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2015.12.11 Friday

トリチウムの危険性――汚染水海洋放出、原発再稼働、再処理工場稼働への動きの中で改めて問われるその健康被害

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    2015年12月

    トリチウムの危険性
    ── 汚染水海洋放出、原発再稼働、再処理工場稼働への動きの中で
    改めて問われるその健康被害


    2015年9月29日
    遠藤順子、山田耕作、渡辺悦司


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    トリチウムの危険性──汚染水海洋放出、原発再稼働、再処理工場稼働への動きの中で改めて問われるその健康被害(pdf,27ページ,1671KB)



     トリチウム(三重水素)は放射性物質であるにもかかわらず、人間と生物への影響が過小評価され続けてきた。トリチウムは、原爆投下や水爆実験によって地球上に大量にばら撒かれ、原子力発電所や再処理工場からも日常的に放出され続けてきた。そして今まさに福島第一原発から気体および液体(トリチウム水)として放出され続け、さらにタンクにたまった汚染水はトリチウムを除去することなく海へ放出されようとしている。本稿では、トリチウムの物理化学的性質と生成のメカニズム、マウスを使った動物実験や核施設周辺での健康被害の事例を紹介し、今まで無視・軽視されてきたトリチウムの危険性を訴える。また、とくに青森県六ケ所再処理工場が本格稼働した場合のトリチウム大量放出の脅威を警告する。
     
     
       目次

    はじめに ── なぜいまトリチウムが問題なのか    ・・・・・・・・・・・・・  2
    第1節 トリチウムの生成と性質     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  4
    第2節 トリチウムの福島事故による放出と原発や再処理工場からの日常的放出  ・  7
     2−1.福島原発事故による汚染水による危険性     ・・・・・・・・・・・  7
     2−2.原発や再処理工場からの日常的放出    ・・・・・・・・・・・・・・ 10
    第3節 トリチウムによる健康被害について    ・・・・・・・・・・・・・・・ 11
     3−1.ICRPの線量係数とその仮定の誤り    ・・・・・・・・・・・・・ 11
     3−2.低濃度のトリチウムの人間への影響    ・・・・・・・・・・・・・・ 13
     3−3.世界各地の再処理工場や原発周辺で報告されている健康被害    ・・・ 14
      [カナダ]    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14
      [アメリカ]    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15
      [ドイツ]    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16
      [フランス]    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
      [イギリス]    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
     3−4.日本の核施設周辺で認められること    ・・・・・・・・・・・・・・ 18
      [北海道泊原発]    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19
      [佐賀県玄海原発]    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19
      [青森県六ヶ所再処理工場・東通原発]    ・・・・・・・・・・・・・・・ 20
      [福島県いわき市]    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
    おわりに    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
    注記    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23
      
     
     
       はじめに ―― なぜいまトリチウムが問題なのか

     
     現在、トリチウムの危険性をめぐる問題は、放射線被曝をめぐる最大の争点の1つとなっている。①福島事故原発からのトリチウム汚染水の海洋投棄、②トリチウムを大量に放出する加圧水型原発の各地での再稼働、③桁違いに莫大な量のトリチウムを放出する再処理工場の稼働という3つの事態があわせて切迫しているからである。
     東京電力は、2015年9月14日、事故原発建屋近くの井戸(サブドレン)から汲み上げ浄化したという汚染地下水の海洋放出を始めた。9月26日までに、3310トンの汚染地下水が港湾に放出された。その目的は、原子炉建屋に流れ込んで汚染水化する地下水の量を減らすためだと報道されている。だがそれだけではない。もっと重大な目的が込められている。周知の通りトリチウムはALPS(多核種除去設備)によって吸着回収ができない。東電と政府は、トリチウムを高濃度で含む大量の汚染水(60万立方メートル注1)を希釈してすべて海洋放出する計画の実施に向かって動き出している。今回の汚染地下水の放出は、実際には、それに向けての第一歩にされようとしている。
     原子力規制委員会の田中俊一委員長は、早くから(2013年9月から)「基準値以下のもの(汚染水)は海に出すことも検討しなければならない」と発言していた。原子力規制委員会は、2015年1月、その方針に従って、早ければ2017年度からの処理汚染水の「規制基準を満足する形での海洋放出」を「中期的なリスクの低減目標」に明記した。国際原子力機関IAEAも「基準以下の処理水の海洋放出を検討すべきだ」という見解を公然と表明してきた注2。今まで海洋放出反対の立場を取っていた福島県漁業協同組合が今回の地下水放出を容認したことで、この動きを今まで押しとどめてきた勢力配置の一角は大きく崩されてしまった。
     今回放出された「処理水」のトリチウム濃度は、1リットル当たり330〜600ベクレルとされている注3。だが、政府の「規制基準」はこのおよそ100倍、1リットル当たり6万ベクレルである。今回1回の放出量は850トンとされている。この量がおそらく現有の日量放出能力であろう。それが毎日稼働し続けたと仮定して、東電のトリチウム現存量推計(タンク中830兆ベクレル、後述)を前提とすると、大ざっぱな計算で、半減期を考慮に入れて、およそ20年程度で、現在汚染水タンクにたまっているすべてのトリチウム汚染水を放出することが可能となる。放出設備能力を増強すれば、さらに短期間で、すべての処理済み汚染水を排出することが可能となる。このように、汚染水海洋放出の準備は整いつつあり、大量のトリチウムの海洋放出、それによる日本近海だけでなく太平洋全体の海洋汚染が現実の脅威となりつつある。
     福島から太平洋に放出すれば、放射性物質は日本近海に広がるだけでなく、東に流れ、約4年でまずはアメリカ・カナダ東海岸を汚染することになる。さらに南に流れ、次に西転して南太平洋、東南アジア、インド洋に達する。また20〜30年後には日本に戻ってくる注4。汚染は太平洋・インド洋地域全体の深刻な問題になるであろう。
     今回の海洋放出は、これから再稼働が計画されている原発からのトリチウムの日常的な放出への突破口ともなろうとしている。政府・電力会社が先行して再稼働を進めている加圧水型(PWR)原発、とくに川内の次に再稼働されようとしている伊方原発は、トリチウムの発生量が大きく注5、瀬戸内海に放出されて滞留しやすいため危険度も高い。
     また重要な点は、この始まった海洋放出が、後述するように、原発とは桁違いの、とてつもない量のトリチウムを放出する再処理工場の稼働への突破口とされようとしていることである。自民党の河野太郎氏は、最近、再処理工場の稼働に反対し核燃料サイクル推進を止めるように求める見解を経済誌に寄せた注6。また、自分の公式ホームページでも、再処理工場稼働反対の主張を掲げている注7。そこで河野氏は、政府・自民党内の重要な情報を明らかにしている。「六ヶ所村に使用済み核燃料の再処理工場が造られ、この工場の稼働が迫っている」ということである。(追記:2015年8月16日に、日本原燃は2016年3月に予定していた本格稼働の2年先への延期を発表した。これが、報道どおり原子力規制委員会の安全審査が遅れによるものなのか、だとすると安全審査がなぜ遅延しているのか、それとも何らかの安全上の重大な問題あるいは深刻な技術的なトラブルあったためなのかなどは、明らかにならないままである。とはいえ、規制委が数ヶ月後に差し迫っていた本格稼働を認めなかったという事実は重大である。それにもかかわらず政府は、2018年3月の本格稼働の姿勢は崩しておらず、安全上・技術上の重大な問題がはっきりした中で、しかもわずか2年程度の猶予期間しかとらずに、本格稼働を強行することになれば、危険性はかえって高まるといわざるをえない。)
     これら政府・電力会社側の動向に対応して、トリチウムの危険性を軽視し否定するマスコミなどの宣伝は強化されている。原発推進派の読売新聞は書いている。「トリチウムは透過力の弱いベータ線しか出さず、体内に取り込んだ時の内部被曝だけが問題となる。ただ尿や汗として排出されるので10日前後で半減する。… 国の放出基準(1リットル当たり6万ベクレル)のトリチウムが含まれる水を毎日2リットル摂取するという極端な場合でも、年間の被曝線量は0.79ミリシーベルトで、国が定めた食品からの被曝量の上限値(1ミリシーベルト)に達しない」と。6万ベクレルでも何の健康影響もないというのである。同紙は、富山大学水素同位体科学研究センターの波多野雄治教授を引用して次のように結んでいる。「トリチウムは、他の放射性物質に比べて危険性は低いと言える。その性質をよく理解し、冷静に受け止める姿勢が大切だ」注8と。政府・支配層はトリチウムの大量放出を「冷静に」受忍せよと国民に要求しているのである。
     だがこれは本当であろうか? このような見解は科学的事実に合致するであろうか? これを検討するのがここでの課題である注9

     
       第1節 トリチウムの生成と性質

     トリチウムは水素の放射性同位元素である。通常の水素原子が正の電荷をもつ陽子1個と負の電荷をもつ1個の電子からできているのに対して、トリチウムは電荷をもたない中性子2個を陽子に加えて質量数3の原子核を持つ水素原子である(図1)。中性子1個を水素原子に加えた場合の水素原子をデューテリウム、重水素と呼んでいる。トリチウムは三重水素とも呼ばれる。
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    図1 トリチウム概念図


     中性子と陽子はほぼ重さが等しく、電子はそれら陽子、中性子に比べて約1800分の1の重さなので、トリチウムは通常の水素より3倍重い水素原子である。原子炉においては、ウランやプルトニウムが核分裂により3つに分かれる三体核分裂反応によって生じる(図2)。また、重水素やリチウム、ボロンなどの軽い元素と中性子の反応によっても生じる。軽水炉でも0.015%程度含まれる重水や水素が中性子を捕獲して生じた重水がさらに中性子を捕獲してトリチウムを発生する。原子炉では主に二酸化ウランUO2の三体核分裂反応で生じるが、そのトリチウムが燃料棒に蓄積される。事故や再処理などで燃料棒が破壊されると外部に放出される。

    図2 三体核分裂とトリチウムの生成(模式図)

    参考文献:日本原子力学会「トリチウム研究会――トリチウムとその取り扱いを知るために」
    http://fukushima.jaea.go.jp/initiatives/cat05/pdf/20140311.pdf
    "Ternary fission", Wikipedia英語版
    https://en.wikipedia.org/wiki/Ternary_fission
    Edward L. Albenesius, et al., "Discovery That Nuclear Fission Produces Tritium"
    http://www.c-n-t-a.com/srs50_files/127albenesius.pdf

     トリチウムの化学的な性質は、陽子と中性子から形成される原子核の周りに束縛されている負電荷をもつ電子によって決まるので、水素原子と変わりがなく、どこでも通常の水素に置き換わり、いろいろな原子と結合する。酸素と結合して通常の水HHOから、トリチウムTを含む水HTOとなる。特に有機高分子化合物と結合して有機結合型トリチウムOBTになると体の一部となるので長く体内にとどまり、大変危険である。細胞の構成要素、特に遺伝情報を担うDNA中の水素とも置き換わるので、次に述べるベータ崩壊(図3)によりDNAはじめ細胞が損傷される。

    図3 トリチウムのベータ崩壊の概念図


     トリチウムは物理的な半減期約12.3年でベータ崩壊し、電子を放出し、正電荷の陽子2個、中性子1個で質量数3を持つヘリウム3になる。このベータ崩壊で放出される電子のエネルギーは、最大18.6keV(キロ電子ボルト)、平均5.7keV で小さく、射程距離は1〜10μm程度であるが、局所的な被曝となり狭い領域に集中的な被曝を与える。それ故、低エネルギーでもかえって危険である。もう一点危険なことは、水素原子がトリチウムに置き換えられると、ベータ崩壊で結合に寄与していた三重水素原子がヘリウム3になることにより、結合が切れることである。遺伝子で起こるといっそう危険である。
     トリチウムの危険性に関しては「広島1万人委員会」のサイトがすぐれた報告をしている注10。特に加圧水型の原子炉は、ボロンやリチウムを含むのでトリチウムの放出量が多く注11、同サイトは伊方原発の日常運転におけるトリチウム被曝の危険性を指摘している。
     トリチウムの健康被害については以下の諸点を確認しておくことが重要である。トリチウムが化学的には水素であり、HTOの形で水となり、通常のHHOの水と区別ができない。それ故、トリチウムを水から分離することができない。さらに、体内の有機体の高分子化合物の水素におけるトリチウムの濃度が環境における濃度と平衡になるように紛れ込む。遺伝子のDNAは水素結合や水素を持つから、置き換わったトリチウムのベータ崩壊によって重大な被害を受ける。どのような原因であれ、環境中のトリチウム濃度の上昇は、水を通じてトリチウムを細胞内に取り込むので、生体にとって極めて危険である。気体の形で放出されたトリチウムが高分子化合物と結合した有機結合型トリチウムOBTを食事などを通じて体内の細胞に取り込むと、その重要な構成要素となり、容易に体外に排出されない。
     例えば次のような議論がある。「最近の雨水中のトリチウム濃度をリットル当たり2ベクレル/Lとして、この水を1年間摂取すると、実効線量は約0.00004ミリシーベルトになる」。しかし、これは局所的な10μm程度の距離の領域の被曝をICRPの方法で臓器を一様物体として平均して、ICRPの換算係数を用いて被曝の実効線量を求めたもので、根拠もない過小評価である。トリチウムのベータ線が低エネルギーだからといっても、内部被曝ではより危険でさえある。その理由は局所的・集中的被曝と後述のトリチウムの元素変換効果による。
     
     
       第2節 トリチウムの福島事故による放出と原発や再処理工場からの日常的放出
     
     2−1.福島原発事故による汚染水による危険性

     上澤千尋氏は『科学』誌によせた論文「福島第一原発のトリチウム汚染水」(2013年5月号)注12で次のように書いている。「セシウムの濃度を低下させた処理済みの汚染水のなかには,なおストロンチウム89 および90をはじめとする放射性物質が,きわめて高い濃度で含まれている。処理済み汚染水から,プルトニウムなどのアルファ核種,コバルト60,マンガン54 などの放射化生成物,ストロンチウム89および90 などの核分裂生成物など,62 の核種をあるレベル以下になるように取り除くために設置されたのが,多核種除去装置(Advanced Liquid Processing System、略称ALPS)である。…多核種除去装置が用いる方法は,ろ過,凝集沈殿,イオン交換などの方法であり,水として存在するトリチウム(三重水素)を取り除くことはできない」。
     それ故、トリチウムはタンクに今も保存されざるを得ない。除染しても海にトリチウムを放出してはならない。東電や政府、原子力規制委員会はトリチウムの被害を過小に評価し、海などに投棄したいと考えている。それ故、トリチウム汚染による被曝がどのような危険性を持つのかは重要な問題である。
     東京電力は以下のように発表している(東京電力「福島第一原子力発電所でのトリチウムについて」 2013年2月28日)注13。「滞留水はサンプリング結果からトリチウム濃度が100万〜500万Bq/L程度であると考えられる」(多核種除去装置ALPSではトリチウムが除去できないことから処理した水、ならびに廃棄物に含まれる水にも同程度のトリチウムが含まれると考えられる)。
     これはトン当たりにすると10億Bq/t〜50億Bq/tとなる。毎日400トン汚染水が出るとすると4000億ベクレルから2兆ベクレルが毎日タンクに溜まっていることになる。もしタンクに溜まった総量が70万トンとするとトリチウムの総量は700兆から3500兆ベクレルとなる。
     東京電力の発表(2014年3月25日時点)によれば、「三体核分裂反応」がトリチウムの「主な発生源」とするコードORIGEN2を用いた計算では福島原発1から3号機までの(掲載されている表の表題では1〜4号機となっている)トリチウムの総量が3400兆ベクレルとしている(表1)。その内訳はタンク貯留水830兆ベクレルや建屋やトレンチ内の貯留水中96兆ベクレルや「その他」2500兆ベクレルとしている。注があり「その他」は「主に燃料デブリ内などに存在するものと想定される」としている。

    表1 東電による福島第1原子力発電所の事故原子炉(1〜4号機)におけるトリチウムの量

    出典:経済産業省「東日本大震災関連情報」ホームページ
    http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/140424/140424_02_006.pdf#search='%E4%B8%89%E4%BD%93%E6%A0%B8%E5%88%86%E8%A3%82%E5%8F%8D%E5%BF%9C'

     問題は、気体として大気中に放出されたトリチウムの量の記載がないことである。液体として海水中あるいは地下水中に漏れたトリチウム量も記載されていない。3400兆ベクレルが事故時の総残存量なら、漏出量は「その他」に含まれていることになる。しかし、一方、東電は「事故前は評価結果のトリチウムのうち、約60%程度が燃料棒の被覆管に吸蔵していたと考えられる」としているので、燃料棒に吸蔵されない40%が水素や水蒸気などの気体として大気中に、また汚染水として海水中(あるいは地下水中)に放出された可能性もある。もしこの40%が気体あるいは液体として大気中・海水中に放出されたとすると3400×0.4=1360兆ベクレルが放出されたことになる。
     もう一つ別の推計を試みてみよう。国連科学委員会のチェルノブイリ事故時の4号炉1基のトリチウムの総残留量の推定値は1400兆ベクレルとなっている注14。チェルノブイリではセシウム134と137の生成比が0.55対1である。福島ではその比が1対1であり、134の割合が大きい。これは燃焼度が福島原発の方がチェルノブイリ原発より約1.82倍大きい結果と推定される。もしこの仮定が妥当で、UO2の三体核分裂反応が燃焼度に比例するとして、福島原発事故炉とチェルノブイリ原発4号炉の出力比をおよそ2対1と計算すると、トリウム発生量は1400兆ベクレルを1.82 × 2倍して約5100兆ベクレルとなる。上記の東電の推計が大気中・海水中放出量をまったく含んでいないとすると、大気中・海水中への放出量は1700兆ベクレル、東電推計から導かれる大気中・海水中への放出量1360兆ベクレルを含んでいるとすると3060兆ベクレルとなる。
     これはストールによる福島事故のセシウム137放出量(3京6600兆ベクレル)と1桁程度の違いで、十分比較可能な水準であり、トリチウムの被曝の影響を考慮すべき値となる。 いずれにせよセシウムと比較しても無視できない放出量である。
     2015年4月1日のロイターの発表注15では「福島第一には現在、900兆ベクレル規模のトリチウムがたまっているが、事故前の2009年には年間2兆ベクレルを海に出している。電力各社が出資する日本原燃が青森県六ケ所村に建設した核燃料再処理施設は、本格操業した場合、福島第一でたまっている量の20倍規模となる1.8×1016(1京8000兆)ベクレルのトリチウムが1年間で排出される」という。ここでの900兆ベクレルは東電発表の汚染水中のタンク・建屋・トレンチの合計926兆ベクレルを用いているようである。政府は放出量の推計において、トリチウム放出量をなぜか一切発表していない。
     日本のトリチウムの排出基準は6万Bq/Lつまり、6000万Bq/tである。これはICRP基準に基づき、内部被曝の局所性を無視し、被曝の具体性を無視した極端な被曝の過小評価を口実にした不当な基準である。

     2−2.原発や再処理工場からの日常的放出

     原子力資料情報室の上澤氏によれば、加圧水型原子炉では,原子炉水中にホウ素とリチウムが添加されており,このため沸騰水型炉よりトリチウムの生成量が多いという。
     「広島1万人委員会」のサイトによると、四国電力のデータで、平均すると、稼働中は、年間57兆ベクレル、事故を起こした東京電力福島第一原発全体が27ヶ月間で出したトリチウムが約40兆ベクレルと言っているから、大雑把に言って、事故を起こした福島原発全体が毎年出すトリチウムの2倍以上を、四国電力の伊方原発は出していることになる。
     図4に見るように、再処理工場ではせん断・溶解工程で燃料棒を破壊することによって、燃料棒の中に閉じ込められていたトリチウムが外部に大量に放出される。燃料中のほとんど全てのトリチウムが放出される。これは大変恐ろしい事実であるが、一般にはほとんど知られていない。

    図4 再処理工場の基本工程

    出典:京都自治体問題研究所『原発再稼働?どうする放射性廃棄物――新規制基準の検証――』2015年27ページ。
    原図は日本原燃ホームページであり、同書はそれを加工している。

     
     
        第3節 トリチウムによる健康被害について
      
     3−1.ICRPの線量係数とその仮定の誤り

     トリチウムの人体への影響については過小評価されてきた。それは、ICRPがトリチウムの線量係数を「セシウム137の100〜1000分の1」と見積もってきたことに代表される(表2)。

    表2 ICRPの線量係数(μSv/Bq)の比較     成人の場合

    出典:ICRP72より。日本原子力学会『トリチウム研究会――トリチウムとその取り扱いを知るために』2014年3月4日配付資料より作成。
    http://fukushima.jaea.go.jp/initiatives/cat05/pdf/20140311.pdf
    注記:原表の単位はシーベルトSvだが、分かりやすくするため単位をマイクロシーベルトμSvとした。すなわち、ICRPによれば、トリチウム水18万ベクレルBqが1マイクロシーベルト?Svに相当するのに対して、セシウム137では130ベクレルBqが1マイクロシーベルトμSvに相当するというのである。

     そもそも線量係数という「体の中に入った放射性物質が、体の組織全体に均質に影響する」という考え方自体に問題がある。しかし、それだけではなく、「トリチウムの線量係数決定に際する仮定が誤っている」とグリーンピースのイアン・フェアリー氏は述べている注16
     ICRPのモデルでは、「トリチウム水(HTO)として体に入ったトリチウムは100%血液に入っていき、生物学的半減期は10日間であり、3%が有機結合型トリチウムに変わるが、その影響は無視して構わない」としている。また、ICRPは、「有機結合型トリチウム(OBT)として体内に入ったトリチウムも 結局血液中に入り、その生物学的半減期は40日である」という仮定をしている。しかし、イアン・フェアリー氏は、様々な研究結果から、炭素と結合した有機結合型トリチウムの生物学的半減期は非常に長く、200〜550日に及ぶことを示している。
     また、よく言われるのが、「トリチウムの崩壊エネルギーは、平均5.7keV(最大18.6)のベータ線であり、飛程距離も1μmしかないから、人体に影響しない弱いエネルギーしかない」とされるものだ。しかし、数々の動物実験によって、トリチウム水や有機結合型トリチウムを与えることにより、特定の臓器細胞のDNAやヒストン(核タンパク質の一種)にトリチウムが結合することがわかっている。
     たとえば、獨協医大の名取春彦医師は、「トリチウムチミジンをマウスに注射することにより、マウスのテラトーマの細胞において、トリチウムチミジンがDNA内に取り込まれた」写真を撮影している注17。名取春彦医師は、「有機結合型トリチウムが体内に取り込まれ、そのトリチウムがDNAに取り込まれたならば、細胞は強力なダメージを受ける可能性がある」と指摘している。前述のように、有機トリチウムによる細胞損傷は、二重の破壊を受けるとされている注18。ひとつは、DNAに組み込まれたトリチウムから出たベータ線によるDNA損傷、もうひとつは、ベータ崩壊した後にトリチウムがヘリウムに変化するために元のDNA分子構造が壊れることによる元素変換効果である。
     また、京都大学名誉教授の斎藤眞弘氏は、2003年の論文で、マウスの実験を通して「トリチウムがトリチウム水として体内に摂取された場合には、トリチウムが体内の特定の場所に集まることはない。しかし、トリチウムが生物の体内で、特定の場所に集まりやすい性質を持つ有機化合物に結合している場合は別である」として、「たとえば、DNAの材料であるチミジンに結合したトリチウムは、細胞増殖が盛んでDNAが盛んに合成されている骨髄、胃腸管、脾臓などに集まりやすい」と述べている注19。また、齋藤眞弘氏は、さらに、「妊娠マウスにトリチウム水を摂取させると妊娠マウスの胎児中の脂肪組織にトリチウムが取り込まれていること」も報告している注20
     また、さらに付け加えるならば、水の形で体内に入ったものだけが危険なのではなく、気体の形で取り込まれたトリチウムも同様に危険である。放射性物質はそのほとんどが、傷や熱傷などのない正常な皮膚からは侵入できないとされているが、放射線医学総合研究所/監修『人体内放射能の除去技術』には「蒸気あるいは液体のトリチウム、ヨウ素などは、例外的に正常な皮膚からすみやかに体内に侵入する」と記載されている注21。また、2014年3月4日に開催されたトリチウム研究会(主催:日本原子力学会)において、トリチウムの内部被曝は 吸入被ばく(皮膚・肺)と経口被ばくに分類され、「吸入被ばくの場合は、トリチウム水蒸気のうちの2/3が肺から1/3が皮膚から体内に吸収される」と報告されている注22。実は大変恐ろしいことだが、「1951〜52年に(米国)ワシントン州リッチランドにあるジェネラルエレクトリック社およびロスアラモス研究所で14人の被験者がトリチウム水の水蒸気で前腕または腹部をさらされる」という人体実験がなされていた。その実験結果によると、「ヒトではネズミの4倍の速さでトリチウムを(皮膚から)吸収していた」というのである注23
     これらのことは、トリチウムは、その形態が、トリチウム水としてでも、また有機結合型であっても、さらには水蒸気であっても、生物の体内に取り込まれ、ある一定の割合で体内組織の水素に置き換わり、人体に影響を与えることを意味している。

     3−2.低濃度のトリチウムの人間への影響

     上記の動物実験などの結果は、人間においてもトリチウムを体内に取り込むことによって、体内の細胞のDNAの破壊が生じうることを示唆している。実際、1974年という早い段階から、放医研の中井斌遺伝研究部長らによって「ごく低濃度のトリチウムでも人間のリンパ球に染色体異常を起こさせる」ことが報告されてきた注24、25。具体的には、「トリチウム水とトリチウムチミジンの濃度を変えてヒトのリンパ球で染色体異常の起こる割合を調べたところ、トリチウム水では0.001μci/ml(マイクロキュリー/ミリリットル)以上の濃度では染色体異常の発生率が高くなり、トリチウムチミジンでは、トリチウム水に比較して、染色体異常誘発効果は約100倍高い(すなわち0.00001μci/ml以上の濃度で染色体異常の発生率が高くなる)。また、0.05μci/mlのトリチウムチミジンでリンパ球の10個に1個が染色体切断される。」と報告されている注26([注]0.001μci=37Bq)。
     ちなみに、現在の原発におけるトリチウムの排水中の濃度限度は、トリチウム水としては60,000Bq/L=60Bq/cm3≒0.0016μci/mlであり、有機結合型トリチウムとしては40,000Bq/L=40Bq/cm3≒0.0011μci/mlとなる。人間のリンパ球で染色体異常の増加が確認されている濃度(上記0.001および0.00001μci/ml)のトリチウムが、海に大量に放出されていることになる。
     また、この論文の中には、「トリチウムによって誘発される染色体異常は、そのほとんどが染色体分体型の切断であった」という記述があるが注27、このことは非常に重要である。なぜなら、ダウン症候群は、21番目の染色体が通常より1本多い3本ある染色体異常による疾患であり、また、急性骨髄性白血病では様々な染色体異常が確認され、急性リンパ性白血病でも約4人に1人の割合でフィラデルフィア染色体という染色体異常が見つかっているからである(フィラデルフィア染色体というのは、9番目の染色体と22番目の染色体が入れ替わってつながったもの)。
     後述するように、カナダ・オンタリオ州トロントの近くにあるピッカリング原発周辺の都市では、通常の1.85倍ものダウン症の増加が認められ、新生児死亡率とトリチウム放出の相関関係が見られ、また、白血病死亡率増加の傾向も認められた。
     このことは、トリチウムによる染色体切断により、これらの疾患が発症したことを示唆し、さらに言えば、日本を含む全世界の再処理工場周辺、原発周辺で垂れ流されているトリチウムによって、ダウン症や白血病などが増えている可能性があることを意味している。では、実際はどうなのか。

     3−3.世界各地の再処理工場や原発周辺で報告されている健康被害

     世界各地の原発周辺、再処理工場周辺では、恐るべき健康被害がこれまで多数報告されてきた。しかし、その健康被害の結果の多くが「原因不明」とされ、被曝の影響は無視されてきた。

      [カナダ]
     前掲上澤論文によれば、カナダのピッカリング原発やブルース原発といったCANDU炉が集中立地する地域の周辺で、子供たちに異常が起きていることが市民グループによって明らかにされた。冷却に重水を用いたカナダのCANDU炉では、重水に中性子が当たるとトリチウムが発生するためトリチウムの発生量が多い。カナダ原子力規制委員会AECBがまとめた報告でも、「データとしては遺伝障害、新生児死亡、小児白血病の増加が認められている」と上澤千尋氏は報告している注28
     また、低線量放射線の健康影響の専門家ロザリー・バーテル博士は、カナダ原子力安全委員会CNSC(上記AECBの業務を受け継いだ)宛ての書簡において、この原発周辺の健康被害について下記のように報告している注29
     Ⅰ.1978〜1985年の間のピッカリング原発からのトリチウム放出量と周辺地域におけるそれ以降の先天欠損症による死産数および新生児死亡数との間には相関関係が見られる。
     Ⅱ.ピッカリングでは1973〜1988年の調査期間に生まれた子どものダウン症の発生率の増加が1.8倍、少し離れたエイジャックスで1.46倍であり、これは高いトリチウム放出量と新生児の中枢神経系の異常との関連を示唆している。
     Ⅲ.国際がん研究機関IARCが行った各国の原子力労働者の調査では、カナダの労働者の被曝関連がんの発症率は、同一線量を被曝した他の諸国の労働者におけるよりも高く、カナダ原発のトリチウム放出量が他国よりも高いことと関係している可能性がある。
     Ⅳ.AECB報告においても、小児白血病死亡数はブルース原発が稼働して以降1.4倍に増加したことが明らかにされている。
     
      [アメリカ]
     アメリカにおいて、原発の廃炉前と廃炉後の周囲の乳児死亡率の変化を調べた調査がある。免疫学や環境問題などを専門とする医師、大学教授などで組織する「被曝公衆保健プロジェクトRadiation Public Health Project(RPHP)」が、1987年から97年までに原子炉を閉鎖した全米9ヶ所の原子力発電所を対象に半径80km以内に居住している1歳以下の乳児死亡率を調べたところ、「原子炉閉鎖前に比して閉鎖後2年の乳児死亡率は激減した」という結果が得られている注30、31 。9ヶ所の乳児死亡の平均減少率は17.3%だが、ミシガン州ビッグロック・ポイント原発周辺では42.9%も乳児死亡率が減少していた(表3)。また、乳児死亡率減少の理由は、「ガン・白血病・異常出産などが減少したため」とされた。しかし、このデータがNGOによるものだったため、政府や原子力業界は、結果を無視してきた。

    表3 全米平均と原子炉閉鎖地域の1歳以下の子どもの死亡減少率の差(アメリカ)

    出典:Joseph J.Mangano, "Radiation and Public Health Project"
    http://www.radiation.org/spotlight/reactorclosings.html

     また、アメリカではもうひとつ重要な調査結果がある。ジェイ・M・グールド博士やアーネスト・J・スターングラス博士らによる乳癌死亡リスクの調査である。この調査では、「1950年以来の公式資料を使って、100マイル(160km)以内に核施設がある郡と無い郡で、年齢調整乳癌死亡率を比較し、核施設がある郡で有意に乳癌死亡率が高い」という調査結果が出たのである注32。この調査結果は、世界に衝撃を与えた。図5の「乳がん死亡率の高いところの分布」は、「米国の核施設の分布」にほぼ一致する。

    図5 乳がん死亡率の高いところの分布

    出典:グールド『低線量内部被曝の脅威』(緑風出版)217ページ

     2011年12月28日、NHKで「追跡!真相ファイル:低線量被ばく 揺れる国際基準」という番組が放送された。この中で、アメリカ・イリノイ州シカゴ近くの原発周辺で、子どもたちのガンや白血病が増えていたという内容が伝えられた。小児科医のジョセフ・ソウヤー氏の報告によれば、シカゴ近くのブレイドウッド原発とドレスデン原発の周辺では1997年から2006年の10年間に、白血病や脳腫瘍が、それ以前の10年間に比して1.3倍に増加し、小児ガンは2倍に増えていたという注33。そしてその後、これらの原発が、2006年までに10年以上にわたり、数百万ガロン(1ガロン=3.785リットル)のトリチウムを漏洩してきたという文書が当局により公開されたのである注34
     脳の重量の約60%は脂肪である。前述のマウスの実験のとおり、トリチウムは脂肪組織に取り込まれやすいことがわかっており、小児脳腫瘍の増加は、脳の脂肪組織へのトリチウムの取り込みによって生じた可能性がある。

      [ドイツ]
     2007年12月にドイツの環境省と連邦放射線防護庁が、「原発16基周辺の41市町の5歳以下の小児がん発症率の調査研究(KiKK研究)結果」を公表した注31。その結果は「通常運転されている原子力発電所周辺5km圏内で小児白血病が高率に発症している」というものだった注32(表4、5)。

    表4 「KiKK研究」における5匏のオッズ比


    表5 5辧10匏の小児白血病のオッズ比

    出典:(表4、5)ともに、原子力資料情報室 澤井正子氏論文より
     http://www.cnic.jp/modules/smartsection/print.php?itemid=122

     しかし、ドイツ環境省は、「総体的に原発周辺5km以内で5歳以下の小児白血病発病率が高いことが認められるが、原発からの放射線の観測結果からは説明することは出来ない。原発に起因性があるとすれば、ほぼ1000倍の放射線量が必要だ。引き続き因果関係を検証するために、基礎的な研究を支援する」としたのである注37

      [フランス]
     フランスでは、「フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)の科学者研究チーム」が、2002年から2007年までの期間における小児血液疾患の国家記録をもとに、フランス国内の19ヵ所の原子力発電所の5km圏内に住む子どもたちの白血病発生率を調べた。結果は「原発から5km圏内に住む15歳以下の子どもたちは、白血病の発症率が1.9倍高く、5歳未満では2.2倍高い」というものだった。しかし、「原因は不明」とされている注38
     1997年の『ブリティシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)』誌に、ブサンソン大学のヴィエル教授などが、フランスのコジェマ社経営「ラ・アーグ再処理工場周辺で小児白血病が多発し、10km圏内では小児白血病発症率がフランス平均の2.8倍を示す」という疫学調査の結果を公表した注39。しかし、様々な原因説が流され、結局「原因が再処理工場からの放射能という証拠はない」とされた。

      [イギリス]
     2002年3月26日、「イギリス・セラフィールド再処理工場の男性労働者の被曝とその子どもたちに白血病および悪性リンパ腫の発症率が高いことの間に強い関連性がある」という論文が『インターナショナル・ジャーナル・オブ・キャンサー』誌に掲載された注40。この研究の結論は、「セラフィールド再処理工場のあるカンブリア地方の白血病および悪性リンパ腫の発症率に比べて、再処理労働者のうちシースケール村外に居住する労働者の子どもたちの発症リスクは2倍であり、さらに工場に近いシースケール村で1950〜1991年の間に産まれた7歳以下の子どもたちのリスクは15倍にも及ぶ」というものである注41

     これらの全ての現象つまり核施設周辺でのがん・白血病・先天異常の増加を、「トリチウムのみによるもの」と言うつもりはない。他の放射性物質(たとえばヨウ素、セシウム、ストロンチウム、プルトニウム、ウランなど)による影響のものもあるだろう。しかし、トリチウムの危険性を過小評価し、最初からトリチウムという原因を排除してきたことも、これらが「原因不明」とされてきたひとつの要因ではないのだろうか。われわれはトリチウムと他の放射性物質や化学物質との複合的な効果も含め、研究を進展させる必要があると考える。
    では、日本ではどうなのか。

     3−4.日本の核施設周辺で認められること

     まず、日本の原発の通常運転時に、どのくらいのトリチウムが垂れ流されているのかをまず示しておく(表6)。PWRの場合、トリチウム水としてのみでも年間20〜90兆Bqも海に垂れ流されている。

    表6 日本の発電用原子炉トリチウム放出量(2002−2012年度)
    トリチウム水 液体放出量 単位は兆(テラ)Bq

    出典:「原子力施設運転管理年報」(平成25年度版 参考資料より抜粋)

      [北海道泊原発]
     さて、北海道庁管轄の「北海道健康作り財団」(理事長は北海道医師会会長)が集計した北海道内の市町村別年齢調整がん死亡率のデータを、西尾正道北海道がんセンター名誉院長が紹介している。その集計によると、泊原発周辺の村のガン死亡率は、北海道の平均の1.4倍ほどあり、泊村のみでなく、近隣の岩内町や積丹町もがん死亡率が高くなっているという注42。そして、このデータに関して、西尾正道医師は「トリチウムが関係しているのだと私は思います」と言及している。

      [佐賀県玄海原発]
     また、玄海原発がある佐賀県玄海町の白血病による死者数は、全国平均の6倍以上や佐賀県の平均の4倍ほどを示している(表7)。表6で示したように、確かに平常運転時でも玄海原発からのトリチウム放出量は、年平均83兆Bq、積算で826兆Bqと掲載した中でも断トツに多いトリチウムを放出している。

    表7 1998年〜2007年までの10年間の人口10万人あたりの白血病による死者数

    出典:厚生労働省人口動態統計より
    (参照「広島市民の生存権を守るために伊方原発再稼動に反対する1万人委員会」http://hiroshima-net.org/yui/1man/

     たしかに、九州地方とくに鹿児島・宮崎・長崎においては、ウィルス性(HTLV-I)の白血病が地域的に多いことが分かっている。しかし原発立地点近傍でのこのように高い白血病死亡率の原因をHTLV-Iに帰することは不可能であろう。

      [青森県六ヶ所再処理工場・東通原発]
     では最後に、青森県のことを記すことにしよう。青森県には下北半島に、東通原発があり、六ヶ所再処理工場がある。また、かつて放射能洩れ事故を起こした原子力船むつが停泊していた港がむつ市にある(そのほかにむつ市には中間貯蔵施設があり、大間町に大間原発が現在建設中)。
     驚いたことに原発から出るトリチウム排水の濃度限度はあるが、日本の再処理工場にはトリチウム排水の濃度基準がなく、「管理目標」というものを決めているという。その管理目標がなんと1年間に1京8000兆Bqという桁違いの数値なのである。六ヶ所再処理工場はまだ本格稼動はしていない。しかし、本格稼動すれば、この量が海に放出されることになる。
     すでに述べたように、再処理においては、使用済み核燃料棒を細かく切断して化学処理する際に、燃料棒の中にあるトリチウムがほぼすべて漏出するため、再処理工場からのトリチウムの放出は桁違いに大きいものになるのである。
     六ヶ所再処理工場が、現在までのアクティブ試験(事実上の部分稼働)で最大のトリチウム水を放出したのは2007年10月であるが、たった1ヵ月で520兆Bqものトリチウムを放出していた(表8)。恐ろしいことに、表6で見た原発各立地点の日常的放出の10年間分程度がわずか1ヵ月で放出されたのである。

    表8 六ヶ所再処理工場のトリチウム放出実績
    *)2007.10はひと月で520兆Bq/月
    出典:(2015/1/24-25 山田清彦氏による反核学習会資料より抜粋して作成)
    原資料は青森県の「青森県の原子力安全対策」ホームページにある日本原燃(株)「安全協定に基づく報告」のサイトにおいて見ることができる。
    http://www.aomori-genshiryoku.com/report/jnfl/safety/

     六ヶ所村再処理工場からのトリチウムの放出は、福島原発事故以降も止まっていない。事故以後最近までの放出量は以下の通りである(表9)。

    表9 福島原発事故以降の六ヶ所村再処理工場からのトリチウムの放出量(兆Bq)

    出典:日本原燃「安全協定に基づく定期報告書」より作成。
    同再処理工場は現在「アクティブ試験運転」中であるとされている。
    http://www.jnfl.co.jp/safety-agreement/

     国立がん研究センターの発表によると、「全がん75歳未満年齢調整死亡率」において、青森県は2004年以来ずっと全国ワースト1位である(表10)。2015年10月18日の毎日新聞によると、2014年のがん死亡率が国立がん研究センターによって発表され、2014年も青森県ががん死亡率全国1位であり、2004年以来 連続11年間全国ワースト1位であるという注43

    表10 青森県の全がん75歳未満年齢調整死亡率全国ワースト順位(男女計)

    出典:国立がん研究センター「がん情報 がん登録・統計」より抜粋して掲載
    http://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/dl/index.html#pref_mortality
    「全がん死亡数・粗死亡率・年齢調整死亡率(1995年−2013年)」
    Pref_All_Cancer_motality(1995-2013).xlsの項にある。

     歴史を顧みれば、六ヶ所での高レベル放射性廃棄物貯蔵が始まったのが1995年、再処理工場の化学試験の開始が2002年、ウラン試験開始が2004年、東通原発の運転開始が2005年である。前記のように、六ヶ所再処理工場のアクティブ試験が開始されたのは2006年である。それ以来、青森県東方の太平洋にはトリチウムが大量に流されてきた。
     2014年10月に、弘前大学の松坂方士准教授によって、「青森県内の保健医療圏別のがん罹患率や死亡率に関する研究」が発表されたが、市町村別の詳しい調査結果は報告されていない注44。見てきたように再処理工場からのトリチウム放出量は原発の比ではない。是非とも、市町村別の詳細な調査をお願いしたい。

      [福島県いわき市]
     最後に、福島県いわき市にある「いわき測定室たらちね」で、2015年4月、5月に測定されたフキや落ち葉から、9月には福島沖で獲れたメバルから、有機結合型トリチウムが検出されていたことを報告しておきたい注45(表11)。言うまでもなく、これは実態の氷山の一角に過ぎない。

    表11 いわき測定室「たらちね」による2015年4、5、9月のベータ線測定結果より抜粋

    T(自由):トリチウム(自由水) T(組織):トリチウム(組織結合水)
    出典:http://www.iwakisokuteishitu.com/pdf/weekly_deta.pdf

     
     
       おわりに
      
     これだけ世界のあちらこちらでトリチウムが放出され、そして原発・核燃施設周辺の住民に健康被害が出ている事実がありながら、各国政府と原子力産業界は、無視するか、「原因不明」と言うか、あるいは「ウィルスのせい」や「人口が急激に増えたから」という理屈を付けて、「放射能のせいではない」と言い募ってきた。とりわけ、トリチウムは その軍事的意味もあってか、あたかも無害のような扱いをし、被曝影響を過小評価し続けてきた。
     かつて、ICRPの第二委員会の委員長を務めたカール・モーガン博士は、その著書の中で「トリチウムの線量係数を4あるいは5に上げるよう命がけで努力した」と記している(しかし、結局彼がICRPを去ってから、トリチウムの線量係数は1.7から1に引き下げられてしまった)。そしてさらに、「ICRP主委員会の会議の際に、英国出身のICRPメンバーであるグレッグ・マーレイが(トリチウムの)線量係数をそのように変えると政府は、トリチウムを使った兵器製造ができなくなるということを公に認めた」と記している注46
     多くの人たちが、今まで何度もトリチウムの危険性について言及し、核施設周囲での健康被害の実態との関連性を述べてきたにもかかわらず、政府や核関連企業側は、ICRP理論という権力側の放射線防護理論を楯に、無視し続けてきた。
     福島原発事故が起こり、大量のトリチウム水が溜まり、それが太平洋に大量に放出されようとしている。グアム、ハワイはもちろんだが、対岸のアメリカ西海岸に被害を及ぼす可能性があるような事態に陥ってもなお、日本政府は、言葉を弄し、「放射能の被害はない」と言い繕うつもりだろうか。
     福島事故による汚染は いまだに進行中だが、それよりもずっと以前からこの地球のあちらこちらで、トリチウムが大気中に放出され海に垂れ流されてきたということの意味を、今一度われわれは考えなくてはならないだろう。もう、「知らない」では済ますことはできないし、知らない振りをして黙って暮らすことも、もはや許されない。
     
     
     
       注記

    注1 青山道夫(福島大学環境放射能研究所教授)「東京電力福島第一原子力発電所事故に由来する汚染水問題を三度考える」『科学』岩波書店2015年10月号所収 0981ページ
    注2 「処理水高まる海洋放出論」読売新聞2015年2月1日
    注3 「福島第一地下水を海放出」読売新聞2015年9月14日
    注4 青山道夫著「東京電力福島第一原子力発電所事故に由来する汚染水問題を考える」『科学』岩波書店2014年8月号所収 0859-60ページ
    注5 「<参考資料>日本の発電用原子炉トリチウム放出量(2002年〜2012年度実績)」
    http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/genpatsu/tritium_3.html
    注6 河野太郎「必要なくなった核燃再処理工場 青森県と向き合う首相の決断を」『週刊エコノミスト』毎日新聞社2019年9月15日号
    注7 河野太郎「六ヶ所村の再処理工場の稼働に反対する1・2」河野太郎公式ホームページ
    http://www.taro.org/policy/saishori1.php
    http://www.taro.org/policy/saishori2.php
    注8 読売新聞前掲(注2)
    注9 この点では、以下のサイトもぜひ参照されたい。
    いちろうちゃんブログ「トリチウム(三重水素)の恐怖」
    http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-9414.html
    矢ヶ崎克馬「【死せる水トリチウム】三重水素の恐怖の正体とは?矢ヶ崎克馬教授」
    http://www.sting-wl.com/yagasakikatsuma11.html
    注10 「広島市民の生存権を守るために 伊方原発再稼働に反対する1万人委員会」
    http://hiroshima-net.org/yui/1man/
    注11 前掲(注2)参照
    注12 上澤千尋「福島第一原発のトリチウム汚染水」『科学』岩波書店 2013年5月号、504ページ。以下のサイトで読むことができる。
    http://www.cnic.jp/files/20140121_Kagaku_201305_Kamisawa.pdf
    注13 東京電力「福島第一原子力発電所でのトリチウムについて」 2013年2月28日
    http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/handouts/2013/images/handouts_130228_08-j.pdf
    注14 UNSCEAR, "Annex J: Exposure and effects of the Chernobyl accident": Page 518, Table 1 Radioactive inventory in Unit 4 reactor core at the time of the accident on 26 April 1986.
    http://www.unscear.org/docs/reports/annexj.pdf
    注15 ロイター日本版「焦点:袋小路の原発汚染水処理、トリチウム放出に地中保管の案も」2015年4月1日
    http://jp.reuters.com/article/2015/04/01/analysis-fukushima-idJPKBN0MS3QN20150401?feedType=RSS&feedName=businessNews&utm_source=feedburner&utm_medium=feed&utm_campaign=Feed%3A+reuters%2FJPBusinessNews+(News+%2F+JP+%2F+Business+News)&sp=true
    注16  Dr. Ian Fairlie, "Tritium Hazard Report :Pollution and Radiation Risk from Canadian Nuclear Facilities", June 2007, GREEN PEACE
    注17 名取春彦著『放射線はなぜわかりにくいのか』あっぷる出版社(2013年)221ページ
    注18  The Ontario Drinking Water Advisory Council, "Report and Advice on the Ontario Drinking Water Quality Standard for Tritium", May 21, 2009
    http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/genpatsu/052109_ODWAC_Tritium_Report.pdf
    注19 齋藤真弘(大阪大学教授)「トリチウムの環境動態と人体影響」(核融合科学会研究報告書2003年から)
    http://anshin-kagaku.news.coocan.jp/a_index_tritium.html
    注20 齋藤眞弘「トリチウム、水、そして環境(2)」(2003年)
    http://homepage3.nifty.com/anshin-kagaku/sub040208saitou.2.htm
    注21 放射線医学総合研究所/監修『人体内放射能の除去技術』講談社サイエンティフィク(1996年)78ページ
    注22 宮本霧子「環境生態系のトリチウム影響」(2014年3月4日 トリチウム研究会報告より)
    注23 放医研前掲書(注21)90ページ
    注24 堀雅明、中井斌 「3H-標識化合物によるヒト培養リンパ球における染色体異常」日本放射線影響学会第18回大会(1975年)
    注25 朝日新聞 1974年10月8日付記事「トリチウム 染色体異常起こす」
    注26 堀雅明、中井斌 「低レベル・トリチウムの遺伝効果について」『保健物理』11,1-11(1976年)
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhps1966/11/1/11_1_1/_article/-char/ja/
    注27 堀・中井前掲論文(注26)
    注28 上澤千尋「福島第一原発のトリチウム汚染水」科学 May_2013_Vol.83_No.5
    http://www.cnic.jp/files/20140121_Kagaku_201305_Kamisawa.pdf
    注29 Rosalie Bertell, "Health Effects of Tritium" 2005
    http://static1.1.sqspcdn.com/static/f/356082/3591167/1247623695253/health_effects_tritium_bertell.pdf?token=sUZODhODCuiBjSSVrMuOi6TrM9o%3D
    なおバーテル氏が依拠している文献は以下の通りである。
    Ⅰ.McArthur, D., "Fatal Birth Defects, New Born Infant Fatalities and Tritium Emissions in the Town of Pickering Ontario: A Preliminary Examination", Toronto Ontario. Durham Nuclear Awareness. 1988
    この論文はインターネット上では公開されていないようであるが、その要旨の紹介は以下のサイトにある。
    http://www.wiseinternational.org/nuclear-monitor/361/study-finds-increases-birth-defects-near-candu-reactor
    Ⅱ."Tritium Releases from the Pickering Nuclear Generating Station and Birth Defects and Infant Mortality in Nearby Communities", Atomic Energy Control Board, Report INFO-0401, 1991
    http://www.nuclearsafety.gc.ca/eng/about/past/timeline-dev/resources/documents/infohistorical/info-0401.pdf
    Ⅲ.Lydia Zblotska, J.P. Ashmore and the Radiation Protection Bureau of Health Canada, "Analysis of mortality amongst Canadian nuclear power industry workers following chronic low-dose exposure to ionizing radiation", Radiation Research 161, 633-641, 2004
    http://www.jstor.org/stable/3581008?seq=1#page_scan_tab_contents
    Ⅳ.AECB "Childhood Leukemia around Canadian Nuclear Facilities. Phase 1 and 2" AECB-INFO-0300-1/2
    http://www.nuclearsafety.gc.ca/eng/about/past/timeline-dev/resources/documents/infohistorical/info-0300-1.pdf
    http://www.nuclearsafety.gc.ca/eng/about/past/timeline-dev/resources/documents/infohistorical/info-0300-2.pdf
    注30 Joseph J.Mangano, "Radiation and Public Health Project"
    アメリカで閉鎖された各原発の風下方向の郡において、乳児死亡率がどれほど低下したかを一覧表として見ることができる。
    http://www.radiation.org/spotlight/reactorclosings.html
    注31 東京新聞2000年4月27日付「原子炉閉鎖で乳児死亡率激減」
    注32 Jay M. Gould著、肥田 舜太郎、齋藤 紀訳『低線量内部被曝の脅威』緑風出版(2011年)第7章、第8章、図1は217ページ
    注33 Joseph R. Sauer, "Health Concerns and Data Around the Illinois Nuclear Power Plants"
    http://dels.nas.edu/resources/static-assets/nrsb/miscellaneous/Sauer_morning_present.pdf
    この件に関しては、矢ヶ崎克馬氏の以下のサイトを参考にした。「教えて矢ヶ崎克馬教授 【死せる水トリチウム】三重水素の恐怖の正体とは」
    http://www.sting-wl.com/yagasakikatsuma11.html
    注34 "Illinois open records law often a closed door", Chicago Tribune, March 8, 2009
    http://www.chicagotribune.com/news/chi-public-records-08-mar08-story.html
    注35 ドイツ・連邦放射線防護庁の疫学調査報告「原子力発電所周辺の幼児がんについての疫学的研究」。原題は、Epidemiologische Studie zu Kinderkrebs in der Umgebung von Kernkraftwerken
    http://www.krebs-bei-kindern.de/downloads/leukaemie-atomkraftwerke-kinderkrebsregister.pdf
    注36 原子力資料情報室 澤井正子「原子力発電所周辺で小児白血病が高率に発症−ドイツ・連邦放射線防護庁の疫学調査報告」
    http://www.cnic.jp/modules/smartsection/print.php?itemid=122
    注37 田中優『放射能下の日本で暮らすには?』筑摩書房(2013年)170ページ
    注38 ルモンド紙 2012年1月12日 (要約「フランスねこのニュースウオッチ」)
    http://franceneko.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/5112-bb91.html
    注39 Dominique Pobel & Jean-Francois Viel, "Case-control study of leukaemia among young people near La Hague nuclear reprocessing plant: the environmental hypothesis revisited", BMJ 314 1997
    注40 H. O. Dickinson, L. Parker, "Leukaemia and non-Hodgkin's lymphoma in children of male Sellafield radiation workers", International Journal of Cancer, vol.99,2002: pp437-444
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11992415
    注41 原子力資料情報室通信339号 上澤千尋「セラフィールド再処理工場周辺の小児白血病リスクの増加 父親の放射線被曝の影響を再確認」(2002年8月30日)
    http://www.cnic.jp/modules/smatsection/item.php?itemid=63
    注42 小出裕章、西尾正道『被ばく列島 放射線治療と原子炉』角川oneテーマ21(2014年)48ページ
    注43 国立がん研究センターがん登録・統計「都道府県別75歳未満年齢調整死亡率」の最新結果による。
    http://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/age-adjusted.html
    注44 平成26年度第1回青森県がん医療検討委員会 資料 http://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kenko/ganseikatsu/files/2015-0106-1747.pdf
    注45 いわき測定室「たらちね」2015年4月,5月の測定結果
    http://www.cnic.jp/modules/smartsection/item.php?itemid=63
    http://www.iwakisokuteishitu.com/pdf/weekly_deta.pdf
    注46 カール・Z・モーガンほか著、松井浩ほか訳『原子力開発の光と影 核開発者からの証言』昭和堂(2003年)154〜155ページ
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