無視している結果であるが、後で詳しく検討しよう。ここで付言しておくと、経産省案の言うとおり原発が一番安価な発電種類であると仮定すれば、原発を46基も稼働すことによって総電力コストは大きく下がり電気料金もそれにともなって下がるはずであろう。だが経産省の電源構成案には、「電力コストが顕著に低下する」という内容も「電気料金を下げる」という記述もない。原発の発電コストの数字が世論操作のための欺瞞的な宣伝目的であることは、これによっても明らかであろう。
     重要なトリックは、原発以外の発電コストを人為的に高くしていることである。たとえば石炭火力のコストには「CO2対策費」が3円も算入されてコスト全体の4分の1を占めている。これは「CO2排出権」を買い取った場合の費用とされているが、日本では排出権の売買は行われておらず、架空のコスト加算である。これを除けば、石炭火力の発電コストは9.3円になって、原発の10.1円を下回る。つまり経産省案では、実際には石炭火力が最も安価な発電種類となっているわけである。
     再生可能エネルギーについては、「政策経費」を高く上乗せして高コストであるかに見せようとしている。さらに、同案の付属資料を見ていくと、再生可能エネルギーについては、設備コストを国際的水準より高く見積もり(太陽光で米独伊の2.5倍以上、風力で中国の2.9倍、米の1.7倍、独の1.3倍など)、設備利用率を低く想定して(同案においては太陽光で住宅用12%およびメガソーラー14%、風力20%、実績では太陽光で日本でも15%以上、風力では米国で30%以上である)、それらによって高コストの算定根拠としている。
     いま仮に「政策経費」を除き、資本費を、太陽光で米独伊並み、風力でアメリカ並みで計算してみると(利用率は政府案の通りと仮定)、太陽光はメガソーラーで10.2円、風力(陸上)で10.5円となる。このように経産省案の通りだとしても、再生可能エネルギーによる発電コストは、原発と大きくは変わらないことになる。すなわち、原発が巨大な事故リスクを抱えていることを考慮すれば、原発を大規模に再稼働するよりは、再生可能エネルギーに全面的に依存する方が電源構成上の合理的で適切な選択であることは、政府のコスト計算からも明らかである。

       2.原発の発電コストを低く見せかけるさまざまなトリック

       2-1.事故費用を低く算定する

     次に、原発の抱える事故リスクのコスト計算を検討しよう。経産省の報告書が掲載している以下の表を見てみよう。



    事故リスク対応費用の算定方法

    出典:上の2件とも総合資源エネルギー調査会 長期エネルギー需給見通し小委員会 発電コストワーキンググループ「長期エネルギー需給見通し小委員会に対する 発電コスト等の検証に関する報告(案)2015年4月」

     上の表の「事故リスク対策費用」の項を見れば誰しも首をかしげるであろう。虚偽のコスト計算と言わざるを得ない。
     「福島原発事故による事故対応費用」12.2兆円(うち賠償費用は5.7兆円、除染・中間貯蔵は3.6兆円)は、明らかに過小評価であり、むしろこれ以上は支払わないという政府の政治的な意図を表す数字である(計算上はさらに減額補正して9.1兆円にしている)。
     しかも重要な点は、これが、健康被害に対する補償を、いま現実に生じている被害も今後長期にわたって生じるであろう被害もともに、一切含んでいない点である。つまり政府は健康被害の補償を行わないために、「福島原発事故による健康被害は出ない」と想定しているのである。
     ちなみに元裁判官の井上薫氏は事故直後に『原発賠償の行方』新潮社(2011年)で要賠償額は100兆円を越えると予測している(16ページ)。政府が事故後4年間の数字で12.2兆円と計算した数字が、今後長期長期にわたって累積していき100兆円に上る可能性は決して排除できない。
     しかも、この計算式を見れば、これが「今後に」予想される事故だけを計算に入れ、「現に生じている」福島事故処理の費用は算入しないことになっていることが分かる。
     すでに事故確率を検討した際に指摘したように、政府が運営する原子力損害賠償責任保険の保険料率は、「原子力損害賠償補償契約に関する法律施行令」によって決められており、補償契約金額(1200億円)に事故確率(1万分の20すなわち500分の1)を掛けて計算されている。法令上この数字には政府の保険手数料部分が含まれているが、コスト計算を検討するここでは、この部分は無視することにしよう。なぜか今回の電源構成案は、新たな計算式を考える際、この原賠保険の保険料算定式に言及していない。
     いま仮に、電源構成案の事故対応費用の金額(12.2兆円)の妥当性は問わないにしよう。過去の福島事故について支払わなければならない金額と、将来の原発事故の際に支払わなければならない金額を、それぞれ12.2兆円と仮定し、その2倍すなわち24.4兆円を「補償契約金額」とし、出力を100万kWとして、政府の原子力損害賠償責任保険の算定式によって事故対応費用額を計算してみよう。そうすると事故対応コストは、
     24.4兆円×1万分の20÷87億6000万kWh=約5.6円となる。
     政府の電源構成案の0.3円などで収まるはずがないことは明らかである。
     実際の賠償必要費用を井上氏に従って100兆円(12.2兆円の8.2倍)と仮定し、これをベースに計算すれば、1kWhあたりの事故対応コストは44.6円となる。要賠償額のうち電力会社が支払わなかった部分は、被害者個人や社会保険や健康保険など誰かが何らかの形で負担するしかない社会的費用に転化されるだけであり、一国の経済全体には何らかの形で現在あるいは将来のコストとして現れるのである。

       2-2.核燃料サイクルコストの罠

     さらに、核燃料サイクルコスト(「バックエンド」)も著しく過小評価であるが、その前に、まだ完成もしていない「核燃料サイクルコスト」を計算をすることの意味を考えてみよう。つまり、これにより電源構成案は、未完成のまま止まっており完成するかどうかも分からない核燃料サイクルを推進し続けることを、いわば裏から宣言しているわけである。国民を罠にかけるようなやり方といわざるをえない。
     電源構成案では使用済核燃料は20年後に半量を45年後に全量を再処理することとなっている。ただ六ヶ所村の再処理工場はまだ完成もしておらず、完成までに半量処理の場合でさらに19兆円(電事連推計)、全量処理の場合で43兆円(原子力委員会[当時]推計)を追加的に投入することが必要だと言われている(詳しくは文献19、『原発問題の争点』第4章を参照のこと)。
     もし今後もこの金額が変化しないとすると、政府案の想定は全量処理であるから43兆円必要ということになり、45年後なので年間9600億円である。それを46基で分割して、1基あたり年間209億円、1kWhあたり「バックエンド」の建設コストだけで2.0円となる。
     これはすべて物価変動がない場合であって、実際には建設費は現在でもさらに膨れあがっているであろうし、今後さらに膨れあがり、おそらくそれでも完成しないであろうが、いまここでは大まかに43兆円の2倍かかると仮定しよう(政府・日銀の計画通り年2%程度のインフレが実現したばあいを想定)。そうすると建設コストだけで4.0円となる。また再処理工場が完成したと仮定しても、再処理のランニングコストもかかるはずであるが、政府の計算では再処理のランニングコストの算定は不明である。再処理工場稼働による深刻な環境破壊のコストは想定されていない。
     使用済の核燃料を再処理して核燃料サイクルを実現した国は世界に1つもない。アメリカやフランスでさえ撤退した実現性のない幻といってよい計画をいまだに追求するだけでなく、その実現を前提にコスト計算しているのである。「核燃料サイクル費用」についても経産省案の1kWhあたり0.5円などは「夢想」の数字ということができる。
     このことは「高レベル廃棄物」についても言うことができる。今後何万年何十万年にわたって保管し管理していく費用を考えれば、コストは無限大に近くなるはずで、0.04円とは人々を欺瞞する数字である。

       2-3.安全対策費用、廃炉費用などの過小評価

     もうひとつのコストの人為的な削減は、電力会社の報告に基づいて追加的安全対策費を1基あたり1000億円と評価しながら、以下のコスト項目を理由なく削除して、4割低い水準に見積もっている(1基あたり601億円、1kWhあたり0.6円)。
     巨大なコストのかかる「防潮堤の設置(津波対策)」なども計算から「すべて除外」されている。
     火山・竜巻・森林火災など地震津波以外の自然災害対策は「追加的事故対策費用」の中に入っていない。
     「航空機の衝突」も9割を除外している、等々。
    ここでは、単純化して政府の評価どおり1000億円と計算し、0.6円を1.0円としよう。
     廃炉費用は1基あたり、わずかに716億円しか計上していない。もちろん40年以上もかかるとされる福島事故原発の廃炉費用もわずかに1.8兆円しか計上されていない。また、原発と一体として建設され、ほとんど利用されず、非常にコストの高い揚水発電のコストも原発コストに算入されていない。ただこれらの補正はここでは行わないことにしよう。

       3.「共済方式」を採用し「割引率3%」と計算

     経産省の電源構成案では、これらの費用項目について「共済方式」を採用し、「割引率」を3%と計算して、プールした費用をいわば運用して3%の利回りがあるかのように計算している。これによってコストは実際よりかなり小さく表現されているが、この点の検討も行わないことにする。

       4.電源構成案の補正したコスト比較

     結局、上記の補正を加えると、原発の発電コストは、事故対応費用を12.2兆円と仮定して19.3円、事故対応費用を100兆円とすると58.3円になる。さらに他の電源との比較のために「政策経費」(1.3円)を除くと、それぞれ18.0円、57.0円となる。
     われわれが補正した現実に近いコストに基づいて比較すると、原発の実際の発電コストは、列挙されている電源の中で、石炭火力はもちろん一般水力、バイオマス、太陽光、風力などに比較して、はっきりと高コストの電源であることが分かる。小水力と比較しても同等かそれを上回ることになる。

    電源構成案の補正後の発電原価の比較

    原発は「事故対応費用」と「核燃料サイクル費用」を補正し、比較のためにすべて「政策経費」を除いている。それ以外の数字は、「CO2対策費」と「政策経費」を除いてある。
    注1)電力会社が負担するコストは、電源構成案のコスト推計から「政策経費」を引いたもの。注2)「事故対応費用」を、原子力損害賠償保険の保険料計算式によって、それぞれ筆者が計算したもの。

     これらから、電源構成案のコスト計算はトリックであり欺瞞であると考えられるが、われわれの見解では、この点を指摘するだけではおそらく一面的で不十分であろう。上に掲げたように、原発を運転する電力事業者にとって感じられるコストは、わずか8.5円程度にしかならない。福島事故以前には、さらに小さかったはずである。原発が大規模に稼働していた2007〜2010年度の関西電力の有価証券報告書に記載されている発電量統計と損益計算書から計算した原発稼働コストは、平均で約5.9円である。

    関西電力の決算書における原発の発電コスト(原子力発電費/原子力発電電力量)

    出典:関西電力の有価証券報告書より作成。
    http://www.kepco.co.jp/corporate/ir/brief/securities/index.html

     またこの表では、関電(福島事故以後も原発を唯一稼働していた)にとって、福島事故後の2011年度から発電コストが顕著に増加したことが示されている。この中には、事故対策費用の一部が(基本的には資産勘定に算入されているはずであるが)この中に含まれている可能性がある点を留保するとしても、このデータはまた原発は、少数の稼働だけではコストが上昇することも示しており、政府・電力会社がなぜ大規模な原発稼働を目指すかを示している。
     いずれにしろ、実際に事故が起こるまでは、電力会社には原発は、上記の8.5円程度のコスト負担としか感じられないわけである。これによって、原発稼働は、事故を誘発する方向での非常に危険な事態(モラルハザード)を生じさせることが分かる。電源構成案のコスト計算からは、電力会社には「決して事故を起こしてはならない」「何としても事故を避けて懲罰的なコストを回避しなければならない」という経済的動機・インセンティブはまったく出てこない。電源構成案のコスト計算は、原発を稼働すれば、重大事故の発生に向かってコスト面・経済面からの歯止めがほとんどないという危険きわまりない状態(自己実現的想定)が生じているということを示している。政府案の欺瞞性の批判の際には、この点も合わせて見ておかなければならない。
     最後に、発電コストという概念そのものがもつ根本的な限界と欠陥を指摘してこの項を終わりたい。巨大な過酷事故リスクを抱える原発の発電コストには、また原発と同様に巨大な気候変動リスクを内包する火力発電の発電コストには、結果的に社会全体に転嫁される見えない超巨大な社会的費用が含まれている。それらをコストとして計算することは本来不可能であり、社会全体に転嫁される社会的費用の小さい自然エネルギーと同等にコスト比較することはできない。その意味では、コスト計算とその比較は、文字通り「無意味な数字」(吉岡斉氏)なのである。吉岡氏のこの結論は正しい。
     しかし、ここであえて経産省案に基づいて補正を試みたのは、経産省案をベースにしたとしても、同案のコスト比較とはまったく異なった姿が見えてくるということの証明のためである。「専門家」を名乗る経産省委員会の委員たちが、原発発電コストのこのような詐欺まがいの計算を何の恥じらいもなく行い、算数以前のトリックで国民をだますことは決して許されない。

       5.電力会社が原発を動かしたがる理由――会計上の「錬金術」

     では、なぜ電力会社は、賠償費用を考慮した場合、現実には決して低コストとは言いがたい原発を何とかして稼働したがるのであろうか?
     ここで重要な点は、電力会社の現実の会計処理では、使用済核燃料を「資産」として処理することができるという点である。
     『ダイヤモンド』インターネット版 2013年1月25日 西川敦子氏 (フリーライター)の西村吉雄・元早稲田大学政治経済学術院客員教授へのインタビュー「核兵器数千発分のプルトニウムがゴミと化す!? 原発大国ニッポンが『廃炉大国』になる日」が重要な指摘をしている。

    (西川)注目したいのは「使用済核燃料」が、電力会社の資産として扱われていること。
    (西村)「つまり、使用済核燃料は、将来、利用することが可能だというので、"資産"として扱われています。もし廃炉にしてしまえば、使用済核燃料はただのゴミと化してしまい、電力会社は一気に資産を失ってしまうわけです」


     同様の指摘は、池上彰氏のベストセラー『知らないと恥をかく世界の大問題4』でも取り上げられており、よく知られている事実であろう(文献40、115ページ)。
     要するに、使用済核燃料については、事実上政府公認の粉飾会計が行われているということである。経済産業省令「電気事業会計規則」を見てみよう。西川・西村両氏の指摘はまったく正しく、使用済核燃料が固定資産として、しかも燃焼によって現存したウラン235の価額を、新たに生じた「分離有用物質」すなわちプルトニウムなどによって価額を補填し、使用によってほとんど価値を減じることなく(場合によっては増価して)、経年による減価償却もなく、価値を保持していく規定になっていることが分かる。

    「…第二十三条(電気事業固定資産以外の固定資産への準用) 第四条から第七条まで、第九条及び第十一条の規定[電気事業固定資産の規定]は、附帯事業固定資産勘定及び事業外固定資産勘定の整理に準用する。
     第二十四条(核燃料勘定) 発電に使用するため取得した核燃料(使用済及び再処理中のものを含む。以下同じ。)は、核燃料勘定をもつて整理しなければならない。
     第二十五条(核燃料勘定の整理) 核燃料勘定に整理される核燃料(以下「核燃料」という。)の帳簿原価(核燃料の取得に際して核燃料勘定に計上する価額をいう。)は、取得原価によるものとする。
     2 前項の取得原価は、当該核燃料を購入したときはその購入価額、加工したときはその加工価額とする。
     3 前項の規定にかかわらず、使用済及び再処理中の核燃料の取得原価は、実用発電用原子炉から取り出された使用済燃料価額に、分離有用物質の取得価額を加算したものとする。…
     第二十八条(核燃料の減損の原則) 核燃料が燃焼により減損したときは、当該核燃料の燃焼度合に応じて適正に減損価額を算定し、その金額を当該核燃料勘定から減額しなければならない。」

    http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S40/S40F03801000057.html

     この観点から2014年度の東京電力の貸借対照表(バランスシート)の資産項目を見てみよう。そこでは「原子力発電設備」が6450億円、「核燃料」が7829億円計上されている。後者の内訳を見ると「装荷核燃料」が1234億円、「加工中等核燃料」6595億円となっている。「加工中等核燃料」は何のことかよく分からないかもしれないが、東電の同決算報告には「福島第一原子力発電所の1〜4号機の廃止に関する費用または損失のうち」「今後の使用が見込めない加工中等核燃料に関わる処理費用について、使用済燃料再処理等準備引当金の計上基準に準じた見積額を計上している」という記述があり、このことによってもまた西川・西村両氏の言うように使用済核燃料が資産処理されているのが分かる。
     つまり加工中等核燃料(その大部分は使用済核燃料)の資産額が、原発施設の資産価値よりも大きくなるほど、使用済核燃料の価額が高く評価されていることがわかる。
     すなわち、電力会社は原発によって発電する限り、会計上燃料代はかからないことにできる。将来、再処理によって再び核燃料として資産となるから、というのである。いわば将来の巨大なコストが、会計処理上は、あたかも金塊のように減価償却のない資産として、利益の源泉となり、拝跪の対象となっているわけである。ゼロではなく巨大なマイナスから永遠の資産を創造する「現代の錬金術」である。
     これによって、電力会社に巨大な利益をもたらす過程が、同時に莫大な使用済核燃料を「将来コスト」として無限に蓄積していくことになる。使用済核燃料すなわち核廃棄物が「資本」となり、それがあたかも自己目的として増殖するかのように人間を支配し、人間は自己増殖する核廃棄物の前に拝跪するのである。本来「死の灰」として巨大なマイナスの価値を持つこの「核のゴミ」が、いったん架空の「価値」とされ「資本」となってしまうと、資本家や経営者だけでなく支配層のトップの意識、さらには物事を表面的にしか見ることのできない多数の専門家達の意識を支配するようになり、理性的で合理的で現実的な判断力を失なわせてしまうのである。使用済核燃料あるいは核廃棄物のこの「物神性」こそ、原発を利用する電力産業、原発に関連する広範な産業、政府・官僚組織、政党、マスコミから学者にいたる広範な原子力複合体を一種の逆立ちし倒錯した世界に変える。これこそこの経済的に倒錯した関係こそ、原発や被曝に関連する人々の「倒錯した意識」を生み出す現実的基礎である。このような現実の倒錯こそが、われわれが第1章で見た、数十年ごとに過酷事故を繰り返すことを前提に原発を稼働していこうという一種の「狂気」「狂信」を作り出しているのである(あわせていえば、この点に関しては、マルクス『資本論』第1編第1章第4節「商品の物神的性格とその秘密」をぜひ参照いただきたい)。
     この問題には、別な側面もある。政府・財界は、使用済核燃料の再処理と核燃料サイクルの可能性を何としても残すことによって、ウランが100%輸入であるにもかかわらず、原発は「国産エネルギー」であるという虚構に固執しているのである。
     最後に、池上彰氏のいう、「核のゴミ」の資産扱いを止めれば「電力会社は債務超過に陥る」ので「『原発ゼロ』と簡単に言っても、そう単純ななことではない」という見解を検討しよう(文献40)。池上氏は、現実には債務超過に陥っている電力会社が政府公認の粉飾会計によって生きながらえている事実を認めている。だが、池上氏は、それを公然化すると電力会社が一挙に経営危機に陥るから、「核のゴミ」を「資産」として扱う倒錯した会計構造も、そうと分かった上で維持し、債務超過状態にある電力会社を、原発重大事故を引き起こす危険性があっても、税金投入と高い電気料金によって生かし続けるほかない可能性も「議論しなければならない」という。つまり、原発を抱える電力会社はブラックホールのように資金を食い尽くす不良債権的存在であり、会計上の粉飾によってのみ生き残っているいわゆるゾンビ企業であるという、池上氏が正しく指摘する重要な事実から出てくるのは、会計上の魔法を続け原発を稼働させて半倒産企業を延命させることではなく、このようなゾンビ企業が次の福島事故を引き起こして国民に再び襲いかかってくる前に、原発を全廃し電力独占とくに送電網の民主的国有化を断行しなければならないということであるはずであろう。

       6.東京電力の巨額の利益の秘密――交付金受取と賠償支払いの削減・遅延

     さらに東電の決算報告を見てみよう。国からの交付金を受け賠償支払いを遅らせ削減することによって莫大な利益を上げていることが分かる。

    東電の2014年度(2014.04.01〜2015.03.31)決算(連結) 単位:億円

    特別利益:原子力損害賠償・廃炉等支援機構からの資金交付金など
    特別損失:原子力損害賠償費など
    出典:東京電力2015年3月期決算報告書より作成
    http://www.tepco.co.jp/ir/tool/kessan/pdf/1503q4gaiyou-j.pdf

     ここで特別利益とは「原子力損害賠償・廃炉等支援機構からの資金交付金など」とされ、特別損失とは「原子力損害賠償費など」とされている。特別利益から特別損失を差し引いた特別損益は最近2年間で6366億円もの巨額の黒字である。特別損益の黒字は東電の2年間の当期純損益合計の71.5%を占めている。
     今期については、これにプラスして、電気料金の値上げ、原油価格の低下、設備更新の先送りなどのリストラが貢献したとされている。このほか、本来無価値になった事故原発の資産扱いによる会計上の東電救済が行われている。電力会社は事故を起こしても事故原発を償却しなくてよい制度が導入された。これらはまた同時に電力債に依存した大銀行や金融機関の救済でもある。しかしこのような東電の手厚い救済・優遇策は、電力会社に対し「事故を起こしてもよいのだ」あるいは「東電のように事故を起こした方がかえってよいのだ」という示唆に等しく、恐るべきモラルハザードを引き起こしかねない極度に危険な事態であるといわざるをえない。
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