2015.04.07 Tuesday

補論2 汚染水問題について、青山道夫氏の『科学』論文によせて 山田耕作・渡辺悦司

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    2015年4月
    2015年9月30日更新(計算の間違いを訂正)


     本稿は、「福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの」の補論2である。

    補論2 汚染水問題について、青山道夫氏の『科学』論文によせて
    ――福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる量、海水への漏洩、それらのチェルノブイリ事故・広島原爆・核実験との比較について――


    山田耕作、渡辺悦司
    2014年8月13日



    補論2 汚染水問題について、青山道夫氏の『科学』論文によせて――福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる量、海水への漏洩、それらのチェルノブイリ事故・広島原爆・核実験との比較について―― (13ページ,438KB,pdf)

    〖参照〗 本文
    url: 福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの
    pdf: 福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの (33ページ,1256KB,pdf)

    〖参照〗 補論1
    url: 補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性
    pdf: 補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性 (8ページ,288KB,pdf)


     以下は、昨年(2014年)の夏に書いたものであるが、汚染水と海洋汚染をめぐる最近の情勢の緊迫化に鑑み、そのまま補論として掲載する。すなわち、今でも事故原発から大量の放射性物質が海洋に漏れ出している事実が次々に明るみに出でおり、事故で海洋に漏れ出した放射性セシウムが北米大陸西海岸で初めて観測され、そのような情勢の中で東電・政府が汚染水を希釈して大量に海洋投棄する計画を進めるなど、汚染水危機は新しい段階に入っている。福島事故由来の放射性セシウムの北米西海岸への到着についてのみ付記として短く触れることとする(2015年4月9日)。計算の間違いを訂正(2015年9月30日)。

     青山道夫氏(前気象庁気象研究所研究官、現福島大学環境放射能研究所教授)は、岩波書店刊の雑誌『科学』8月号(2014年)に「東京電力福島第一原子力発電所事故に由来する汚染水問題を考える」と題した論文を寄せている[参考文献1]。同論文は非常に重要な内容や事実を取り扱っており極めて注目される。以下、福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる放射性物質の量、現在も続く漏洩の量、青山氏が警告する「新たな大量漏洩」の危機、それらのチェルノブイリ事故・広島原爆・核実験との比較について検討する。


       目 次

    1.福島事故の放出量、チェルノブイリとの比較
      ――「桁違いに小さい」事故ではなく、それを大きく上回る  ・・・・・・・・・・  2
    2.汚染水中に漏れた放射性物質の量は総放出量に含むべきである――
      この点での青山氏の立場の揺れ  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  3
    3.青山氏の数字の補正――放出量はチェルノブイリ事故の2倍超  ・・・・・・・・・  4
    4.「汚染水タンク中の放射性物質の量はチェルノブイリ放出量を上回る  ・・・・・・  6
    5.現在も汚染水は海に漏れ続け、「新たな大量漏洩」の危機が迫る  ・・・・・・・・  7
    6.核実験による降下物(「死の灰」)との比較 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
    参考文献  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12


       1.福島事故の放出量、チェルノブイリとの比較
         ――「桁違いに小さい」事故ではなく、それを大きく上回る


     まず第1に、青山氏の論文は、福島事故の規模を考える上で極めて重要である。
     日本政府は、福島第1原子力発電所の事故のおよそ1ヶ月後(2011年4月12日)、事故による放射性物質の放出量(漏洩量)を推計し事故評価を国際原子力事象評価尺度(INES)のレベル7としたが、その際「放射性物質の放出量は同じレベルのチェルノブイリ事故の1割程度」という但し書きを付けた注1。それから今日にいたるまで、マスコミ報道や政界での議論において、脱原発運動の内部でさえ、この数字がいわば一人歩きし、福島事故はチェルノブイリに比較して「10分の1」程度の「桁違いに小さい」事故というイメージが作られてきた。
     われわれは『原発問題の争点 内部被曝・地震・東電』(緑風出版、2012年9月刊)において、このような評価が量的にも質的にも福島事故の著しい過小評価であり、一面的で狭小な事故イメージを国民に押しつけようとする試みであることを批判した([参考文献2]とくに第4章3節)。さらに最近では、「福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究結果が示すもの」と題する論文を市民と科学者の内部被曝研究会(ACSIR)のウェッブページ上に公開して、この問題に関する一般の注意を広く喚起しようとしてきた[参考文献3]。
     このような観点から青山論文を検討してみよう。論文は「セシウム137マスバランス」を表として掲載している([参考文献1]0859ページ)。それを以下に掲げる表1の左側2列に再録する。青山氏に従いわれわれも、放射性核種は代表的なものとしてセシウム137をとり、基本単位はペタベクレル(PBq)すなわち10の15乗ベクレルを使うことにする。青山氏は各漏出量を合計していないので、われわれが大気中・海水中・汚染水中(回収量)を合計して追加してある。なおここでは青山氏に従って「滞留水」は「汚染水」と同義であるとする。また青山氏によれば、セシウムについては現在までに多くが吸着回収され、事故当時の汚染水への放出量推計よりも実際の回収量の方が大きいとされるので、われわれも合計には回収量の方を使うことにする。さらに、表1の右側2列に、青山論文が引用しているチェルノブイリの大気中放出量(一般にチェルノブイリの放出量とされている数字)、チェルノブイリの事故時「炉心内量」(青山氏の英文著作[参考文献9]のTable 4.5より)、われわれが計算した炉心内量から放出量を差し引いたチェルノブイリについての(今回青山氏のいう)「炉心近傍残存量」を掲げてある。これにより青山氏による福島の数字とチェルノブイリの数字とを比較してみることができるであろう。表1によれば、福島における漏洩量(放出量)の合計は、チェルノブイリ事故のおよそ2.6倍となる。

    表1 青山氏による福島事故の「セシウム137マスバランス」とチェルノブイリ事故との比較


    青山氏は2つの数字を挙げているが、大きい方の3.6±0.7を採った。
    (注)漏洩量合計と右側2列は、青山氏の本文中の数字およびその数字によりわれわれが計算したもの。漏洩量合計では汚染水への漏洩分として回収量の方を採った。対チェルノブイリ比は、国連科学委員会(UNSCEAR)の数字が最大値(上限値)をとっているので、青山氏の最大値による比較である[参考文献10]。

     この表は、広く信じられているところとはまったく違って、福島事故がチェルノブイリに比較して決して「桁違いに小さい事故」では「ない」ことを明確に示している。

       2.汚染水中に漏れた放射性物質の量は総放出量に含むべきである――
         この点での青山氏の立場の揺れ


     ここで重要な論点は2つある。
     第1には、汚染水中に漏れた放射性物質の量は、福島事故の放出量に含むべきであるという点である。われわれはこの点をはっきりと提起すべきだと考える。青山氏の英文の著作(共著)[参考文献10]は、福島事故により放出された放射性物質の環境への影響に関する最も包括的で最も優れたものの一つである。その第4章3節はTotal Amount of Radionuclides Released into the Atmosphere, Stagnant Water and the Ocean(大気中、滞留水中、海洋中に放出された放射性核種の総量)と題されて、放出量を大気中・滞留水中・海洋中への放出量の合計としてとらえるという方法論を提起している。しかし実際の叙述では、それらのTotal Amount(総計)はなぜか計算されていない注2。今回の青山氏の『科学』論文では、汚染水中への放出が「セシウム137のマスバランス」として取り上げられている。しかし福島事故での「放出総量」としては18〜20PBqという数字が引用されており、数字から見て大気中と海洋中への放出量の合計だけであると思われる([参考文献1]0860ページ)。このように青山氏は、この点に関して、立場が揺れているように感じられる。
     第2の重要な点は、福島事故では汚染水の意味が、チェルノブイリやスリーマイル島などこれまでの原発事故とは、本質的に異なっているという事実である。これが第1の観点の客観的な基礎である。福島以前の事故では(少なくとも公式的には)「滞留水」は文字通り「滞留」して流れ出すことはなかったと評価されている(もちろん検証が必要であるがこの点は今は置いておこう)。福島ではまったく事情は異なる。事故後に冷却のために大量の水が外部から注入されたという点だけではない。今回の論文で青山氏が書いているように、福島では「建物地下の壁は地震で損傷し、外部から地下水が建屋地下に容易に流入」し、さらに汚染水が「建屋地下から港湾内に染み出してさらに外洋へと漏洩し続けている」状況にある([参考文献1]0861ページ)。すなわち、地震やメルトダウンや爆発によって原子炉建屋・タービン建屋・廃棄物処理建屋などの外部環境への封止性・封水性が失われている点が本質的に違うのである。この事実からは、汚染水は、たとえ後で回収されタンクに溜められて再度管理下に置かれたとしても、一度は外部環境に暴露されたと評価すべきであるという結論が出てくる。青山氏らが前掲著作[参考文献10]において、滞留水すなわち汚染水を大気中・海水中に加えて総放出量に加えたのは、この福島事故の新しい本質的特徴を考慮した結果であろうし、まさに的を射た正しい判断であったと思われる。青山氏の今回の論文では、いかなる事情によるかはわからないが、この点は徹底していないように見える。だが、この論点を(おそらくは最初に)はっきりと指摘した青山氏らの歴史的な業績は変わらないであろうと思う。

       3.青山氏の数字の補正――放出量はチェルノブイリ事故の2倍超

     次に青山氏が挙げている大気中と海水中への放出量の数字を検討し、その補正を試みてみよう。
     チェルノブイリの放出量推計と比較する際、国連科学委員会の数字(セシウム137で85PBq)がよく使われるが、これは最大値あるいは上限値であり、注意を要する。すなわち、比較の際には同じ最大値・上限値で比較しなければならない。国連科学委員会のホームページに掲げられている付表には、38PBqという数字もあり、これは中央値である[参考文献11]。ECRRのクリス・バズビーはこちらの数字を使っている([参考文献4]108ページ)。
     青山氏は、大気中への放出量については、ほぼ日本政府発表の数字(15PBq)に依拠しているようである。他方、青山氏の前掲書は、事故当時の福島第1原発内および日本国内各地の放射線モニタリング体制の現状を詳しく分析してその不備を指摘し、さらには地震による損傷や停電などによって事故当時とくにその当初に正常に稼働していたモニタリングポストは極めて限定されていたという重要な事実を記している([参考文献10]第5章1節)。この点を別にしても、日本政府推計は、日本国内の測定値しかベースにしておらず、太平洋上に流れ出た大量の放射性物質を十分に捕捉していない可能性が高い([参考文献2]160ページ)。さらには、矢ヶ崎克馬氏が指摘しているように、日本政府のモニタリングポストは放射線量を実際の半分程度しか補足していない可能性がある[参考文献5]。これらから見て、大気中への放出量については、包括的核実験禁止条約機構CTBTOなど世界的な測定網を持つ諸機関のデータに依拠したノルウェー大気研究所のストールらの推計[参考文献12]を採るのが妥当であると思われる。また、矢ヶ崎氏の評価に基づいて日本政府推計を2倍すれば、およそストール推計の中央値に等しくなることも、ストール推計の相対的な正確さを支持するように思われる[参考文献3]。
     海水中への直接放出量については、青山氏の推計より大きい数値がベイリー・デュ・ボアらによって提起されており[参考文献13]、チャールズ・レスターらによる米国カリフォルニア州政府(資源局沿岸委員会)の報告書はこの数値を最大値として採用している[参考文献14]。州機関とはいえ米政府機関が承認した報告書であり、この数値を採るのが妥当と思われる。
     汚染水への放出量については、海老沢徹・澤井正子氏が同じ『科学』誌の2013年1月号[参考文献9]において、青山氏の数字よりもさらに大きな推計値を発表しているので、こちらを採ろう。
     以上から作成したのが表2である。これによって福島事故の放出量は、汚染水を考慮に入れた場合最大で370PBq、中央値で339PBq、チェルノブイリ事故の放出量の約4.4倍あるいは8.9倍になるといわなければならない。また、青山氏の今回の論文のように総放出量を大気中および海洋中だけの合計として限定的に解した場合でも、福島事故の放出量は最大で94PBq、中央値で63.1PBq、チェルノブイリ事故の約1.1倍あるいは1.7倍となり、チェルノブイリと同等以上の規模となるということができる。

    表2 青山氏の推計の補正

    1. 国連科学委員会の85PBqと該当最大値の比。
    2. 国連科学委員会の38PBqと該当中央値の比。
    3. 1〜3号機 青山道夫[文献1:Table 2.3〜2.5]
    4. 1〜4号機 青山道夫[文献1:Table 2.6〜2.9]
    5. 詳細は、山田耕作・渡辺悦司「福島事故における放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究結果が示すもの」市民と科学者の内部被曝研究会(ACSIR)のホームページを参照のこと(http://blog.acsir.org/?eid=29)。ただし、本論文ではストールらの推計は改訂版(2012年)をベースに再計算したが、数字には大きな変化はない。

     ECRRのクリス・バズビーは、チェルノブイリの各種の放出量推計を検討して、その数値にはおよそ10倍以上の開きがあると指摘している。バズビー自身はチェルノブイリについて最小の推計値(9PBq)を提起している([参考文献4]108ページ)。この数字を採れば、福島事故の放出量は、大気中放出量でもチェルノブイリの4倍、総放出量では41倍になる可能性も否定できない。

       4.汚染水タンク中の放射性物質の量はチェルノブイリ放出量を上回る

     青山氏は、タンクに溜まっている汚染水中の放射性物質の総量については推計を行っていない。タンクに溜まっている汚染水の量に関しては、2014年3月段階で、タンク総容量49万m3、利用率90%という数字を挙げている([参考文献1]0856ページ)。だとすると汚染水量は同時点で44.1万m3ということになる。
     東京電力は、2014年4月11日、前年8月19日に見つかった300トンの汚染水漏れの際の放射性物質の濃度を、当初発表の3.5倍に引き上げ、1リットルあたり2億8000万ベクレルに訂正した(日本経済新聞、読売新聞など2014年4月12日)。これにより計算すれば、漏洩した300トンだけで0.084PBqの放射性物質(おそらく主にストロンチウム90さらにはセシウム137)を含んでいたことになる。これは広島原爆の放出量注3(それぞれ0.058PBqと0.089PBq)を上回るかそれ匹敵する量となる。
     東京新聞は、すでに2013年夏の漏洩事故当時、旧発表の濃度を基に当時溜まっていた汚染水量33万トンに掛け算して、タンクに溜まった汚染水の放射性物質の総量を27PBqと概算していた(2013年8月23日付)。東電が新しく発表した濃度と青山氏の引用している汚染水総量を使って再計算してみると、タンクに溜まっている放射性物質の総量は123PBqとなる。昨年夏以降現在までに、処理が進んでいる分は減少方向に、新たにデブリから溶け出して汲み上げられた分は増加方向に変化しているはずであるが、ここでは概数が必要なだけである。青山氏は、汚染水中では現在セシウムは回収が進んで減少し、ストロンチウム90の割合が大きくなっている点を指摘している。いまこの123PBqすべてがストロンチウム90と仮定すると、チェルノブイリ事故のストロンチウム90放出量10PBqの12.3倍が福島の汚染水タンク中に溜まっていることになる。セシウム137とストロンチウム90が同じ濃度比率で含まれていたとしても、チェルノブイリ事故での両放出量合計95PBqの約1.3倍になる。
     このように汚染水に含まれる放射性物質の量は法外に巨大である。青山氏が言うとおり汚染水の問題が極度に深刻で危機的状況にあるのは疑問の余地はない。

       5.現在も汚染水は海に漏れ続け、「新たな大量漏洩」の危機が迫る

     青山氏は実測に基づいて、海洋への漏洩が現在も続いており、その漏洩量は1日あたり10〜30GBq(ギガベクレルすなわち10の9乗ベクレル)程度になると指摘している([参考文献1]0856ページ)。青山氏はそれ以上計算していないが、これは最大で年間(365日)では11TBqとなる。仮にすべてセシウム137だとすると広島原爆の放出量(0.089PBq)の約8分の1、すべてストロンチウム90とすると広島原爆(0.058PBq)約5分の1、両方が広島原爆と同じ割合だとすると広島原爆(0.147PBq)の約13分の1となる注3。すなわち、5〜13年で広島原爆が放出した「死の灰」に匹敵する量になってしまう漏洩量である。これだけの量が今も海に漏れ続けているのである。
     青山氏は、論文において終始、事故原発の溶融した核燃料やタンクの汚染水や回収済みのスラッジなど「いまは陸上にあるが潜在的に海洋を大規模高濃度汚染する可能性を秘めた放射能総量としては極めて大きな部分」の「新たな大量漏洩」の危機を警告している。そして「新たな漏洩に備えた体制の整備」を訴えている。大規模余震やそれによる再度の巨大津波などの危険性を考慮すれば、それはまったく正当な危機感であるとわれわれは考える。一つ付け加えるとすれば、そのためには、まず東京電力と政府が今進めている汚染水・地下水の放出計画を即時中止する必要があるということである。東電・政府の計画は、青山氏の警告する「新たな大量漏洩」を、人為的に、密かに、なし崩し的に行うものである言うほかないからである。
     東京電力は汚染水の海洋への放出基準を「1リットルあたり1500Bq」としているといわれる(各紙報道、例えば東京新聞インターネット版2014年5月28日参照)が、政府の放出基準はトリチウムで「1リットルあたり6万ベクレル」である。また読売新聞(2014年8月12日)によれば、地下水の汲み上げ量は毎日500〜700トン規模になる計画だという。汲み上げられた地下水を政府基準通り海に放出したと仮定すると、最大1年間で15.3TBqとなる。すなわち、すべてトリチウムだとすると広島原爆(11PBq)の約720分の1発分となる注3。これらはわずか1年間分の数字である。東電の発表によると汚染水タンク中のトリチウムの量は、2014年3月24日現在で0.83PBqとされている注4。これを全量海洋放出すると仮定し、トリチウムの半減期(約12年)を捨象すると、広島原爆のおよそ1割弱程度(約13分の1)の「死の灰」が、意図的・計画的に海洋に投棄されることになる。東電資料に記載のトリチウムの「総量」(3.4PBq)がすべて海洋放出されたとすると、広島原爆の約3分の1の量になる。これは事実として海洋を「核のゴミ捨て場」にするものであり、国際法上も許されない。また許してはならない。
     福島から太平洋に放出すれば、放射性物質は東に流れ、まずはアメリカ・カナダ東海岸を汚染することになる。青山氏によれば、実測に基づいて北太平洋での汚染水の移動速度は「270日間に1800km」とされている。とすると、東京・バンクーバ間の距離は約7560kmなので、およそ3年余りで北米大陸沿岸に流れ着く計算になる。青山氏によれば、汚染水はそこからさらに「一部は日本近海に戻るとともに、インド洋から大西洋および太平洋の赤道の東で南に越えて南太平洋に輸送されるであろう」という([参考文献1]0859-60ページ)。福島の海は文字通り世界の海に通じている。福島で流せば世界の海を汚染するのである。
     青山氏らの英文の著作は、福島から放出された汚染水が、太平洋を横断して、アメリカ・カナダの東海岸を汚染する、次のようなシミュレーションを掲載している([参考文献10]251〜252ページ)。これによれば到着予想時期は、2015年である。


    図 福島からの汚染水(1PBqあたり)の太平洋表層水における拡大と移動


    出典:Pavel P. Povinec, Katsumi Hirose, Michio Aoyama; Fukushima Accident ― Radioactivity Impact on the Environment; Elsevier (2013) 252〜253ページ

     [付記]NHKニュースは、2015年4月7日、北米西海岸で採取された海水から福島原発事故由来のセシウム134が観測されたと報道した。上記の図によれば、北米大陸西海岸に漂着する時期は2015年となっている。この点で、きわめて正確な予測であったことが証明された。
     このニュースを報道した際、NHKは、微小な印象を与えるためかと疑われても仕方のないやり方で、濃度が小さい方のセシウム134の数字(1.4Bq/m3)だけしか伝えなかった。この観測結果を発表したウッドホール海洋研究所のサイトでは、Cs137の濃度は5.8Bq/m3、セシウム137・134合計では7.2Bq/m3だったと記載されている。
    http://www.whoi.edu/news-release/fukushima-ucluelet)。
     これは、青山氏の予測から見ると、かなり高い数字と言わざるをえない。青山氏のセシウム137に関する予測では、現在漂着しているのは、海洋流入量1PBqあたりで0.001〜0.01Bq/m3程度のレベルの領域のはずである。すなわち、実測値は、青山氏の海洋流入量推計15〜19PBqで計算して0.015〜0.19Bq/m3となり、これの31〜387倍である。われわれが採用したベイリー・デュ・ボアの海洋放出量(最大値)41PBqおよびストール推計の大気中放出量(最大値53.1PBq)の最大8割が太平洋に沈着したと仮定して42PBqを合計した83PBqを海洋流入量とすると、0.083〜0.83Bq/m3となり、実測値はこれの約7〜70倍である。
     いずれにしても、この観測された濃度は予測よりもかなり高いレベルである。これは、福島事故からの海洋放出量がかなり大きかったことを示唆している。大気放出量のうちで海洋に集中して落ちた領域がある可能性もある。
     上に引用した青山氏らの予測通りであれば、濃度は今後2017年に向かってさらに高まっていく可能性が高いと思われる。青山氏らのピーク予測値は3〜10Bq/m3/PBq inputであり、青山氏が『科学』論文で採用している海洋放出量推定15〜19PBqで計算しても45〜190Bq/m3、ベイリー・デュ・ボアの推計では123〜410Bq/m3、大気放出量の最大8割が太平洋上に降下したと仮定した部分を付け加えれば252〜840Bq/m3にはなるはずである。いずれにしても「今でピーク」「これから低下していく」という評価はできないと思われる。
     また青山氏によれば、このような海洋汚染水は「(事故後)20〜30年で日本沿岸に戻ってくる」という。http://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueshin/20150105-00042030/

       6.核実験による降下物(「死の灰」)との比較

     青山氏の論文は重大な問題も含んでいる。青山氏は、核実験によって北太平洋に降下したセシウム137の福島事故直前の残存量69PBqに対して、事故による海洋への放出量15〜19PBqは「20〜30%に相当する」と述べた後、何の論拠も示さずに、「今後新たな放出がなければ、福島事故による北太平洋全体でのインパクトはマスバランスの観点からは大きくない量であると言える」と評価している([参考文献1]0860ページ)。20〜30%の増加が「大きくない量」というのは何を評価基準として言うのだろうか? われわれはこのような評価にはまったく同意できない。東電・政府が進めている「汚染水を薄めて海に流す」計画を考えれば、このような発言の意図が那辺にあるかについて疑問に思わざるを得ない。
     別の側面もある。青山氏が挙げている北太平洋放出量推計の最小値15PBqをベースに計算しても、その量は広島原爆の168発分に相当する。広島原爆の爆発出力を16キロトンとすると、約2.7メガトン相当となる。この数字は、米国ネバダ実験場での大気圏あるいは地上(すなわち地下核実験に移行する以前の)核実験全部の総出力、約2.5メガトンを上回るレベルである(この点についてわれわれは参考文献3で詳しく検討している)。そのような規模の北太平洋への降下・直接放出量をどうすれば「大きくない」ということができるだろうか? 核実験のもたらした広範囲で深刻な健康被害についてはすでに明らかなところであるが(ほんの一例であるが参考文献6、7、8を挙げておこう)、この「大きくない」という表現が健康被害もまた「大きくない」ということを示すために利用される危険があることを考え合わせるならば、あまりに無規定で不用意な評価と言わざるを得ない。杞憂であることを願いながら付言しておきたい。
     青山氏が指摘しているように、事故原発の炉内には、セシウム137で700PBqが存在していた。これは、青山氏が引用している大気圏(地上)核実験での大気中への全放出量(1970年時点での総量)に等しい。事故原発の炉内には、広島原爆に換算して7900発分の放射性物質が詰まっていたことを意味する。この事実が一端を示すように、原子力発電とは、極めて大量の「死の灰」を生み出すことによってしか発電を行うことのできない本質的欠陥技術であり、核実験と同様に人類の生存そのものを脅かす本質的危険である。核兵器と同様に原発と人類は共存できない。原発は再稼働を中止し、原発輸出すなわち途上国への核技術や核施設の拡散を止め、全面的に廃棄するほかないのである。




    (注1)原子力安全・保安院と原子力安全委員会(いずれも当時)「東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所の事故・トラブルに対するINES(国際原子力・放射線事象尺度)の適用について」の冒頭のコメント。経済産業省のホームページより
    http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110412001/20110412001-1.pdf

    (注2)われわれは、参考文献3において、青山氏の挙げた数字を基に、青山氏が行わなかった合計値を計算し、それらとチェルノブイリ放出量との比較を試みている。

    (注3)広島原爆の放出量については、「原子力放射線の影響に関する国連科学委員会2000年報告 付属書C」をベースにした原子力安全保安院(当時)の推計、経済産業省のホームページの数字を参照した。
    http://www.meti.go.jp/press/2011/08/20110826010/20110826010-2.pdf
    ただし、この数字が著しい過小評価を含んでいる可能性があることもまた指摘しておかなければならない。

    (注4)汚染水タンク中のトリチウムの量については、経済産業省「東日本大震災関連情報」ホームページ所収の東京電力「福島第一原子力発電所における汚染水処理とトリチウムの状況」の第3節を参照のこと。
    http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/140424/140424_02_006.pdf
    #search='%E4%B8%89%E4%BD%93%E6%A0%B8%E5%88%86%E8%A3%82%E5%8F%8D%E5%BF%9C'



       参考文献

    1.青山道夫著「東京電力福島第一原子力発電所事故に由来する汚染水問題を考える」『科学』岩波書店2014年8月号所収
    2.大和田幸嗣、山田耕作、橋本真佐男、渡辺悦司著『原発問題の争点 内部被曝・地震・東電』緑風出版(2012年)
    3.山田耕作、渡辺悦司著「福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの」市民と科学者の内部被曝研究会ウェッブページより
    http://acsir.org/data/20140714_acsir_yamada_watanabe_002.pdf
    4.クリス・バズビー著、飯塚真紀子訳、『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』講談社(2012年)
    5.矢ケ崎克馬著「進行する放射線被曝とチェルノブイリ法・基本的人権」市民と科学者の内部被曝研究会ウェッブページより
    http://acsir.org/data/20121102_yagasaki_n.pdf
    6.E.J.スターングラス著、肥田舜太訳『死にすぎた赤ん坊 低レベル放射線の恐怖』時事通信社(1978年)
    7.E.J.スターングラス著、反原発科学者連合訳『赤ん坊をおそう放射能 ヒロシマからスリーマイルまで』新泉社(1982年)
    8.落合栄一郎著『放射能と人体 細胞・分子レベルからみた放射能被曝』講談社(2014年)、とくに第3部第8章
    9.海老沢徹、澤井正子著「福島第一原発の原子炉建屋地下室に漏出する膨大な高濃度放射能汚染水の危険性」『科学』2013年1月号(岩波書店刊)0119ページ
    10.Pavel P. Povinec, Katsumi Hirose, Michio Aoyama; Fukushima Accident ― Radioactivity Impact on the Environment; Elsevier (2013)
    11.UNSCEAR; ANNEX J Exposures and effects of Chernobyl accident
    http://www.unscear.org/docs/reports/2000/Volume%20II_Effects/AnnexJ_pages%20451-566.pdf
    12.A. Stohl et al.; Xenon-133 and caesium-137 releases into the atmosphere from the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant: determination of the source term, atmospheric dispersion, and deposition; Atmospheric Chemistry and Physics; 2012;
    http://www.atmos-chem-phys.net/12/2313/2012/acp-12-2313-2012.pdf
    13.P. Bailly du Bois et al; Estimation of marine source-term following Fukushima Dai-ichi accident; Journal of Environmental Radioactivity Volume 114, December 2012, Pages 2-9
    http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0265931X1100289X
    14.Charles Lester et al.; Report on the Fukushima Dai-ichi Nuclear Disaster and Radioactivity along the California Coast; State of California Natural Resource Agency California Coastal Commission; 2014;
    http://documents.coastal.ca.gov/reports/2014/5/F10b-5-2014.pdf
    2015.03.04 Wednesday

    補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について

    0
      2015年3月

       本稿は、「福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの」の補論1である。

      補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について
         ――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性

      渡辺悦司 山田耕作
      2015年2月25日



      補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性 (8ページ,288KB,pdf)

      〖参照〗 本文
      url: 福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの
      pdf: 福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの (33ページ,1256KB,pdf)

      〖参照〗 補論2
      url: 補論2 汚染水問題について、青山道夫氏の『科学』論文によせて――福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる量、海水への漏洩、それらのチェルノブイリ事故・広島原爆・核実験との比較について――
      pdf: 補論2 汚染水問題について、青山道夫氏の『科学』論文によせて――福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる量、海水への漏洩、それらのチェルノブイリ事故・広島原爆・核実験との比較について―― (13ページ,442KB,pdf)



       本文ではセシウム137を中心に福島原発事故による放出量を論じてきたが、ここでは放射性ヨウ素とくにその代表的な核種であるヨウ素131を中心に放出量の推計を検討しよう。いうまでもなく放射性ヨウ素は、人体に侵入すると甲状腺に沈着し、がんを引き起こすことがよく知られている。この点から見ても、福島原発事故によるヨウ素の放出量の推計は、事故による健康被害を考えていく上で重要な意味を持っている。われわれは、東京電力が発表している放出量推計におけるヨウ素131とセシウム137の比率に注目し、その検証を行った。それを基に補正して計算すると、福島原発事故によるヨウ素131の放出量は、チェルノブイリ事故の約1.5倍に達する可能性が出てきた。
       この補論を書くに当たり、矢ヶ崎克馬氏、大沼淳一氏、藤岡毅氏をはじめ多くの方々にご協力いただきました。ここに改めて謝意を表します。

        1.東京電力による放出量の推計とその注目点

       ヨウ素131についても、日本政府の発表に従って、チェルノブイリの「1割以下」(当初「14分の1」、その後「11分の1」)という評価が広く宣伝され行き渡ってきた。このような状況のなかで、2012年5月24日、東京電力は、福島原発事故によるヨウ素131の大気中放出量を500PBqとする独自の推計を公表した(「福島第一原子力発電所の事故における放射性物質の放出量の大気中への推定について」2012年5月24日、表1参照)注1。政府によるヨウ素131の大気中放出量の推計値は160PBqなので、東電推計はその3倍であり、チェルノブイリ(国連科学委員会の推計1760PBq)の約3割という数字である。しかし、事故後の福島県における小児甲状腺がんの多発にかんする議論の中でも、この事実はあまり注目されて来なかったように思われる注2

      表1 東京電力による大気中放出量の推計(単位PBq)

      出典:東京電力「福島第一原子力発電所の事故における放射性物質の放出量の大気中への推定について」
      2012年5月24日発表 6ページ
      http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/120524j0105.pdf

       この場合、重要なポイントは、ヨウ素131放出量とセシウム137放出量との比率である。政府の推計値ではこの比は約11(ヨウ素131が160PBq、セシウム137が15PBq)である。東電の推計ではこの比率は約50である(表1)。ちなみにチェルノブイリ事故では、この比は約21である(ヨウ素131が1760PBq、セシウム137が85PBq)。
       もちろん、東電の発表はとかく人々から不信の眼で見られており、同社が、原発事故において基本的な指標と考えられているセシウムの放出量を少なく見せるために、ヨウ素の放出量を意図的に水増しした可能性があると疑う必要もあるかもしれない。しかし、以下に検討する事情を考慮すると、この東電推計のヨウ素131/セシウム137比率(50)は、日本政府推計(11)に比較して、むしろ信頼度が高いと考えるべきであろう。

        2.東電推計のヨウ素131/セシウム137放出比率の検証 

       第1に、東電の報告書によると、この比率は、2011年3月21日に事故原発の事務本館北側で測定された実測値(39.9)に基づくとされている(同18ページ)。ヨウ素131は、半減期が8日と極めて短く、正確な測定が困難であり、たいていの場合、その放出量は過小に推計される傾向にあるので、大きい方の推計は重要である。
       政府推計だけでなく全国各地の降下量統計でも、この比率が東電推計ほど大きくない地点が多いのは事実である。ただ、降下量統計については、われわれが微粒子の論文注3で引用した大野利眞氏が指摘しているように、乾性沈着の割合が大きいヨウ素と、湿性沈着が多いセシウムとでは、沈着の条件が大きく違う。ガスの比率が大きいヨウ素と微粒子が圧倒的と思われるセシウムとでは飛散の条件もかなり大きく異なる。観測地点の気候条件とくに降雨降雪の状況や風向もまた大きく影響する。これらから、原発周辺から離れた特定の諸地点の降下物での同比率から、実際の放出比率を推測することには困難なように思われる。
       第2に、この意味では、原発に近接する地点での観測結果がより重要であろう。東電推計の同比率のベースは敷地内での観測値であるが、それが少なくとも不自然ではないことを示しているデータの1つは、地震の影響で止まっていた福島市での「定時降下物」の観測が再開された日(2011年3月27日午前9時から24時間)におけるヨウ素131/セシウム137比率である注4。政府の「定時降下物」の数値からこの比を計算してみると29.1になる。これは、ヨウ素131の半減期(約8日)を考慮すると、ほぼ東電の数字に近いと考えられる。
       第3に、いずれにしても、可能な限り多くのデータを集計しなければ、信頼度の高い数値は得られないであろう。この意味で重要な文献は、2013年9月Natureに掲載された、Kittisak Chaisan らによるWorldwide isotope ratios of the Fukushima release and early-phase external dose reconstructionという論文である。そこでは、日本と世界の214地点で観測されたヨウ素131/セシウム137比率が総括されている。それによれば、同比率は土壌沈着(事故原発周辺80km以内145地点)で22.5(中央値)、大気中浮遊粒子で(日本の80km以内22地点、日本の80km以上5地点、世界各地の42観測点に関して)それぞれ31.8、70.9、70~80と推定されている。これによっても、東電の数字50がそれほど不自然なものとは言えないと考えるべきであろう。むしろ最小の場合でも20以上はあるはずなので、政府推計の11の方が明らかにヨウ素131の過小評価となっている可能性が高い。同論文から、詳しい結果を示している「table1」を引用しよう(表2)。

      表2 日本と世界において観測されたI131/Cs137比率の総括表

      出典:Kittisak Chaisan et al; Worldwide isotope ratios of the Fukushima release and early-phase external dose reconstruction; Nature 2013年9月10日付
      http://www.nature.com/srep/2013/130910/srep02520/full/srep02520.html


        3.東電推計のヨウ素131/セシウム137比率に基づく放出量の補正

       ヨウ素131/セシウム137比率と対照的に、東電推計のセシウム137の放出量の数値(10PBq)は、明らかに過小評価と思われる。ここで、福島原発事故によるセシウム137の大気中放出量について、最も国際的に権威があるものの1つと考えられているストールらの推計注5を採用して、東電推計を補正してみよう。ストールらの推計では、福島事故によるセシウム137の放出量は36.6(20.1~53.1)PBqである。上限値(最大値)は53.1PBqである(上限値を採るのは国連科学委員会のチェルノブイリの数字が上限値であるためである、詳細は本文を参照のこと)。この数値から出発して、東電の推計したヨウ素131/セシウム137比率によって計算すると、ヨウ素131の放出量は53.1PBqの50倍であり、2655PBq(上限値)であったと推定される(ストールはヨウ素放出量は推計していない)。これは、日本政府推計160PBqの16.6倍である。あわせて、事故の規模を示す指標としてよく用いられるヨウ素換算のINES評価もこれによって計算してみると4779PBqとなる(表3)。

      表3 東電推計のストールによる補正

       次に、この数字を、チェルノブイリ事故でのヨウ素131の放出量と比較してみよう(表4)。国連科学委員会の推計を見ると、ヨウ素131放出量は1760PBq(上限値)である。従って、ヨウ素131の大気中への放出量で見ても、福島原発事故はチェルノブイリを上回り、その約1.5倍となる。またヨウ素換算のINES評価で計算しても、福島事故は大気中への放出規模の点でチェルノブイリ事故とほとんど変わらない。

      表4 ヨウ素放出量とINES評価のチェルノブイリ(国連科学委員会推計)との比較


        4.炉内残存量および放出率による検証

       事故直前の炉内にどれだけの量のヨウ素131が残存していたかは、桁違いには間違うことがない水準で推計できると考えられる。炉内残存量(インベントリ)の推計を見てみよう(表5)。福島事故原発では、政府推計でヨウ素131残存量は6010PBqである。沸点が184℃と低いヨウ素131は、メルトダウンによりかなりの部分が気化しており、気体として放出されたと考えられる。政府の大気中放出量推計160PBqでは放出率では2.6%にしかならず、同じく気体として放出された希ガスの放出率100%と比較して、まったく不自然に小さい数字である。
       ここで得られた放出量推計2655PBqは、放出率で44.2%になり、気体の放出率としてはむしろ自然な数字に思われる。またこの数字は、1970年代のアメリカ原子力委員会(USAEC)の最大仮想事故想定において、ヨウ素131の大気中への予想放出率が、熱出力300万kW(電力で約100万kW)の発電炉について50%とされていたことからも説得的といえる注6。ちなみにチェルノブイリでは、ヨウ素131の炉内残存量は3200PBqで、放出量が1760PBqなので、放出率は約55%である。これらの点から考えて、福島の放出率約44%は十分あり得るレベルであろう。
       本論文で検討した青山道夫氏らによるヨウ素131の汚染水への放出率(32%)を加えると(海洋への直接流出はなかったとされる)、炉中にあったヨウ素131の76%が放出された計算になる。

      表5 ヨウ素131の炉内残存量と放出率

       また、福島事故でのヨウ素131の大気中(2655PBq)および汚染水中(1923PBq)への放出を合計した総放出量は4578PBqとなり、チェルノブイリの大気中放出量(1760PBq)の約2.6倍となる。また、このヨウ素131総放出量と福島事故によるセシウム137の大気中・汚染水中・海水中への総放出量とに基づいてINES値を計算すると13,942PBqとなり注7、チェルノブイリ(5160PBq)の約2.7倍となる。これらは、われわれが本文中でセシウム137に基づいて導いた「福島事故による放射性物質の放出量は大気中・汚染水中・海水中を合計するとチェルノブイリの2倍以上である」という結論と一致する。

        5.福島事故における大きなヨウ素放出量のもつ重大な意味

       以上検討してきたように、東電の放出量推計から推論すると、福島におけるヨウ素放出量はチェルノブイリの1.5倍であった可能性があるということができる。よく指摘されるように、福島周辺の人口密度はチェルノブイリのおよそ3倍なので、1.5倍のヨウ素131放出量は、健康被害の深刻度では3倍して、チェルノブイリの4.5倍程度になる可能性があると考えるべきであろう。
       また、チェルノブイリでは爆発と火災によって放出された放射性プルームは極めて高い高度にまで(6000mといわれる)噴き上げられたが、福島事故ではプルームの雲頂はそれほど高くなかったと考えられ、富士山での観測では最高でも2500m程度とされている注8。つまり福島の方がその分、周辺に沈着した濃度が高かった可能性があると考えるべきであろう。
       福島で起こっている事態については、あらゆる先入観を排して、事実を直裁に見ていくところからはじめる必要がある。「チェルノブイリに比較して桁違いに小さい」という政府の放出量評価を鵜呑みにし前提にして議論することは決してあってはならない。
       以上の諸点を考慮すると、福島における生じつつある甲状腺異常について、チェルノブイリにおいて生じた過程をそのままたどることになると、前もって機械的に想定してかかることは危険であろう。小児甲状腺がんの明らかに早期の多発傾向に現れているように、福島ではチェルノブイリよりも深刻化のテンポが速く発症率も高い傾向がある。政府は原発事故によるあらゆる健康被害を頭から何としても全否定するつもりであり、福島の深刻な事態を、事故による放射線被曝との関係を否定し補償義務を逃れる「口実」として使おうとしている。しかしこの背景には、福島原発事故によってチェルノブイリを5割も越える放射性ヨウ素が放出された可能性があるという、法外に深刻な事故の真実が横たわっているのではないか、と疑うべきである。




      (注1)東京電力プレスリリース「東北地方太平洋沖地震の影響による福島第一原子力発電所の事故に伴う大気および海洋への放射性物質の放出量の推定について(平成24年5月現在における評価)」
      http://www.tepco.co.jp/cc/press/2012/1204619_1834.html
      さらに詳しい解説は、東京電力「福島第一原子力発電所の事故における放射性物質の放出量の大気中への推定について」にある。
      http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/120524j0105.pdf

      (注2)この東電による推計値に早くに注目した一人は、落合栄一郎氏である(『放射能と人体 細胞・分子レベルからみた放射線被曝』講談社(2014年)270ページ参照)。

      (注3)渡辺悦司、遠藤順子、山田耕作「福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性 その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性」13ページ。同論文は市民と科学者の内部被曝問題研究会のホームページにある。
      http://blog.acsir.org/?eid=31 はじめに、一章
      http://blog.acsir.org/?eid=32 二章
      http://blog.acsir.org/?eid=33 三章
      http://blog.acsir.org/?eid=34 おわりに、注記

      (注4)文部科学省「環境放射能水準調査結果(定時降下物)2011年3月27日午前9時から3月28日9時採取」の中の福島県福島市の数字。
      http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/3000/2287/24/1060_0328.pdf

      (注5)ストールらの論文は2011年10月に発表されたが、2012年3月に改訂版が発表され、セシウム137放出量の推計数字は、初版の35.8(23.3〜50.1)PBqから36.6(20.1〜53.1)PBqへと、中央値と上限値が若干上方修正されている。ここでの数字は改訂版から引用した。A. Stohl, P. Seibert, G. Wotawa, D. Arnold, J. F. Burkhart, S. Eckhardt, C. Tapia, A. Vargas, and T. J. Yasunari; Xenon-133 and caesium-137 releases into the atmosphere from the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant: determination of the source term, atmospheric dispersion, and deposition
      http://www.fukushimaishere.info/AtmosphereRprt_mar12.pdf

      (注6)藤本陽一、依田洋「発電炉事故の災害評価」原子力安全問題研究会編『原子力発電の安全性』岩波書店(1975年)53〜54ページ。

      (注7)セシウム137の放出量、大気中53.1PBq(ストール)、海水中41PBq(ベイリーデュボア)、汚染水中140PBq(青山)を合計して234.1PBq、これを40倍して9364PBqとなる。これにヨウ素131の大気中および汚染水中への放出量合計4578PBqを加えて、13,942PBqとなる。

      (注8)土器屋由紀子『水と大気の科学 富士山頂の観測から』NHK出版(2014年)によれば、福島由来の放射能は、山頂では検出限界以下であり、放射性プルームの「上限は2500m付近と推定」されている(111〜112ページ)。




      本記事は
      補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について
      ――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性
      です。

      参照
      福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの
      補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について ――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性




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      2014.11.30 Sunday

      福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性---(4/4)

      0
        2014年11月

        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性
        ――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性
        (4/4)

        渡辺悦司 遠藤順子 山田耕作    2014年10月13日(2014年12月18日改訂)


        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(No.1) (26ページ,p1-p26,1953KB,pdf)
        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(No.2) (45ページ,p27-p71,1614KB,pdf)


        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(1/4)
        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(2/4)
        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(3/4)



            4.おわりに

         福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性について、物理学・金属学・生物無機化学・医学・薬学など多様な観点から、可能な限り総合的に議論した。メルトダウンした原発からナノからミクロン(10−9mから10−6m)サイズの多様な微粒子が放出されたことが示された。そして、身体への侵入経路は微粒子の大きさによって異なり、それぞれに異なる危険性が具体的に明らかにされた。その結果、かって、ホットパーティクルとしてプルトニウムで恐れられたのと同様の内部被曝の危険が、今回さらにセシウム、ストロンチウムなど多様な元素でも生じる現実的可能性が指摘された。また、劣化ウラン弾によって生じるのと同様のいっそう小さな微粒子により、血液やリンパ液を通じて放射性微粒子が全身に拡散し、白血病・骨髄腫、さまざまながん、白内障や眼科疾患、免疫力低下など多くの重大な病気を引き起こす危険性が示された。
         さらに、福島だけでなく、東京はじめ関東における放射性物質の再浮遊による深刻な汚染の現状を指摘するとともに、すでに在京の一部病院で放射性微粒子を含む被曝による疾患と思われる血液系疾患や白内障の増加が見られることを報告した。いま必要なことは、現状を注意深く直視するとともに、情報を組織的・系統的に集約することであり、この点でのみなさまのご協力を訴える。そして、原発の再稼動や被災地への帰還を進めることは決しておこなうべきではない。




         
            注 記

        注1 本論文を作成するに当たって基礎となった作業は、以下の著作等にまとめられている。
        ①原発問題全般については、大和田幸嗣、山田耕作、橋本真佐男、渡辺悦司『原発問題の争点 内部被曝・地震・東電』緑風出版(2012年)。
        ②福島原発事故による放射性物質の放出量については、山田耕作、渡辺悦司「福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの」(2014年5月16日)「市民と科学者の内部被曝問題研究会」ブログ。
        http://blog.acsir.org/?eid=29
        ③汚染水については、山田耕作、渡辺悦司「青山道夫氏の汚染水についての『科学』論文によせて――福島事故による放射性物質の放出量、汚染水に含まれる量、海水への漏洩、それらのチェルノブイリ事故・広島原発・核実験との比較について」(2014年8月13日、未公表)。
        ④放射線による内部被曝全般については、遠藤順子「遠藤順子医師講演 家族を放射能から守るために〜国際原子力組織の動きと内部被曝」(2014年8月3日 北海道伊達市において行われた講演のビデオ映像)。
        https://www.youtube.com/watch?v=rgUBXFeX-_o
        ⑤政府の放射線に対する基本的考え方と住民の汚染地域への帰還政策の批判については、澤田昭二ほか『福島への帰還を進める日本政府の4つの誤り 隠される放射線障害と健康に生きる権利』旬報社(2014年)、とくに同書所収の山田耕作著「『放射線リスクに関する基本的情報』の問題点」。

        注2 アメリカの週刊誌『タイム』は、1990年4月9日号において、チェルノブイリ事故4周年の報道特集を組んでいる。それによれば、現場の医師の経験した事実として、健康被害が急速に顕在化してきたのは事故2年半が経過した以後であるという。「チェルノブイリ原子力発電所がメルトダウンを起こしてから4年が経過した。だがソ連での核破局の深刻な影響は、現在も深化し続けている。原子炉の周囲に広がる、ウクライナと隣国ベラルーシにまたがる広範囲の人口密集地帯は、高レベルの放射能に汚染されたままである。土地の汚染によって、極度の健康問題と経済的荒廃がもたらされている。」同誌は、事故炉から60km離れたウクライナの農業地区の取材記を掲載している。「ウラジーミル・リソフスキーは、ナローディチ地区中央病院の医師である。彼は、過去18ヶ月間(1年半)に、甲状腺疾患、貧血症、ガンが、劇的に増加したことを強調している。住民は、また、極度の疲労、視力喪失、食欲喪失といった症状を訴え始めており、これらはすべて放射線疾患の症状である。最悪のものは、住民全体の免疫水準の驚くべき低下である。『健康な人々でさえ病気が直りきらずに苦労している』とリソフスキーは指摘する。しかも子供たちが最悪の影響を受けている。」「農民たちは、家畜の先天性欠損症が爆発的に増加しているのを目撃している。8本の足をもち、下あごが変形し、脊椎骨の関節が外れた子馬が生まれている。写真家コスティンによれば、ビャゾフスカのユーリー・ガガーリン・コルホーズでは197匹の奇形の子牛が生まれたという。それらのなかには、目がないもの、頭蓋骨が変形したもの、口が歪曲したものが見られた。マリノフカの農場では、事故後に、約200匹の異常をもつ子豚が生まれた。」さらに同誌は「永く続く放射線被曝にもかかわらず、自分の住居を去って避難民になることを拒否している住民も多い。多くの村々を強権的に一斉避難させる計画は中断されたままである。ウクライナ人の中には、非合法に避難区域に帰還した人々もいる。それらの人々にとっては、目には見えない放射性降下物が今後長期にわたって危険であることなど理解できないものであろう」と書いている。日本においては、反対に政府が避難を「拒否し」、反対に「放射性降下物の長期的な危険性」を公然と否定し、反対に、危険性を指摘する人々を「風評被害を煽る」ものだと批判することによって、住民をチェルノブイリでは避難地区となっている線量の汚染地域に居住させ続け、そのような地域にさらに住民の帰還を推し進めようとしている。

        注3 アーニー・ガンダーセンは2011年8月21日、米国原子力規制委員会の報告を引用しながら「核燃料の破片は1マイル以上飛散した」と評価している。
        http://www.youtube.com/watch?v=tSn_-NohjAA

        注4 微粒子形成過程についての分析は、佐藤修彰(東北大学多元物質科学研究所)「福島原発事故における燃料および核分裂生成物の挙動」にある。
        http://www.applc.keio.ac.jp/~tanaka/lab/AcidRain/%E7%AC%AC35%E5%9B%9E/1.pdf
        また炉心溶融過程の温度分析は、工藤保(日本原子力開発機構 安全研究センター)「原子炉の炉心溶融 日中科学技術協会講演会『東電福島事故と中国の原子力安全』」(2011年6月6日)にある。
        http://jcst.in.coocan.jp/Pdf/20110606/1_CoreMeltDown.pdf

        注5 原発推進を目的とする団体である「エネルギー問題に発言する会」は、石川迪夫氏を講師に招き限定した参加者だけで同氏の新著『考証・福島原子力事故−炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』(日本電気協会新聞部 2014年)についての講演会を開催した。その質疑の中で参加者の一人は、「炉心が形状を保ったままかろうじて屹立していても、十字形の制御棒は溶け落ちていて存在していない。そのような状況で水を注入して再臨界の心配はないのか」と質問した。それに対して石川氏は「(注水による)分断によって燃料形態が崩れれば、再臨界は、実際にはほとんど考えられない」と答えた。ということは、注水時に「燃料形態が崩れなければ」あるいは「崩れるのが一瞬でも遅れれば」、再臨界が起こることは十分に「考えられる」ということに等しい。この資料は、原発推進勢力内部において、再臨界の可能性が非公開の場では本格的に検討されているという事実を示している。
        「第145回エネルギー問題に発言する会 座談会議事録 考証・福島原子力事故−炉心溶融・水素爆発はどう起こったか」(2014年6月19日)4ページ
        http://www.engy-sqr.com/lecture/document/145zadannkai-gijiroku.pdf

        注6 水ジルコニウム反応(900℃以上になると起こるとされる)による発熱は、崩壊熱に加わって、さらに高温を生み出したと考えるのが自然である。水ジルコニウム反応を崩壊熱に対置し、それによって崩壊熱による炉心溶融の事実を否定するために水ジルコニウム反応を利用しようとする試みが行われている。そのようなものとしては、『電気新聞』インターネット版による石川迪夫氏の著書『考証・福島原子力事故−炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』の紹介記事がある。同紙は「炉心溶融は崩壊熱ではなく、ジルコニウム水反応に代表される被覆管などの炉心材料と冷却水の化学反応による、急激な発熱によるもの」であり「炉心溶融は崩壊熱により液状となって溶け落ちたのではなく、(注水によって)炉心が急激に冷却されたことにより、バラバラと折れるように崩壊し、その後、ジルコニウム水反応を主体とした化学反応によって溶融に至った」「炉心溶融と水素爆発のタイミングはほぼ同じ」と書いている。『電気新聞』のホームページより引用。
        http://www.shimbun.denki.or.jp/news/main/20140403_01.html
        http://www.shimbun.denki.or.jp/publish/media/books/201404_koushou.html
        しかし、このような評価は、メルトダウンが、1号機で地震発生から「5時間後」(3月11日20時半過ぎ)にはすでに始まっていたとする政府の原子力安全・保安院(当時)の評価や、同22時ごろとするエネルギー総合工学研究所の事故解析ソフトSAMPSONによる解析結果に反する。
        NHKニュースインターネット版2011年6月6日
        http://www3.nhk.or.jp/news/genpatsu-fukushima/20110606/2110_hoanin.html
        『検証福島原発1000日ドキュメント』(『ニュートン』別冊)2014年5月15日、38ページ

        注7 Ian Goddard; Fukushima Unit 3: Steam-Explosion Theory
        http://archive.lewrockwell.com/orig4/goddard2.1.1.html
        日本語訳は以下のサイトにある。
        イアン・ゴッダード「福島第一原発 3号機:水蒸気爆発理論」
        http://blog.livedoor.jp/pph2tm-ikenobu/archives/cat_10118083.html

        注8 岡本良次ほか「炉心溶融物とコンクリートとの相互作用による水素爆発、CO爆発の可能性」『科学』2014年3月号

        注9 水素の大手供給業者、岩谷産業の「水素とイワタニ」というサイトで解説されている。
        http://www.iwatani.co.jp/jpn/h2/faq/faq.html

        注10 理化学研究所研究員であった槌田敦氏は、「臨界は簡単には起きないというのはウソであり」「5−10%低濃縮ウランは、水があれば核分裂を起こして爆発する」として、核爆発を主張している。
        「事故から1年半、水素爆発のまま」 (2012/10/25)
        https://www.youtube.com/watch?v=scVL1tRdbLM
        「書き換えられた福島原発事故」 (2012/11/25)
        https://www.youtube.com/watch?v=dbg0qnWwPq4
        「東電福島第一原発事故 その経済的原因と今後のエネルギー」 (2012/12/11)
        https://www.youtube.com/watch?v=ZBjnfR_5Z1I
        講演要旨は以下のサイトにある。
        http://www.asyura2.com/13/genpatu32/msg/357.html
         核爆発を引き起こした具体的過程については、いろいろな説明が提起されている。アーニー・ガンダーセン氏は水素爆発が引き起こした振動による使用済み燃料プールの核燃料による核爆発を、クリス・バズビー氏はプルトニウム濃縮蒸気の核爆発を、ガンダーセン氏の引用しているNRC秘密報告書は原子炉内の再臨界爆発の可能性をそれぞれ提起している。これらはすべて説得的であるが、東電・政府が決定的データや設備の被害状況を今にいたるも公開していないため、本来は解明できるはずであるにもかかわらず、「仮説」の段階にとどまっている。しかしどのような過程を辿ったにせよ、再臨界・核爆発が生じた事実自体はいまや否定できない。

        注11 北田正弘『新訂初級金属学』内田老鶴圃(2006年)第8章6節も参照のこと。ちなみに、北田氏は日立製作所(原発メーカー)の中央研究所勤務であった。

        注12 Kouji Adachi, Mizuo Kajino, Yuji Zaizen & Yasuhito Igarashi; Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident
        http://www.nature.com/srep/2013/130830/srep02554/full/srep02554.html

        注13 矢ヶ崎克馬「矢ヶ崎克馬教授が あの福島原発事故の放射性微粒子の正体に迫る」2014年7月4日
        http://www.sting-wl.com/yagasakikatsuma13.html

        注14 Yoshinari Abe, Yushin Iizawa, Yasuko Terada, Kouji Adachi, Yasuhito Igarashi, and Izumi Nakai; Detection of Uranium and Chemical State Analysis of Individual Radioactive Microparticles Emitted from the Fukushima Nuclear Accident Using Multiple Synchrotron Radiation X-ray Analyses; Analytical Chemistry
        http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ac501998d

        注15 大野利眞、森野悠、田中敦「福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の大気中の挙動」保健医療科学2011年Vol.60 No.4 292、296ページ
        http://www.niph.go.jp/journal/data/60-4/20116004003.pdf

        注16 兼保 直樹(産業技術総合研究所 環境管理技術研究部門 大気環境評価研究グループ 主任研究員)「風に乗って長い距離を運ばれる放射性セシウムの存在形態――大気中の輸送担体を解明」 
        http://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/nr20120731/nr20120731.html

        注17 文科省「文部科学省によるプルトニウム、ストロンチウムの核種分析の結果について」
        http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/gijyutu/017/shiryo/__icsFiles/afieldfile
        /2011/10/05/1311753_3.pdf
        アメリカへの飛散については、『サンデー毎日』(2011年6月12日号)「太平洋を越えたプルトニウムの謎」19〜21ページを参照。その他この事実を早くから指摘した下記のブログも参照のこと。
        http://onihutari.blog60.fc2.com/blog-entry-44.html

        注18 小泉昭夫、原田浩二、新添多聞、足立歩、藤井由希子、人見敏明、小林果、和田安彦、渡辺孝男、石川裕彦「福島県成人住民の放射性セシウムへの経口、吸入被ばくの予備的評価」
        http://hes.med.kyoto-u.ac.jp/fukushima/EHPM2011.html

        注19 ロザリー・バーテル「劣化ウランと湾岸戦争症候群」嘉指信雄ほか編『ウラン兵器なき平和をめざして』(2008年)合同出版所収

        注20 「黒い物質」「黒い塵」「黒い粉」についての記述は多くあるが、ここでは志葉玲「首都圏を襲う超高線量の黒い物質(その1〜3)」(2012年6月1、4、5日)を挙げておこう。
        http://reishiva.jp/report/?id=5888
        http://reishiva.jp/report/?id=5891
        http://reishiva.jp/report/?id=5896

        注21 山内知也(神戸大学教授)「放射能汚染レベル調査報告書 首都圏における生物濃縮がもたらす高レベルの汚染」(2012年4月20日)
        http://tokyo-mamoru.jimdo.com/%E9%AB%98%E6%BF%83%E5%BA%A6%E6%B1%9A%E6%9F%93-%E8%B7%AF%E5%82%8D%E3%81%AE%E5%9C%9F-%E6%83%85%E5%A0%B1/
        また『東京新聞』2012年5月17日「江戸川区 路上に高濃度セシウム」も参照。
        http://onand.under.jp/genpatsu/index.php?%B9%BE%B8%CD%C0%EE%B6%E8%A1%A1%CF
        %A9%BE%E5%A4%CB%B9%E2%C7%BB%C5%D9%A5%BB%A5%B7%A5%A6%A5%E0%A1
        %A1%C1%F4%A4%E4%A5%B3%A5%B1%CE%E0%A4%C7%C7%BB%BD%CC%A4%AB

        注22 早川由起夫(群馬大学教授)「『黒い物質』改め『路傍の土』」(2012年5月25日)
        http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-entry-512.html

        注23 Japan's Black Dust, with Marco Kaltofen; Fairewinds Energy Education Podcast July 10th, 2013; Podcast Transcript
        http://www.fairewinds.org/japans-black-dust-with-marco-kaltofen/
        日本語訳は、小林順一訳「放射線科学の世界的権威が明らかにする・日本の黒い塵、その正体(その1〜5)」
        http://kobajun.chips.jp/?p=13069
        http://kobajun.chips.jp/?p=13706
        http://kobajun.chips.jp/?p=13975
        http://kobajun.chips.jp/?p=14179
        http://kobajun.chips.jp/?p=14201
        カルトフェンによる詳細な説明は次のサイトにある。
        http://fukushimavoice-eng2.blogspot.jp/2013/06/radiological-analysis-of-namie-street.html

        注24 The Hottest Particle; April 3rd, 2014
        http://www.fairewinds.org/hottest-particle/
        日本語訳は以下のサイトにある。「黒い砂の正体はつまり核燃料」
        http://ameblo.jp/mhyatt/entry-11866091534.html

        注25 「フクロウの会」のホームページにある。
        http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/files/2014_1010ozawa2.pdf

        注26 小出裕章「プルトニウムという放射能とその被曝の特徴」
        http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/Pu-risk.pdf
        タンプリン、コクランの当時の報告はインターネットで見ることができる。
        Authur R. Tamplin, Thomas B. Cochran (1974.2), Radiation Standards for Hot Particles, A Report on the Enadequacy of Existing Radiation Protection Standards Related to Internal Exposure of Man to Insoluble Particles of Plutonium and Other Alpha-Emitting Hot Particles
        http://docs.nrdc.org/nuclear/files/nuc_74021401a_0.pdf

        注27 原子力委員会の文書は、『原子力委員会月報』14(12)で、以下の政府サイトにある。
        http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/ugoki/geppou/V14/N12/196901V14N12.html

        注28 萩原ふく氏のサイトは以下にある。
        http://noimmediatedanger.net/contents/seminar1976/270

        注29 山村雄一、吉利和編『内科学書』第3版 中山書店 1987年 881ページ

        注30 前掲『内科学書』第3版 803ページ

        注31 福井基成監修 吸入指導ネットワーク編集 『地域で取り組む喘息・COPD患者への吸入指導 吸入指導ネットワークの試み』フジメディカル出版(2012年)

        注32 小川聡総編集『内科学書』第8版(2013年)第2巻417ページ。

        注33 公益財団法人宮城厚生協会 仙台錦町診療所・産業医学センター広瀬俊雄医師の本論文の共著者遠藤への私信

        注34 海老原勇「粉じん作業による系統的疾患」『社会労働衛生』10巻4号23-48,2013.3

        注35 海老原勇「粉じん作業と免疫異常」『労働科学』58巻12号607-634,1982.12。同「粉じん作業による全身疾患」『社会労働衛生』11巻1号41-55,2013.6。

        注36 石丸小四郎ほか『福島原発と被曝労働』明石書店(2013年)206〜207ページ

        注37 ナノ粒子の体内への取り込みの問題に関する政府側の資料は、例えば、以下の文書に見られる。
        環境省ナノ材料環境影響基礎調査検討会「ナノ材料の有害性情報について」
        https://www.env.go.jp/chemi/nanomaterial/eibs-conf/02/mat02.pdf
        研究の概要については国立環境研究所「ナノ粒子・マテリアルの生体への影響 分子サイズまで小さくなった超微小粒子と生体との反応」『環境儀』N0.46 2012年10月号
        http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/46/46.pdf

        注38 ロザリー・バーテル前掲(注19参照)

        注39 安間武訳「あるナノ粒子は胎盤関門を通過する可能性がある SAFENANO 2009年11月20日」
        原著はSAFENANO 20/11/2009; Study indicates potential for certain nanoparticles to cross the placental barrier

        注40 「ナノ粒子は細胞バリアを越えてDNAを損傷するかもしれない ブリストル大学プレスリリース2009年11月5日」。これには安間武氏の要約がある。
        http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/091105_nanoparticles_DNA_damage.html
        原著はUniversity of Bristol; Press release issued 5 November 2009; Nanoparticles may cause DNA damage across a cellular barrier
        http://www.bris.ac.uk/news/2009/6639.html

        注41 落合栄一郎氏は、「生物学的半減期」が国際原子力組織(ICRPなど)の作り出した虚構であって現実には存在しないと主張している。「落合栄一郎さん来日歓迎講演会『放射能は地球上の生命を徐々に蝕んでいる』」
        https://www.youtube.com/watch?v=ImuXpf9am-E&feature=youtu.be

        注42 おおざっぱな計算だが、セシウム原子の半径が256pm(ピコメートルすなわち10-12メートル)なので0.256nmとなり、1nmに原子が2個並ぶ。1nmの立方体にはセシウム原子が8個入ることになる。足立氏の発見した粒径2μmはおよそ直径2000nmので半径はその半分1000nmである。球体の体積は4πr3/3なので、半径は1μmの球体には4π÷3×10003=4.19×109個の1nmの立方体があることになる。それぞれ8個の原子が含まれるので、セシウムの原子数は33.5×109個すなわち335億個ほどになる。実際には他の原子も含まれるので、セシウム原子の数はずっと少ないものと考えられる。
         小柴信子氏は、足立論文に基づいて、足立氏が採取した2.6μmと2.0μmの放射性微粒子中のセシウム原子の数をそれぞれおよそ45億個と21億個と推計している。
        「足立論文に、直径2.6μmの微粒子から検出したセシウムのBq数から、微粒子に含まれるセシウムの質量濃度は、微粒子の密度を2.0[g/cm3]と仮定すると5.5%とある。これに基づき1微粒子に含まれるセシウム原子数を計算した。
        微粒子の体積は球の体積の公式より、9.2×10E(-12) [cm3]。
        微粒子に含まれるセシウムの質量は、微粒子の体積×微粒子の密度×セシウムの質量濃度なので、
         9.2×10E(-12) [cm3] × 2.0 [g/cm3] × 0.055 = 1.0×10E(-12) [g]
        セシウム134(原子量134)とセシウム137(原子量137)はほぼ同量検出されているので、セシウムの原子量135.5とすると、セシウムのモル質量は135.5[g/mol]。
        1微粒子に含まれるセシウムのモル[mol]は
         1.0×10E(-12) [g] / 135.5[g/mol] = 7.5×10E(-15) [mol]
        1モルあたりの原子数は 6.0×10E(23)[個/mol](アボガドロ定数)なので、1微粒子に含まれる原子数は
         7.5×10E(-15)[mol] ×6.0×10E(23)[個/mol] = 4.5×10E(9)[個]
        足立氏らが発見した直径2.6μmの1微粒子に含まれるセシウム原子数は45億個となる。またもう一つの粒子の場合も同組成だとすると直径2.0μmなので、体積比は1.33/13=2.197であり、45億個の約半分の原子数となる。」(筆者への私信)

        注43 落合栄一郎『放射能と人体 細胞・分子レベルから見た放射線被曝』講談社(2014年).同書の基礎となった英語版は、Ochiai, Eiichiro; Hiroshima to Fukushima ― Biohazard of Radiation; Springer Verlag; 2014 英語版には日本語版において割愛された重要部分(放射線と人類とは絶対に共存できないという氏の強い信条など)もあり、さらに内容豊かなものとなっている。

        注44 矢ヶ崎克馬「内部被曝についての考察」(「劣化ウラン廃絶キャンペーン」のホームページより)
        http://www.cadu-jp.org/data/yagasaki-file01.pdf

        注45 われわれの前掲『原発問題の争点』第1章第6節「低線量被曝の分子基盤:ペトカウ効果とバイスタンダー効果」を参照のこと。「ペトカウ効果」の語義は、当初の「ペトカウの実験」という意味から、「放射線起因の活性酸素による細胞損傷メカニズム」「活性酸素及びその反応によって生じる過酸化脂質などにより引き起こされる、悪性腫瘍・動脈硬化症・心臓病・脳梗塞を含む多くの病気や老化」へと拡大してきた。この点については、Wikipedia日本語版の「ペトカウ効果」の項目が興味深い指摘を行っている。
        http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%88%E3%82%AB%E3%82%A6%E5%8A%B9%E6%9E%9C
        このような広義の「ペトカウ効果」解釈の基礎となった著作として、ラルフ・グロイブ、アーネスト・スターングラス著 竹野内真理訳『人間と環境への低レベル放射能の脅威』あけび書房(2011年)がある。

        注46 エピジェネティクスの定義については、仲野徹『エピジェネティクス――新しい生命増をえがく』岩波書店(2014年)21ページ。
        細胞外基質(細胞外マトリクスECMともいう)については、Extra Cellular Matrix; Mina Bissell: Experiments that point to a new understanding of cancer参照。NHKのホームページにある。乳腺細胞をその基質から引き離して培養すると乳汁を産生しないが、また基質内に入れると産生するようになる、がん細胞を正常な基質内に入れると無際限な分裂が止まるなどの興味深い実験が紹介されている。細胞外基質が細胞に対しどう機能すべきかを指示しているのではないかという推論を行っている。
        http://www.nhk.or.jp/superpresentation/backnumber/140924.html
        デェヴィッド・サダヴァほか著 石崎泰樹ほか訳『アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学』講談社(2010年)73〜75ページも参照した。
        関口清俊(大阪大学蛋白質研究所教授)「細胞外マトリックスの多様性とインテグリンシグナリング」も、細胞膜と細胞外基質との情報伝達の具体的メカニズムに関して重要な指摘を行っている。
        http://www.protein.osaka-u.ac.jp/chemistry/research/ECM.html
        なども参照した。

        注47 この際、落合氏の指摘するように、作用が強力で人体内に解毒する酵素がないヒドロキシラジカル・OHがとくに重要である。落合前掲『放射線と人体』158ページ

        注48 山内脩・鈴木晋一郎・桜井武『生物無機化学』朝倉書店(2012年)の2.4および2.5の各節 220〜289ページ

        注49 吉川敏一(元京都府立医科大学教授)「フリーラジカルの医学」『京都府立大学雑誌』126(6) 2011年 385〜6ページ
        http://www.f.kpu-m.ac.jp/k/jkpum/pdf/120/120-6/yoshikawa06.pdf

        注50 前掲『原発問題の争点』(注1-①)、23〜24ページ。数値の原典は、崎山比早子「放射性セシウム汚染と子供の被曝」『科学』2011年7月号。

        注51 厚生労働省「白内障と放射線被曝に関する医学的知見について」の文献No.824
        Cucinotta, F.A. et al.; Space radiation and cataracts in astronautsからの引用。宇宙飛行士のデータの解析による評価。
        http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/130726_3-21.pdf

        注52 田野保雄ほか総編集『今日の眼疾患治療指針(第2版)』医学書院(2007年)所収、山田昌和著「角膜上皮の沈着物」154ページ。

        注53 川合真一ほか編集『今日の治療薬 解説と便覧 2014』南江堂(2014年)「眼科用剤 白内障治療薬」1020ページ

        注54 黒田洋一郎ほか『発達障害の原因と発症メカニズム』河出書房新社2014年、第9章第5節(291〜295ページ)。この節の表題は「放射性物質(ストロンチウム90など)の内部被曝による、自閉症など多くの疾患・障害の発症の可能性とその予防」となっている。

        注55 われわれは、2012年春頃までの福島事故による健康被害の状況について前掲『原発問題の争点』の第1章第5節(「福島原発事故による日本での内部被曝の進行」)で可能な限り全面的にまとめようと試みた。それ以後のデータについては以下を参照のこと。
        ①福島県における小児甲状腺がんの多発については、津田敏秀「2014年8月24日福島県『県民健康調査』検討委員会発表分データによる甲状腺検査分まとめ」『科学』岩波書店2014年10月号、同「放射能による甲状腺がんの多発」『Days Japan』デイズ・ジャパン出版2014年10月号。
        ②福島県における心臓病の多発とそれによる死亡の放射能汚染との関連については、明石昇二郎「福島県で急増する『死の病』の正体を追う」『宝島』2014年10月号、福島県におけるがん死の多発については同じく明石昇二郎「福島県でなぜ『ガン死』が増加しているのか」『宝島』2014年11月号。
        ③福島県と周辺地域における死産および乳児死亡の増加については、ハーゲン・シュアブほか「東日本大震災/福島第1原発事故による死産と乳児死亡の時系列変化」『科学』岩波書店2014年6月号。
        ④鼻血については、福島県双葉町および宮城県丸森町の住民に対する2012年11月時点での質問票による健康調査で、対象の滋賀県長浜市木之本町と比較して「有意に多い症状」として鼻血などが報告されている。中地重晴「水俣学の視点からみた福島原発事故と津波による環境汚染」『大原社会問題研究所雑誌』 No.661/2013.11
        http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/661/661-01.pdf
        『ビッグ・コミック・スピリッツ』2014年6月2日号の「『美味しんぼ』福島の真実編に寄せられたご批判とご意見」の項に掲載された矢ヶ崎克馬、肥田舜太両氏の見解を参照のこと。
        ⑤小児の免疫機能の低下については、福島県の第13回「県民健康調査」検討委員会の資料においても、平成24年度の「健康診査」結果の中に6歳以下の女児の0.1%に好中球500/μL以下のいわゆる「無顆粒球症」が報告されている。
        第13回「県民健康調査」検討委員会(H25/11/12)の資料3.「県民健康調査の実施状況について」
        https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/6427.pdf
        ⑥福島県周辺自治体における健康調査については、
        茨城県「取手市小中学校 心臓検診結果(2013/01/01)」
        http://www.h7.dion.ne.jp/~touhyou/houshaedu/sinzou_toride.pdf
        ⑦福島原発事故による健康被害を可能な限り全体的に概観しようとする試みについては、落合栄一郎前掲書第10章を参照のこと。Ochiai, Eiichiro; Hiroshima to Fukushima ― Biohazard of Radiation; Springer Verlag; 2014のChapter 15には、さらに詳しい紹介がある。
        また、そのような試みの一つとして、前掲「遠藤順子医師講演 家族を放射能から守るために〜国際原子力組織の動きと内部被曝」2014年8月3日のビデオ映像も参照いただければ幸いである。
        https://www.youtube.com/watch?v=rgUBXFeX-_o

        注56 前掲『宝島』2014年10月号(注53-②)

        注57 児玉龍彦著『内部被曝の真実』幻冬舎新書(2011年)83ページ

        注58 John Howard; Minimum Latency & Types or Categories of Cancer; World Trade Center Health Program; Revision May 1, 2013
        http://www.cdc.gov/wtc/pdfs/wtchpminlatcancer2013-05-01.pdf

        注59 日本政府の原子力規制委員会「定時降下物のモニタリング」が発表している「都道府県別環境放射能水準調査(月間降下物)」は以下のサイトで閲覧することができる。
        http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/list/195/list-1.html

        注60 東京電力廃炉・汚染水対策チーム会合第10回事務局会議資料「原子炉建屋からの追加的放出量の評価結果(平成26年9月)」(2014年9月25日付)では、1〜4号機の放出量の合計値は「0.1億ベクレル/時以下」と評価している。言い換えれば、現在も最大で1000万Bq/hが出続けており、一日では2.4億Bq、年間では876億Bqの放出が続いているということである。
        http://www.tepco.co.jp/life/custom/faq/images/d140925-j.pdf

        注61 この放出事故についての報道は多いが、ここでは以下の2つを挙げておこう。
        NHKニュースインターネット版2014年7月23日
        http://www3.nhk.or.jp/news/genpatsu-fukushima/20140723/1753_houshutsu.html
        東京新聞インターネット版2014年7月24日
        http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2014072402000185.html

        注62 読売新聞インターネット版「放射能監視体制を強化…福島県」2014年7月31日
        http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=102725
        インターネット上にはこれに関する多くのブログがある。
        http://saigaijyouhou.com/blog-entry-3850.html?sp
        http://www.asyura2.com/14/genpatu39/msg/507.html
        http://www.asyura2.com/14/genpatu39/msg/445.html
        http://saigaijyouhou.com/blog-entry-3311.html
        2014年7月には、福島と関東地方から北海道にいたる広い地域で放射線量の異常な上昇が観測されている。

        注63 井部正之「静岡市の震災がれき試験焼却で明らかになった広域処理での放射能拡散増加の可能性」『ダイヤモンド・オンライン』
        http://diamond.jp/articles/-/30406
        ほかに同氏による「焼却炉のフィルターをくぐり抜ける放射能 拡大する管理なき被曝労働(1)および(2)」『ダイヤモンド・オンライン』も参照。
        http://diamond.jp/articles/-/27576
        http://diamond.jp/articles/-/26833

        注64 青木一政(「福島老朽原発を考える会(フクロウの会)」事務局長)「リネン吸着法による大気中の粉塵の放射能調査」
        http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/files/2010_1010aoki.pdf

        注65 原子力安全基盤機構「警戒区域内の国道6号線等の通過に伴う車両への放射性物質の影響及び運転手の被ばく評価に関する調査報告書」(2012年5月)
        http://www.nsr.go.jp/archive/jnes/content/000122709.pdf

        注66 タイヤハウスを含む乗用車の表面積のデータは、見いだすことができなかった。ボディのコーティング処理の際の料金のベースとなる数字は、以下のサイトにあり、ここでは全表面積をそのおよそ2倍と仮定した。
        SS=8.5m2未満(適合車種例:ワゴンR、ムーヴ)
        S=8.6 m2以上10.5 m2未満(適合車種例:ヴィッツ、フィット)
        M=10.6 m2以上12.2 m2未満(適合車種例:プリウス、BMW3シリーズ)
        L=12.3 m2以上14.0 m2未満(適合車種例:クラウン、ベンツEクラス)
        LL=14.1 m2以上17.6 m2未満(適合車種例:エルグランド、レクサスLS)
        XL=17.7 m2以上(適合車種例:アストロ、ハマー)
        http://www.keepercoating.jp/proshop/02845.html

        注67 国道6号線の通行量については、「国道6号通行量増加 震災前に迫る」『河北新報』オンラインニュース2014年10月15日を参照した。
        http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201410/20141015_63022.html

        注68 動労千葉「JR東日本 労働者への被曝を強制するな!」『日刊動労千葉』第7205号(2011年10月7日)
        http://www.doro-chiba.org/nikkan_dc/n2011_07_12/n7205.htm

        注69 『日本経済新聞』インターネット版2014年5月22日
        http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2202L_S4A520C1000000/

        注70 ロザリー・バーテル氏が寄稿したロシアのジャーナリスト、アーラ・ヤロシンスカヤの著作Alla A. Yaroshinskaya, Chernobyl: Crime without Punishment; Transaction Publishers(2011)への序文。

        注71 杏林大学医学部付属病院眼科「眼科初診についてのお願い」(2012年12月7日付け)
        http://www.kyorin-u.ac.jp/hospital/introduction/news_detail-612.shtml

        注72 三田茂(三田医院)「私が東京を去った訳」小平市医師会あての手紙
        http://blogs.yahoo.co.jp/hagure_geka/11743139.html

        注73 経済産業省 原子力委員会原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会「核燃料コスト、事故リスクコストの試算について」2011年11月10日付 表3の注記。
        http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/seimei/111110.pdf
         政府の「10年に1回」という重大事故確率は50基を稼働した場合のものである。福島第1原発4号機の事故で明らかなように、稼働していない原発も重大事故を起こす可能性があり、また自然災害が原発立地点全体を襲う可能性が高いという事情を考慮する必要がある。

        注74 原発立地点ごとの重大事故確率は、福島事故までの立地年数の合計約543年を、立地地点数18カ所で割って計算でき、約30年である。
        付表 原発立地点の存在期間による重大事故確率の概算

        Wikipedia各項目より筆者計算。福島事故発生は2011年3月11日とした。閏年は考慮していない。新型転換炉「ふげん」(1978.3.20〜2003.3.29に存在、現在廃炉作業中)は敦賀原子力発電所に併設されており、立地点は敦賀とした。

        注75 久邇晃子「愚かで痛ましいわが祖国へ」『文藝春秋』2011年11月号 170、175ページ




        本記事は
        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性
        ――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(4/4)

        です。

        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(1/4)
        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(2/4)
        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(3/4)
        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(4/4)


        2014.11.30 Sunday

        福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性 ――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性 (3/4)

        0
          2014年11月

          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性
          ――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性
          (3/4)

          渡辺悦司 遠藤順子 山田耕作    2014年10月13日(2014年12月18日改訂)


          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(No.1) (26ページ,p1-p26,1953KB,pdf)
          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(No.2) (45ページ,p27-p71,1614KB,pdf)


          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(1/4)
          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(2/4)
          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(4/4)


           

              3.再浮遊した放射性微粒子の危険と都心への集積傾向


           ここでは、すでに多くの文献が発表されている福島については概観するだけにとどめ、都心と東京圏における放射性微粒子の危険性と健康への影響を中心に取り上げることにしたい。

            3-1.福島など高度の放射能汚染地域における疾患の増加

           東日本大震災および原発事故後の高度に放射能に汚染された地域における疾患の顕著な増加については、すでに多くの報告で明らかにされている注55。客観的なデータや多くの人々の生の証言を収集し、これらを総合して福島事故のもたらしている住民健康被害の全体像を明らかにしていくことが課題である。ここでは次の点を付け加えるだけにしたい。
           2012年6月29日付けのNHKニュースでは、「東日本大震災後の1ヶ月間で東北大学病院が受け入れた心不全患者が震災前の3倍を超えていた」と報じられた。また、福島市の大原総合病院では、心筋梗塞と狭心症の患者数が、事故前の2010年に比較して、2011年で2.5倍に、2012年前半で1.6倍になったとされている(落合前掲書、英語版174ページ、和書274ページ注43)。2012年3月の日本循環器学会では東北大学循環器内科の下川宏明氏が「東日本大震災では発災以降、心不全をはじめ、急性心筋梗塞と狭心症、脳卒中などの循環器疾患が有意に増加しており、特に心不全の増加は、過去の大震災疫学調査では報告例がなく、東日本大震災の特徴の1つである」と報告している。
           福島県に関しては、震災以前から急性心筋梗塞の年齢調整死亡率は全国ワースト・ワンであった。しかし、東日本大震災発生以降は、全国的に見れば急性心筋梗塞による死亡率は減少しているにも関わらず、福島県では急性心筋梗塞が増加し続けている。この福島県内の急性心筋梗塞の死亡率とセシウム汚染値の濃淡の関係を解析した結果、「セシウム汚染が濃いところほど急性心筋梗塞の年齢調整死亡率が高いという傾向が見られた」という報告がある注56。実際、福島県内では2011年の震災後に高校生3人が急性心不全で亡くなり、2014年9月には小学生が急性心不全で亡くなっている。また、2013年3月までに少なくとも3人の原発作業員が急性心筋梗塞または心臓発作で突然死している。福島県における急性心筋梗塞による死亡率は、原発事故のあった2011年以降急増し、突出して全国1位である(図12)。

          図12 厚生労働省『人口動態統計』に見る急性心筋梗塞による県別死亡率

          「市民と科学者の内部被曝問題研究会」小柴信子氏作成。
          2011年までのグラフはOchiai,Eiichiro前掲書175ページにある。
          出典:http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii04/

           また、小児甲状腺がんについては、すでに103人の甲状腺がんまたはその疑いが見つかっているが、「手術の終わった57名の甲状腺がんは、8割が肺転移(2名)や頚部リンパ節転移や局所浸潤の症状のある患者である」と報告された。東京大学先端科学技術センターの児玉龍彦教授は、その著書『内部被曝の真実』の中で小児甲状腺がんについて、以下のように述べている注57
           「数万人集めて検診を行っても、なかなか因果関係を証明できない。エビデンスが得られるのは20年経って全経過を観測できてからである。これでは患者の役には立たない。それでは、病気が実際に起こっている段階で、医療従事者はどのように健康被害を発見したらいいのか。ここで、普通で起こり得ない『肺転移を伴った甲状腺がんが小児に次から次へとみられた』という極端な、いわば終末型の変化を実感することが極めて重要になってくる…」と。
           肺転移2名というのは、その始まりではないのだろうか。ちなみに、米国疾病管理予防センター(CDC)のがんの潜伏期間に関するレポートMinimum Latency & Types or Categories of Cancer(改訂2013年5月)では、小児甲状腺がんを含む小児がんの潜伏期間は1年となっている注58。同文書のサマリーによれば、主要ながんの最短の潜伏期間は表5の通りである。「いま見つかっている小児甲状腺がんは被曝によるものではない」という根拠はすでに崩れたと考えられる。

          表5 米国疾病予防管理センター(CDC)による主要ながんの最短潜伏期間

          出典:John Howard; Minimum Latency & Types or Categories of Cancer;
          World Trade Center Health Program; Revision May 1, 2013 7ページ
          http://www.cdc.gov/wtc/pdfs/wtchpminlatcancer2013-05-01.pdf


            3-2.東京圏における放射性微粒子による汚染

           最近明らかになってきたのは、福島県とその周辺部だけでなく、東京圏とくに都心において放射性物質による汚染が集積する傾向が顕著になっていること、東京圏においていろいろな病気の多発が始まっている兆候が見られることである。まず前者から検討しよう(後者については3-4で検討する)。
           例えば、政府の原子力規制委員会「定時降下物のモニタリング」が発表している「都道府県別環境放射能水準調査(月間降下物)」注59においては、東京(新宿)で観測される降下量が関東地方の他の観測地点における数値よりも高くなる傾向がはっきり見られる(表6、図13)。放射性降下物の量は季節変動が大きいので、同じ月で比較する必要があるが、最新の8月の数字は、セシウム137について、次の事実を確認できる。
          (1)東京(新宿)における放射性降下物量が2013年8月まで減少した後、2014年には大幅な増加に転じていること(ちなみに同月の東京の降下量7.7 MBq/km2すなわちBq/m2は事故直後に大阪・神戸に降ったピークの値7.9にほぼ等しい)、東京に近い市原でも若干の増加を示している。
          (2)東京における放射性降下物量は、事故直後には北関東地区より明らかに少なかったが、2013年からひたちなかを除いて多くなり、2014年には、ひたちなかを含む関東の全観測地点の数字よりも大きくなっている。

          表6 月間降下物調査結果が示す再浮遊放射能の都心への集積傾向

          出典:原子力規制委員会「定時降下物のモニタリング」における
          「都道府県別環境放射能水準調査(月間降下物)」より筆者作成
          http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/list/195/list-1.html

          図13 月間降下物調査結果(表6)をグラフにしてみると

          前掲小柴信子氏作成。
          出典:表6と同じ

           また、東京の降下量が他のすべての関東の観測地点の降下量よりも大きかった月を数えてみると、
           ①2011年3月〜12月には: ゼロ
           ②2012年12ヶ月中には: ゼロ
           ③2013年12ヶ月中には: 1ヶ月(2月)
           ④2014年8ヶ月中には: 3ヶ月(3月、5月、8月)
          であった。
           上に加えて、関東の観測点で事故原発に最も近いひたちなか(茨城県)を除くと、東京の放射性降下物量がどの関東の観測地点の降下物量よりも大きかった月は、
           ①2011年3月〜12月には: ゼロ
           ②2012年12ヶ月中には: 2ヶ月(8月、10月)
           ③2013年12ヶ月中には: 8ヶ月(2月、3月、5〜10月)
           ④2014年8ヶ月中では: 7ヶ月(1月、3〜8月)
          であった。
           各年・各期間の平均した降下量も同じ傾向を示している(表7)。

          表7 各期間の月平均降下量       (セシウム137:月平均MBq/km2すなわちBq/m2

          出典:原子力規制委員会「定時降下物のモニタリング」における
          「都道府県別環境放射能水準調査(月間降下物)」より筆者作成
          ただし2011年3月は19日からの観測結果。18日以前の数字は発表されていない。
          http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/list/195/list-1.html

           しかも、東京新宿における放射性降下物量は、昨年2013年3月に、月間で42MBq/km2(2013年2月にも25 MBq/km2)という事故直後2011年5月(74 MBq/km2)以来最高の降下量を記録している。
           現在でも、福島原発からは、冷却水の中にあるが内部は高温のままであるメルトダウンした炉心からの新規の放射性物質の放出が、汚染水中だけでなく、一部は大気中へも、続いていると考えられる。東電発表の数字(1時間あたり1000万Bq以下)注60は、建屋上部等のダスト濃度を採取したもので、ガスとして放出されたものはほとんど捕捉されておらず、また建屋内からの再浮遊分が含まれ、真の放出規模を明らかにしているとは考えられない。ただ事故時に比べて大幅に減少しているのは事実であろう(東電の同発表によれば8000万分の1)。
           従って、現在生じている降下物の大部分は、すでに放出された放射性物質の再浮遊による二次的三次的汚染と考えるべきであろう。上記の東京都心における降下量の変動もまた、再浮遊による結果であろう。しかし、再浮遊する放射性物質の源泉は、明らかに事故原発、それに近い福島県、汚染のひどかった北関東地域であろうから、東京への降下物がそれら北関東の観測地点よりも高くなる傾向は、風や雨などの気候条件や地形などの自然的条件だけでは説明できないように思われる。

            3-3.東京圏への汚染集積の諸要因

           以下のような一連の人的要因が関連していると考えるほかない。

           3-3-1.福島事故原発の工事による放射性物質の放出

           第1は、福島事故原発での廃炉工事による放射性物質の再浮遊と飛散である。東電は十分な準備や飛散対策をしないまま事故原発での廃炉工事を急いでいる。2013年8月中旬には、福島原発3号機のがれき処理作業によって大量の放射性物質の再放出事故(放出量は1兆1200億Bqに上ったといわれる)が起こった注61。だが、このような事故は、他にも公表されないまま繰り返されている可能性がある。この昨年8月の飛散事故も、東電ではなく農林水産省の発表によって明らかになったのであり、東電は事故をそれまでひた隠しにしていた。この事実は深刻な結果をはらんでいるというほかない。とくに1号機の廃炉工事のための放射線物質飛散防止用建屋カバーの撤去工事など今後飛散事故が頻発したり、重大化する危険性に注目しなければならない注62。福島原発事故直後3ヶ月間の平均降下量(表6)を見ても分かるように、東京は茨城(ひたちなか)に次ぐ降下量を記録している。福島で放出された放射性物質は、一度海上に出てから東風に乗る形で、東京に届きやすい自然的条件があると思われる。また都心に林立する超高層ビル群は低層雲の最底部(高度約100m)よりも高くそびえており、いわば雲の中に衝立のように立ちはだかって、浮遊してきた微粒子の沈着を促している可能性もある。

           3-3-2.焼却施設からの放射性物質の放出

           第2には、ゴミや産業廃棄物の焼却である。震災がれきの焼却を含めて、放射性物質で汚染されたゴミを焼却すれば、人口が密集してゴミ焼却施設も集中立地している東京圏の再汚染が進むことになるのは必然である。環境省が放射性物質を「99.99%除去できる」という「バグフィルター」が、微粒子ではなく焼却炉内で気化したセシウムを捕捉できないのは当然であって、環境省の主張は「虚偽」と言われても仕方がない。井部正之氏によれば、バグフィルターによるセシウム137の除去率は60%程度であり、約4割が外部に漏れている可能性があるという注63。気体として放出されたセシウムは大気中で微粒子となるであろう。さらに、政府の現行の基準では、1kgあたり8000Bqまでの廃棄物は通常のゴミとして焼却処理できる。これは、高濃度の放射性廃棄物がゴミとして焼却されることによって、微粒子による深刻な二次汚染を生じさせていることを意味する。「福島老朽原発を考える会(フクロウの会)」のリネン吸着法(布を張ってそれに付着する放射性物質を測定する)による降下放射能の調査によれば、東京都の日の出処分場のエコセメント化工場の近傍(日ノ出町二ッ塚峠)では、現実にセシウム137の付着(1時間あたり1m2の布に2.9mBq)が観測されている注64

           3-3-3.物流・交通機関による放射性物質の運搬と集積

           第3は、物流や交通機関によって運ばれる危険である。政府は、福島県や周辺の汚染が深刻な地域のJR線や高速道路や国道の再開を急いでいる。汚染がひどい地域を通った後に、これら列車やトラックその他の交通車両の除染が行われているという報道はない。これは、運転手や関連作業員の被曝だけでなく、物流や運輸により汚染が全国に拡大されている可能性があることを意味する。とりわけ物流や交通機関が集中する都心や首都圏に、付着した放射性微粒子が集積する客観的な条件となっていると考えなければならない。1台1台に付着する放射能量はわずかでも、すべて集まれば莫大な量となるからである。
           しかも、2012年5月に行われた原子力安全基盤機構の実測による調査注65によれば、事故原発の近郊を通る国道6号線を通過した車両(側面、底面、タイヤハウス)に付着する放射性物質は、天候にかかわらず、平均で2Bq/cm2と算定されている。同調査は、ここから「国道6号を通過する車両に付着する汚染は僅かである」と結論づけている。しかし、故意に小さく見せようとする数字の操作をはぎとり、1m2に換算すれば2万Bqであり、事故直後のひたちなかで観測された3ヶ月間の降下量に等しく、決して「僅かな」量どころではない。小型乗用車(プリウスなど)のコーティング処理表面積はおよそ10m2なので注66、実際の表面積をこれの2倍(20m2)と仮定すると、通行によって1台あたり40万ベクレルの放射性物質が付着することになる。大型乗用車だとコーティング面積がおよそ15 m2なので60万ベクレルが付着することになる。トラックやバスだとその大きさに応じて、この数倍から100倍以上になるであろう。現在、国道6号線の通行量は、開通区間で、平日1万台前後であり注67、通行車両の平均表面積を大型乗用車程度と仮定すると、通行車両により運ばれる放射性微粒子の量は、1日あたり60億ベクレル、1年間では2兆ベクレルを越えることになる。広島原爆のセシウム137放出量の40分の1になるレベルである。表面積の大きいトラックやバスなどの通行が多いと、この数字はさらに何倍も多くなるであろう。
           政府は、国道に続いて常磐自動車道も開通させようとしているが、これにより通過する交通量が飛躍的に増えるであろう。そうなれば、車両に付着して運ばれる放射性物質の量もまた飛躍的に増えることになろう。さらに、汚染の大きい中通り(福島市、郡山市など)を通る東北自動車道、国道など幹線道路についても、程度は違うであろうが、同じことが言える。
           JR常磐線・東北線、東北新幹線など鉄道も、放射性微粉塵を運んでいるであろうし、列車の表面積は桁違いに大きいので、運ばれる放射性物質の量は、比例して大きいと考えられる。これらの車両の洗浄の際に放射性物質の除染が行われているとは考えられない。JR東日本は、事故直後の2011年10月に、常磐線広野駅に放置していた車両を、除染せずに車両センターに移送し、その後常磐線の不通区間を部分開通させたが、これに対しJRの労働組合は乗務員の被曝に反対してストライキを行った注68。JRは、2017年春に常磐線を全線開通させようとしている注69。前述のリネン吸着法による「フクロウの会」の調査によれば、福島県伊達市内では、鉄道の脇でのセシウム137の捕捉量(17.7mBq/m2・h)が、他の観測点の2.8倍から4.7倍と目立って多くなっており、鉄道の往来による粉塵が原因と推定されている注60
           これら交通機関や物流は、多くが東京都心へと向かい、またそこから日本全体に広がるにしても一度は東京圏を通ることが多い。このように、放射性微粒子の再浮遊による被曝の拡大とくに東京都心への集積傾向は、きわめて深刻な問題である。

            3-4.東京圏住民の健康危機の兆候は現れ始めている

           それは、東京圏におけるがんや心筋梗塞をはじめあらゆる病気の急増という破局的な結果をはらんでいるといっても過言でない。その兆候とでも言うべきものはすでに現れ始めている。

           3-4-1.がん発症の増加

           日本のがん統計は、すでに事故以前の10年間について、全がんで51.3%増(年平均4.26%増)という、がん罹患数の大幅な、危機的ともいえる増加を示している(国立がん研究センター「全国がん罹患者数・率推定値」)。このような傾向の背景に、人口の高齢化、環境汚染(大気汚染、農薬、有害化学物質、食品添加物、遺伝子組み換え作物、電磁波、オゾン層破壊、薬害など)、労働環境や労働条件の悪化、社会矛盾の深刻化やストレスの増加などさまざまな客観的諸要因があることは明らかである。だがそれだけではない。これらと複合的に組み合わさる形で、広島・長崎への原爆投下、米ソなど核保有国による核実験、原発や核工場の運転による日常的な放出、繰り返されてきた核事故や原発事故など、歴史的に環境中に放出され蓄積されてきた大量の放射能が、発がん要因として大きな役割を果たしていることもまた明らかである注43。福島原発事故によって放出された放射性物質によって生じるがんの多発は、このトレンドの上に付け加わることになる。
           日本政府のがん罹患者数統計は恐ろしく不備であり、現在の最新統計は事故前の2010年でしかない。また県別の統計は2007年までしか発表されていない。しかし、複数の個別の病院のがん統計は、東京を中心とする関東圏でがんが急増している可能性を示している。
           東京都文京区にある順天堂大学付属順天堂病院のホームページに、血液内科について受診した患者数とその症例の統計が記載されている(表8)。それによれば、放射線との関連性の高く潜伏期間が0.4年と短い(上記CDCレポート)注58とされる悪性リンパ腫、白血病など血液関連のがんが2011年以降2倍以上に増えており、がんの多発が、日本で最も人口の多い、東京を中心とする関東圏で現に生じ始めている可能性を示唆している。

          表8 順天堂大学付属順天堂病院・血液内科の外来新規患者数およびその内訳

          2011年と2012年・2013年では分類が若干違っている。
          A/Bと記している場合Aは2011年の分類、Bは2012・2013年の分類である。
          出典:順天堂大学医学部附属順天堂医院 血液内科 診療実績より筆者作成
          http://www.juntendo.ac.jp/hospital/clinic/ketsuekinaika/kanja03.html

           もちろんこのような新規患者の急増は、病院施設の拡張によるものであろうとも考えられよう。そこで入院患者の総数を見てみると、2011年から2013年に、209人から304人へと45.5%の増加であり、施設・人員の増強は(未確認であるがもしあったとしても)5割程度でしかないと推定される。したがって、たとえ施設・人員増があったとしても、このような新規患者の2倍以上の増加は、説明できない。また、もし施設拡張があったとしても、そのような拡張自体が患者の急増を反映するものであろう。
           血液関連のがんが急増する同じ傾向は、患者統計が利用できる順天堂病院以外の首都圏の4病院でも確認されている。『原発通信』第716号(遠坂俊一氏提供)の資料によれば、骨髄異形成症候群による入院患者数は、表9のように急増している。

          表9 首都圏の病院における骨髄異形成症候群による入院患者数 (単位:人)

          『原発通信』第716号の資料により筆者作成。
          出典:原データを掲載している各病院のサイトはそれぞれ以下の通りである。
          http://www.ntt-east.co.jp/kmc/guide/hematology/result.html
          http://www.ho.chiba-u.ac.jp/dl/patient/section/ketsueki_01.pdf
          http://www.musashino.jrc.or.jp/consult/clinic/3ketsueki.html
          http://www.hospital.japanpost.jp/tokyo/shinryo/ketsunai/index.html#jisseki

           さらに、国立がん研究センターが発表している「がん診療連携拠点病院 院内がん登録」統計は、今年7月にようやく2012年の統計が公表されたが、上記の個別病院統計と同じような東京における血液がんの急増傾向をはっきりと示している。表10は、2009年に調査対象であった17病院について、血液がんの登録患者数の推移を示したたものである。事故前の2009年から2010年の増加率は、血液がん合計で1.1%なので2年間に換算して2.2%である。このトレンドと比較すれば、表10に示された2010年から事故後2012年への増加率21.1%は、明らかに大きな加速ということができる。また全国の血液がん患者数の増加率14.3%と比較しても、東京における増加率は突出している。

          表10 「院内がん登録」統計による東京都内17病院の血液がん患者数  (単位:人)

          注記:*が付いているものは実数、それ以外は筆者の推計値である。
           「院内がん登録」統計における東京都の調査対象病院は、2009年の17施設から、2010年に20施設に、2011年および2012年の25施設に拡大している。国立がんセンターの統計は、この事情を考慮せずに各がんごとの合計値を計算している。したがって、年ごとの数値を比較するためには、2010、2011、2012各年についても、2009年に調査対象であった17病院に限定して計算する必要がある。
           表10では、同統計「付表1〜6」に記載されている東京都全体の登録患者数から、各年ごとに新たに付け加わった病院の患者数を差し引いた数字を掲げてある。また、同統計では10以下の数字は、プライバシーを理由に伏字で表記されている。ここでは、伏せられた数字をすべて5であると仮定して計算した。これらの事情により、患者数には実数として確定することができないものがある。*が付いている以外の上記の数字はすべて推定した概数である。
           上の方法で計算された東京都の数字は調査病院数とほぼ比例するので、2009年から2010年の全国の患者数は、2012年をベースとし、調査対象病院の総数(それぞれ376、387、397、397施設)に比例すると仮定して補正した。
          出典:国立がん研究センター がん対策情報センター がん統計研究部 院内がん登録室
          「がん診療連携拠点病院 院内がん登録 全国集計報告書 付表1〜6」2009〜2012年版より筆者作成。
          各年の報告書は以下のサイトからダウンロードできる。
          http://ganjoho.jp/professional/statistics/hosp_c_registry.html

           これらのデータは、潜伏期間が4年の固形がんが、今後すなわち2015年以降、多発する可能性を強く示唆するものである。しかも、ロザリー・バーテル氏が指摘するとおり注70、放射線は、単に直接にがんを発生させるだけでなく、身体全体の免疫力を低下させてすでにある微小な潜伏期のがんの発症を促進し、しかも発症するがんを悪性化させる方向でも作用する。この点を考慮に入れるならば、首都圏における、血液がん以外のいろいろな部位のがんの多発もまた、差し迫っているだけでなく、すでに始まっている可能性が高いと考えるべきであろう。事実、上記の「院内がん登録」統計は、東京の全がんについて、事故前の2010年から2012年までの2年間に、患者数が5万2090人から5万8662人(調査病院により補正)へと12.6%増加したことを示している(全国では調査病院数の補正値54万4067人から59万856人へと8.6%増加)。

           3-4-2.白内障と眼科疾患の増加

           もう一つの兆候は、東京圏における眼科疾患とりわけ白内障の増加傾向である。東京都内有数の眼科病院の一つである井上眼科病院の患者統計は、この傾向をはっきり示している(図14-1)。同じ井上眼科病院グループの西葛西・井上眼科病院の患者統計も、白内障手術件数のいっそう顕著な増加を示している(図14-2)。

          図14-1 東京都井上眼科病院の患者統計

          前掲小柴信子氏作成。
          出典:平成22〜24年度は、「災害情報ブログ」より引用。
          http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1157.html
          平成23〜25年度は、井上眼科病院のホームページによる。
          http://www.inouye-eye.or.jp/about/statistics.html


          図14-2 西葛西・井上眼科病院の患者統計

          出所:http://www.inouye-eye.or.jp/about/statistics.html

           さらに、白内障や眼科疾患については、現在明らかな受診抑制や手術抑制が行われており、手術を受けたくても受けられない状況が生じている。杏林大学医学部付属病院眼科では患者が増え、2012年末以降「現在の眼科常勤医師では対応しきれない状況」注71が生じているという。現実の白内障の発症数は、これらの統計の示しているところを上回る可能性が高い。
           また、東京圏ではないが、東京圏と同じように福島に次いで汚染度の高い地域である宮城県仙台市およびその周辺でも白内障や眼科疾患が急激に増えていることが示唆されている。例えば、東北労災病院眼科の患者統計では、白内障手術数は、事故前の2010年から事故後の2012年までにおよそ2倍になっている(図15)。

          図15 仙台市の東北労災病院眼科の手術件数の推移

          出典:東北労災病院眼科ホームページ
          http://www.tohokuh.rofuku.go.jp/patient/outpatient/cons_info/ganka/

           これらの事実は、眼科疾患とりわけ白内障をめぐって極めて重大な事態が現に生じつつあることを示唆している。

            3-4-3.住民とくに子供たちの健康状態の全般的悪化と免疫力の低下

           東京圏の子供たちの健康状態の深刻な悪化を示す兆候が出てきている。2014年3月まで東京小平市で医院を開業していた三田茂医師は、同市での医院を閉じ、岡山市に転居した理由について小平市医師会にあてた手紙の中で、次のように書いている。


           …私は2011年12月から放射能を心配する首都圏の親子約2000人に、甲状腺エコー、甲状腺機能検査、血液一般、生化学を行ってきました。
          10歳未満の小児の白血球、特に好中球が減少している。
          震災後生まれた0〜1歳の乳児に好中球減少の著しい例がある(1000以下)。
          ともに西日本に移ることで回復する傾向がある(好中球0→4500)。
          鼻出血、脱毛、元気のなさ、皮下出血、肉眼的血尿、皮膚炎、咳、等々特異的でないさまざまな訴えがあります。
          小平は関東では一番汚染が少なかった地域ですが、2013年中旬からは子ども達の血液データも変化してきています。
          東京の汚染は進行していてさらに都市型濃縮も加わっています。
          市民グループの測定によると東大和、東村山の空堀川の河原の線量はこの1〜2年で急上昇しています。
          その他最近私が気になっている、一般患者の症状を記します。
          気管支喘息、副鼻腔炎などが治りにくくなっている。転地すると著明に改善する。
          リウマチ性多発筋痛症の多発。中高年の発症が増加している。
          「寝返りがうてない」「着替えができない」「立ち上がれない」などの訴えが特徴的。
          チェルノブイリで記載されていた筋肉リウマチとはこのことか?
          インフルエンザ、手足口病、帯状疱疹などの感染症の変化。
          当医院が貼り紙等で事故直後から放射能被曝の懸念をしていたことを知っているからでしょうか、多くの患者さんが「今までこのようなことはなかった」「何か普通とは違う感じがする」と訴えます。…注72


           とくに「10歳未満の小児の白血球とくに好中球の減少」は子供の免疫力の全般的低下を示す指標として注目される。
           さらに住民全体の免疫力の低下が生じている可能性があり、新型インフルエンザやエボラ出血熱など各種の流行性の病気が危機的に蔓延する危険も高まっていると言わざるをえない。

            3-5.精神科医の見た原発推進政策の病理

           政府は、被曝の現実的危険を真正面から見ようとせず、必要な対応も取ろうとせず、反対に汚染地域への住民帰還を進め、東京圏の住民と国民全体に放射線被曝を強要しながら、原発の再稼働を進め、さらには原発新増設・核燃料再処理も含め福島事故以前の原発推進路線に復帰しようとしている。このような政府の政策が続いて行くなら、福島やその周辺地域はもちろん東京圏の住民さらには日本国民全体の破局的な健康破壊という結果は避けられないのではないかと危惧される。
           現在進行中の福島事故の破壊的結果は、一般の住民に降りかかるだけではとどまらない。首相も政府閣僚も、天皇も皇族も、政府高官も高級官僚も、財界首脳も大資本家も、その本人と家族・親族の大部分は東京圏に暮らしており、影響は必然的に彼らにも及ぶであろう。
           さらに、経済産業省の公式文書注73に公然と記載されているように、福島事故のような原発の重大事故の起きる確率は、原子炉1基につき約500炉年に1回であり、残存する原発50基について計算すれば約10年に1回となる。これとは別に、原発の立地点ごとの存在年数で計算しても、確率は現在の18立地点につき約30年に1回である注74。つまり、原発を維持し続ければ、今後10〜30年間に、再度福島のような破局的事故が生じる可能性が高いのである。
           無知によるものなか、意図的なのか、いかなる精神状態によるのかは分からないが、日本の政府と指導層は、彼ら自身の立場から見ても、自己破壊的な政策をとっているというほかない。
           精神科医の久邇晃子氏は、破局的事故にもかかわらず原発に固執する政府の政策について、その「愚かさ」を指摘するだけでなく、さらに進んでその精神分析を試みている。久邇氏はそのような政策の中に「一種の病的な強迫行為」あるいは「心理学用語でいう『否認』の状態」を見いだしている。すなわち「安全でないと困るから安全であることにする。自分にとって都合の悪い事実は、無かったことにする。これが『否認』の状態であり、一種の絶望の表れ」であるという。さらに久邇氏は「自らを破滅させるようなことになるかもしれない綱渡りに乗りだし(しかも)硬直化してやめることが出来ない」という状況は「集団自殺願望」を「疑いたくなる」とも述べている注75。付け加えるならば、久邇氏のこの発言は旧民主党政権時代に行われたものであるが、現在の安倍自民党・公明党政権についてはさらに的を射ていっそう直接に当てはまると言える。政府と原発推進勢力は、自分たち自身とその家族だけでなく、福島とその周辺地域の住民を、また東京圏の住民を、そして日本国民全体を、さらには世界の人類すべてを、このような「集団自殺」に強制的に巻き込もうとしているのである。





          本記事は
          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性
          ――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(3/4)

          です。

          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(1/4)
          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(2/4)
          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(3/4)
          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(4/4)


          2014.11.30 Sunday

          福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性 ――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性 (2/4)

          0
            2014年11月

            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性
            ――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性
            (2/4)

            渡辺悦司 遠藤順子 山田耕作    2014年10月13日(2014年12月18日改訂)


            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(No.1) (26ページ,p1-p26,1953KB,pdf)
            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(No.2) (45ページ,p27-p71,1614KB,pdf)


            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(1/4)
            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(3/4)
            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(4/4)


             

                2.放射性ガス・微粒子の人体内への侵入経路


              2-1.タンプリン、コクランによる問題提起

             このような放射性微粒子による被曝の危険性は、すでに1974年に、タンプリンとコクランらが「ホットパーティクル」として提起したものである。彼らは、微粒子によって(とくにアルファ線によって)被曝する場合には、近傍の組織の被曝量は莫大なものになるので、ホットパーティクルを問題にする場合の許容量を11万5000分の1に引き下げるよう提案した注26
             当時の議論は、プルトニウムとアルファ線による影響が議論の中心であったが、現在ではセシウムやストロンチウムやウランなどについても、ベータ線やガンマ線についても、同じように当てはまるということが明らかになってきている。1-2および1-3で検討したような各種の放射性微粒子が現実に発見されてきている現在、「ホットパーティクル」の危険性は、1974年当時の議論よりも、もっと広く深刻に考えなければならない。

              2-2.1969年の日本原子力委員会(当時)の報告書

             これらの放射性微粒子の健康への影響の検討に進む前に、タンプリンが問題を提起する5年前の1969年に、日本において、当時の原子力委員会が、微粒子による内部被曝のメカニズムを検討し、その危険性を報告している事実があることを確認しておこう(「原子力委員会決定 昭和44年(1969年)11月13日 プルトニウムに関するめやす線量について」)注27
             萩原ふく氏はこの文書を発見して、ホームページ「No Immediate Danger」でこの重要な事実を指摘し、「ホットパーティクル」が福島事故で生成された可能性を調査もせずに否定した日本のICRP委員たちを強く批判している注28
             この政府文書は、プルトニウムの微粒子の体内への侵入と内部被曝のメカニズムに関して、きわめて重要な指摘をしている。長くなるが引用しよう。


            1 事故時に放散されるプルトニウムの形態
             …燃料物質が原子炉建屋の外に放散されるような事故を考えるならば、そのときの放散されるプルトニウムの形態は、酸化物のかなり細かい粒子であると考えてよいと思われる。このような形態のプルトニウムが原子炉周辺の公衆と接触するのは、事故時に生じたエアロゾルが格納施設から漏れでて外界に放散されるときと考えられる… 仮想される原子炉事故の場合に、最も多くの人が遭遇し、かつ、これらの人々が放射線障害を受ける危険性が最も大きいと考えられるのは、これらのエアロゾルを吸入することによってプルトニウムを体内に摂取する場合である。…

            2 吸入されたプルトニウムの代謝
             プルトニウムがエアロゾルとして大気中に放散された場合、吸入されたプルトニウムの一部は呼気とともに排出されるが、残りは呼吸器系の各部に沈着する。
            (イ)プルトニウム粒子の呼吸器系への沈着
             プルトニウム粒子の呼吸器系の各部への沈着の割合は、その粒子の径によって大きく左右され、さらに粒子の気道中での速度を支配する呼吸量によっても影響をうける。一般に、粒子径が大きいものは鼻咽腔に、中位のものは気管、気管支に、更に微細なものは終末気管支および肺胞の部分にまで侵入して、そこに沈着する。一般に、大気中に放出されるプルトニウムエアロゾルは、単一の粒子径のものではなく、種々の大きさのものが混在する。…(別図)
            (ロ)プルトニウム粒子の沈着後の行動
             呼吸気道の各部へ沈着したプルトニウム粒子は、それがPuO2のような不溶性のときは、一部は鼻汁とともに外部へ、残りは嚥下されて消化管へ移る。気管や気管支に沈着した粒子は、これらの部分の呼吸気道に存在する繊毛により粘液とともに上方へ送られ、咽頭部を経て消化管へ移行するが、このときの速度は非常に速く、数分及至数十分と推定されている。…終末気管支および肺胞に沈着した粒子は、その部位では繊毛による粒子の移動がないため、長い期間そこに留まる。肺胞の壁を構成する細胞の中には、粒子を貪食する作用をもつものがあるので、一部の粒子は貪食され、さらに、その一部は細胞とともに肺淋巴節へ移行しそこに長く留まるものと考えられている。
             プルトニウムは、肺臓の各部でわずかではあるが血液中に吸収され、また、貪食されたプルトニウム粒子の一部は、淋巴を介して血液中へ入る。
             血液中に入ったプルトニウムは、一部は肝臓へ、他は骨、骨髄に移行する。肺臓に沈着したものは緩慢に減少し、一方、肝臓、骨、骨髄、肺淋巴節では、極めてゆっくり増加する。…

            3 問題とすべき臓器
             …肺臓は、その機能の重要度からしても、また放射線感受性という点からも重要視すべきであり、とくに吸入後初期には、線量率も肝臓、骨等に比べて著しく高く、また、PuO2の場合、肺胞のプルトニウムによる積算線量は肺淋巴節に次いで大きく、動物実験においても多数の肺癌が認められているので、肺臓は…問題とすべき臓器の一つである。…


             また同報告には別図が付いており、これも重要である。「肺の各領域における沈着率の粒径分布の違いによる差」と題されており、とくに鼻咽喉への沈着率は最近の「鼻血」問題との関連で注目される。


            [注意:図の横軸左下の2箇所のミクロンの表記(0.1と0.5)は、
            明らかに誤植で0.01と0.05としなければならないと思われる]

             すでに今から45年前に、内部被曝の具体的なメカニズムを明らかにしようとするこのような見解が、政府報告として公式に表明されていたことは、驚くべきである。荻原氏は、この文書が現在までほとんど忘れ去られていた事実に言及している。最も重要点は、この内容が、そこで述べられているプルトニウムだけではなく、セシウム、ウラン、ストロンチウムほかの放射性物質について同じように当てはまることである。

              2-3.内科学および薬学の教科書による肺内沈着の説明

             2-3-1.『内科学書』(中山書店)の叙述

             もちろん政府報告書のこのような内容は、医学の基本的な学説に沿ったいわば教科書的見解であって、決して特異なものではない。放射性微粒子の肺内沈着のメカニズムは、基本的に「じん肺」を引き起こす過程と同一であると考えられる。内科学の二大教科書のひとつ、『内科学書』(中山書店 第3版 1987年)は、「呼吸器疾患13じん肺」の項で次のように書いている。「一般に吸入された粉じんは、6μm以上の大型粉じんの80%は気道で捕捉され、肺胞腔に達するのは2μm以下の粒子である。0.2μm以下の粒子はそのまま喀出されるか肺胞の食細胞により処理されるので、結局じん肺を起こす最も有害な粒子の大きさは1〜5μmと考えられている。」注29
             ただし、じん肺の場合は、微粒子は遊離珪酸(SiO2など)などで、もっぱら細気道に固着してそこに炎症を起こし、肉芽腫が形成されたり、繊維化が生じたりすることが主な病態であるが、福島事故の場合は放射性微粒子であるから、肺に留まればそこで肺病変を起こし、もしも食細胞に捕捉されたときに崩壊をおこして食細胞が破壊されれば、リンパ管からのみでなく、肺胞の毛細血管から体内血流にのり、体内に入り込むことは容易に考えられる。
             また『内科学書』は、「治療総論」の中に「b.吸入療法a)エアゾール粒子の大きさと付着部位」の項があり、「正常な機能をもった肺では、深くゆっくりした呼吸を行った場合、肺胞には1〜2μm、細気管支には5〜10μm、気管支には12〜20μm、上気道には40μm以上の粒子が付着する」としている注30

             2-3-2.吸入薬の使用法についての薬剤師向け教科書の記述

             薬学関係の吸入薬に関する教科書注31も同じ内容の記述をしている。最近では吸入薬の薬効を向上させるために、各製薬メーカーによって粒径を小さくする努力がなされている。その関連で、粒径と肺内沈着率が研究されており、粒径によって気道のどの部分に沈着する可能性が高いかも明らかにされている(図6〜8)。またそれによれば、粒径が小さい場合に、2-2で引用した政府報告書の「別図」よりも沈着率が高いことが分かっている。

            図6 気道の分岐回数とその名称

            出典:福井基成監修 吸入指導ネットワーク編集
            『地域で取り組む喘息・COPD患者への吸入指導
            吸入指導ネットワークの試み』フジメディカル出版(2012年)64ページ


            図7 Weibelのモデルを用いた球状粒子の気道への分布比率

            出典:福井基成監修 吸入指導ネットワーク編集
            『地域で取り組む喘息・COPD患者への吸入指導
            吸入指導ネットワークの試み』フジメディカル出版(2012年)65ページ
            原典:Gerrty T R et al: Calculation deposition of inhaled particles in the airway generation of normal subjects. J Apply Phisiol 47(4): 867-873, 1979

            図8 剤形別による各吸入ステロイド剤の平均粒子径と肺内沈着率との関連

            pMDI:定量噴霧式吸入器(液体)、DPI:ドライパウダー吸入器(固体)
            引用者注:微粒子が液体でも固体でも傾向は変わらないことが分かる。

            出典:福井基成監修 吸入指導ネットワーク編集
            『地域で取り組む喘息・COPD患者への吸入指導
            吸入指導ネットワークの試み』フジメディカル出版(2012年)65ページ
            原典:Leach C L: Inhalation aspects of therapeutic aerosols. Toxicol Pathol 35(1): 23-26, 2007

              2-4.肺内に沈着した放射性微粒子による内部被曝の危険

             肺に沈着した放射性微粒子はそこで内部被曝を引き起こす。タンプリンの警告で分かるように、微粒子による被曝は放射性核種の元素単位での被曝よりも影響が桁違いに大きい。主要な影響はもちろん肺がんであるが、がんだけでなく、活性酸素・フリーラジカルによる肺炎を引き起こす可能性もある。『内科学書』第8版(2013年)には、放射線治療によって生じる活性酸素・フリーラジカルが引き起こす「放射線肺臓炎」の項目が記載されている注32。また、われわれが仙台錦町診療所・産業医学センターの広瀬俊雄医師にこの点を質問したところ「(活性酸素である)オゾンを我が国の大気環境水準の濃度で実験的にウサギに曝露したところ、組織所見(電顕[電子顕微鏡]含めて)で、末梢気道に反応性の細胞の集積(クラスタ)が確認され、その反映と思われる肺機能障害(クローズィングボリューム[呼気中のN2濃度を測定して末梢気道閉塞の程度を調べる検査法]を用いて末梢気道障害)を確認出来ている」という返答があった注33。低線量であっても放射線から発生する活性酸素・フリーラジカルが末梢気道を損傷する裏付けとなると考えられる。
             相対的に大きな(およそ2.5μm超)微粒子は、大量に鼻腔に付着した場合、局所的に毛細血管細胞を破壊し鼻血を引き起こす原因になるであろう。粒径の小さい(およそ2μm未満)放射性微粒子は、肺の最深部まで侵入して肺胞に沈着するので、長期にわたってそこに付着し、体内に取り込まれる比率も高く、内部被曝の危険が何倍も大きいと考えられる。足立氏が発見した2〜2.6μm程度の粒子は、どちらにも働くことができ、非常に危険な存在ということができる。気管に沈着した粒子は、喀痰(タン)として体外に排出されなければ、食道に入り、粒径が0.1μmより小さければ消化器から吸収される可能性がある。
             こうして肺から侵入した放射性物質は、血液とリンパ液を介して体内のあらゆる臓器、組織に侵入していくと考えられる。
             以前より、粉じん作業者には、肺がんを始めとする肺疾患のみでなく、食道がん・胃がん・大腸がんなどの消化器がん、肝臓がん、鼻・副鼻腔がん、脳腫瘍が明らかに多いと報告されてきた注34。また、マクロファージなどの食細胞が破壊されるなどの細胞性免疫力の低下から、粉じん作業者には全身疾患が有意に多いという報告注35があった。
             また、被曝労働の観点から見るならば、アメリカ・エネルギー省関連核施設で働く被曝労働者約60万人に対する調査(1980〜1990後半)について報告された2000年3月の「クリントン・ゴア教書」では、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫を含む22種のガンについて、放射線起因性であることが明らかにされた注36
             放射性微粒子が肺の奥深くまで到達し、そこに長く留まり、放射線を出し続けたならば、肺がんを始め、肺線維症なども含めた肺疾患を引き起こすであろう。しかし、放射性微粒子が肺には留まらず、肺胞マクロファージなどの食細胞に捕捉された後、肺門部(左右両肺の内側の中央部にあって気管支・肺動脈・肺静脈が出入りする部位)や縦隔(胸腔内の中央にあり左右の肺を隔てている部分)のリンパ節などに長期に留まれば、悪性リンパ腫を発症する可能性があり、血流を介して骨髄に到達すれば、白血病や多発性骨髄腫などを引き起こす可能性がある。また、前述のように、いったん気道に入った放射性微粒子が喀痰などと共に飲み込まれ、消化器系に入り、がんを始めとする消化器疾患を引き起こすことも想像に難くない。さらに言えば、マクロファージに捕捉された放射性微粒子が崩壊を起こすことにより、マクロファージが破壊され、さらに再びその微粒子が別のマクロファージに捕捉されて再びマクロファージを破壊するというサイクルを引き起こすことによる免疫力の低下が生じることになる。まさに、このサイクルは後述する福島県及び東京において見られる小児の好中球減少のメカニズムではないかと考えられる。つまりは、あらゆる疾患からの回復力の低下を引き起こす可能性を示唆している。このことは、チェルノブイリ事故後、人々にあらゆる疾患が増え、慢性疾患を有する人々の比率が急増したことの説明のひとつになり得るだろう。

              2-5.とくにナノ粒子の危険

             本論文で検討してきたとおり(1-2-1から1-2-4までおよび1-2-6)、福島原発事故において粒径1µm未満(ナノレベル)の放射性微粒子が極めて多数放出されていたことは、観測によって証明されている。また、本論文で引用した兼保直樹氏らの観測によれば、放射性微粒子の粒径分布は、放射能量で見て、大部分がナノ粒子であったことが明らかになっている(図5)。さらに小泉昭夫氏らによるセシウム粒子の分析によれば、採取された放射性微粒子全体の中で、1.1μm未満の放射性微粒子は重量で40.7%、セシウム放射線量で58.9%を占めている(表2)。また「PM2.5」と並んで最近注目されるようになっている「PM0.5」で見ると、0.46μm未満の粒子は重量の10.5%、放射線量の25%を占めている。粒子の絶対数で見れば、放出された放射性微粒子の中で、これらナノレベルの微粒子が圧倒的に多いと考えるべきであろう。
             粒径がナノレベルのこのような放射性粒子は、ミクロンレベルの粒子よりも危険性が桁違いに大きいと考えられる。かつては「1μm以下の小さな粒子は、その大半は肺にとどまらずに呼出されてしまう」と考えられていた(たとえば1987年発行の前掲『内科学書』第3版803ページ)。しかし、現在、0.1μm(100nm)以下の微粒子は、肺胞から直接血液中に入り込み、また消化管からも皮膚からも体内に直接吸収されることが知られている注37。ナノ粒子の危険性はまだ十分に解明されていない。とくに劣化ウラン弾の爆発で生じるような5nm程度の微粒子は、ガスと同様に作用するので、とくに危険であると警告されている注38。しかもナノ粒子は、体内のあらゆるバリア(関門、例えば胎盤や脳血管)を通り抜けてしまい、胎児にも、脳にも直接入り込んでしまう可能性がある注39。また、最近の非放射性の重金属(コバルト・クロム)ナノ粒子を使った研究では、バリアを通り抜けなくても、バリア細胞間の信号伝達を撹乱し、バリアの向こう側の細胞のDNAを損傷することが明らかになっている注40

              2-6.放射性微粒子による内部被曝の特殊性、集中的被曝とその危険

             ここで、内部被曝の人体への影響が今まで考えられてきた以上に極めて広い範囲に及ぶという点を見てみよう。
             内部被曝は、多くの模式図では各1個の放射性元素原子によって生じる場合が描かれている。確かに可溶性粒子の場合には、含まれている放射性物質がセシウムの場合、各個の原子が体内に入り、内部被曝を起こすであろう。しかし同じセシウムを含む粒子でも不溶性の微粒子の場合、とくにナノ粒子になった場合には、徐々には体液に溶けて行くにしても、長期間粒子のままとどまり、集合体として周囲の細胞や組織を集中的に放射線によって攻撃して行くであろう。いわゆる「生物学的半減期」(そのようなものが存在するとして注41)は、放射性核種が個々に原子レベルで存在するという仮定の下での数値であり、不溶性微粒子の場合には意味をなさない。また可溶性微粒子の場合でも、溶けるまでには時間がかかるので、微粒子中の放射性物質の「生物学的半減期」が1個1個の原子の場合より著しく長くなることは明らかである。
             内部被曝は、各1個の放射性元素原子によって起こる場合もきわめて危険であるが、数個から数百億個注42という多数の放射性原子を含む微粒子によって起こる場合は、桁違いに危険であると言わなければならない。さらに微粒子の粒径が小さくなればなるほど、粒子内部で他の粒子による遮蔽効果が少なくなるので、放射性粒子に近接する生体部分の被曝量は大きくなる。
             食物より吸収した場合も同様である。放射性微粒子は動物にも同じように微粒子として取り込まれるので、動物の肉として食べた場合も、微粒子として肉に含まれていた放射性物質はそのまま微粒子として、原子単位で含まれていた放射性物質は原子として、人体内に入ってくるであろう。植物性食品の放射能汚染も同じと考えるのが自然であり、肉などと同じように原子としてばかりでなく微粒子として取り込まれ、人体内で被曝する可能性がある。
             放射線の人体に及ぼす影響については、落合栄一郎氏の全面的な研究(『放射線と人体』講談社2014年)注43があり、同書を参照されたい。落合氏は、はっきりと放射性微粒子による内部被曝の模式図(図9)を掲げており、注目される(図は英語版より引用、日本語版は141ページにある)。細胞の大きさと比較すると、落合氏は、ほぼ足立氏らが発見した放射性微粒子(粒径2〜2.6μm)を考えていることが分かる。

            図9 落合栄一郎氏による内部被曝の模式図

            引用者注:図内でeは電子を表している。
            出典:Ochiai, Eiichiro; Hiroshima to Fukushima ―
            Biohazard of Radiation; Springer Verlag; 2014; 108ページ


              2-7.放射線の直接の作用と活性酸素・フリーラジカル生成を通じた作用(「ペトカウ効果」)

             被曝とりわけ内部被曝の危険性は、従来、主にDNAに対する損傷だけが注目され、それが引き起こす健康障害も、主としてがんだけが語られてきた。しかし最近、この影響はさらに広く理解されなければならないことが解明されてきている。ここで各項の内容には踏み込むことができないが、全体像を掴むため項目的に列挙してみよう。
             まず、放射線の作用は、主に2つあり、
            (1)放射線による直接の作用、すなわち体内では40µm程度しか飛ばないがその間にほぼ10万個の分子をイオン化する強力な破壊力を持つヘリウム原子核であるα線、10mm未満でおよそ数mm飛び多くの分子をイオン化する高エネルギーの電子であるβ線、1mほど浸透し疎らにイオン化し身体を突き抜けてしまう高エネルギーをもつ光子であるγ線など注44
            (2)放射線による間接の作用、すなわち放射線が生み出す活性酸素・フリーラジカルによる作用(一般に「ペトカウ効果」注45と呼ばれている)
            とに区別される。

             2-7-1.放射線の直接的影響

             さらに、(1)の放射線の直接の作用については、


            ①遺伝子の損傷
             1)DNA鎖の切断や塩基の損傷
             2)遺伝子発現過程(DNAメチル化、ヒストンタンパクのアセチル化・メチル化・リン酸化などエピジェネティクス[DNAの塩基配列の変化をともなわず、染色体の変化によって生じる、安定的に受け継がれうる表現型注46])の損傷
             3)(修復されたとしても)遺伝子の不安定化
            ②細胞膜の損傷
            ③細胞膜にある各種チャンネルの損傷
            ④ミトコンドリアの損傷、それによる慢性疲労性障害いわゆる「ぶらぶら病」
            ⑤細胞内の水分子のイオン化(以下で検討する活性酸素・フリーラジカルによる損傷)
            ⑥最近クローズアップされてきた問題として細胞外基質(細胞と常に情報を伝達し合い細胞にその機能を指示しているとされる細胞外マトリックスECM)注46の損傷。(われわれの見解では、放射線によるECMの損傷は、放射線による1個の細胞の損傷がその周辺の複数の細胞を損傷するという「バイスタンダー効果」を補説する可能性がある)。


             これらは、外部被曝でも内部被曝でも同じように生じると考えられるが、内部被曝は細胞のごく近傍で起こるために桁違いに危険である。

             2-7-2.放射線の間接的影響

             また、(2)の放射線の間接の作用については、放射線によって生じた活性酸素およびフリーラジカル(酸素分子および水分子さらには窒素分子の一連の還元種、過酸化水素、過酸化脂質、オゾンなど)が、基本的には放射線と同じ破壊的作用をいっそう広範囲に行うことが分かってきた注47。生物無機化学からと、医学からの双方の観点から見てみよう。

            2-7-2-1.生物無機化学からのアプローチ

             生物無機化学の面からの最近の研究により、活性酸素・フリーラジカルの生体への作用についても、がんだけでなくいっそう広く考えなければならないことが明らかになってきている。ここでは、2012年に刊行された最新の生物無機化学の代表的な教科書の一つ、山内脩らの『生物無機化学』(朝倉書店)を取り上げよう。同書は、一方では、生体が活性酸素・フリーラジカルを産生しその酸化損傷力を利用すると同時に、他方では、生体に備わっている解毒酵素(スーパーオキシドディスムターゼSODなど)をはじめとする抗酸化システムがフリーラジカルを打ち消すという微妙なバランスにある点を指摘している注48。酸化損傷力が抗酸化システムの能力を上回った場合、「酸化ストレス」が生じるとして、以下の諸過程を挙げている(252および358ページ)。


            ①ヒドロキシラジカル・OHによるDNA鎖の切断、塩基の損傷
            ②スーパーオキシド(O2・−)および過酸化水素(H2O2)によるミトコンドリアの損傷([Fe-S]クラスタなど)
            ③ペルオキシ化による細胞膜脂質の損傷
            ④活性酸素種によるタンパク質の酸化
            ⑤O2・−はリウマチ、心筋梗塞、糖尿病などさまざまな疾病の原因となる(例えば糖尿病患者の赤血球ではSODに多くの糖が結合しSODの活性が低下する)
            ⑥老化の原因となる
            ⑦筋萎縮性側索硬化症(ALS、ルー・ゲーリック病)は活性酸素を解毒する酵素(SOD)の変異に由来する
            ⑧パーキンソン病を引き起こす可能性がある


            などの点を指摘している。
             放射性物質とくに微粒子による内部被曝は、活性酸素やフリーラジカルを生成し、まさに「酸化ストレス」を持続的に生み出し、これらすべての過程を促すであろう。活性酸素・フリーラジカルの作用には、局所的な作用と全身的な作用とが考えられる。放射性微粒子によって生じる活性酸素・フリーラジカルはまずは局所的に強力に作用するであろうと考えられるが、全身的作用も伴うと考えられる。

            2-7-2-2.医学からのアプローチ

             医学面からの最近の研究によっても、活性酸素・フリーラジカルが人体に与える影響をもっと広く考える必要があることが明らかになってきている。

             [がんをはじめ広範な疾患を引き起こす]活性酸素・フリーラジカルの医学的影響に関する代表的研究者の一人である吉川敏一氏(京都府立医科大学名誉教授)によれば、フリーラジカル(吉川氏は活性酸素も含めた広い意味でこの用語を使っている)が標的とする生体内分子は非常に広範であり、生体の反応も複雑であり、いったんフリーラジカルをめぐる生体のバランスが崩れると、がんをはじめ極めて広範な疾病を引き起こす可能性があると指摘している(表4、図10および図11)注49。吉川氏がフリーラジカル生成の原因の一つとして大気汚染、喫煙、ショックなどとともに「放射線」を挙げ(図10左上)ていることは、とくに重要である。

            表4 フリーラジカルの標的となる分子

            *酵素の十分な活性化に必要な無機・有機の物質のこと
            出所:吉川敏一「フリーラジカルと医学」京都府立医科大学雑誌
            120(6) 2011年 385ページの図8の筆者による翻訳
            http://www.f.kpu-m.ac.jp/k/jkpum/pdf/120/120-6/yoshikawa06.pdf


            図10 活性酸素・フリーラジカルに対する生体の防御機構

            出典:吉川敏一氏(元京都府立医科大学教授)「フリーラジカルの医学」
            『京都府立大学雑誌』126(6) 2011年 386ページ
            http://www.f.kpu-m.ac.jp/k/jkpum/pdf/120/120-6/yoshikawa06.pdf


            図11 フリーラジカルと疾患

            出典:吉川敏一氏(元京都府立医科大学教授)「フリーラジカルの医学」
            『京都府立大学雑誌』126(6) 2011年 385ページ
            http://www.f.kpu-m.ac.jp/k/jkpum/pdf/120/120-6/yoshikawa06.pdf

             [心臓疾患]また、吉川氏がフリーラジカルのもたらす疾患として心筋梗塞や心不全を挙げている(図11左上から5〜6行目)ことも注目される。放射性セシウムはカリウムに構造が似ているので、カリウムに代わって筋肉に取り込まれやすく、心臓を損傷する危険性が高いが、放射線の間接的作用であるフリーラジカルもまた心臓に損傷を与える。この点は、福島において急性心筋梗塞による死亡が原発事故後に激増している事実(後述)から見ても、極めて重要である。

             [白内障]吉川氏が列挙しているフリーラジカルによって発症が促される疾患の一つに白内障があるが、この点も重要である。われわれは、放射線被曝と白内障発症の関連についてすでに指摘し、危険を直視するよう呼びかけてきた注50。白内障と被曝との関係は重要である(後述)だけでなく、若干特殊であるので、少し詳しく検討しよう。少なくとも次の3つの側面が考えられる。
            (1)放射能汚染された環境での外部被曝。厚生労働省の文書が引用している資料では8mSv未満でも影響が示唆されている注51。したがって、低線量でも年数を経て蓄積すれば、十分発症の条件になり得ると考えなければならない。
            (2)体内への放射性物質の蓄積による内部被曝。セシウム137との関連が実証されており、体内蓄積21〜50Bq/kgで15%の子供が発症した事例が報告されている注50。体内蓄積した放射性物質の内部被曝による発症については、すでに指摘したように、放射線の直接の影響と、活性酸素・フリーラジカルによる間接の影響の両方があると考えられる。
            (3)外からの放射性微粒子の角膜への沈着による外部被曝(至近距離)と内部被曝(水晶体内への浸透)が結合した被曝。角膜は涙液によって常に洗われているが、放射性微粒子が付着することは十分に考えられる。医療現場でよく使われている『今日の眼疾患治療指針』の現行版によれば、「鉄、カルシウム塩、脂質の一部」などが角膜上皮に「沈着しやすい」とされている注52。つまり、ここまで検討してきた各種の微粒子――①鉄・カルシウム・カルシウムに性質の似たストロンチウムの少なくとも1つを含む粒径の小さい不溶性の放射性微粒子(1-2-1)、②藻類など微生物にとらえられた、すなわち脂質を含む乾燥した細胞膜に被覆された、放射性物質粒子(1-2-7)、③可溶性の放射性微粒子(1-2-4)――などは、角膜上皮に沈着して水晶体を至近距離から攻撃し、水溶性の放射性物質の場合はさらに水晶体の内部にまで浸透し内側から攻撃することになる可能性がある。白内障治療薬として角膜から水晶体に浸透する点眼薬が開発されている注53ことからも分かるように、角膜から水晶体への浸透にはとくに関門のようなものがあるわけではない。
             付け加えれば、放射性の白内障の場合、さらに次の問題が残っている。
            (4)放射線による白内障発症の機序は、急性症状として出現するものと何年か後に発症するものとでは、発症機序が異なるのかもしれない。
            (5)放射線による白内障では、水晶体の混濁する部位が、その被曝形態によって異なるのかもしれない。
            (6)一般的には白内障は左右の眼においてほぼ同じ速度で進むことが多いとされるが、角膜に沈着した放射性物質による被曝の場合、左右で沈着の状況が違えば左右の進行度がはっきり異なることになるかもしれない。
            (7)白内障以外の眼科疾患も増加させている可能性がある。
            (8)PM2.5など他の環境要因との相互作用も考えられる。

             [精神障害]さらに、最近の研究によれば、精神障害や精神疾患においても、ストレスなど心的な原因だけでなく、一連の化学物質が遺伝子の変異(エピジェネティックな変異も含む)を引き起こし、それが発症の重要な要因となることが明らかになってきている。吉川氏は、前掲図11において、アルツハイマー病やパーキンソン病とフリーラジカルとの関連について指摘している。
             黒田洋一郎氏ほかの研究によれば、そのような化学物質とともに、放射性物質とりわけストロンチウム90がヒストン・タンパク質の内部のカルシウム結合位置に入り込み、DNAと染色体タンパク質をその近傍にまで接近して損傷し、生殖細胞(とくに精子)DNAの変異やエピジェネティックな変異を引き起こし、自閉症など多くの精神障害・疾患の発症を促す重要な要因の一つとなる可能性があるという。また同氏は、ストロンチウム90がカルシウムに代わって神経細胞に取り込まれる危険性に注目している。「カルシウムは神経伝達物質の放出の引き金になるなど脳内のさまざまな機能を調節しており、結合部位も多いので、ストロンチウム90の内部被曝が精神疾患、神経疾患をふくむさまざまな脳機能の異常の原因となる可能性がある」と述べている注54

              2-8.まとめ

             放射線被曝とくに放射性微粒子による内部被曝は、極めて広範囲の疾患や障害の発症に直接間接に関与し、ほとんどあらゆる病気を増加させると考えなければならない。被曝とがんとの関連は極めて重要である。だが、被曝の影響はがんだけであると考えてはならない。重要なポイントは、被曝が、がんから始まり、種々の内科的、眼科的、整形外科的、精神神経科的な障害・疾患にいたる、非常に広範な健康破壊的影響を及ぼすということである。したがって、医学内部の各科ごとの機械的な分業の枠を越えた、有機的で全面的な研究が必要であろう。というのは、上記の各疾患や症状は相互に結びついており一体のものとしてしか理解できないからであり、それらを過去の一面的な知見によってばらばらに切り離し、被曝との関連の有無を従来から「公認」されてきた疾患だけに狭く考えるならば、現実の被曝の危険を見逃すことになるからである。





            本記事は
            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性
            ――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(2/4)

            です。

            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(1/4)
            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(2/4)
            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(3/4)
            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(4/4)


            2014.11.30 Sunday

            福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(1/4)

            0
              2014年11月

              福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性
              ――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性
              (1/4)

              渡辺悦司 遠藤順子 山田耕作     2014年10月13日(2014年12月18日改訂)


              福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(No.1) (26ページ,p1-p26,1953KB,pdf)
              福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(No.2) (45ページ,p27-p71,1614KB,pdf)


              福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(2/4)
              福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(3/4)
              福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(4/4)

               
               この小論の目的は、各研究機関や大学の研究者たちによってすでに発表されている研究成果に基づいて、また民間市民団体などの調査によって明らかにされている事実に基づいて、福島第1原子力発電所の事故により放出された放射性物質の微粒子形態を分析し、放射性微粒子(一般に「ホットパーティクル」と呼ばれている)が人体に侵入する経路と内部被曝によって人体に及ぼす特別の危険性を解明することにある注1
               チェルノブイリ事故では、事故後2年半が経過した頃から、健康被害が急速に顕在化したといわれている。アメリカの週刊誌『タイム』は、チェルノブイリ事故四周年にあわせて、ウクライナ汚染地区の医師を取材している。その証言は、「過去18ヶ月間に」(すなわち事故から2年半経過したとき以降)、 峭綻腺疾患、貧血症、がんが劇的に増加した」、◆崕嗣韻蓮極度の疲労、視力喪失、食欲喪失といった症状を訴え始めている」、「最悪のものは、住民全体の免疫水準の驚くべき低下である…健康な人々でさえ病気が直りきらずに苦労している」、ぁ峪匐,燭舛最悪の影響を受けている」というものであった注2
               その経過をたどるように、現在福島第1原発事故から3年半以上が過ぎ、福島と日本各地において事故による健康被害が広範囲に顕在化しつつある。メルトダウンと放射性物質の放出から始まり、内部被曝による健康被害にいたるまでには一連の過程がある。その経路を可能な限り具体的かつ全面的に解明することが、今ほど重要になっている時はない。われわれの論文が「被曝の具体性」(矢ヶ崎克馬氏)を明らかにする共同作業の一環を担うことができ、福島原発事故の放射能による健康被害を明らかにするための一助となれば幸いである。

               われわれは、経済学者、医師、物理学者からなるチームであるが、本論文を作成するに当たり、各方面の多くの方々から協力や情報提供をいただいた。数値計算が専門の「市民と科学者の内部被曝問題研究会」小柴信子氏には、重要な図の作成やデータの加工などで論文作成にご協力いただき、加えて貴重なご意見や情報を提供していただいた。薬剤師の渡辺典子氏には、本論文に関わる薬学・医学関係の内容を提供していただいた。生物無機化学者であり同研究会員でもある落合栄一郎氏には、重要な論点について討論していただき、意見を寄せていただいた。そのほか、産業医学センターの広瀬俊雄医師、神戸大学の山内知也教授には、われわれの問い合わせに快く回答をいただいた。とくにご協力いただいた方々をここに特記して深く感謝の意を表します。もちろん、本論文の内容についての責任はすべて筆者らにあることはいうまでもありません。


              目 次                                    (ページ)

              1.放出された放射性微粒子に関する主要な研究成果 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 4

               1−1.予備的考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
                1−1−1.放出の諸形態 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
                1−1−2.炉心溶融の温度メカニズム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
                1−1−3.微粒子形成の条件としての超高温――再臨界 ・・・・・・・・・・・・ 7
                1−1−4.放射性微粒子の諸形態および形成諸過程 ・・・・・・・・・・・・・・ 9
               1−2.観測時期ごとの研究の概観 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
                1−2−1.事故がピークにあった2011年3月14/15日、3月20/21日に採取された
                      サンプルに基づく分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
                1−2−2.同じく2011年3月14/15日に採取されたサンプルに基づく分析(つづき) 12
                1−2−3.爆発後の2011年4月4日から11日までに採取されたサンプルに基づく分析 13
                1−2−4.2011年4月28日から5月12日までに採取されたサンプルによる分析 ・・ 14
                1−2−5.2011年6月6〜14日および6月27日〜7月8日に採取された土壌の調査  ・ 16
                1−2−6.事故のピークを過ぎた2011年7月2日から8日までに採取されたサンプル
                      の分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
                1−2−7.2012年頃から現在まで:「黒い物質」と呼ばれている黒色の粉塵 ・・ 19
               1−3.以上から導かれる結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21

              2.放射性ガス・微粒子の人体内への侵入経路 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22

               2−1.タンプリン、コクランによる問題提起 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
               2−2.1969年の日本原子力委員会(当時)の報告書 ・・・・・・・・・・・・ 22
               2−3.内科学および薬学の教科書による肺内沈着の説明 ・・・・・・・・・・・・ 25
                2−3−1.『内科学書』(中山書店)の叙述 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 25
                2−3−2.吸入薬の使用法についての薬剤師向け教科書の記述 ・・・・・・・・ 25
               2−4.肺内に沈着した放射性微粒子による内部被曝の危険 ・・・・・・・・・・・ 27
               2−5.とくにナノ粒子の危険 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29
               2−6.放射性微粒子による内部被曝の特殊性、集中的被曝とその危険 ・・・・・・ 29
               2−7.放射線の直接の作用と活性酸素・フリーラジカル生成を通じた
                   作用(「ペトカウ効果」) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31
                2−7−1.放射線の直接的影響 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31
                2−7−2.放射線の間接的影響 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32
                 2−7−2−1.生物無機化学からのアプローチ ・・・・・・・・・・・・・・ 32
                 2−7−2−2.医学からのアプローチ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33
                         [がんをはじめ広範な疾患を引き起こす] ・・・・・・・・・ 33
                         [心臓疾患] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36
                         [白内障] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36
                         [精神障害] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37
                 2−8.まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38

              3.再浮遊した放射性微粒子の危険と都心への集積傾向 ・・・・・・・・・・・・・・ 38

               3−1.福島など高度の放射能汚染地域における疾患の増加 ・・・・・・・・・・・ 38
               3−2.東京圏における放射性微粒子による汚染 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 41
               3−3.東京圏への汚染集積の諸要因 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 44
                3−3−1.福島事故原発の工事による放射性物質の放出  ・・・・・・・・・・ 45
                3−3−2.焼却施設からの放射性物質の放・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 45
                3−3−3.物流・交通機関による放射性物質の運搬と集積 ・・・・・・・・・・ 46
               3−4.東京圏住民の健康危機の兆候は現れ始めている ・・・・・・・・・・・・・ 47
                3−4−1.がん発症の増加 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 47
                3−4−2.白内障と眼科疾患の増加 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51
                3−4−3.住民とくに子供たちの健康状態の全般的悪化と免疫力の低下 ・・・・ 53
               3−5.精神科医の見た原発推進政策の病理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 54

              4.おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 55


              注 記 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56



                  1.放出された放射性微粒子に関する主要な研究成果

                1-1.予備的考察

               福島原発事故自体についても、事故による炉心溶融(メルトダウン)と爆発、放射性物質の放出についても、その詳しいメカニズムは解明されていない。それだけでなく、政府も東電も、事故に関する基本的な重要データの多くを公表していない(例えば中性子線量の経時変化)。放射性粒子の形成と飛散についても事情はおなじである。このような状況下ではまず、事故過程について予断を持たずに、政府側を含めた各研究機関が公表している研究とそこで観測された事実を多少詳しく概観しておく必要がある。ただその前に、予備的に次の点を確認しておこう。

               1-1-1.放出の諸形態

               事故原発からの放射性物質の放出には、少なくとも3つの形態(大気中・汚染水中・直接海水中)がある注1が、ここでは大気中への放出のみを問題にする。福島から大気中に放出された放射性物質は、種々の形態を取っており、その主要なものは、


              ①破砕された燃料棒および炉構造材のがれき、破片、粉塵(ミリ単位以上)
              ②微粉塵あるいは微粒子(ミクロンμm単位およびナノnm単位)
              ③気体(ガス)


              であった。①については、その多くが原発敷地内かその数キロ程度の範囲内注3に落下した可能性が高いが、強風など気象条件によっては遠方に飛ばされる可能性もあり、きわめて危険で重要な放出形態であるが、ここでは取り扱わないこととする。広範囲に飛散した②③だけに問題を限定する。また気体③として出たものが冷やされて微粒子②に変化した条件も考察する。

               1-1-2.炉心溶融の温度メカニズム

               まず、放射性微粒子がどのような経路で形成されたかを考えてみよう。出発物質の相が固体・液体・気体であるかによって、いくつかの過程がありえる。


              ①燃料棒が固体のまま爆発によって物理的に破砕されて放出される
              ②燃料棒が溶融して液状となり、爆発によって噴き上がり、霧吹きのように飛散する
              ③高温になって気化した放射性物質が爆発あるいは漏洩によって放出され、その後に大気中で冷却されて微粒子が形成される


              が考えられる。
               われわれの見解では、おそらく①②③の過程がすべて程度の差はあれ現実に生じたが、それらの重要性の度合いを現段階で確定することはできないように思われる。
               ,砲弔い討僚斗廚併実は、炉心溶融過程が初期段階で通過する温度においてすでに、燃料ペレットが固体のまま「微粉化する」という実験結果である注4。炉内で何らかの爆発があれば、まだ溶融していない核燃料とそこに含まれる放射性物質は、そのままで微粒子として放出されることになる。他方、②の重要性が前面に出るのは、溶融物の塊の内部で爆発(おそらく核爆発)が生じるような場合、あるいは溶融物が溜まった水に落下して水蒸気爆発が生じ、それが溶融物を一気に噴き上げるような場合であろう。③については、さらに広く生じた可能性が考えられ、爆発によっても、また爆発がなくても破断部から漏洩したりすれば生じ、また人為的なベントでも生じる。金属が気化した後微粒子として固化・沈着する現象は、実感しにくいかもしれないが、溶接などの場合に現実に生じており、保護されていない溶接作業者に深刻な微粉塵被害を及ぼしている。他の例は、劣化ウラン弾の戦車装甲板への着弾である(この点は後述する)。
               主要各元素の炉内での存在状態を表1-1に、炉心溶融に関連する各元素の溶融の温度プロセスを図1に、結果として生じた事態のまとめを表1-2に、それぞれ掲げてある(表1-1/1-2は佐藤修彰氏の論文注4を参照した)。

              表1-1 溶融発生前の炉心における燃料内の燃料および核分裂生成物の存在状態

              出典:佐藤修彰(東北大学多元物質科学研究所)
              「福島原発事故における燃料および核分裂生成物の挙動」
              http://www.applc.keio.ac.jp/~tanaka/lab/AcidRain/%E7%AC%AC35%E5%9B%9E/1.pdf
              注1:スカンジウム,イットリウム,ランタン,セリウム,プラセオジム,ネオジム,プロメチウム,サマリウム,ユウロピウム,ガドリニウム,テルビウム,ジスプロシウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム,ルテチウムからなる
              注2:アクチニウム,トリウム,プロトアクチニウム,ウラン,ネプツニウム,プルトニウム,アメリシウム,キュリウム,バークリウム,カリホルニウム,アインスタイニウム,フェルミウム,メンデレビウム,ノーベリウム,ローレンシウムからなる
              注3:カルシウム,ストロンチウム,バリウム,ラジウムからなる
              注4:チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ラザホージウムからなる
              注5:リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウムからなる

              図1 炉心溶融の温度メカニズム(温度は絶対温度Kで表されている)

              (注意)K = ℃+273.15 あるいは ℃ = K−273.15である。
              工藤保「原子炉の炉心溶融」日本原子力開発機構(2011年6月6日)より引用した。
              http://jcst.in.coocan.jp/Pdf/20110606/1_CoreMeltDown.pdf

               炉心溶融については以下の点を確認できる(事故過程の分析には立ち入らない)。
               炉心溶融は、一般に言われているような一挙に生じる現象としてではなく、温度上昇につれて生じる一連の具体的過程としてとらえるべきである。450℃で燃料ウランペレットは酸化が進み微粉化する。500〜800℃でセシウムなどアルカリ金属酸化物が気化する。900℃付近で(600℃付近から生じるとする説もある)被覆管のジルコニウムと水蒸気が反応して水素を生じるとともに被覆管を破損する。核燃料の温度は、まずジルコニウムの融点である1855℃(2028K)を越え(ジルコニウムが酸化していない場合、ジルコニウムが溶融すると二酸化ウランは共に溶解する)、さらに二酸化ウラン・酸化ジルコニウム共晶(ジルコニウムが酸化している場合)の融点である2527℃(2800K)を越え、あるいは二酸化ウラン単体の融点2865℃(3138K)に達しそれを超えたと思われる注4
               炉内での核反応を止める役割を果たした制御棒(銀・インジウム・カドミウム合金)は、燃料棒よりも顕著に低い温度827℃(1100K)で溶融し、燃料棒よりも時間的に早い段階で溶け落ちてしまっていたことになる。すなわち、メルトダウンの進行の早い段階で原子炉内には、再臨界への歯止めがない状態が生じていた可能性が高いということである注5
               炉心溶融を引き起こした熱源は、主に、核燃料の崩壊熱と考えられてきたが、合わせて水・ジルコニウム反応による発熱も考えられている注6
               地震による配管の破断やメルトスルーによって原子炉が破損し炉の密封性が喪失したので、キセノンなどの希ガスは空気中に飛散した。沸点の低い放射性物質は気化してガス状となった(ヨウ素[沸点184℃]、セシウム[沸点671℃]は制御棒が溶け落ち始める以前に、ストロンチウム[沸点1382℃]は被覆管が溶け始める以前に)。
               炉心溶融の後に生じた爆発は水素爆発とされているが、それだけではない可能性が高い。溶融炉心が溶け落ちて(メルトダウンして)水蒸気爆発が生じ炉心溶融物が吹き上げられたことも考えられ注7、また炉心溶融物とコンクリートとの相互作用による水素・一酸化炭素爆発が生じた可能性も指摘されている注8
               後述するが、最近、事故当時採取された放射性微粒子が、セシウムだけでなく、ウラン、ジルコニウム、モリブデンなどの原子を均一に含む合金・ガラス状の球体であることが解明された。このような配列は、爆発によってあるいは炉心溶融物内で、温度がメルトダウンの温度(上記2865℃)を大きく超えて上昇した可能性が高いことを示している。
               水素爆発の火炎温度は、空気との反応で2040℃でしかなく注9、このような高温を生じることができない。

              1-1-3.微粒子形成の条件としての超高温――再臨界

               それができるのは核爆発・再臨界だけであると考えるのが自然であろう。微粒子の分析の結果によれば、再臨界あるいは核爆発が生じていたであろうことは、ほぼ否定できない(とくに3号機、おそらく1号機も)といえる注10。この結論は、原子炉建屋上部の鉄骨が溶けて曲がりさらには溶け落ちるほどの熱が生じていたこと、爆発の前後に中性子線が観測されていたこととも合致する(爆発時の中性子線はその有無も線量も公表されていない)。
               おそらく各種の爆発(再臨界=核爆発、水素爆発、一酸化炭素爆発、水蒸気爆発)が、重なり合って生じたか、あるいは別々に何回にも渡って生じた(東電が公表していない爆発事象も含めて)と考えるのが自然であろう。また大規模な爆発にいたらない部分的な再臨界も生じていたかもしれない。爆発の各形態を対置・対立させて考え、あれかこれかという議論をするのは、合理的ではない。爆発形態が一つだけということは考えられず、また一つの爆発形態の存在が他の爆発形態の存在を否定する(あるいはその可能性を排除する)論拠にはならない。
               放射性微粒子の中に検出されたこれらの放射性核種および原子炉構成物質は、この高温によって気化した可能性が高いと考えるべきであろう(表1-2)。これらは、希ガスやヨウ素の大半を除き、大気中で冷却されて固体に戻り、集まって微粒子を形成し、さらに高温のプルーム中で、焼鈍された注11と考えられる。これらの点で、福島事故で放出された放射性微粒子は、劣化ウラン弾の着弾時に生じる超高温中(最高6000℃にまで達するとされる)で形成・放出される放射性微粒子と類似しているといえる注19

              表1-2 炉心溶融・破損後の燃料および核分裂生成物の挙動(佐藤修彰氏による)

              注記:佐藤氏はウラン等の「影響」を「サイト内および近傍」としているが、
              それにとどまらないことが明らかになっている(後述)。
              ハロゲン:フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンからなる
              出典:佐藤修彰(東北大学多元物質科学研究所)
              「福島原発事故における燃料および核分裂生成物の挙動」
              http://www.applc.keio.ac.jp/~tanaka/lab/AcidRain/%E7%AC%AC35%E5%9B%9E/1.pdf

               1-1-4.放射性微粒子の諸形態および形成諸過程

               放出された放射性微粒子にも多くの種類および形成過程がある。そのうち確認されているのは、
               ①爆発によって形成された合金状・ガラス状の粒子(およそ粒径2μmとされる)
               ②大気中に浮遊していたいろいろな粒径の既存のエアロゾルに放射性物質が付着して形成された微粒子
               ③微粉化した核燃料あるいは炉心溶融物が噴出した放射性微粉塵
               ④再浮遊した放射性微粒子やがれき・ごみ焼却による粉塵などが加わった二次的三次的な再飛散微粒子
              などである。
               以下に、福島原発事故から放出された放射性微粒子に関して今までに観測されている主要事実を、観測時期順に、簡単に概観してみよう。

                1-2.観測時期ごとの研究の概観

               1-2-1.事故がピークにあった2011年3月14/15日、3月20/21日に採取されたサンプルに基づく分析

               気象庁気象研究所の足立光司氏らは、事故原発から170km南西の地点(同研究所、茨城県つくば市)において大気中の微粉塵を採取し、そこを通過した2つのプルーム(放射能雲)――2011年3月14/15日および3月20/21日――から微粒子を採取し、第1プルームのサンプル中に、セシウム(134および137)を含む球状の微粒子を発見した注12。この第1プルームは3号機の爆発によって生じたものと考えられる。これらの粒子は、鉄・亜鉛を含有し、微粒子の内部ではこれらの元素が均一に分布しており(evenly distributed within the particle)、合金(alloy)を形成していると判断された。さらに、塩素・マンガン・酸素・ケイ素などもわずかな量で含んでいた。微粒子は、乾性の固体であり、水に対しては不溶性であった。粒径は、他の捕捉微粒子に比較して大きく、約2μm(2.0および2.6μm)であった。
               矢ヶ崎克馬氏は、これらの事実から、次のように推論している。
              (1)福島原発で見られた爆発がこれら元素の沸点を超える「非常な高温」を伴っていたこと、すなわち「水素爆発ではなく核分裂」であったこと、
              (2)通常微粒子は沸点の高い原子から芯が形成され沸点の低い原子は外側にくっついていく形で生じる(成層構造になる)ので、微粒子内部の元素配置が均一になるためには、爆発の中で形成された粒子が外部放出されるまでに500〜1000℃程度の温度領域に分単位で保たれ「焼鈍」されて均質化したのではないか、と注13
               われわれもこの指摘の通りであろうと考える。このような焼鈍が生じる条件もまた、核爆発による高温のプルームの内部において、あるいは溶融した核燃料の高熱によって生じたと考えられる。
               他方、第2プルームから採取された微粒子は、以下に述べる兼保氏らの粒径分布に近く、しかも可溶性であった。足立氏らは、兼保氏の推論(後述)に従って、大気中にある硫酸塩エアロゾルにセシウムが付着したものであろうと評価している。
               足立論文は3月11日から30日の間に捕捉された微粒子の粒径分布(原書S1およびS2、下図2-1および2-2)を掲載している。そこでは、直径2μmよりも小さな粒子、多くはサブミクロンサイズの粒子の数が圧倒的に多いことが示されている。この中には、足立氏が発見した粒径2μmよりも小さいサイズの「合金状」微粒子が含まれている可能性がある。これは非常に重要なポイントであるが、同論文では(一般に公開されている部分で見る限り)この粒径の小さい微粒子に含まれる放射性物質について、独自の分析はなされていないようである。

              図2−1.エアロゾルの粒径ごとの数 捕捉数は2μm-、1-2μm、0.5-1μmごとに約10倍程度多い
               
              引用者注記:3月15日前後のデータの不連続は、地震(余震であろう)による電源供給の不安定(停電のことと思われる)があり機器が作動しなかった結果であると説明されている。

              図2−2.足立氏が挙げている3月16日から30日における7〜289nmのエアロゾルの粒径分布の図

              橙色の部分が粒子の多い部分である。直径20〜100nm付近の粒子が多いことがわかる
              出典 Kouji Adachi, et al; Emission of spherical cesium-bearing particles from an
              early stage of the Fukushima nuclear accident; Supporting Information S1 and S2
              http://www.nature.com/srep/2013/130830/srep02554/extref/srep02554-s1.pdf


               1-2-2.同じく2011年3月14/15日に採取されたサンプルに基づく分析(つづき)

               東京理科大学の阿部善也氏らの研究チーム(足立氏も参加した)は、上記3月14/15日に採取された球形セシウム含有微粒子(「セシウムボール」粒径約2μm)を、シンクロトロン放射(兵庫県にある大型の放射光施設「スプリング8」)によって分析し、球状の微粒子中に核燃料由来のウランを発見した注14
               また彼らは、同微粒子中に、下図3(原著 Figure S4)に由来を示した各元素が含まれることを発見した。またその中には、原子炉を構成する鉄だけでなくケイ素も含まれていた。このことは、メルトダウンした核燃料が原子炉を溶かし、さらには原子炉格納容器下部のコンクリートと反応を生じたことを示唆している。彼らは、このようなセシウムボールが、高酸化状態で(high oxidation state)、すなわちFe3+、Zn2+、Mo6+、Sn3+などがガラス状マトリックスの形で、存在していることを突き止めた。彼らによれば、このような「ガラス状(glassy state)」の放射性物質は、水溶性のセシウム・エアロゾルとして放出されたものに比較して「長期間環境中に残存するであろう」という。
               非常に重い元素である福島事故由来のウランが、172kmも離れた関東平野で発見されたことは、微粒子による放射性物質の飛散がきわめて広範囲に及ぶことを示した。重力は粒子の半径rの3乗に比例し、浮力を与える摩擦力はストークスの法則で粒子半径rの1次に比例する。粒径が小さくなると浮力が支配的になり、それ故、重さに依らず遠くに飛ぶからである。

              図3 放出された放射性微粒子に含まれる元素の由来(阿部氏らによる)

              引用者注:冷却水中の亜鉛Znは、配管の腐食防止剤として使われる。
              出典 Yoshinari Abe, et al; Detection of Uranium and Chemical State Analysis of
              Individual Radioactive Microparticles Emitted from the Fukushima Nuclear Accident
              Using Multiple Synchrotron Radiation X-ray Analyses; Analytical Chemistry
              http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ac501998d


               1-2-3.爆発後の2011年4月4日から11日までに採取されたサンプルに基づく分析

               国立環境研究所の大野利眞氏らは、つくば市における4月4日から11日までの観測に基づいて、大気中の放射性ヨウ素131、セシウム134および137の粒径分布を推計している(図4)注15。それによれば、ヨウ素131は、ほとんどがガス状で、一部が微小粒子であり、1μm以下の微粒子もかなり多い。セシウムは、図4で見ると、2.5μmあたりにピークがあり、3.3μm以下の微粒子であった部分が多い。大野氏らによれば、ヨウ素131はほとんどが乾性沈着(大気乱流や重力沈降により地表面に沈着)したのに対し、セシウム137は湿性沈着(雨滴の核になったり降雨に付着して雨とともに地表に落下)が「支配的である」という。

              図4 粒径ごとの放射能の分布

              (ACFは活性炭繊維フィルターに吸着されたガスの放射能量)
              出典:国立環境研究所「放射性物質の大気輸送・沈着 シミュレーションの現状と課題」
              http://nsec.jaea.go.jp/ers/environment/envs/FukushimaWS/taikikakusan1.pdf


               1-2-4.2011年4月28日から5月12日までに採取されたサンプルによる分析

               産業技術総合研究所の兼保直樹氏は、上記環境研究所グループに続く時期(2011年4月28日から5月12日まで)に、同じくつくば市の同研究所において、大気中の放射性微粒子を吸引捕集し分析を行った注16。それによれば、この時期には、すでに相対的に粒径の大きな微粒子は大きく減少し、とりわけ大野氏の発見した粒径2μm付近のピークは消えてしまっている。兼保氏らによれば、採取された放射性微粒子は粒径0.2-0.3μmと0.5-0.7μmに極大値を持つ「二極性の特徴的な分布」を示したとされる(図5)。

              図5 放射性セシウムを含む粒子およびエアロゾル主要成分の粒径分布

              茨城県つくば市におけるA:2011年4月28日〜5月12日の放射性セシウムを含む粒子の粒径分布、なめらかな曲線は計算により本来の粒径分布を復元したもの。B:同期間の大気エアロゾル主要成分ごとの粒径分布(ケイ素のみ上軸)。
              Δは微少な変化量を表す。
              出典:兼保直樹「風に乗って長い距離を運ばれる放射性セシウムの存在形態
              ――大気中の輸送担体を解明」の図1より
              http://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/nr20120731/nr20120731.html

               さらに兼保氏は、放射性セシウムは「単独ではこのような粒径分布の粒子は形成できず、大気中に比較的豊富に存在する何らかの大気エアロゾル成分の粒子に付着するか含まれた状態で浮遊していた」と推論した。兼保氏は、このような放射性セシウム粒子の粒径分布(図5左)と同時に観測された他の主要物質の粒径分布(図5右)とを比較し、硫酸塩エアロゾルが放射性セシウムの輸送担体であろうと推定している。この点について、上記足立氏らは、すでに足立氏らが採取した3月20/21日の第2回目のプルームにおいてこのような傾向が出現していることを指摘して、兼保氏の推測を積極的に評価している注12
               しかし、常識的に考えて、硫酸塩だけではなく、いろいろなイオンにも、少なくともほぼ同じ分布を示していたアンモニウムイオンや、一部は硝酸イオンにも、付着していたと考えるのが自然ではないだろうか。また、2μmより小さいサイズの合金状あるいはガラス状の球状微粒子が放出された可能性も、否定できないであろう。
               一見して明らかなのは、兼保氏の粒径分布では、大野氏らの観測結果にあった2μm付近にあったピークがなくなっていることである。これは、観測地点がほぼ同じであることを考慮すると、観測時期の違いによるものが大きいと思われる。兼保氏の観測結果は、4月末以降の時期にはすでに粒径の大きな、おそらくは1-2-1および1-2-2で見た、事故初期の爆発に由来する微粒子の大部分がすでに沈着するか飛散してしまっていたことを示唆している。

               1-2-5.2011年6月6〜14日および6月27日〜7月8日に採取された土壌の調査

               別なテーマであるが、文部科学省は、2011年9月30日、福島事故由来であると確認できるプルトニウム(238および239+240)が、原発から最大45km離れた福島県内各地の土壌から発見された、と発表した注17。きわめて重い元素がこのような長い距離を飛んでいることから、プルトニウムは微粒子として飛散したと考えられ、プルトニウムの微粉塵あるいはプルトニウムを含む微粒子が広範に飛散したことは、疑いえない。しかも、この調査によれば、プルトニウム238単独では、茨城県と福島県の80km圏を越える4地点でも検出されており、これらについて政府は事故由来であることを認めていない。しかし事故原発からプルトニウムが流れた方向の4km程度のごく近傍でも、プルトニウム238しか検出されていない地点もあり、政府の評価はきわめて疑問である。プルトニウムが45kmよりもさらに広く飛散した可能性が高いというべきである。
               ちなみに、米国環境保護庁(EPA)のデータは、グアム、サイパン、ハワイ、米本土のカリフォルニア州やワシントン州において、2011年3月15日〜24日にかけて、環境中の放射性物質の濃度が、突然、統計が記載されている過去20年間になかったレベルに急上昇したことを示している。その中にはプルトニウム239、ウラン238、ウラン234も含まれており、福島原発から放出されたものと見られている注17
               ストロンチウム(89および90)については、日本政府の調査は80km圏に広く飛散している状況を示している。この飛散も、ストロンチウムが微粒子となっていたことを示している。しかし、この場合も、政府は両方の同位体が検出された地点のみを事故由来としており、ストロンチウム89の半減期が約50日と短く、測定までの期間(土壌採取が事故の約3ヶ月後なのでそれ以上)に測定限界以下に減衰していた可能性を考慮すると、評価には上と同じ疑問が残る。
               このように、セシウムやヨウ素と並んで最も危険な放射性核種のうちの2種、アルファ線を出し毒性が強く半減期(Pu239で2.4万年)も生物学的半減期(同200年とされる)もきわめて長いプルトニウムと、ベータ線を放出し半減期がセシウムと同様に長く(Sr90で29年)骨に蓄積して生物学的半減期がきわめて長く(同49年)いったん体内に取り込まれると生涯にわたる内部被曝を引き起こすきわめて危険なストロンチウムとが、微粒子として広範に放出されたことは、政府の調査結果によって証明されている。

               1-2-6.事故のピークを過ぎた2011年7月2日から8日までに採取されたサンプルの分析

               小泉昭夫氏(京都大学大学院医学研究科環境衛生学分野)ほかによるセシウム粒子の分析は、明らかに事故のピークが過ぎたと考えられる時期(2011年7月2日から8日)に、事故原発に近く汚染が深刻な福島市内(北緯37°45'42"・東経140°28'18")で行われた注18。その結果は、4.9-7.4μmと0.7μm未満(0.46-0.7μmおよび0.47μm未満)という2つのピークをもつ粒径分布を示している(表2)。また放射性微粒子のうち、数では67%、放射能量では77%が、肺内に沈着する可能性の高い粒径5μm未満の粒子である点も重要である。

              表2 福島県における大気中放射性セシウムの粒度分布と経気摂取量推定

              出典:小泉昭夫氏(京都大学大学院医学研究科環境衛生学分野)ほか「福島県成人
              住民の放射性セシウムへの経口、吸入被ばくの予備的評価」表3より筆者作成
              http://hes.med.kyoto-u.ac.jp/fukushima/EHPM2011.html

               上記の兼保氏の分析を踏まえれば、次の点が確認できる。
               大きい方のピーク(4.9-7.4μm)は、大気中に圧倒的に多い、土壌の主成分であるケイ酸の粒径分布に類似しており、土壌に沈着した放射性微粒子が再浮遊し飛散した可能性を示唆している。すなわち、この分布は、すでにこの時期には、事故原発からの一次的な放出が続いていただけでなく、放射性微粒子の再浮遊(resuspension)が本格的に始まっていたことを示していると考えることができる。
               ピークではないが2μm前後の粒径も1割程度を占めており、福島市のような汚染が深刻な地域においては、足立氏が発見したセシウム・ウランを含むボール状微粒子もまた広く再浮遊していた可能性も否定できないであろう。
               2つのピークのうち小さい方の0.46-0.7μmおよび0.46μm未満のピークは、兼保氏が指摘した粒径分布(1-2-4)にほぼ等しいが、全体の放射能量の半分を占めている。1.1μm未満で見れば約6割を占めている。サブミクロンあるいはナノレベルの微粒子が過半であると推定できる。これは劣化ウラン弾の爆発によって放出される放射性微粒子のサイズである。すなわち福島事故が放出した放射性微粒子の健康影響は、劣化ウラン弾による健康影響と比較可能であることを示している注19

               1-2-7.2012年頃から現在まで:「黒い物質」と呼ばれている黒色の粉塵

               2012年ごろから、強い放射線を放出する黒色の粉末状物質の目撃情報が、福島県南相馬市、東京都内各地などで相次いでいる注20。この現象は現在でも観測され続けている。この現象は十分に解明されていない。また、法律上「放射性同位元素」としなければならないほど強い放射線を出すことが判明しているにもかかわらず、公的機関による本格的調査も行われていない。この「黒い物質」と呼ばれる粉末には、性質の違う2種類の微粒子があることが分かっている。一つは、鈴木三男東北大学教授や山内知也神戸大学教授が分析した「藻類」によってセシウムイオンが生物濃縮された粉体、もう一つは、早川由紀夫群馬大学教授が分析した「風雨による集積」の結果生じた粉体である。植物由来か鉱物質かの判断は間違いようがないので、2つの種類の「黒い物質」があると考えるのが自然であろう。
               両者とも強い放射線を発し、山内氏によれば、南相馬で採取されたサンプルの最高は1kgあたり340万ベクレル、東京で発見されたものの最高は24万ベクレルの放射性セシウムが検出されたという注21
               早川氏によれば、黒い塵は「風雨の作用で地表のセシウムが寄せ集められた土」であり、ビルやアスファルトなど「人工構造物に取り囲まれた都市では容易に起こる」という注22。われわれが見てきたように、放射性物質が最初から個々の原子レベルではなく微粒子として放出されたという事実を考慮すれば、このようなサイズの大きな粒子への集積は容易に説明できるであろう。
               他方、山内氏は、調査したサンプルについて、足立氏の発見した放射性微粒子(1-2-1記載)とは「直接の関係はないと考えられる」という。平均粒径については、藻類は割れば細かくなるので、粒径は測定しなかったとのことである(山内氏からの私信による)。早川氏についても粒径を明確に規定している資料を見いだすことができなかったが、数十から数百μmで、われわれが上で検討してきた微粒子よりはかなり大きいと思われる。ただ重要なのは、山内氏の指摘するように「藻類なので踏みつぶせばいくらでも細かくなる」点で、時間的経過と共に微粒子化し、肺沈着の可能が高い5μm以下の粒径に変化していく危険がある。
               原子力発電の専門家から反原発活動家に転じたアーニー・ガンダーセン博士とボストン化学データ社の社長で放射性同位元素についての専門的研究者であるマルコ・カルトフェン氏は、事故原発から17km(放送のスクリプトでは10kmだがおそらくマイルの誤植であろう)離れた福島県浪江町で採取した塵の放射線分析を行い、それが直接に核燃料に由来する「ホットパーティクル」であることを発見した。その分析結果はインターネットで公開されている注23。それによれば、粉体は、粒径2〜10μm、均質で一様な(homogenous and uniform)粒体で、150万ベクレル/kgという強い放射線を発し、セシウム137と134だけでなく高濃度のラジウム226が含まれていた(トリウム、鉛チタン酸塩、イットリウム・ランタン化合物、コバルト60も含まれていた)。鉛・希土類を含む微粒子の中には、粒径1〜2μmという呼吸によって肺に沈着する可能性の高い粒子も見られた。彼らは、この粉体が、核分裂生成物だけでなく「燃焼しなかった核燃料の一部」をも含んでいる可能性が高いと考えている。
               カルトフェン氏は、2014年8月3日に、福島原発から460km離れた名古屋で採取された掃除機フィルターから、極めて強力な放射線を発する放射性微粒子(粒径10μm)を発見した。それにはセシウム137・134だけではなく、コバルト60、ラジウム226が検出された。放射線量が法外に高い(1キログラムに換算すると4000京Bq/kg)ことから、カルトフェン氏は、その粒子の少なくとも80%は核燃料自体の破片であろうと評価している注24
               京都大学大学院工学研究科の河野益近氏は、2014年8月から9月にかけて、福島県南相馬市内および福島県各地で「黒い物質」を採取し、放射線強度を測定した。その結果によれば、南相馬では16万〜99万ベクレル/kg、福島市内でも8万ベクレル/kgが検出されている。これによれば、「黒い物質」は、現在も、多くの住民の生活空間において存在し、数多くの人々を、とくに戸外で遊ぶことの多い子供たちを確実に内部被曝に導いていると考えられる注25

              表3 福島県南相馬市内と福島県内の土壌および「黒い物質」の放射線量

              出典:「フクロウの会」のホームページより
              http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/files/2014_1010ozawa2.pdf

                1-3.以上から導かれる結論

               以上検討した観測事実から次のように結論できる。
              (1)福島事故においては、放出された放射性微粒子は、主に、いったんは気化した物質が固化して形成された微粒子の形を取っていた。さらには、炉心溶融過程ですでに微粉化していた核燃料(核分裂生成物である多種の放射性物質が固溶している)が爆発により放出されて形成された微粒子もあった。
              (2)福島事故において、a) 粒径の点で、b) 不溶性・可溶性の点で、c) 合金・ガラス状か各種大気中エアロゾルへの付着かの点で、生成過程の異なるさまざまな種類の放射性微粒子が放出された。
              (3)そのような性質の違いによって、これらの微粒子は人体内に侵入する過程において異なった経路を辿ることになる。
              (4)早い時期から、遅くとも2011年7月には、放射性微粒子の再浮遊が本格的に始まっていた可能性がある。
              (5)福島から東京にかけて広く拡散している「黒い物質」は、ここで検討した福島原発から放出された放射性微粒子であるか、福島事故により放出された放射性物質に由来するものである。またこの事実により、足立氏らが発見した「ホットパーティクル」が、ごく少数の例外的な存在ではなく、広く存在する普遍的現象であることが証明されている。






              本記事は
              福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性
              ――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(1/4)

              です。

              福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(1/4)
              福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(2/4)
              福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(3/4)
              福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性(4/4)



               
              2014.07.15 Tuesday

              山田耕作・渡辺悦司_福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの

              0
                2014年7月


                福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上
                ――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの
                山田耕作 渡辺悦司
                2014年5月16日

                福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上 (33ページ,1256KB,pdf)
                2014年8月14日更新



                参照:補論URL・pdf
                補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性
                補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性 (8ページ,p1-p8,288KB,pdf)



                 福島原発事故による放射性物質の放出量に関して一連の新しい研究が発表されている。青山道夫氏(当時気象庁気象研究所)注1らのグループは、2013年9月に刊行された著作で、福島原発事故による放射性核種の放出量・率の検討に一章を割き、‖腟っ罎悗諒出、汚染水中への漏出、3た紊悗猟樟椶領出を一体として評価するという方法論を提起している[参考文献1]。さらに、2014年4月には、チャールズ・レスターらによる米国カリフォルニア州政府資源局沿岸委員会の福島事故による放出量に関する報告書が公表され[参考文献4]、事故の規模の比較の際に一般的基準とされるセシウム137について見ると、,梁腟っ罎悗諒出量およびの海水への直接放出量に、青山氏らよりさらに大きな数値を採用している。ただ残念なことに、青山氏らは提示した方法を結論にまで進めておらず、レスターらは汚染水中への放出△鮃洋犬靴討い覆ぁ

                 われわれは青山氏らの方法やレスターらの数字を基に、福島事故による総放出量を´↓の合計として計算し、チェルノブイリ事故との比較を試みた。その結果、福島事故は、政府・マスコミの事故直後からの評価のようにチェルノブイリ事故の「約1割」「10分の1程度」「1桁小さい」ものでは決してなく、チェルノブイリ事故に関する国連科学委員会を含む主要機関のどの推計と比較してもチェルノブイリ事故を上回り、2倍超から20数倍の規模であることが明らかになった。また米ネバダ核実験場での地上核実験の爆発総出力と比較しても、福島の大気中放出量の換算爆発出力は、ネバダの合計を上回り、その3.6倍であった。福島県における子どもの甲状腺ガンのアウトブレイクの立ち上がりがチェルノブイリに比べて非常に速いが[参考文献17]、このことはチェルノブイリ事故と比べた福島事故による放射性物質の放出量の大きさと関連している可能性がある。われわれは、福島事故によるものと考えるほかない健康被害や人口減少が大規模に現れ始めている現在、あらためて放出量の推計に注目すべきであると考える。

                目 次
                1.原発事故による放射性物質の放出量比較の意義と限界 ・・・・・・・(3)
                2.放出量比較の批判的検討――クリス・バズビーによる ・・・・・・・(5)
                3.青山氏らのグループの数字が示したもの ・・・・・・・・・・・・・(8)
                (1)青山氏らの数字による福島とチェルノブイリの比較 ・・・・・・・(8)
                (2)結論を避けた印象・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
                (3)青山氏らの数字の補正・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
                4.汚染水タンクに含まれる放射能量による上記結論の検証・・・・・・(15)
                (1)広島原爆との比較・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(15)
                (2)チェルノブイリ事故による放出量との比較・・・・・・・・・・・(16)
                (3)福島事故の現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(18)
                総 括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(20)
                注 記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(21)
                参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(23)
                付表1-1 福島原発事故による放射性物質の大気中への放出量 
                     日本政府の当初の推計 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(25)
                付表1-2 福島原発事故による放射性物質の大気中への放出量 
                     日本政府の推計改定値 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(26)
                付表2−1 青山氏らによるチェルノブイリ事故による放出量
                     (単位ペタベクレル=E+15)・・・・・・・・・・・・・・・(27)
                付表2−2 青山氏らによる同福島事故による放出量
                     (単位がE+nで表記されていることに注意。
                     チェルノブイリ表の単位ペタベクレルはE+15である・・・・(28)
                付表3 レスターらによるカリフォルニア州資源局沿岸委員会の
                    レポートによる福島の放出量の総括表・・・・・・・・・・・・(29)
                付表4 国連科学委員会の報告によるチェルノブイリの
                    残存量と放出量の推計表・・・・・・・・・・・・・・・・・・(30)
                付表5 広島原爆による放射性物質の放出量 代表的な推計 ・・・・・・(32)
                付表6 ネバダ核実験場における地上核実験での核爆発の総出力 ・・・・(33)

                  1.原発事故による放射性物質の放出量比較の意義と限界

                 政府は、福島原発事故後の早い時期に(約1ヶ月後)、事故による放射能の放出量を暫定的に推計し、チェルノブイリ事故の「1割程度」とした(2011年4月12日、当時の原子力安全・保安院の発表。原子力安全・保安院と原子力安全委員会[当時]の「推定的試算値」はセシウム137で各々6.1E+15と1.2E+16ベクレル[付表1-1])。その後マスコミ報道や政界の議論などでは、この数字がいわば一人歩きしてきた。それにより福島事故はチェルノブイリ事故よりも「桁違い」に小さい事故というイメージが作られてきた。

                 われわれは、『原発問題の争点 内部被曝・地震・東電』(2012年9月緑風出版刊)の中で、このような一面的な事故像を押し付ける試みを批判した[参考文献8、第4章第3節、執筆は2012年3月]。この政府推計は、原発敷地およびその周辺と主として日本国内のモニタリングポストのデータしか算入しておらず、太平洋にあるいはそれを越えて飛散したり、汚染水として滞留したり地下水に漏れたり海に流れ出したりした放出量が抜けており、大きく過小評価されていると指摘した。このことを、世界的規模のモニタリングポストの観測結果に基づいたノルウェー大気研究所のストールらの研究[参考文献3]に依拠して批判した。

                 われわれは、同書で、このストールらの推計を積極的に評価し、放出量はチェルノブイリの「約半分」という彼らの評価を採用して、放出量においてチェルノブイリに匹敵する事故と評価した。また、量的比較にかかわらず、事故の質や内容の点で、福島事故はチェルノブイリ事故よりもはるかに深刻であるとする見解を提起した。すなわち、(1)機器の故障や操作ミスなどの人為的要因なしに生じ、基本的には人間の力の及ばない自然の外的な力によって起こった、(2)長期にわたり事故の収束ができていない、(3)4基が同時に事故を起こし1プラント全体が事故に巻き込まれた、(4)4号機のように停止中の原発さえも事故を起こす危険性があることを証明した、(5)余震や新たな地震、その他各種自然災害の連鎖による事故の深刻化の危険がある、(6)チェルノブイリよりもはるかに人口が密集した地域で生じ、深刻さの度合いは違うが極めて多数の人々(福島周辺と東京圏で約4500万人、ある意味では日本の人口全体)を被曝させた、(7)女川原発から東海原発にいたる一連の広域の原発・核施設全体の事故が生じる可能性があった、などの点を指摘した。これらの観点は、量的比較を除いて、今もまったく正しい評価だと考える。

                 ただ、その後に発表された福島事故による放出量に関する一連の研究を踏まえ、上記の評価の量的比較の側面についてだけは一定の改訂が必要であると考える。

                 もちろん放出量の推計自体は、近似値であり、限定された意味しか持たず、事故の全貌を直接に示すものではないことは言うまでもない注2。しかし、福島事故の放出量が、チェルノブイリのおよそ「10分の1」という評価と、「チェルノブイリ以上」あるいは海水への直接放出と汚染水への放出を考慮すると「2倍超から20数倍程度」になるという評価とでは、明らかに「量から質への転化」がある。この意味で、放出量の推計は、福島事故を質的に評価する際の基本的な量あるいは数字であるということができる。そして、福島事故の本当の規模を示すデータが最近次々と公表されているのである。

                 日本政府の発表した放出量推計は付表に掲げる[付表1-2]。政府推計は何度か訂正されているが、現在経済産業省のホームページにあるもの(セシウム137で1.5E+16)を使うことにする。また基準とする核種としては、長期的危険の大きく、また最も一般的に使われるセシウム137をベースとする。なお、政府発表では計数表示が「×10n」となっている。しかし「E+n」という表示もよく使用される。たとえば「×1016」は、「10の16乗倍」を表し、「E+16」とも表記し、日本の単位「京」に当たる。簡単な対応表を掲げておこう(表1)。

                      表1 ベクレル計数単位の一覧

                 ×1016  E+16  京      (例)チェルノブイリ・福島事故のCs137放出量
                 ×1015  E+15  ペタ
                 ×1013  E+13  10兆    (例)広島原爆のCs137放出量
                                (例)300tの汚染水中の放射性物質の総量
                 ×1012  E+12  テラ=兆
                 ×109   E+9   ギガ
                 ×108   E+8   億     (例)漏れた汚染水1リットル中の放射能濃度
                 ×106   E+6   メガ
                 ×104   E+4   万
                 ×103   E+3   キロ=千


                  2.放出量比較の批判的検討――クリス・バズビーによる

                 福島事故による放出量のチェルノブイリ事故との比較に関して、欧州放射線リスク委員会(ECRR)のクリス・バズビーは、すでに2012年7月刊行された著作で、きわめて重要な指摘をしている(クリス・バズビー『封印された放射能の恐怖』講談社[参考文献9])。バズビーによれば、福島の放出量を「チェルノブイリの約2倍以上」と評価すべきだという(同書105ページ)。

                 バズビーはまず、チェルノブイリ事故そのものの放出量推計に大きな幅があることを指摘している。バズビーの揚げている表を引用しよう(表2)。

                表2 チェルノブイリ事故の放出量についての各種推計(バズビーによる)


                 これによれば、チェルノブイリの放出量(セシウム137)の推計自体が、行った機関によって約2.6倍、バズビー自身の推計も入れると11倍以上の開きがあり、どの数字を採用するかで比較の結果は大きく違ってくる。バズビーは、これらのうちフェアリー・サムナー(2009)と国連科学委員会UNSCEAR(2011)の推計[付表4]を、残存量推計から過大評価と考え、サムナー(1991)他の初期の推計(3.8E+16)を採用している。

                 福島事故の放出量についてバズビーは、ストールの推計、セシウム137で3.6E+16ベクレル(正確にはこれはストールの幅を持った推計23.3〜50.1 ペタベクレルの中央値35.8ペタベクレルである)を採用し、それをサムナーほかと比較している(表3)。

                表3 チェルノブイリ事故と福島事故の放出量比較(バズビーによる)

                クリス・バズビー『封印された放射能の恐怖』講談社(2012年刊)108、109ページ

                 バズビーは自分の議論の全体を総括して、福島事故が、チェルノブイリ事故と比較して、セシウム137については「ほぼ同じ」、揮発性の核種については「約3倍」、キセノン133で「約9倍」の放出量としている。

                 ここで付言すると、矢ケ崎克馬氏は、政府のモニタリングポストのデータを検証し、実際の空間線量を「モニタリングポストが真の値の50%ほどしか示していない」と批判している[参考文献11]。このことから、日本政府発表の大気中への放出量は最低でも2倍すべきであろう(正確な数字ではないが今はこれで十分であろう)。そうするとセシウム137の放出量は3.0E+16になり、ストールらの推計とほぼ同じ水準になる。このこともまた、バズビーが評価したストールらの数値の確度を示唆している。矢ヶ崎氏はまた、年間1ミリシーベルト以上の汚染地域についてチェルノブイリよりも福島の方が面積の点で広いことを指摘している[参考文献12]。福島では東側半分は海であって、観測可能な領域は本来半分以下である。それにもかかわらず福島の面積が広いということもまた、福島の放出量がチェルノブイリの放出量の「2倍以上」であるというバズビーの評価の正しさを裏付ける根拠の1つであろう。

                 しかし最近、注目すべき新しい研究が発表され、バズビーのようにチェルノブイリの放出量推計のどれを選択するかという議論をしなくても、チェルノブイリに比較して福島事故の巨大さを十分に示すことのできるようになっている。

                  3.青山氏らのグループの数字が示したもの

                 気象庁気象研究所(著作出版当時)の青山道夫氏ほかによる英文の著作Fukushima Accident ― Radioactivity Impact on the Environment (2013年9月刊行[参考文献1、同書の概要は参考文献2]) は、さりげなく福島の放出量の方がチェルノブイリよりも大きいとするデータを提示している。「さりげなく」というのは、表に掲げながら直接は比較していないからである(付表2)。

                (1)青山氏らの数字による福島とチェルノブイリの比較

                 青山氏らの数字の新しい点は、‖腟っ罎吠出された放射性物質に加えて、滞留水(スタグナント・ウォーター)中に放出された放射性物質および、3た綯罎膨樟槊出(ディレクト・ディスチャージ・トゥ・ザ・オーシャン)した放射性物質を考慮に入れ、放出量・率を´↓の合計として示すという方法を提示したことである。青山氏らは、,梁腟っ罎よび直接海水中への放出量・率について日本政府の数字をほぼそのまま採用し、△梁變運綯罎砲弔い討脇本原子力研究開発機構(JAEA)の西原健司氏ら[参考文献10]の数字を採用し、は青山氏も共著者の1人である電力中央研究所環境科学研究所の津旨大輔氏らの論文[参考文献14]および気象研グループの独自の推計(青山氏らの著作では「未発表」とされている)を基にしていると考えられる。

                 △梁變運紊砲弔い討蓮■嘉醒躓しておかなければならない。第1に、原発内には大量の水が存在するので、事故の際そのような水にセシウムやストロンチウムなど水溶性の放射性物質が漏出し高濃度汚染水が発生する。この問題は、スリーマイルでもチェルノブイリでも生じた。ただそれらの場合、滞留水は文字通り滞留しており、後で何とか回収されるかあるいは封じ込められて、大規模な環境中への漏出はほとんどなかったとされている(もちろんこの点は検証が必要であるが今は置いておこう)。これに対し福島では、地震や津波さらには炉心溶融や爆発によって、圧力容器・格納容器・配管が破損して穴があき、さらには建屋とくにその地下構造が重大な損傷を受けて外部環境に対する封水性を喪失している。この点はとくに重要であって、「滞留水」には地下水が毎日数百トン規模で大量に流入し、また「滞留水」からも(量は明らかにされていないが)大量に地下水へと流出しており、結局海に流れ込んで海水を汚染している。すなわち「滞留水」は決して「滞留」しておらず、実際には外部環境に直接に曝され環境中に流出している。したがって、福島では、「滞留水」について、その一部分が後に「汚染水」としてタンクに汲み上げられ管理されることになったとしても、一度は環境中に漏出したものと解すべきである。この点で福島では「滞留水」の意味が根本的に違っている。青山氏らが今回、滞留水を大気中・直接海水中と並べて福島の放出量に加えたのはこのような事情を考慮したものと思われ、まさに的を射た判断であると言える。第2に、滞留水が具体的に何を示すかについて見てみると、青山氏らが参照した西原氏らの論文によれば、「滞留水」とは、各号機のタービン建屋地下および原子炉建屋地下、廃棄物処理建屋、トレンチに溜まった汚染水の合計であるとされている[参考文献10]。われわれの本論文では、用語上の混乱を避けるため、以下「滞留水」は単にこの西原氏らが定義した意味だけを表す用語として使用する。

                 の海水中への直接放出量について、青山氏らは、セシウム137の数値を、津旨氏らの論文から採っている(青山氏は津旨論文の共著者の1人でもある)。同論文は、放出量を、日本政府推計のように事故後に海水への流出が目撃された事象あるいは人為的な放出事例における実測値を総計する方法(セシウム137で0.94ペタベクレル程度になる)ではなく、福島第1原発周辺の海域で実地にサンプリング調査を行いサンプル中の放射性物質の濃度から「領域海洋モデルROMS」を用いた海洋拡散シミュレーションを使って流出量を逆推計する方法をとっている[参考文献14]。

                 青山氏らの著書に掲載されているチェルノブイリ事故の放出量および福島の放出量を付表2-1および2-2に掲げる。青山氏らは福島の´↓の放出「率」を各々掲げるところで止まり、放出率合計→総放出量→チェルノブイリとの比較へと進んでいく方向性を追求していない。これら2つの表からわれわれが計算して福島とチェルノブイリの放出量を直接に比較した表4を以下に掲げる。

                表4 青山氏らのデータに基づく福島事故による放射性核種の放出量の算出およびチェルノブイリ事故による放出量との比較(下線を引いた項目3列はわれわれによる計算)

                ・右側の4列は、青山氏らによる付表2[2-1および2-2]を基に、われわれが計算あるいは換算したもの。「チェル」はチェルノブイリの略記。「チェル放出量」は青山氏らの表の表示法を変更したもの。下線を引いた項目3列は青山氏らのデータを基にわれわれが計算したもの。
                ・青山氏らは、福島事故を2011年3月12日日本時間5時から2011年5月1日0時までの期間をとしている。それ以後に放出された放射能量は含まれていない。
                ・チェルノブイリ事故の放出量で数字に幅のあるものについては、最大値をとった。
                ・青山氏らは滞留水への放出量については、日本原子力研究開発機構(JAEA)の西原健司ら[参考文献10を参照のこと]の推計を参照したとしている。西原らの推計は東電およびJAEAによる汚染水の実測値に基づいている。


                 青山氏らは、セシウム137について、福島で汚染水中△吠出された放射能の量を残存量の20%とする数字を採用している。大気中,悗諒出率は2.2%、海水中への直接の放出率は0.5%としている。青山氏らはなぜか合計していないが、これらを合わせると合計の放出率は22.7%、すなわち同書が採用した1〜3号機の炉心内残存量70E+16ベクレル(70京ベクレル)注3に対して計算して15.9E+16ベクレルになる。これは、日本政府が発表した数字1.5E+16の約10倍という大きな数字である注4。注目されるのは、汚染水中への流出で、それだけでいままでの政府推計の9倍以上が漏れたことになる点である。

                 これを、チェルノブイリによる放出量についての国連科学委員会の推計8.5E+16(バズビーは過大評価としている)と比較しても、福島はチェルノブイリを大きく上回り、チェルノブイリの1.9倍となる。バズビーが採用している、サムナーの1991年の推計、セシウム137で3.8E+16を基に比較すると、福島はチェルノブイリの4.2倍となる。バズビー自身の推計9.0E+15(すなわち0.9E+16)を基にすると17.7倍となる。

                 青山氏らの数字は、ストロンチウム90では、セシウムよりは相対的に少ないが、それでも国連科学委員会の数字に基づくと、チェルノブイリの0.63倍となって6割を超えほぼ匹敵する。サムナーの数字で比較すれば、1.1倍となりチェルノブイリを上回る水準である。

                (2)結論を避けた印象

                 もちろん、同書には多くの問題点があることは指摘しておかなければならない。第1に、この本の基調は決して脱原発ではなく原発推進論である(正確に言えば「第4世代原子炉」積極推進論である[参考文献1のEpilogue、369ページ])。第2に、日本政府推計に追従して稼動していなかった4号機が独自の事故を起こした事実を認めておらず、1〜3号機からの放射能漏洩だけを計算して4号機からの放射能漏れはなかったとする、明らかに事実に反する推定に立脚している、第3に、大気中への放出量は、すでにストールらが過小評価と批判した日本政府の推計をほぼそのまま無批判に使っている、などである。ただ、いま重要なことは、これらの点の批判ではない。青山氏らの過小評価された数字でさえが明らかにしている重要な事実であり、青山氏らがこれを発見しておきながら明確に提起しなかった真の結論である。

                 青山氏らの同書は、大気中・直接海水中・汚染水中への放出を合計し、チェルノブイリと比較するという方法を提起した点で大きな積極的役割を果たした。だが、彼らは自分の議論を最後まで推し進めなかったといえる。これは、事実をありのままに見ようとする方向に対し、何らかの外から妨害する力が働いているからかもしれない。このことを示唆する箇所は他にもある。たとえば、青山氏らの同書は、放射性ヨウ素の放出量を検討した箇所で、福島事故が再臨界(=核爆発)事故であった可能性に言及している。だが、その表現は「原子炉のメルトダウンした燃料において、いかなる重大な再臨界も、2011年4月以降に生じたということは、ありえないであろう」[参考文献1の135ページ]というものである。ということは「4月以前には」再臨界が起こっていた可能性が「ある」という評価になるが、論文の展開はここで止まっている。極めて重要な論点だが、ここではテーマから外れるので指摘するだけにとどめよう。

                (3)青山氏らの数字の補正

                 ここで、福島事故による大気中(上記 砲悗諒出量については、相対的に確度が高いと考えられるストールらの推計3.6E+16を採用して青山氏らの数字を補正すれば、大気中への放出率は5.1%となる。ただし、国連科学委員会のチェルノブイリのセシウム137の数字は多くの場合に比較の対象とされるが、注意すべきなのは最大値あるいは上限値を採っている点である[付表3]。したがって、幅をもったストールの推計(23.3〜50.1ペタベクレル)から、比較のためには最大値を採るべきであろう。そうすると5.01E+16ベクレルとなり、放出率は7.2%となる。

                 さらに海水への直接(上記)放出量については、米カリフォルニア州政府資源局沿岸委員会が採用した数字(レスターらのグループによる[参考文献4])、セシウム137で3.6〜41ペタベクレルを採ろう。その中央値をとって2.23E+16とすれば、海水への直接放出率は3.2%となる。ここでも上記のとおり国連科学委員会の数字にあわせて最大値(上限値)を採ると4.1E+16で、放出率は5.9%になる(この最大値の元々の出所はベイリー・デュ・ボアの研究である[参考文献5]。なおレスターが引用している大気中への放出量の最大値はストールの数字である)。

                 これら(上記,鉢)の最大値を、青山氏らが採用している汚染水(滞留水)中(上記◆砲悗諒出量14.0E+16(放出率20.0%)と合計すると、全体の総放出量は、23.11E+16ベクレル、放出率は33.0%となる。この数値が現在のところ、おおよそ最も信頼できる数字と考えてよいであろう。これを国連科学委員会の推計で比較すると、チェルノブイリの2.7倍、サムナーの1991年の推計で比較すると6.1倍となる。バズビー自身の推計を基にすると25.7倍となる(表5)。

                表5 福島事故放出量の青山氏らの数値の補正とチェルノブイリ事故、原爆、ネバダ実験場地上核実験総出力との比較(総括表) (セシウム137についての推計)


                 付言すれば、福島事故では、セシウム137の放出量に対してセシウム134の放出量が相対的に大きい点が特徴である(およそ1:1、これに対してチェルノブイリでは1:0.6程度)。レスターらの報告を紹介している英文のエネルギーニュースサイト(ENENEWS)は、セシウム137・134の合計値を基に、米国政府発表のチェルノブイリの数値と比較を行い、大気中,板樟楹た綯罩の放出量の合計値で、福島の方がチェルノブイリよりも大きいと指摘している(105対181ペタベクレル)[参考文献6]。セシウム137・134の合計値を国連科学委員会の数値で比較しても、明らかに福島の方が多い(13.9E+16対18.1E+16ベクレル)。落合栄一郎氏は、事故の比較の場合、セシウム137だけではなくその他のセシウム同位体とくに134も加えるべきであるという問題提起をされている[参考文献15の81および271ページ]。当を得た見解であり、今回ここでは一般に行われているセシウム137をベースとした比較を中心に検討したが、今後の課題としたい。

                 すでに見たように、バズビーは、福島を全体として「チェルノブイリの約2倍以上」の放出量だとしているが、この評価の正しさは、日本の青山氏ら気象研究所、津旨氏ら電力中央研究所環境科学研究所、西原氏ら日本原子力研究開発機構のグループやアメリカのレスターらカリフォルニア州政府機関などの推計によって、はっきりと確認されているといえる。むしろ「約2倍以上」というバズビーの評価は、今となっては慎重な、あるいは慎重すぎると考えてよく、「2倍超から20数倍」の放出量だとすべきであろう。

                 また広島原爆との比較では、政府のいう「168発分」ではなく「約2600発分」ということになる。広島原爆との比較では、さらに進んでアメリカ国内のネバダなど核実験場での地上核爆発との比較を行わなければならない。Wikipedia 日本語版には、「核実験の一覧」の項があり(米国エネルギー省の資料に基づいていると思われる)、ネバダ実験場では合計171回の地上核実験が記載されている(地下核実験への移行後も地上への漏洩はあったであろうが、さしあたりここでは無視する)。地上での核爆発の出力を全部合計してみると付表6のようになり、2.5メガトン程度である。広島原爆の爆発出力を16キロトンと仮定すれば、日本政府発表の数字である広島原爆168発分で2.7メガトンとなり、ネバダ実験場で行われた全ての地上核実験の総出力を上回る。放射能放出量は、ほぼ爆発出力に比例すると考えられるので、これは過小評価が明らかな日本政府の放出量推計値に基づいても、福島の放出量はネバダ実験場での大気中への総放出量を上回る可能性が高いということを意味する。福島について現実に近いと考えられるストールらの推計の広島原爆562発分を採ると、約9メガトンとなり、福島はネバダ実験場での地上総爆発出力の約3.6倍になる。ネバダ実験場の広さは鳥取県ほどあるといわれ、周囲のほとんどは人の住まない砂漠である。しかも、Wikipediaの記録では、メガトン級の核実験はネバダでは一度も実施されていない。

                 それに対して福島では、メガトン級の放出(大気中放出量で9メガトン、総放出量では42メガトン)があったにもかかわらず、すぐ近くまで人々が住み続けており、政府はさらに住民を帰還させようとしている。政府が行っている、住民を避難させず反対に帰還させる方針は、いわばネバダ核実験場の近傍に住民を住ませ続け、さらに補償などで差別や期限を設け、帰還を半強制的に進めるという措置であり、「人道に対する犯罪」に等しいと言える。

                  4.汚染水タンクに含まれる放射能量による上記結論の検証

                 青山氏らが採用した汚染水への放出率・量の推計が大きくは間違っていない(過小評価の可能性があるにしても)ことは、福島原発の汚染水タンクに溜まっている汚染水中の放射性物質の量を検討すれば明らかである。

                 2014年4月12日の日本経済新聞によると(読売新聞も同じ報道をしている)、東京電力は、2013年8月19日にタンクから漏れた汚染水の放射線量を、なぜか今になって、当初発表の1リットルあたり8000万ベクレルから、2億8000万ベクレルに訂正した。すなわち当初発表の3.5倍だったとした。

                 東電は、表向きの印象を和らげるためであろうが、放射線量をリットル当たりで発表している。しかし、これを昨年8月に漏れた300トンの汚染水について掛け算して(30万倍して)計算すると、まったく別の姿が見えてくる。漏れた300トンだけで、漏水中の放射線量は、84兆(8.4E+13)ベクレルとなる。

                (1)広島原爆との比較

                 まずは、この300トンを単独で考察しよう。いまこれが、すべてセシウム137だと仮定すると、広島に投下された原子爆弾による放出量(8.9E+13ベクレルと推定されている、付表6参照)とほぼ同じ規模(94%)となる。すべてストロンチウム90だと仮定すると、広島原爆(5.8E+13ベクレルと推定)の1.45倍となる。両核種が広島原爆とほぼ同じ割合で含まれていると仮定すると、広島原爆(両方加えて14.7E+13ベクレル)の57%となる。

                 小出裕章氏が漏出事故直後から指摘しているように[参考文献16]、この汚染水300トンだけで、およそ広島型原爆1個分以上の「死の灰」を含んでおり、それがすでに環境中に漏れたと判断できるのである(表6)。

                 参考までに、広島原爆による放射性物質の放出量の推計を付表5に掲げておく(ただし、これは一般に引用される数値であるが、これには「黒い雨」に含まれていた放射性物質の量が十分に評価されていないなど、大きく過小評価されている可能性が高いことも注記しておく)。

                 表6 汚染水漏れ300トンに含まれる放射性物質の推定量(総括表)(単位:ベクレル)


                 タンク1基(平均容量400トン)が平均して、およそ原爆1〜2発分の「死の灰」を抱えていることになる。タンクは現在約1000基あるが、それらに含まれる「死の灰」を考えれば、文字通り「死のタンク群」なのである。つまり事故原発は、文字通り爆弾を、正確には核爆弾を抱えているのである。

                (2)チェルノブイリ事故による放出量との比較

                 もっと深刻な問題がある。溜まり続けている高濃度汚染水の量である。汚染水の総量は当時33万トンだったが、2014年4月5日の日本経済新聞によると、現在では48万トンたまっているという。

                 ということは、もし、他のタンクにおいても放射性物質の濃度が昨年8月に流出した汚染水と同じ水準にあると仮定して計算すると(比重は簡略化のために水と同じ1とする)、4.8E+8リットル(48万トンのリットル換算)×2.8E+8ベクレル(東電発表の濃度)となり、全タンク中には、現在、合計しておよそ13.4E+16(すなわち京)ベクレルの放射性物質が溜まっていることになる(主としてセシウム137とストロンチウム90であろう)。

                 すなわち、タンクに溜まっている汚染水の中だけで、国連科学委員会によるチェルノブイリ事故の推計放出量(セシウム137で8.5E+16、ストロンチウム90で1.0E+16、合計で9.5E+16)を大きく越えており、その約1.4倍になっていることになる。サムナー推計(セシウム137で3.8E+16、ストロンチウム90で0.8E+16、合計で4.6E+16)では、2.9倍となる。

                 それはまた、青山氏らの数字による福島事故による汚染水中への漏出分(セシウム137で14E+16ベクレル、ストロンチウム90で0.85E+16ベクレル、合計で14.9E+16ベクレル)とほぼ等しい規模である。

                 すでに東京新聞(2013年8月23日付)は、東電の訂正前の数字に依拠して、当時の汚染水量33万トンについて計算を行い、総計で「2京7000兆ベクレル」(東京新聞は切り上げており正確には2.64E+16ベクレル)の放射性物質が汚染水タンク中に蓄積されていることを指摘している。われわれの出した上記の結論は、その数字を、東電の訂正どおり3.5倍し、この間の汚染水の蓄積量の増加率(1.45倍)を掛け、チェルノブイリの数字と比較すれば、容易に導かれるものである。特殊な計算が必要なわけでもない。


                表7 汚染水タンクに溜まっている放射性物質の推定総量の比較(総括表)
                                  (単位:記載の無いものはベクレル)


                 もちろん、東電の発表した汚染水の濃度には幅がある。2014年2月20日にも100トンの汚染水が漏れたが、この時の放射性物質の濃度は1リットル当たり2億3000万ベクレルと発表されている(これは上記の2億8000万ベクレルに近い)。さらに2014年4月14日には汚染水203トンの誤送水が発生したが、この汚染レベルは1リットル当たりセシウムで3700万ベクレルと報道されている(いずれも日本経済新聞)。これらの数字は、いずれもここで計算に使った2億8000万ベクレルよりは小さい。したがって、タンクに溜まっている放射性物質の総量がチェルノブイリの約1.4倍あるいは2.9倍という結果よりも、これらより小さい可能性があることは言うまでもない。たとえば、これら3つ数字のうち最小である1リットル当たり3700万ベクレルで計算すると、セシウム137の総量は1.8E+16ベクレルとなる。しかしこれでも、チェルノブイリ(国連科学委推計8.5E+16あるいはサムナー推計3.8E+16)の2割以上あるいはほぼ半分であり、日本政府が推定した福島事故での大気中への放出量(1.5E+16)を上回るという著しく巨大な量である。

                 「滞留水」は、実際には滞留しておらず、地下水の流入・流出によって絶えず更新されている。だから、もし、タンクに溜まっている放射性物質の総量が、ここで計算した量よりも少ないとすれば、その分、地下水に流失した放射性核種の量および地下水を通して海に流出した量が多いという結論になるだけである。どちらにしても東電に言い逃れる道は残されてない。

                (3)福島事故の現状

                 地下水は毎日約400トン流れ込んでおり、メルトダウンしてデブリとなった放射性物質は、日々刻々とその中に溶け込んで行っていると考えられる。東電は毎日それを汲み上げているが、それには広島原爆1個分かそれ以上の放射能が含まれている可能性がある。毎日広島原爆1個分なのだ。大気中への放出ももちろん止まってはいない。汚染水は、汲み上げられてタンクに暫定的に溜められるか、そうでなければ地下水に戻って地下水脈を汚染し、結局海に流れ込んで海を汚染している。これらにより、事故による放射性物質の漏出量あるいは放出量が、現在もなお日々刻々膨れあがっている。すなわち原子炉内の残存量に対する放出率そのものが、気象研グループが採用した2011年5月1日0時時点での滞留水中20%から、現在ではさらに高まっているはずである(西原らによればスリーマイル原発事故では放出率は41〜55%であったという[参考文献10])。また日々刻々上昇して行っているはずなのである。

                 間に合わせで作った脆弱な構造のタンクの中に日々積み上がっている汚染水は、今後の余震あるいは新規の地震、地盤の不等沈下あるいは不等隆起(汚染水を減らすための地下水くみ上げや凍土壁によるせき止めによって生じる危険がある)、台風や風水害、その他の自然災害によって何時漏れ出してもおかしくない状況下におかれている。さらに、凍土壁を作るための配管掘削工事自体が、すでに高度に放射能汚染されている上部地下水層から、下部地下水層に汚染を拡大し、海水を汚染する危険があるともいわれる(「汚染水、地中深くまで浸透 凍土壁工期に影響も 福島第1原発」産経ニュース・インターネット版 2014年6月24日)。

                 100万人もの犠牲者を出したといわれるチェルノブイリ事故[参考文献13]において漏れ出た量に匹敵するかそれをはるかに越える放射能が、福島事故では大気中に放出された。だが、タンクに溜まっている汚染水だけで、それと同等か何倍も上回る放射能を含んでいる。この冷厳たる事実を直視しなければならない。汚染水をめぐる状況は、極度に危険な、危機的事態にあり、そのほんの一部(300トン)でも漏洩すれば、いとも簡単に広島型原爆の「死の灰」程度の大量の放射能を環境中にまき散らすことになる。大量に漏れるならば、福島事故やチェルノブイリ事故と並ぶ、あるいはそれを上回る放出量になる危険性さえある。さらに意図的・政策的に海洋投棄が行われれば、その影響は計り知れない。

                 汚染水を処理するはずの設備ALPSは、故障続きで、まともに機能していない。福島事故原発にあるトリチウム(東電発表では合計で3.4E+15ベクレル、うち汚染水中には8.3E+14ベクレル、毎日新聞2014年4月24日)は、ALPSでも処理できないので、政府は危険性を無視してそのまま海洋投棄や空中放出する計画である。2013年9月2日に原子力規制委員会の田中俊一委員長が外国人記者クラブでの記者会見ではっきりと示唆したように、政府は汚染水を薄めて海洋投棄しようと企図している。政府・東電はこの2014年5月21日から汲み上げた地下水の海洋投棄を強行的に始めようとしている。

                 現実の福島原発事故は終わっていないどころか今も続いている。2011年3月の事態さえ、単なる第1回目の大規模放出にすぎないかもしれない。その被曝による深刻な健康破壊の影響が現在進行している(福島の子供の甲状腺ガンの多発[参考文献17]や事故後の人口減少の急加速注5をとってみても明らかである)さなかに、さらに第2第3の大規模放出が迫っている危険性があるといっても過言ではない。原発の重大事故は、その本質からして「終りなき破局」なのである。第1の大放出がすでに大気中・海水中への放出によって世界の人類と動植物と土壌と海洋を汚染したが、そのうえにいまや第2第3の大放出が起こるかもしれない瀬戸際にある。それは主に汚染水を介して、世界の海洋を汚染し、日本だけでなく全世界の人間と生態系に深刻な影響を及ぼすことになるかもしれない。

                ――――――――――――――――――――


                総 括

                 総括しよう。以上検討してきたことから、福島事故の放出量は、政府・マスコミの事故直後からの評価のようにチェルノブイリ事故の「10分の1の規模」では決してなく、チェルノブイリ事故のどの推計と比較してもチェルノブイリ事故を上回り、2倍超から20数倍になる可能性が高い。このことは今や明らかである。

                 しかも、福島事故自体も収束していないばかりか、福島事故の破壊的影響は進行中であり、汚染水という第2の火種が爆発する危険もいっそう深刻化しようとしている。

                 政府や原発推進勢力が人為的につくり出し人々に信じ込ませようとしてきた、福島はチェルノブイリより桁違いに小さい事故であり「すでにコントロール下にある」という偽りの事故像全体が崩壊しつつあるのである。


                注 記

                (注1)青山道夫氏は、引用書籍出版当時、気象庁気象研究所研究官。現在は福島大学環境放射能研究所教授。

                (注2)放出量の各種推計については、推計方法の詳細は公表されていない。ただ、炉内の放射性核種の「残存量(インベントリー)」は、核燃料の稼動履歴(使用期間・状況など)から、ある程度の確度で推計できるであろう。しかしこの議論は、多くの場合、使用済核燃料プールにあった放射性物質が抜けており、この点でも相対的な意味しか持たないことも確認しておかねばならない。青山氏らは、残存量を取り扱った同書第2章では、1〜3号炉内の残存量だけでなく1〜4号機の使用済核燃料プール内の残存量も含めて扱っている。しかし放出量を扱った第5章ではなぜかこの点を無視している。「大気中への放出量」,砲弔い董日本政府はモニタリングポストの数値と放射性降下物の量からコンピュータ・モデルによって推計したとされており、これは過小評価されている可能性が高い。「滞留水中への放出量」△任蓮∪鳥鎧瓩ベースにした資料は、実測値に基づくものであり、最初から意図的に歪められていないかぎり、ある程度の確度があると考えるべきであろう。「海水中への直接の放出量」は、上記レスターらによる数値が、米政府機関の採用したものであり、相対的に信鮴が高いと考えてよいだろう。一般的な議論として、われわれは以下のように結論できる。(1)日本だけではなく世界的なモニタリングのデータを使った推計(例えば大気中への放出についてはノルウェーのストールの推計[参考文献3]など)が、相対的に信用度が高いであろう。(2)各種の違った推計を合わせて検討すれば、大きくは(すなわち桁違いに)間違わないレベルになるであろう。(3)2つの事故(福島とチェルノブイリ)を比較する場合、それぞれは過小評価されていたとしても、対比すれば過小評価はある程度は相殺されるであろう。

                (注3)青山氏らの著作の第2章によれば、使用済核燃料中の残存量(1〜4号機)は189E+16ベクレルである。1〜3号機の炉心残存量70E+16を加えると合計の残存量は259E+16ベクレルということになる。つまり、本文中の放出率を合計残存量に対してもとめる場合、すべて3.7で割らなければならないということである。

                (注4)青山氏は、最近(2014年5月9日)、欧州地学連盟の国際会議で講演し、福島事故の放出量について取り上げたが、共同通信はそれを次のように報道した。「東京電力福島第1原発事故で放出された放射性セシウム137の総量について、福島大学環境放射能研究所の青山道夫教授は9日までに、事故後の観測データを詳細に分析した結果、1万7500〜2万500テラベクレル(テラは1兆)が妥当とする研究結果をまとめ、ウィーンの国際会議で発表した」と。表記の数字は、本論文で使った形に変換すると1.75〜2.05E+16あるいは京ベクレルである。この数字は、ここでの数字と異なり、いままでの日本政府の推計1.5E+16ベクレルを、中央値で27%、最大で37%ほど上方修正した程度とも考えられ、混乱を生じさせるかもしれないので、若干検討しておこう。
                  結論から言うと、共同通信のこの「総量」という訳語は、明らかな翻訳上のミスである(もちろんマスコミ側が故意に訳抜けを行った可能性も否定できないが)。なぜなら、同じ共同通信記事の英語版(Japan Times 2014年5月10日所収)では、この部分はThe total amount of radioactive cesium-137 released into the atmosphere and seawater from the crippled Fukushima No. 1 nuclear power plantとなっており、「放射性セシウム137の総量」は明確に「大気中および海水中に放出された」(下線部)と限定されている。間違えようのないこの限定部分が、日本語訳ではなぜか落とされている。明らかに、ここで青山氏は、自分の書籍で引用した´↓のうち、´だけを問題にし、△痢崑變運綯罅廚墨浬个靴織札轡Ε137の量を顧慮していないのである。
                 ここで引用されている数字もまた、本論文で検討してきた青山氏らの表[付表2-2]で掲げられている大気中への放出量 覆曚榮本政府発表と同じ)に、青山氏らが引用した直接海水中への放出量をプラスした数字である。青山氏が国際会議で報告した1.75〜2.05E+16という数字は、中央値を計算するとおよそ1.9E+16であり、青山氏らの本書における大気中,板樟楹た綯罩への合計の放出率2.7%(2.2%+0.5%)、放出量に換算すると1.89E+16ベクレルとは四捨五入による誤差の範囲内であり、基本的に同じものと考えられる。青山氏が国際会議において、ここで検討してきた推計を変更したとは考えにくい。
                 青山氏が同会議で汚染水中への放出量について言及したかどうかは不明である。報道がないということは、重要ポイントとしては強調しなかったのかもしれない。

                (注5)読売新聞の英語版Japan News 2014年4月17日は、日本の人口減少が2011年以降劇的に加速したことを示すグラフ(下図)を掲載している。震災による死亡者・行方不明者が約2万人あった事実を考慮しても、2011年からの変化はあまりにも衝撃的である。このグラフは、当地で配達されている日本語の本紙(読売新聞大阪版)の方では見つけることができなかった。


                参考文献

                1.Pavel P. Povinec, Katsumi Hirose, Michio Aoyama; Fukushima Accident ― Radioactivity Impact on the Environment; Elsevier (2013)
                2.青山道夫「『人類の4度目の失敗』が引き起こした地球規模の海洋汚染」『世界』臨時増刊『イチエフ・クライシス』岩波書店2014年1月号所収
                3.A. Stohl et al.; Xenon-133 and caesium-137 releases into the atmosphere from the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant: determination of the source term, atmospheric dispersion, and deposition; Atmospheric Chemistry and Physics; 2011; www.atmos-chem-phys-discuss.net/11/28319/2011/doi:10.5194/acpd-11-28319-2011
                4.Charles Lester et al.; Report on the Fukushima Dai-ichi Nuclear Disaster and Radioactivity along the California Coast; State of California Natural Resource Agency California Coastal Commission; 2014;
                http://documents.coastal.ca.gov/reports/2014/5/F10b-5-2014.pdf
                5.P. Bailly du Bois et al; Estimation of marine source-term following Fukushima Dai-ichi accident; Journal of Environmental Radioactivity Volume 114, December 2012, Pages 2–9
                http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0265931X1100289X
                6.Lesterらのレポートの紹介(英文)があるENENEWSのウェッブサイト
                http://enenews.com/govt-report-fukushima-already-released-181-quadrillion-bq-cesium-chernobyl-estimated-105-quadrillion-radioactive-material-continue-flowing-ocean-years-fukushima-radionuclides-spread-north-pac
                7.UNSCEAR; ANNEX J Exposures and effects of Chernobyl accident
                http://www.unscear.org/docs/reports/2000/Volume%20II_Effects/AnnexJ_pages%2
                0451-566.pdf
                8.大和田幸嗣、山田耕作、橋本真佐男、渡辺悦司著『原発問題の争点 内部被曝・地震・東電』緑風出版(2012年)
                9.クリス・バズビー著、飯塚真紀子訳、『封印された放射能の恐怖』講談社(2012年)
                10.西原健司ほか著「福島原子力発電所の滞留水への放射性核種放出」『日本原子力学会和文論文誌(2012)』
                https://www.jstage.jst.go.jp/article/taesj/advpub/0/advpub_J11.040/_pdf
                11.矢ケ崎克馬著「進行する放射線被曝とチェルノブイリ法・基本的人権」市民と科学者の内部被曝研ウェッブ・ページより
                http://acsir.org/data/20121102_yagasaki_n.pdf
                12.矢ヶ崎克馬「年間1ミリシーベルト(mSv)以上の汚染面積は、フクシマの方がチェルノブイリよりずっと広い」『地球の子ども新聞』2012年11月第132号。以下のウェッブサイトで閲覧できる。http://chikyunoko.exblog.jp/
                13.A.V.ヤブロコフ、V.B.ネステレンコ、N.E.プレオブラジェンスカヤ『チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店(2013年)
                14.津旨大輔、坪野考樹、青山道夫、廣瀬勝巳「福島原子力発電所から漏洩した137CSの海洋拡散シミュレーション」(2011年11月)、電力中央研究所・研究報告:V11002
                http://criepi.denken.or.jp/jp/kenkikaku/cgi-bin/report_download.cgi?download_name=V11002&report_cde=V11002
                15.落合栄一郎著『放射能と人体 細胞・分子レベルからみた放射能被曝』講談社(2014年)
                16.小出裕章氏には多くのブログやビデオがあるが、例えば「小出裕章さんが警告『汚染水漏れの脅威は広島原爆の数百発分だ』」ラジオフォーラム2013年10月21日などを参照。
                http://www.asiapress.org/apn/archives/2013/10/21111623.php
                17.津田敏秀「2014年5月19日福島県『県民健康調査』検討委員会発表分データによる甲状腺検診分のまとめ」月刊『科学』岩波書店2014年7月号所収


                付表1-1 福島原発事故による放射性物質の大気中への放出量 日本政府の当初の推計
                      2011年4月12日 原子力安全・保安院(当時)の発表

                (出典)「東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所の事故・トラブルに対するINES(国際原子力・放射線事象尺度)の適用について」経済産業省のホームページより
                  http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110412001/20110412001-1.pdf


                付表1-2 福島原発事故による放射性物質の大気中への放出量 日本政府の推計改定値

                解析で対象とした期間での大気中への放射性物質の放出量の試算値(Bq)
                出典:原子力安全・保安院(当時)「東京電力株式会社福島第一原子力発電所及び広島に投下された原子爆弾から放出された放射性物質に関する試算値について」2011年8月26日付発表分を同年10月20日付訂正
                   http://www.meti.go.jp/press/2011/08/20110826010/20110826010-2.pdf


                付表2−1 青山氏らによるチェルノブイリ事故による放出量(単位ペタベクレル=E+15)

                ・チェルノブイリの放出量の出所はIAEAとなっているが、国連科学委員会の数字(付表4参照)と同じである。


                表2−2 青山氏らによる同福島事故による放出量(単位がE+nで表記されていることに注意、チェルノブイリ表の単位ペタベクレルはE+15である)

                ・青山らは、放出率だけをチェルノブイリと比較していて、放出量での比較を行っていないことが分かる。

                (出所:上記2表とも)Pavel P. Povinec, Katsumi Hirose, Michio Aoyama; Fukushima Accident ― Radioactivity Impact on the Environment; Elsevier (2013) [参考文献1]のP.125〜127


                付表3 レスターらによるカリフォルニア州資源局沿岸委員会のレポートによる福島の放 出量の総括表
                出典:参考文献4参照

                付表4 国連科学委員会の報告によるチェルノブイリの残存量と放出量の推計表



                出典:参考文献7参照

                付表5 広島原爆による放射性物質の放出量 代表的な推計

                原子力安全保安院(当時)の推計、経済産業省のホームページより
                 http://www.meti.go.jp/press/2011/08/20110826010/20110826010-2.pdf


                付表6  ネバダ核実験場における地上核実験での核爆発の総出力

                *Wikipedia「核実験の一覧」には数字の記載がないので、同「ストラックス作戦」のページより計算した(幅のある数字は最大値を採った)。
                (出典)Wikipedia「核実験の一覧」および「ストラックス作戦」の項目よりわれわれが計算。
                http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E5%AE%9F%E9%A8%93%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
                http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E4%BD%9C%E6%88%A6
                原資料は各ウェッブ・ページを参照のこと。





                本記事は
                福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの

                です。

                参照
                福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究動向が示すもの
                補論1 福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性




                2014.07.12 Saturday

                チェルノブイリ法 汚染ゾーン ―日本への適用―  矢ヶ崎克馬

                0
                  2014年7月

                  チェルノブイリ法 汚染ゾーン ―日本への適用―
                  矢ヶ克馬

                  矢ヶ克馬_チェルノブイリ法汚染ゾーン―日本への適用― (16ページ,319KB,pdf)



































                  2014.03.27 Thursday

                  政府資料「放射線リスクに関する基礎的情報」の問題点  山田耕作

                  0
                    2014年3月

                    政府資料「放射線リスクに関する基礎的情報」の問題点
                    山田耕作(kosakuyamadaアットマークyahoo.co.jp)

                    山田耕作_政府資料「放射線リスクに関する基礎的情報」の問題点 (22ページ,425KB,pdf)

                    目次
                    第1章 はじめに
                    第2章 放射線被曝をめぐる争点
                    第3章 「基礎情報」の問題点‐住民の健康と命を犠牲にするリスク政策
                        (以下「放射線リスクに関する基礎的情報」の節に沿っている)
                        0節 本資料の位置づけ
                        1節 空間線量の経年変化
                        2節 事故直後の外部被曝の状況
                        3節 個人線量計における外部被曝の状況
                        4節 初期の内部被曝の状況
                        5節 甲状腺検査の状況
                        6節 現在の内部被曝の状況(ホールボディカウンター検査)
                        7節 食品中の放射性物質から受ける内部被曝の推計
                        8節 各種環境モニタリングの実施状況
                        9節 WHO, UNSCEARの評価
                        10節 身の回りの放射線
                        11節 日常生活における放射線被曝
                        12節 世界の自然放射線の状況と健康影響
                        13節 放射線の健康への影響
                        14節 放射線防護を講じる際のICRPの基本的考え方
                        15節 今回の原子力災害に対する我が国の対応
                        (参考2)チェルノブイリ原発事故との比較
                        用語解説
                          外部被曝と内部被曝
                          確定的影響と確率的影響
                          放射線によるDNAの損傷と修復
                    第4章 「基礎情報」のその他の問題点
                     1.予防原則の無視
                     2.リスク・ベネフィット論は強者の論理
                     3.国際的権威ではなく、被害者の立場で被曝の真実を記述すべきである
                     4.閾値と集団線量
                     5.疫学の軽視や無視
                     6.低線量被曝における重大な被害
                     7.低線量被曝の甚大な被害と食品の厳格な管理の必要性
                    第5章 おわりに
                    参考文献
                    追記 ブログ「東京電力原発事故、その恐るべき健康被害の全貌−Googleトレンドは嘘をつかない−」


                    第1章 はじめに
                      「放射線リスクに関する基磯的情報」1) (以下「基礎情報」と呼ぶ)は政府の内閣府をはじめ10の関係省庁の協力によって作成されたものである。福島原発事故後3年を経た現在、政府は年間20ミリシーベルト以下の被曝量の汚染地への住民の帰還を進めている。その際、高線量の汚染地でも住民が被曝量を自己管理して被曝を個人の努力で減らすよう指導している。これは政府と東電の責任を住民個人に転嫁し、住民の被曝の犠牲によって帰還を進め、被害の賠償責任を逃れるための政策である。その政策を進めるために、この「基本情報」を住民の被曝の危険性と被害を隠ぺいするための手段として利用しようとしている。
                      この「基礎情報」は56名もの放射線に関する学会の権威・有識者の協力のもとに作成された。しかし、その内容はチェルノブイリで見いだされた心血管系や生殖系の被害や免疫力の低下などの広範な被害を無視し、被曝の被害を癌と遺伝的影響に限定し、しかもそれを過小に評価する危険な「情報」である。この「基本情報」の作成者の行為は私には子供や住民をだまして被曝の脅威にさらす危険な行為のように見える。

                    第2章 放射線被曝をめぐる争点
                      政府の「基礎情報」の議論に入る前に放射線被曝をめぐる国際的な論争の現状を述べておく必要がある。なぜなら被曝の評価は原子力に関する国際問題における重要な争点であるからである。
                      歴史が示しているように、被曝評価をめぐる論争は国際放射線防護委員会ICRP創設の1950年以来続けられている。この年、放射線被曝の職業病防止の科学者の組織「国際X線及びラジウム防護諮問委員会」IXRPCから、核兵器開発のマンハッタン計画に参加したアメリカ、イギリス、カナダなどの原子力開発推進者を中心とする国際的協調組織であるICRPに変えられた。この設立経緯から推測されるように、ICRPは原子力開発が前提となっており、人類の幸福と健康から見た原発そのものの是非はその検討課題に含まれていない。国連の安全保障理事会の下にあって強い権限を持っている国際原子力機関IAEAは、このようなICRPの勧告を原子力利用における安全基準として採用している。
                      しかし最近では、このICRP勧告のみに基づく考え方と、それは時代遅れであるとしてチェルノブイリ事故などで発見された新しい内容を加える考え方とが鋭く対立している。国際原子力機関IAEAやICRPがチェルノブイリ事故の被害として甲状腺がんのみを認め、低線量被曝を不当に評価し、他の健康の破壊を一切無視している姿勢が批判されているのである。さらに,IAEAが世界保健機関WHOと協定を結び、IAEAの同意なしにWHOが情報を開示できないことになっている。(「国際原子力機関と世界保健機関は、提供された情報の守秘性を保つために、ある種の制限措置を取らざるを得ない場合があることを認める」WHA 12−40」)。最近の新聞報道によれば福島県と福井県の両県とIAEAの間にも情報の公開に関して同意が必要との協定が結ばれたとのことである。なぜ、IAEAは情報の公開を恐れるのか。なぜ、世界の人々がIAEAから独立したWHOを求めているのか。
                      A.V.ヤブロコフらの「チェルノブイリ被害の全貌」のまえがきでディミトロ・M・グロジンスキー教授(ウクライナ国立放射線防護委員会委員長)は次のように述べている。2) 
                     「立場が両極端に分かれてしまったために、低線量被曝が引き起こす放射線学・放射生物学的現象について、客観的かつ包括的な研究を系統立てて行い、それによって起こりうる悪影響を予測し、その悪影響から可能な限り住民を守るための適切な対策を取る代わりに、原子力推進派は実際の放射性物質の放出量や放射線量、被害を受けた人々の罹病率に関するデータを統制し始めた。放射線に関連する疾患が増加して隠し切れなくなると、国を挙げて怖がった結果こうなったと説明して片付けようとした。と同時に、現代の放射線生物学の概念のいくつかが突然変更された。例えば電離放射線と細胞分子構造との間の主な相互作用の性質に関する基礎的な知見に反し、『閾値のない直線的効果モデル』を否定するキャンペーンが始まった。」
                     「この二極化は、チェルノブイリのメルトダウンから20年を迎えた2006年に頂点に達した。このころには、何百万人もの人々の健康状態が悪化し、生活の質も低下していた。2006年4月、ウクライナのキエフで、2つの国際会議があまり離れていない会場で開催された。一方の主催者は原子力推進派、もう一方の主催者は、チェルノブイリ大惨事の被害者が現実にどのような健康状態にあるかに危機感をつのらせる多くの国際組織だった。前者の会議は、その恐ろしく楽観的な立場に、当事者であるウクライナが異を唱え、今日まで公式な成果文書の作成に至っていない。後者の会議は、広大な地域の放射能汚染が住民に明かに悪影響を及ぼしているという点で一致し、ヨーロッパ諸国では、この先何年にもわたって放射線による疾患のリスクは増大したまま減少することはないと予測した。」
                      このような原発推進派の動きを世界的な「原発マフィア」とか「原発ロビー」の活動として警告する人が多い(例えばコリン・コバヤシ著「国際原子力ロビーの犯罪」以文社、2013年)。そしてヨーロッパの緑の党を中心として、欧州放射線リスク委員会ECRRが組織されたのである。初代議長は故アリス・スチュワートであり、故ロザリー・バーテルもメンバーとして参加していた。また、2012年6月、本会とともに、広島、京都、東京で講演し、放影研を訪れ討論した、インゲ・シュミッツ=フォイエルハーケ女史は、ECRRの現議長である。
                      現在、政府や福島県は20ミリシーベルト以下の被曝なら容認できるとして、個人の測定値に基づき自己責任として放射性物質による汚染地への帰還を促進しようとしている。これはチェルノブイリ事故で警告されている汚染地における長期被曝を容認し、拡大することになる。
                      最近、IAEAなど国際的な原子力推進グループは「放射線と甲状腺がんに関する国際ワークショップ」(2014年2月21~23日)を開き、福島県で観測された74人に上る子供の甲状腺がんとその疑いの多発と福島原発事故との関係を否定した。これはこの「基礎情報」の「放射線による健康影響があるとは考えにくい」という主張に一致するがはたして正しい科学的な結論であろうか。私は以下に述べるように重大な誤りと考える。

                    第3章「基礎情報」の問題点‐住民の健康と命を犠牲にするリスク政策
                      以下日本政府の「基礎情報」の節に沿って批判的に検討する。青色斜体部分が引用である。
                          0節 本資料の位置づけ
                      本資料は、福島における放射線の状況や、放射線の健康リスクを考えるための知識・科学的知見、被ばく低減にあたっての国際的・専門的な考えなどの基礎的な情報をコンパクトにまとめたものです。
                      この「基本情報」の立場はIAEAやICRPなど原子力推進の立場での情報である。予防原則が無視されているなど、被曝者の立場から客観的真理を述べたものではない。
                      また、住民の安全上不可欠である事故全体の現状とその原因、さらに事故の収束の見通しが書かれていない。地震による鉄塔や機器の破壊と津波といずれが事故の本当の原因であったのか。メルトした溶融燃料はどのような状態にあり、その処理は可能なのか。溶けた核燃料が地下150メートルの毎日3000トンの地下水流に到達する心配はないのか。3) いつごろ溶融した炉心の処理は完了するのか。4号炉の燃料プールは余震に耐えられるのか。毎時1000万ベクレル放出されていると言われた大気への放出はどうなったのか。汚染水の漏出の現状と対策は大丈夫か。このような基本的な事故原発の状況に関する情報なしに帰還は可能なのか。これらの問題は福島での被曝問題のもっとも基礎的情報でもある。

                          1節 空間線量の経年変化
                      P1  この期間における放射性セシウムの物理的半減期から計算した減衰は34%であることから、残りの約13%は、風雨などの自然要因等により減少しているものと考えられます。
                      この自然要因による減少はセシウムなどが雨水や風と共に飛ばされ川や湖に流れ、最後は海の汚染へとつながるものである。除染の効果がほとんどないことなど、総合的な考察が不十分である。文部科学省によるモニタリングポストは時には実態の5から6割の過小な数値を与えることが報告されている。また、空間線量から地上の汚染度を求める時、通常より小さい地面の汚染度を与えているという指摘がある。

                          2節 事故直後の外部被曝の状況
                      P2  福島県の県民健康管理調査検討委員会では「放射線による健康影響があるとは考えにくい」と評価しています。
                      これは事実で否定されている。福島県の子どもの甲状腺がんの調査結果が発表され、東京を含めて心配が東北・関東に拡大しているからである。この事実一つをもってしても「基礎情報」の楽観的な見方は否定されているのである。
                      2014年2月7日の発表によると事故時福島県の子供25.4万人の調査で子どもの甲状腺がんとその疑いを含めて、74人となっている。これは10万人当たり29人に相当し、通常100万人当たり数人とされる子どもの甲状腺がんの発生率に比べ明らかに多発である。発生率も福島県内で地域差があり、それは福島原発事故による汚染地図とよく相関する。このように明らかな放射線による健康影響があるので政府の「基本情報」の評価は間違っている。「基礎情報」の言うスクリーニング効果では5倍にもなる発生率の地域差とその分布を説明できない。疫学の立場からも津田敏秀氏は有病期間を考えてもブレイク・アウト(多発)としている。4) 福島県は0.03%、つまり10万人に30人の発症率と発表している。ベラルーシのピーク時の発症率が10万人当たり約10人であるから、30人は3倍の発症率である。しかも福島はピーク時ではなく3年以内で発生している。福島は始まったばかりである。
                      P2に掲載されている第14回検討委員会の県民51.5万人の外部被曝線量調査でも区分の最大値をとると集団線量はおよそ640人・シーベルトになり、ICRPのリスク評価で32人、より正確な評価では64人のがん死が発生する。影響があるのである。

                          3節 個人線量計における外部被曝の状況
                      P3  年間個人線量(平均)の値は、0.1ミリシーベルトから1.4ミリシーベルトとなっています。   
                      県民200万人が1ミリシーベルト被曝すると2000人・シーベルトの集団線量となり、200人のがん死となる。年間であるから少しずつ減衰するとしても毎年これだけのがん死をもたらす被曝は決して少なくはない。

                          4節 初期の内部被曝の状況
                      P4  小児を対象に甲状腺の簡易測定を行ったところ、調査対象となった1080人が、原子力安全委員会がスクリーニングレベルとしている毎時0.2マイクロシーベルトを下回っていました。
                      毎時0.2マイクロシーベルトは1歳児の甲状腺等価線量100ミリシーベルトに相当するということである。この100ミリシーベルトの基準が高すぎるから、これを下回っていても安全ではない。このように内部被曝はシーベルトに換算するとき等価線量係数の不確かさがあり、リスクの過小評価を伴う。そもそも臓器を均質物体で置き換えるICRPの内部被曝の評価は正しくないのである。臓器はそれぞれ重要な機能をもち、臓器を構成する細胞も細胞膜、核、ミトコンドリア等、生きた機能をもち、有機的・統一的な運動をしているのである。このような生体としての機能を破壊する放射線の効果を無視しては正しくその被害を評価できないのである。特に進化の過程を経ない人工の放射性物質は臓器に取り込まれ、局所的に継続的に放射線を浴びせることで外部被曝にない危険性を持つのである。現実に子どもの甲状腺がんが多発している事実は県の簡易測定とそれに基づく解析の信頼性を否定しているのである。一方、甲状腺がんの検査では、同じ程度の精度の装置で、甲状腺がんの発生率の地域差が3倍から5倍もあるからスクリーニング効果では説明できない。この多発の地域差を説明するものとしては、放射線被ばくの地域分布以外に考えられない。4)

                          5節 甲状腺検査の状況
                      P6  このうち、75人の方が「悪性ないし悪性疑い」と診断され、うち33人ががん、1人が良性結節と診断されました。
                      P6  東京電力福島第一原発周辺地域の子供たちの甲状腺被曝は総じて少ないこと、放射線被曝後の小児甲状腺がんの潜伏期間は最短でも4〜5年とされていることなどから考えて、「事故後2年出の現在の症例は、東京電力福島第一原発事故の影響によるとは考えにくい」とされています。
                      この評価は間違いである。最短期間が4年というのは正確ではない。チェルノブイリでは事故後の4,5年内は超音波診断装置がなく触診で診察していたとのことである。しかも甲状腺がんが発見されても発生が早すぎるとして否定されたとのことである。しかし、現在、原発事故以外に甲状腺がんの多発と福島県内の地域差を説明できる要因がない。

                          6節 現在の内部被曝の状況(ホールボディカウンター検査)
                      P7  2013年12月末までに約18万人に対して検査を実施したところ、99.99%の方が預託実効線量で1ミリシーベルト未満と推計された。福島県では、検査を受けた全ての方の内部被曝線量は、「健康に影響が及ぶ数値ではありません。」と説明しています。
                      上記のようなICRPに基づく内部被曝の評価方法に疑問がある。内部被曝はシーベルトでなく直接ベクレルで比較すべきである。なぜなら、ベクレルからシーベルトに換算するとき、被曝の局所性を無視し、臓器を一様均質物体として求めた換算係数を用いるため被曝被害が現実的でなく、過小に評価されてしまうのである。内部被曝はどんなに低くても危険であり、1ミリシーベルト未満でも安全ということはない。これは欧州リスク委員会ECRRの言うとおりである。現実に甲状腺がんが発生しているのが何よりの証拠である。政府は自らの責任で「健康に影響が及ばない」と言わず、福島県に言わせ、それを引用している。また放射性セシウムの測定において尿検査の方が精度がよいと言われている。なぜ、信頼性の低いホールボディカウンターのデータのみで議論するのだろうか。

                          7節 食品中の放射性物質から受ける内部被曝の推計
                      P8  2012年9月から10月にかけて全国15地域で実際に流通している食品を調査した結果、食品中の放射性セシウムから受ける預託実効線量の推計値は年間0.0009〜0.0057ミリシーベルトでありました。…これは、食品中の放射性物質の基準値の設定根拠となった預託実効線量の上限値(年間1ミリシーベルト)や天然由来の放射性カリウムからの預託実効線量の値(年間約0.2ミリシーベルト)と比べ極めて小さい値になっています。
                      前述のように、実効線量係数を用いてシーベルトに換算したICRPの内部被曝評価の方法は信頼できない。それ故、低いシーベルト数であっても安全ではない。さらに上の記述は天然のカリウム40と人工の放射性物質セシウムをシーベルトに直して比較したものである。確かにカリウム40のシーベルトがセシウムに比べ30〜200倍くらい大きく見える。しかし、内部被曝に関してはこのような比較は意味がないのである。人工の放射性物質は各臓器に取り込まれ、継続的に局所的な被曝をもたらすので、体内を自由に移動するカリウム40に比べ格段に危険である。個々の元素の生体内における挙動をそれぞれの元素に基づいて議論しなければならない。ここでp27に巧みに入れられた誤解を誘発する註1が重要である。
                      P27*1  放射性ヨウ素は甲状腺に、ストロンチウムは骨に蓄積しやすい性質がある。セシウムには特定の臓器に蓄積する性質はない。
                      「セシウムは特定の臓器に蓄積する性質はない」というとカリウム40と同様に臓器に蓄積されないとも取れる表現であるが、ほとんどの臓器に蓄積するのである。甲状腺、脾臓、心臓、腎臓、肝臓、脳,骨格筋などそれぞれに差異をもって蓄積する。それ故、「基本情報」は「特定の臓器に蓄積する性質はない」という一般に臓器に蓄積する性質がないかのように誤解されるあいまいな表現を用いているのである。バンダジェフスキーによると放射性セシウムは脾臓や甲状腺には特に取り込まれ、蓄積するとのことである。これはチェルノブイリ事故で内部被曝して死亡した約130名の子供と大人を病理解剖して発見された重要な結論である。以前から、市川定夫氏によって進化の立場から指摘されてきたことが実際に病理解剖によって確認されたのである。5,6) 鷲谷いずみ氏も進化を経たカリウム40と進化を経ていない人工の放射性物質を同列に置くことに警告を発している。生物の発生以来、体内に入るカリウム40を蓄積しないようスルスルと移動させるカリウムチャネルなどの機構を通じて生き残ってきた生物のみが現在生存しているのである。もし臓器に放射性元素を取り込み、絶えず継続的な放射線の被曝にさらされたならその生物は絶滅しただろうと市川氏は主張している。それ故、放射性セシウムを臓器に取り込むことは進化の過程で淘汰・絶滅させられる道なのである。ついでに人類は魚から進化したことを考えると、ビキニの水爆実験で見られたように放射性物質が濃縮されて、特に魚の内臓に蓄積していたことが思い出される。魚なら臓器を取り除いて調理できるが、人間の臓器に蓄積すると大変である。7)
                      この臓器への蓄積は先に述べたように、バンダジェフスキーによって被曝被害によって死亡した子供や大人を病理解剖して確認されたことである。彼は死亡原因とセシウムの蓄積部位に相関があることを示している。これらの人工の放射性物質の取り込みによっておこる病気を「長寿命放射性元素取り込み症候群」と名付けて警告を続けている。例えば体重1キロ当たり20ベクレルの蓄積によって心電図に異常がでる。バンダジェフスキーはじめベラルーシやウクライナやロシアの医師たちは、この異常は時には心臓発作や心停止に導き、急死する人が出るといって警告している。このような住民の健康にかかわる重要な知見を政府は意識的に無視している。私は2度も京都での食品基準の説明会で質問した。そのたび厚生労働省の担当者はバンダジェフスキーの文献は被曝線量が不明なので採用しないと回答した。しかし、臓器ごとの1キロ当たりのベクレル数が示されており、臓器に取り込まれていることは病理解剖の写真で示されている明確な事実である。住民の健康を何と考えているのか。
                      A.Romanenko達のウクライナにおける膀胱がんの発生の研究において、1リットル当たりの尿に50ベクレル含まれるカリウム40によってではなく、数ベクレルから6ベクレル含まれる放射性セシウムに依って膀胱がんの発生が支配されることが示されている。この事実も政府は無視して住民を被曝の危険にさらしているのである。8)
                      ここでついでながら物理学者たちの同じ誤りを指摘しておくのが有用であると思われる。田崎晴明氏と菊池誠氏のそれぞれの著書である。20,21) カリウム40を基準として放射性セシウムの内部被曝を議論して安全としているのである。市川定夫氏の環境論などで繰り返し警告されたことを学ばず、人命にかかわる重要な誤りを主張する解説書を書くことは許されないことである。

                          8節 各種環境モニタリングの実施状況
                      政府文科省のモニタリングポストは実際の住宅地より4から5割小さい値が出たという報告もある。住民の信頼できる測定が必要である。

                          9節 WHO, UNSCEARの評価
                      P10  2013年2月WHO公表。被曝線量が最も高かった地域の外側では、福島県においても、癌の罹患のリスクの増加は小さく、がん発生の自然のばらつきを超える発生は予測されない。
                      P10  2013年10月の国連総会に提出されたUNSCEARの活動報告において、福島第一原発事故の放射線被曝による急性の健康影響はなく、また一般住民や大多数の原発従事者において、将来にも被曝による健康影響の増加が認められる見込みはない。
                      現実に子供の甲状腺がんが多発しているのであるから、WHO、UNSCEARや「基礎情報」の予想は根本的に外れたのである。労働者においても1.5万人が被曝5ミリシーベルトを超えたということである。そのうち173人が100ミリシーベルトを超えた。これらだけでも最低9人のがん死が予想される。東京電力や政府は労働者の被曝のデータを発表しておきながら、「基礎情報」では被曝を否定して、住民をだましているのである。ここでも文章は微妙な書き方であることに注意しよう。「一般住民や大多数の原発従事者において、将来にも被曝による健康影響の増加が認められる見込みはない」と書き、「健康影響の増加がない」とは言っていないのである。「認められる見込みはない」であるから、政府や県が調査しなければ、また発表しなければ市民には認められないことになるのである。政府や県は被害の増加を知っているので、「増加しない」と書くのではなく、注意深く「認められる見込みはない」と書いているのではないだろうか。

                          10節 身の回りの放射線
                      避けようのない宇宙や地面からの自然放射線や個人の病気治療のための医療放射線と原発という住民には何の利益もない被曝を区別しないで比較している。これはいつもながら被曝を押し付ける手法である。

                          11節 日常生活における放射線被曝
                      これらの章は放射線に対する理解を深め安心を与えるために記載されているようである。

                          12節 世界の自然放射線の状況と健康影響
                      P13  インドのケララ地方の疫学調査(長期被曝の例)では、総線量500ミリシーベルトを超える集団があっても、発がんリスクの増加は認められないと報告されています。また、放射線を長期間にわたって継続的に受けた場合は、短時間で同じ線量の放射線を受けた場合よりも健康影響が小さいと推定されており、線量・線量率効果と言います。
                      この点について市川定夫氏の環境学第3版p204で次のように記述している。「アメリカのメリクル博士夫妻はコロラド州の自然放射線レベルの高い地点で、インドのナヤール博士らはケララ州の自然放射線レベルの高い地域の土壌を用いて、それぞれムラサキツユクサの実験を行い、ともに突然変異頻度が自然放射線レベルに対応して上昇することを確かめ、それぞれ1965年と70年に報告している。」放射線の影響はあるのである。「基本情報」の記述は線量・線量率効果も一面的で正しく真理を伝えていない。
                      「基本情報」の言う線量効果に反する重要な事実として、放射線によって発生した活性酸素によって細胞膜が継続的に破壊されるペトカウ効果が知られている。9) 低線量域の方が、線量効果が高いとするペトカウ効果は、被曝の影響を考える上で無視できない重要な現象である。これはペトカウが発見した実験事実であり、放射線で発生した活性酸素が高線量であると互いに相殺し、効果が小さくなるので、低線量の方が、活性酸素が長く生き残り、細胞膜の破壊効果が大きいという説明がなされている。また、活性酸素は細胞の中の脆弱な部分であるミトコンドリアを破壊し、免疫力や体力を失わせることが明らかになってきた。ICRPや政府は依然として、放斜線によって生じた活性酸素の効果を無視しているので低線量の継続的な被害を正しく考慮できないのである。
                      ケララ州では染色体異常が多いという報告もある。このように「基本情報」は古い知識を一面的に繰り返し、新しい知見を取り入れて総合的に判断しようとしないのである。

                          13節 放射線の健康への影響
                      P14  広島・長崎の原爆被爆者12万人規模の疫学調査では、原爆による放射線の被曝線量が100ないし200ミリシーベルトを超えるあたりから、被曝線量が増えるに従ってがんで死亡するリスクが増えることが知られています。一方、それ以下の領域では、得られたデータの統計的解析からは放射線の被曝によってリスクが増加しているかどうか確認できません。
                      P14  100ミリシーベルト以下の被曝線量では、被曝による発がんリスクは生活環境中の他の要因によって隠れてしまうほど小さいため、放射線による発がんリスクの明らかな増加を証明することは難しいということが国際的な認識となっています。
                      我が国政府はいつも「100ミリシーベルトよりも少ない被曝で癌が増える」ということは証明がないという主張をしている。これは世界からも、最近の知見からも外れたデマに近い誤りである。少なくとも、この表現は不正確である。広島・長崎の結果は100ミリシーベルト以下で「統計的に有意でない」ということであって、癌が発生しないということではない。危険率(偶然に起こる可能性の確率)Pが信頼度の基準とされる0.05より大きいということであって、100ミリシーベルト以下の被曝量でも癌死数が被曝ゼロとされる対照群(この人たちも内部被曝していた)より増加しているのである。被曝量の値の5〜100ミリシーベルトでは危険率P=0.15で、5〜50ミリシーベルトでP=0.3であり(Brenner et al PNAS 100、p13761)、信頼度が落ちるということである。
                      津田敏秀氏は「福島について100ミリシーベルトを持ち出すことは、単に『統計的な有意差がない』事と『影響がないこと』を混同している。」、「福島では有意差が出る可能性が十分ある」としている。16) (津田著p96)。閾値をめぐる問題は被曝をめぐる本質的な問題であり、広島・長崎だけでなく調査を広げる必要があるのである。広島・長崎の被爆者調査でも若い時に低線量被曝した被爆者の死が最近多くなり、低線量被曝域が線形に近くなってきた(K.Ozasa et al Radi.Res.177,229、2012)。まだ、統計的に有意ではないが、小笹氏達も線形が最もふさわしいとしている。古くからあるJ.M.Gouldたちの原発周辺の乳がん死の研究を調べれば100ミリシーベルト以下でも被害が生じることは統計的に明らかであるにもかかわらず、「基礎情報」はそれにも言及していない。12,13) スチュワート(Alice Stewart)の妊婦のレントゲン検査による小児がんの被害の結果や遺伝的影響を考えれば単純な外部被曝による被曝線量に対するがん発生の線形依存性は明確ではないだろうか。ICRP2007年勧告も「約100ミリシーベルト以下の線量においては不確実性が伴うものの、癌の場合、疫学研究および実験的研究が放射線リスクの証拠を提供している。」としているのである。
                      アリス・スチュワートは英国で1943年から1965年の間に生まれた1960万人の子供の疫学調査を行った。生まれてきて9歳までに小児がんで亡くなった1万3407人のこどもの母親について、妊娠時にX線照射を受けたかどうかを調べ、受けていない母親と比較した。妊娠中に受けたX線検査の回数から被曝線量を求め、胎児の小児がん死との相関を調べた。13) 2.5ミリシーベルトから統計的に有意な直線関係が得られた。妊婦の被曝は小児がん死をもたらすだけでない。新生児死亡や乳児死亡の危険が高められるのである。 
                      2014年2月18日の京都新聞によれば2013年に診断での放射線の影響を過去最大の規模で調べた結果が発表され、注目を集めた。オーストラリアで1985年年頭に0〜19歳だった約1094万人を2007年末まで追跡。コンピューター断層撮影(CT)検査1回の被曝量は推計4.5ミリシーベルト、検査回数は約8割が1回だった。検査を受けた約68万人のうち3150人(9.5年間追跡)、受けなかった約1026万人では5万7524人にがんが発症(17.3年間追跡)。受けた人の発症リスクは受けなかった人の1.24倍だった。がんの可能性があり検査を受けた人は極力除いた(BMJ 2013;346:f2360)
                      ここでも田崎氏と菊池氏はそれぞれの著書で妊婦が100ミリシーベルト以下の被曝なら、広島・長崎の調査を根拠に胎児にも被害はないと述べている。20,21) 現在、スチュワートの研究の結果, 妊婦の被曝を避けるよう正しい対応がなされているのを、100ミリシーベルト以下は無害であるかのような混乱を与える危険な解説である。チェルノブイリでは異常出産の増加が報告され、多指症などの増加が目立つようである。福島事故での被害を拡大する恐れのある重大な誤りであり、即修正されるべきである。11)
                    20140326_acsir_yamadakosaku_fig01


                          14節 放射線防護を講じる際のICRPの基本的考え方
                      P15  ICRPでは、これまでの原爆被爆者などの調査結果を基に、LNTモデルを用い、線量・線量率効果係数を2として、線量が低い環境で長時間被曝した場合の生涯においてがんで死亡するリスクの増加分を1シーベルト当たり約5%であると推定しています。
                      ICRPは低線量長期被曝のリスクを広島・長崎のリスク係数の半分にしているが、ペトカウ効果は逆に低線量長期被曝の危険性を示している。また、原発労働者の発がん死亡リスクからも1人・シーベルト当たり⒑%を支持している。それ故、ICRPの5%は根拠のない過小評価である。
                      P16  回復や復旧の時期(現存被ばく状況)に入ると、公衆被曝を通常と考えられるレベルに近いかあるいは同等のレベルまで引き下げるため、年間1〜20ミリシーベルトの範囲の下方部分から、状況に応じて適当な「参考レベル」を選択し、長期目標として参考レベルを年間1ミリシーベルトとすることとされています。
                      これでは子どもや老人を含む住民を帰還させ、住まわせることはできない。なぜなら「現存被曝状況」であり、通常の状態に比べ、線量が高いからである。これを帰還準備区域とすることはともかく、帰還区域とすることは健康で文化的な生活を保障した憲法に反することである。人が住むためには少なくとも通常の年間1ミリシーベルト以下でなければならない。「現存被ばく状況」などと言って政府や東電の都合や県の判断で個人の「健康に生きる」という基本的な人権が侵害されてはならない。さらに未来世代への影響を考えると汚染レベルの高いところに住むべきではない。
                      これに関連してヤマトシジミ(蝶)の内部被曝の実験は重要である(Hiyama, A., Nohara, C. et al. The biological impacts of Fukushima nuclear accident on the pale grass blue butterfly. Sci. Rep. 2, 570-579 (2012).。沖縄の琉球大学で飼育されているヤマトシジミに福島市、飯館村、対照群として山口県宇部市を選び、放射性物質による汚染度が異なる各地から採取した餌であるカタバミを与える。汚染度に対応して奇形の子供が生まれる。ヤマトシジミは一年間で5から7回世代交代するが奇形が幾世代も増幅して継承されるという結果である。これは食事を通じての内部被曝による生殖被害を示している。

                          15節 今回の原子力災害に対する我が国の対応
                      P17  政府は、東京電力福島第一原発事故において、国際放射線防護委員会(ICRP)の緊急時被ばく状況における放射線防護の「参考レベル」のバンド(年間20〜100ミリシーベルト)等を考慮し、このうち最も厳しい値に相当する年間20ミリシーベルトを採用して、避難指示を行いました。
                      そもそも誰が緊急被ばく状況を作り出したのか。東電と政府自身がこのような事態を引き起こしておきながら、最も厳しい年間20ミリシーベルトを適用したことを親切でもあるかのように記述している。これは逆に20ミリシーベルト以下には避難指示を出さないこと、20ミリ以下の被曝を容認しているのである。これはとんでもないことである。原発労働者の被曝線量の基準は1年で最大50ミリシーベルト、5年では100ミリシーベルト以下とし、通常年間20ミリシーベルトに制限しているのである。その労働者被曝の基準を子供や妊婦にまで当てはめて年間20ミリ.シーベルトとしているのである。ICRPの緊急時被ばく状況の「参考レベル」という極めて非人道的な基準を用いた議論である。3年もたった今、この緊急時被ばく状況の基準を適用すること自体許されることではない。それを適用して、その最低の被ばく基準と言ってごまかしているのである。従来、白血病などの労災認定の基準の線量が5ミリシーベルトである。住民の健康や命をどう考えているのだろうか。このような線量のところに学校を開校することは子供たちの将来の健康にとって大変心配なことである。
                      「緊急被ばく状況」とか「現存被ばく状況」とかを考え、平常時よりも高い被曝を容認する政策は基本的人権に反する行為である。非常時だからと言って決して生命と健康を軽視することは正当化されない。基本的人権は不可侵の権利であり、むしろ、健康で文化的な生活をするという基本的人権の侵害が不可避となる事態なら、避難する権利を認め、国家と東電の責任で避難の物質的・経済的保障をすべて行うべきである。一般に戦争などの非常時を口実に基本的人権が侵害されることがあった。しかし、非常時こそ基本的人権が一層大切にされなければならない。その意味でICRPの非常時の政策は、原発や核兵器が人権の侵害を不可欠とする反動的な政策と不可分であることを示しているのである。
                      P17  上記計算式では、‘睇被曝、∧射性物質の物理減衰やウェザリング効果を考慮していない。これは,砲茲訐量増加分と△砲茲訐量減少分が相殺していると仮定しているためである。
                      これはとんでもない仮定である。内部被曝の理解が全く誤っている。ウェザリング効果とは風雨による自然減衰のことであり、これと物理減衰を合せたものが内部被曝に等しいというのである。これが人命や子供の将来を預かる国の責任ある立場の人がすることであろうか。メカニズムが全く異なるものを相殺させることができるだろうか。どんぶり勘定にも等しいことを科学者がやっているのである。政府側のリスク論の権威たちの内部被曝に対する無理解と軽視を示している。
                      また、屋内での低減効果を考え、被曝量を低くしているが、個々の生活に依るので、安全側に見て24時間屋外にいても、子供のように地面に近くても、1ミリシーベルト以下になる環境にすべきである。
                      P17  原子力発電所が冷温停止状態となった2011年12月以降、年間の被曝線量が20ミリシーベルト以下となることが確実であることが確認された地域について、現存被ばく状況に移行したと判断し、「避難指示解除準備区域としました。この区域では当面の間は、引き続き避難指示が継続されますが、除染やインフラ復旧、雇用対策など復旧・復興のための支援策を迅速に実施し、住民の1日も早い復旧を目指しています。
                      これは危険な政策である。帰還の放射線被曝基準が明確でないからである。1ミリシーベルトを明記し、それ以上は避難の権利が認められなければならない。子どもの教育・生活環境にも言及していない。あいまいなまま帰還させられる可能性が高い。後はこどもを含めて個人の責任で線量を下げるべきとされるのである。また、「冷温停止状態」となったといっているが「冷温停止」とは原発の機能は正常で停止し、常圧で温度が100度以下になることである。格納容器や圧力容器が破壊された状態に使うべき言葉でない。しかも、溶融した燃料は依然冷却中であり、どのような状態かもわからない。それ故、余震の絶えない現在、20ミリシーベルト以下が確実というが、その前提の事故現場の安全な処理と解決が問題である。
                      P18  原子力規制委員会は、「帰還に向けた安全・安心対策に関する基本的考え方」を取りまとめ、帰還後の住民の被曝線量の評価は、空間線量率からの推定ではなく、個人線量計を用いて測定する個人ごとの被曝線量を用いることを基本とすべきであるとしています。
                      これは被曝の責任を個人に転嫁するものである。そもそも個人の行動によらず、放射線被曝が1ミリシーベルト以下である空間線量であることを国が確認し、保障すべきことである。この直前に「個々の住民の生活や行動によってばらつきがあることが確認されています。」と書いている。幼児まで含めて行動を調整できるはずがない。にもかかわらず、規制委員会は住民の健康を守るという自分の責任を個人に押し付ける無責任な態度をとっているのである。許されないことである。

                          (参考2)チェルノブイリ原発事故との比較
                      P21  チェルノブイリを福島と比較してヨウ素131が11.3倍、セシウム134が2.4倍、セシウム137が5.7倍、ストロンチウム90が57倍としている。プルトニウムは1万倍としている。
                      これは通常の目安である福島事故の放出放射性物質量がチェルノブイリと同等で、福島事故は人口密度が高いので一層深刻であるという評価に比べ、たいへん小さく評価されているように思う。例えばノルウェー大気研究所のストールらはセシウム137に関して、福島事故はチェルノブイリ事故の放出量の約半分に相当するとしている(A.Stohl et.al Nature478.p435‐436、2011年10月27日号)8)。 ストールらが原発事故の再現結果に基づいて推定した放出キセノン133の量は 1.7×1019 ベクレル、セシウム137の量は 3.5×1016 ベクレルで、日本政府の見積もりよりキセノンが約1.5倍、セシウムが約2倍となった。キセノンの放出量はチェルノブイリより多い。ただし、ECRRのクリス・バスビーはストールらの用いたと推測される国連科学委員会のチェルノブイリのセシウム137の放出量の値 8.5x1016 ベクレルは原子炉の残存量の10倍近くであり、大きすぎるとして 3.8x1016 ベクレルを採用して、セシウム137の放出量を福島とチェルノブイリで同程度としている。10) 
                      福島では3基の原発が炉心溶融し、放出されたキセノン、ヨウ素やセシウムの量を比べても「基礎情報」のようなことはとても言えないはずである。IAEAをはじめ「国際原子力マフィア」は福島事故以後チェルノブイリ事故の放出量を大きくした。10) これは福島事故を小さく見せるためであると思われる。「基礎情報」のような過小評価がベースにあれば住民を被曝から守るという政策が手抜きになる心配がある。住民も被曝への警戒を怠る心配がある。

                    用語解説
                         外部被曝と内部被曝
                      P27*1  放射性ヨウ素は甲状腺に、ストロンチウムは骨に蓄積しやすい性質がある。セシウムは特定の臓器に蓄積する性質はない。
                     これは誤りである。セシウムは様々な臓器に蓄積されるのでカリウム40に比べて危険性が格段に高い。
                         確定的影響と確率的影響
                      P33  確率的影響は、細胞の遺伝子が変異することで起こる影響で、がんや遺伝性影響といった障害がこれにあたります。
                      DNAの損傷のみを問題として、放射線によって生じた活性酸素による細胞膜の破壊や放射線のホルモン作用への影響などを考慮していない。その結果、ペトカウ効果を無視している。これはICRPや「基本情報」による被曝の重大な過小評価である。
                      P34  DNAを傷つける原因は…化学物質、活性酸素があります。
                      活性酸素に言及しながらDNAの損傷に限定し、放射性物質によって生成される活性酸素による細胞膜などの破壊効果を考慮していない。これは心筋の損傷や様々の健康破壊をもたらす怖い現象である。
                         放射線によるDNAの損傷と修復
                      「基礎情報」は、欧州放射線リスク委員会ECRRなどICRPに批判的な見解は、ICRPが受け入れないので、科学者の一致を見ていないという口実の下に一切採用しない。これでは必然的に古いICRPの姿勢を踏襲したものにならざるを得ない。
                      最近、明らかになった放射線による被害として、放射線による活性酸素の発生によって細胞膜が破壊され、さらに細胞の連鎖的な破壊によって心臓や腎臓など内臓が損傷されることがわかってきた(ペトカウ効果)。臓器に取り込まれ、蓄積し、継続的に放射線を放出する人工の放射性物質は極めて危険であることが明らかになってきた。それ故、先に述べたように、人工の放射性セシウムと臓器に蓄積されないでスルスル全身を移動する自然の放射性物質カリウム40とをベクレル数のみで比較して安全性を論じることは誤りである。
                      細胞膜のK−チャネルは特異的にカリウムを通過させる構造を持ち、大きさの異なるナトリウムやセシウムは通過しにくい構造になっている。生物進化の結果であると考えられる。 この点はICRPが個々の臓器を一様均質物体として内部被曝を評価していることにより、内部被曝が過小に評価されているので、特に重要である。継続的で、局所的な被曝は修復中のDNAをさらに攻撃するなど、2重らせんを破壊しやすいことでも危険であると考えられる。直接放射線でDNAが被曝していない細胞の周囲の細胞が損傷されるバイスタンダー効果が見いだされ、警告されている。この効果や放射線被曝の影響で遺伝子の継続性が不安定になるゲノム不安定性も重要な効果であることが指摘されているが、「基礎情報」は無視している。被曝被害を過小評価する不十分な「基礎情報」である。
                      体内の個々の人工の放射性物質の振舞はヘレン・カルディコット博士の言うようにほとんど理解されていない。膀胱がんの研究によれば多様な過程が絡み合って発生するようである。膀胱表皮に取り込まれた放射性セシウムの放射線によって生じた活性酸素が重要な役割を果たす。8)

                    第4章.「基礎情報」のその他の問題点
                     1.予防原則の無視
                      ICRPの権威を利用している「基礎情報」はバンダジェフスキーやウクライナ政府の発表による「長寿命放射性元素体内取り込み症候群」を無視している。6,11)。 それ故、「基礎情報」の言う被曝被害はDNAの損傷に限られる。これは多数の死体を克明に調べ、血のにじむような苦労の結果ベラルーシやウクライナ、ロシアで明らかにされた医学的知見を切り捨てるものである。
                      しかも、「基礎情報」のこのような態度は明らかに「予防原則」に反している。科学的に新しい知見が提出されたとき、完全な因果関係の証明がなされるまで待つと取り返しのつかない被害の拡大の可能性があるとき、「賢明なる回避」という公害問題の原則が提出され、「予防原則」と呼ばれる国際的な合意となっている。なぜか「基礎情報」はこのよく知られた原則を一貫して無視している。チェルノブイリでは年間1ミリシーベルト以上の被曝の心配のあるところでは避難の権利が認められている。住民が受ける平均実効線量が年間5ミリシーベルトを超える可能性がある地域では、住民は移住すべきとされている。ここに住んでいた住民は被害補償や社会的な支援を受ける権利がある。
                      予防原則(Precautionary Principle):ある行為が人間の健康あるいは環境への脅威を引き起こす恐れがある時には、たとえ原因と結果の因果関係が科学的に十分に立証されていなくても、予防的措置(precautionary measures)がとられなくてはならない。
                      しかもバンダジェフスキーの名づけた「長寿命放射性元素体内取り込み症候群」はウクライナやロシアでも報告され、さらに生殖系を介して未来世代への影響も報告されている重要な問題である。11) チェルノブイリ事故の被害者の尊い犠牲によって得られたものである。6) 今は亡き綿貫礼子さんは肝臓がんに苦しみながらも、自らの生命の危険も顧みず、吉田由布子さんたちの協力を得て、警告の書「放射能汚染が未来世代に及ぼすもの」を出版された12)

                     2.リスク・ベネフィット論は強者の論理
                      「基礎情報」が立脚しているのがICRPのALARA(As Low As Reasonably Achievable)と呼ばれる立場である。「基礎情報」は「経済的社会的に合理的に達成できる範囲で低く」というリスク・ベネフィット論の立場を採用している。
                      核実験や原発による被曝のリスクが科学的に明らかになり、それに対抗するためにICRPが打ち出したのが、リスク‐ベネフィット論である。しかし、核実験や原発から一般人は利益を受けないので、ICRPは苦慮の末、「社会的・経済的利益」としたのである。原発における利益とは何か。それは電力会社の利益であり、その利益にあずかるどころか高い電気料金を支払う一般市民・住民の被曝リスクとのバランスを取ることが可能であろうか。
                      放射線被曝の歴史を克明に調べた故中川保雄氏は次のように結論している。ICRPの言う「今日の放射線被曝防護の基準とは核・原子力を開発するためにヒバクを強制する側が、それを強制される側に、ヒバクがやむを得ないもので、我慢して受忍すべきものと思わせるために、科学的装いを凝らして作った社会的基準であり、原子力開発の推進策を政治的・経済的に支える行政的手段なのである」。13) この言葉の通り、一般市民や子供たちには原子力利用から利益はなく、放射線の被害を受けるだけである。特に農業、漁業にとっても一方的にリスクのみである。遺伝的被害も考えるとどんなに微量でも危険であり、強者が弱者にヒバクを強制しているのである。

                     3. 国際的権威ではなく、被害者の立場で被曝の真実を記述すべきである
                      国連科学委員会やICRPは英語の論文が中心である。しかし、ヤブロコフたちはスラブ系言語で書かれたものを中心に5000以上の文献を調べたとして甲状腺がん以外の多くの病気や被害者を明らかにしたのである。2) なぜ、ICRPに対抗してECRRができたのか。両者の相違点に触れず、後者を無視してICRPの見解が正しいとする根拠はどこにあるのか。科学者は本来、如何に不公平であっても真理を語るべきである。それが未来も含めた人類に対して誠実であり、正しい態度なのである。

                     4. 閾値と集団線量
                      「基礎情報」は私が批判した泉氏と全く同じように集団線量という考え方をICRPに従って否定しようとしている。19) 多数の人が低線量で被曝し被害が被曝線量に線形で生じる時、人数と被曝線量の積、集団線量、人・シーベルトは被害の予測として重要な概念である。「基礎情報」田崎氏、泉氏やICRPはなぜかくも熱心に集団線量を否定しようとするのか。
                      一方、D.J.ブレンナー達の論文(PNAS 100,p13761,2003)はそのまとめで50ミリシーベルト‐100ミリシーベルトでの長期被曝で癌の増加の証拠があるとした後で、「10ミリシーベルト以下の実証は難しい。しかし、実証が困難であるということは被曝が社会的に無視できることを意味しない。非常に小さいリスクでも大人数に適用されると重大な社会的健康問題になる」と集団線量の考えを述べている。

                     5.疫学の軽視や無視
                      『医学的根拠とは何か』によれば津田敏秀氏は「数量化の知識なき専門家」(p95)と題して次のように記している。16)
                      「実は広島と長崎のデータを併せて、100ミリシーベルト以下の被爆者は全年齢層併せても68470人しかいない(5ミリシーベルト以下38509人、5ミリシーベルト以上100ミリシーベルト以下29961人、100ミリシーベルト以上18141人、K.Ozasaら、Radiation Research,2012)」
                      以上のように広島・長崎のデータが68470人である。広島・長崎より大規模な調査はないと思い、それより低線量の疫学調査はないと誤解している人がいる。20,21) しかし、たとえばWHOのIARC(国際がん研究機関)は15ヵ国の原発核施設労働者60万人から1年未満の労働者など特殊な人を除いた40万人に対して調査した。(E.Cardis et.al. Radia.Res.167(2007)396-The 15 Country Collaborative Study of Cancer Risk among Radiation Workers in the Nuclear Industry)。 一人当たりの累積被曝量の平均は19.4ミリシーベルトであった。がん死者と被曝線量の直線関係は統計的に有意であり、白血病を除くがん死の過剰相対リスクは1シーベル当たり0.97であった。IARCの疫学調査は科学であり、被曝労働の被害の予測にも使えるのである。
                      さらにスウェーデンの汚染地域でがんが増えていることを報告したトンデル論文がある。(M.Tondel et al J.Epidemiol Community Health ,58.1011,2004) 114万人の住民を調査対象とした。観測されたがん発生の過剰相対リスクは土地の汚染度1平方メートル当たり100キロベクレルに対して0.11であった。今中哲二氏の見積もりによると1シーベルト当たりの相対過剰リスクとして5〜10となった15)。 広島・長崎データの場合0.5なので、トンデルらが観測した発がんリスクはその10から20倍に相当するという。
                      がんの発生率に関して、私は次の点が重要であると思う。一般に放射性物質や化学物質による汚染は独立にあるのではなく複合的な汚染である。これは核実験による放射性降下物による汚染が進んでいた時代には、レイチェル・カーソンによって化学物質による複合汚染が警告された。現在は原発事故と化学物質との複合的な汚染効果も重要である。J.Mグールドたちのアメリカの原発周辺の乳がんの死亡率調査によると、両方に汚染された地域が放射線の影響を強く受けた。12,13) 喫煙と放射線との複合効果は良く知られている。その意味で我が国のように農薬を大量に使用する場合は、放射線被曝が一層危険である可能性がある。

                     6. 低線量被曝における重大な被害
                      熱線ではなく内部被曝で「バタバタ倒れた」人たちは広島・長崎で多数あった(例えば、「僕は満員電車で原爆を浴びた」米澤鉄志語り、小学館2013年、矢ケ崎克馬著、「隠された被曝」新日本出版、2010年)。この隠された被曝を被害が見えないくらい小さかったと重大な誤解をしている人がいる。20) 前述のようにチェルノブイリでも被害は隠されている。2) チェルノブイリ事故以後ベラルーシやウクライナで研究が進み、生殖系への低線量被曝がホルモン作用を通じて胎児に影響することが明らかになってきた。11) 胎盤や子宮にセシウム137が取り込まれることによる生殖系の被害のみならず、妊婦の脳に取り込まれたセシウム137に依って、母親の脳神経活動が乱され、胎児との脳神経活動の連携が混乱させられるといった報告もある。11) 「基本情報」が、影響は有意でないとする100ミリシーベルトよりずっと低線量である。また、後の世代にまで影響が続く。ぜひ、綿貫さんたちやバンダジェフスキーの著書を読んでほしい。ベラルーシやウクライナは出生率の低下に苦しんでいる。異常出産が増加しているから、子どもを持つ意欲の低下ではなく、放射性物質による生殖系の機能の低下が問題とされている。11) 以上から「基本情報」の⒛ミリシーベルト以下で帰還を認め、個人で被曝の管理できるかのような政策は福島事故に苦しむ胎児と母体の健康にとって重大な被害をもたらすことになりはしないかと危惧される。

                     7. 低線量被曝の甚大な被害と食品の厳格な管理の必要性
                      「基礎情報」は国際的な合意である予防原則を無視している。予防原則はむしろ、因果関係や機構の完全なる証明がなくても人類を守るために、行き過ぎの可能性があっても「賢明なる回避」を薦めているのである。これは水俣病はじめ多くの公害の深い反省に基づくものである。あまりにも歴史において、対応処置が遅れてきた反省からである。福島の甲状腺がんもヨウ素剤の投与が見送られたことが危惧される。放射線による甲状腺がんは悪性で転移しやすく治りにくいというのは山下俊一氏達の論文の教えるところである。ウクライナの低線量汚染地に暮らす子供たちの健康の悪化をNHKは緊急出版している。18)
                      スクリーニング効果(調べすぎの効果)はチェルノブイリでも言われたが、2002年にゴメリで15歳以下の甲状腺がんがゼロとなるなどの事実から、発症は原発事故によるものであったことが確認され、スクリーニング効果は否定されている。原発事故以後、ウクライナ、ベラルーシでは死亡率が増大し続け、20年後にやっと増加が止まりつつある。これもウクライナでは1997年に飲み水の基準を2ベクレル/kgに引き下げて以後であった。
                      Wikipedia英語版demographics の各国ページにある人口動態の資料22) によれば、この間、この両国の人口は、チェルノブイリ事故以後のピークから、合計で748万人も減少した(それぞれ670万人減、78万人減)。とくにウクライナでの人口減は激烈なもので12.8パーセントだった。およそ8人に1人が減ったという割合になる。ベラルーシでも7.6パーセントの減少率であった。さらに、ロシアでも2008年まで約580万人の人口減が記録された。この3国での人口減少は合計1327万人に上り、減少率は6.3パーセントであった。たしかに人口動態には、社会主義崩壊に伴う経済混乱が影響した部分があることは確かである。しかし、混乱が収束して経済が回復しても人口の減少は続いてきたという事実が示すように、チェルノブイリ事故の長期的影響がそこに反映していることは疑いえない。ヤブロコフらは、チェルノブイリ事故による犠牲者数を約100万人と見積もっているが、この急激な人口減少と対比するならば、この数字が決して法外な数字ではなく慎重に評価された数字であり、また数字の示している事態が極度に深刻であることを感じないわけにはいかないであろう(『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店)。2)
                      繰り返しになるが最後に強調すべきことは、ICRP の内部被曝の評価に関しての疑問である。アルファ線やベータ線による被曝は体内では射程距離が短い(夫々およそ0.04ミリ, 5ミリ)ので、極めて局所的な被曝である。それをICRPは係数を大きくするものの、生体内の機構を無視した一様物体に置き換えて被曝を評価しているのである。ドイツ放射線防護協会は、こどもは4Bq/kg, 大人は8Bq/kgを食品基準とすることを提案しているが、生殖系などの被害を考えるとこれでも高すぎるようである。

                    第5章 おわりに
                      現在、子供の甲状腺がんが多発している。大人の甲状腺がんの増大も推測され、全年齢と福島県外への拡張も含めて健康診断の拡大が必要である。さらに放射線被曝による心疾患系、免疫系、生殖系まで含めた被害の拡大が危惧され、緊急の対策が必要である。
                      ところが、 現在、政府と原発推進勢力は「国民にヒバクを強要する政策」を推し進めている。「基礎情報」はICRPに基づき被曝を過小に評価することで、この危険で破滅的な政策を推進する宣伝道具になる。それ故、「基礎情報」は撤回されるべきであると考える。政府と「基礎情報」の作成者は、この政策がもたらす「静かな大量虐殺」や全国民的な規模での健康破壊などあらゆる破局的な結果に対する責任を負わなければならない。
                      われわれはこのような被曝被害を過小に評価する「基礎情報」に基づき帰還を推し進めるのでなく、被害者を支援する立場から、少なくとも次の4点が実現されるべきであると考える。
                    1.子供・被災者支援法を住民の意志に基づいて、具体化し、充実し、本当に被災者、住民を支援する生きた法律にしなければならない。
                    2.放射性物質による被曝から避難した、また避難しようとするすべての住民の避難の権利を認め、移住に必要な費用を政府と東電の責任で保障すべきである。移住できない人にも安全な食料や保養など被ばく低減のための支援が保障されるべきである。すべて事故によって強制された避難であり、「自主避難」という言葉は不適切である。
                    3.まず、希望するすべての人に放射能健康診断と治療を国と東京電力の責任において無償で行うべきである。
                    4.汚染水をはじめ、廃炉処理など福島原発事故の処理に全力を投入すべきでる。事故原因が明らかでなく、廃炉処理の見通しの立たない現状では住民の安全は確保できない。原発の再稼動や住民の帰還は危険であり、行うべきでない。

                    参考文献
                    1) 復興庁HP
                        帰還に向けた放射線リスクコミュニケーションに関する施策パッケージ [平成26年2月18日]
                     http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-1/20140217175933.html
                       「放射線リスクに関する基礎的情報」
                     http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-1/20140218_basic_information_all.pdf
                    2) A.V.ヤブロコフ、V.B.ネステレンコ、N.E.プレオブラジェンスカヤ:「チェルノブイリ被害の全貌」、岩波書店、2013年
                    3) 荻野晃也氏による私信
                    4) 津田敏秀:「科学」岩波書店 2014年3月号
                    5) 市川定夫:「新環境論III」p173 2008
                    6) ユーリ・I・バンダジェフスキー:「放射性セシウムが人体に与える医学的生理学的影響」久保田訳、合同出版 2011年
                    7) 三宅泰雄:「死の灰と戦う科学者」岩波新書 1972年
                    8) 大和田幸嗣他著:「原発問題の争点‐内部被曝・地震・東電」 緑風出版、2012年
                       A.Romanenko et.al.:Carcinogenesis 30, 1821, 2009年
                    9) ラルフ・グロイブ、アーネスト・スターングラス:「人間と環境への低レベル放射能の脅威」肥田舜太郎、竹野内真理訳 あけび書房、2011年
                    10) クリス・バズビー: 飯塚真紀子訳 「封印された『放射能』の恐怖」 講談社 2012年、p107
                    11) ユーリ・I・バンダジェフスキー、N・F・ドウボバヤ:「放射性セシウムが生殖系に及ぼす医学的社会的影響」久保田訳、合同出版 2013年
                    12) 綿貫礼子編:「放射能汚染が未来世代に及ぼすもの」新評論 2012年
                    13) 中川保雄:「放射線被曝の歴史」技術と人間、1991年、同増補版、明石書店、2011年
                    14) ジェイ M・グールド:「低線量内部被曝の脅威」緑風出版、2011年、
                    15) ジェイ M・グールド、ベンジャミン A.ゴールドマン:「低線量放射線の脅威」、鳥影社、2013年
                    16) 津田敏秀:「医学的根拠とは何か」、岩波新書、2013年
                    17) 今中哲二:「低線量放射線被曝」岩波書店、2012年
                    18) 馬場朝子、山内太郎:「低線量汚染地域からの報告」NHK出版、2012年
                    19) 山田耕作:日本物理学会誌、会員の声、2013年10月号
                    20) 田崎晴明:「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」 朝日出版社、2012年
                    21) 菊池誠、小峰公子:「いちから聞きたい放射線のほんとう」筑摩書房、2014年3月
                    22) Wikipedia英語版のアドレスは以下の通り(2013年7月閲覧)
                         http://en.wikipedia.org/wiki/Demographics_of_Ukraine
                         http://en.wikipedia.org/wiki/Demographics_of_Belarus
                         http://en.wikipedia.org/wiki/Demographics_of_Russia

                    追記 
                     私はあるお母さんから被害者たちの詳細な症状のリストを受け取ったことがあります。そのリストの症状は単に気のせいといわれるかもしれません。それに対する独創的な試みが次のブログです。これは私の研究ではありません。詳細は次のブログをご覧ください。営利以外は自由に使用してくださいとのことです。このような研究が議論を通じて発展すれば素晴らしいことであると思います。 
                     タイトルは「東京電力原発事故、その恐るべき健康被害の全貌−Googleトレンドは嘘をつかない−」
                      http://ishtarist.blogspot.jp/2013/10/google.html#more 〕論編
                      http://ishtarist.blogspot.jp/2013/11/google.html#more ▲如璽進
                     2部から成っていて、理論編(pdf file 2.5M)とデータ編(pdf file 1.6M)でそれぞれ50 ページ、43ページあります。
                     データ編からお読みになった方が著者の立ち位置とGoogleトレンドのメリットとデメリットを理解できて、健康被害‐自覚症状として‐の時系列での統計データが示す事実が放射能によるものであることが視覚的にわかってもらえるのではと思います。
                     例えば、次の図で膀胱炎、口内炎、動悸、生理不順が2011年3月から増加していることが見えます。これは東京都での検索数ですが、大阪ではこのような傾向はみられません。学問的にも新しく、興味ある試みだと思います。

                    20140226_yamadakosaku_fig02




                    2014.02.27 Thursday

                    田崎晴明著「やっかいな放射線と向きあって暮らしていくための基礎知識」の問題点‐科学的な基礎からの再検討を望む‐  山田耕作

                    0
                      2014年2月


                       以下のような田崎晴明氏の本「やっかいな放射線と向きあって暮らしていくための基礎知識」についての意見を「物性研究」に投稿し、議論を行おうとしましたが、田崎氏が議論に応じず、掲載されないことになりました。
                       同書は放射線被曝を過小に評価しており、政府が帰還して被曝させようとする政策を推し進めようとしている現在、被曝被害を拡大してしまうことが心配です。私の小論が皆さんの参考になれば幸いです。


                      全文のPDFファイルもありますので、ダウンロードください。
                      山田耕作-田崎本批判 (18ページ 435KB)




                      田崎晴明著「やっかいな放射線と向きあって暮らしていくための基礎知識」の問題点
                        ‐科学的な基礎からの再検討を望む‐

                                     山田耕作 (kosakuyamadaアットマークyahoo.co.jp)

                      目次

                      はじめに
                      1. 放射線被曝をめぐる争点
                      2. 子供の甲状腺がんの多発という事実は田崎氏の楽観論を打ち砕いた
                      3. 田崎氏の著書は時代遅れのICRP勧告を基礎としている
                      4. 予防原則の無視
                      5. 最終判断は個々の住民にゆだねる無責任な態度
                      6. リスク・ベネフィット論は強者の論理‐「やっかいな」放射線という題名について
                      7. 田崎本は疑問点や間違いの多い本である
                      7-1. 公平と真理
                      7-2. 閾値と集団線量
                      7-3. 疫学の軽視や無視
                      7-4. 低線量被曝における重大な誤解
                      7-5. 予防原則を無視し、被害への警告に対する牽制
                      7-6. 楽観的予想
                      7-7. 放射性セシウムをカリウム40のベクレル数まで許容する重大な誤り
                      7-8. 気にしない自由
                      おわりに
                      参考文献
                      付録A. 物性研究「ひろば」田崎本についての討論
                      付録B. 追記 ブログ「東京電力原発事故、その恐るべき健康被害の全貌−Googleトレンドは嘘をつかない−」

                      はじめに
                       日本物理学会誌2013年3月号に掲載された泉雅子氏による解説「放射線の人体への影響」は放射線被曝の被害を過小評価しているとして、私は会誌の「会員の声」欄で批判した。4月に投稿してやっと、10月号に掲載された。1) その報告と同時に、私の別の「会員の声」「福島原発事故研究の要望に対する理事会の回答に思う」(2月3日掲載決定)の原稿を友人の皆さんにお送りした。様々な意見をいただいた中に、私のこれらの「会員の声」に対する批判とともに、正しい見解として田崎晴明氏の「やっかいな放射線と向きあって暮らしていくための基礎知識」(朝日出版社、2012年10月、以下田崎本と呼ぶ)を推薦された。2) 早速期待して読んだが、これは予防原則に反するなど根本的なところで原則的な誤りを犯しているように感じた。その誤りの結果として、同書の目に見える被害を生じるような被曝はないとする記述に反して、現実に子どもの甲状腺がんが異常発生し、同書の信頼性が厳しく問われていると考える。この本を世の中に広めるとすれば、田崎本が基礎としている国際放射線防護委員会ICRPの評価が信頼できるかどうかの視点から、批判的に読むべき本であると思う。
                       しかも、ことは子どもをはじめ人命にかかわることである。総体として事故を招来した責任のある物理学者の一員が被曝の被害の過小評価や軽視で子どもや市民に被害を拡大してしまうならばその責任は一層重大である。
                       もう一点、指摘しておかなければならないことは被曝の問題に留まらず、この本の与える科学と教育に対する影響である。子どもをも対象とする田崎本は、表現は柔らかではあるが、非論理的な考察や推測が散見され、科学的な態度とは相容れない本である。これが優れた業績を持つ物理学者によって書かれたことから影響は無視できず、教育的観点からも疑問のある本である。
                       一言、誤解の無いようにお断りしておきたい。この文章は田崎氏の著書に対する危惧を述べたものである。田崎氏本人に対しては若い時代から、能力に優れ、親しみやすい人柄の研究者であると考えてきた。それ故、田崎氏個人を批判したものでなく、同書に書かれた放射線被曝の見解に対する疑問を述べたものである。文中にあるようにチェルノブイリ事故の被害をめぐって国際論争となっており、それは福島事故をめぐる重要な論点でもある。私としては田崎本の見解が広く流布している常識的な見解の代表であると考え、議論の対象としたものである。田崎氏個人が批判されていると取られるとすると、私の記述の不足のためであり、私の意図ではないことを断っておく。もっと、厳しく批判されるべき人もあるのであるが、私としては田崎氏のような良心的な人でも間違うという被曝問題の難しさを理解していただきたいと思う。それだけに、田崎本には、被曝をめぐる論点、私から見ると誤りのほとんどすべてが持ち前の率直さで表現されており、同書は誤解を説明するための最適の書と考えたからである。
                       私はこの投稿を契機として、「物性研究」誌上で、読者間で建設的な議論が活発に継続することを期待したい。それ故、出版後にも折に触れ、田崎氏はもちろん、多数の意見が寄せられることを期待している。事故は未だ収束せず、被害も進行中である。

                      1.放射線被曝をめぐる争点
                       田崎本に入る前に、世界における放射線被曝をめぐる対立の現状を説明すべきであると思う。それは、田崎氏の無邪気な子供向けの本をわざわざとりあげて、私が議論すべきであると考えた理由を理解していただくためである。前述の泉雅子氏は、私の「会員の声」へのコメントで、「国際放射線防護委員会」ICRPこそ「学界の科学的合意に基づくもの」であるから、それを紹介したのであると述べている。しかし、歴史が示しているように、被曝評価をめぐる論争はICRP創設の1950年以来続けられている。この年、放射線被曝の職業病防止の科学者の組織「国際X線及びラジウム防護諮問委員会」IXRPCから、核兵器開発のマンハッタン計画に参加したアメリカ、イギリス、カナダなどの原子力開発推進者を中心とする国際的協調組織であるICRPに変えられた。この設立経緯から推測されるように、ICRPは原子力開発が前提となっており、人類の安寧から見た原発そのものの是非はその検討課題に含まれていない。国連の安全保障理事会の下にあって強い権限を持っている国際原子力機関IAEAは、このようなICRPの勧告を原子力利用における安全基準として採用している。
                       しかし最近では、このICRP勧告のみに基づく考え方と、それは時代遅れであるとしてチェルノブイリ事故で発見された新しい内容を加える考え方とが鋭く対立している。国際原子力機関IAEAやICRPがチェルノブイリ事故の被害として甲状腺がんのみを認め、他の健康の破壊を一切無視している姿勢が批判されているのである。さらに,IAEAが世界保健機関WHOと協定を結び、IAEAの同意なしにWHOが情報を開示できないことになっている。(「国際原子力機関と世界保健機関は、提供された情報の守秘性を保つために、ある種の制限措置を取らざるを得ない場合があることを認める」WHA 12−40」)。最近の新聞報道によれば福島県と福井県の両県とIAEAの間にも情報の公開に関して同意が必要との協定が結ばれたとのことである。なぜ、IAEAは情報の公開を恐れるのか。なぜ、世界の人々がIAEAから独立したWHOを求めているのか。
                       A.V.ヤブロコフらの「チェルノブイリ被害の全貌」のまえがきでディミトロ・M・グロジンスキー教授(ウクライナ国立放射線防護委員会委員長)は次のように述べている。3)
                      「立場が両極端に分かれてしまったために、低線量被曝が引き起こす放射線学・放射生物学的現象について、客観的かつ包括的な研究を系統立てて行い、それによって起こりうる悪影響を予測し、その悪影響から可能な限り住民を守るための適切な対策を取る代わりに、原子力推進派は実際の放射性物質の放出量や放射線量、被害を受けた人々の罹病率に関するデータを統制し始めた。放射線に関連する疾患が増加して隠し切れなくなると、国を挙げて怖がった結果こうなったと説明して片付けようとした。と同時に、現代の放射線生物学の概念のいくつかが突然変更された。例えば電離放射線と細胞分子構造との間の主な相互作用の性質に関する基礎的な知見に反し、『閾値のない直線的効果モデル』を否定するキャンペーンが始まった。」
                      「この二極化は、チェルノブイリのメルトダウンから20年を迎えた2006年に頂点に達した。このころには、何百万人もの人々の健康状態が悪化し、生活の質も低下していた。2006年4月、ウクライナのキエフで、2つの国際会議があまり離れていない会場で開催された。一方の主催者は原子力推進派、もう一方の主催者は、チェルノブイリ大惨事の被害者が現実にどのような健康状態にあるかに危機感をつのらせる多くの国際組織だった。前者の会議は、その恐ろしく楽観的な立場に、当事者であるウクライナが異を唱え、今日まで公式な成果文書の作成に至っていない。後者の会議は、広大な地域の放射能汚染が住民に明かに悪影響を及ぼしているという点で一致し、ヨーロッパ諸国では、この先何年にもわたって放射線による疾患のリスクは増大したまま減少することはないと予測した。」
                       このような原発推進派の動きを世界的な「原発マフィア」の活動として警告する人が多い(例えばコリン・コバヤシ著「国際原子力ロビーの犯罪」以文社、2013年)。そしてヨーロッパの緑の党を中心として、欧州放射線リスク委員会ECRRが組織されたのである。初代議長は故アリス・スチュワートであり、故ロザリー・バーテルもメンバーとして参加していた。
                       現在、政府や福島県は20ミリシーベルト以下の被曝なら容認できるとして、個人の測定値に基づき自己責任として帰還を促進しようとしている。これはチェルノブイリ事故で警告されている汚染地における長期被曝を容認し、拡大することになる。この動きは不幸にも、田崎氏の著書の福島の被曝に対する見解、例えば、「目に見えて健康を害する人が増えることはない」と一致しているのである。同書が被曝による被害の拡大に協力してしまうことが懸念される。

                      2.子供の甲状腺がんの多発という事実は田崎氏の楽観論を打ち砕いた
                       p39 「2011年3月末に行われたスクリーニング効果の結果を見る限り、福島でのヨウ素131による内部被曝は、チェルノブイリ周辺に比べると桁違いに小さい。」
                       福島では3基の原発が炉心溶融し、放出されたヨウ素やセシウムの量を比べてもこのようなことはとても言えないはずである。IAEAをはじめ「国際原子力マフィア」は福島事故以後チェルノブイリ事故の放出量を大きくした。4) これは福島事故を小さく見せるためであると思われる。
                       p114 「これから先、放射線被曝のために健康を害する人が目に見えて増えるということもないだろうと思っている。・・・チェルノブイリの子供たちが受けたような大量の被曝は、今回の福島で起きなかったことは(かなり)はっきりした。ともかく、チェルノブイリよりずっと良かったのだ。・・・今のところ、ICRPの実効線量の立場から見て心配がないのはもちろん、より厳しく、体内のカリウム量と比較しても、あるいは、さらに厳しく、1960年代の被曝量と比較しても心配がない結果が出ている」。
                       これは事実で否定されている。新聞で福島県の子どもの甲状腺がんの調査結果が報道され、東京まで含めて心配が拡大しているからである。この事実一つをもってしても田崎本の楽観的な見方は否定されているのである。
                       2013年11月13日付朝日新聞によれば事故時18歳以下の約22.6万人のうち、58人で甲状腺がんおよびその疑いが発見された。これは10万人に26人の割合である。ベラルーシのピーク時の発症率が10万人当たり約10人であるから、26人は3倍近い発症率である。しかも福島はピーク時ではなく3年以内で発生している。福島は始まったばかりである。
                       2013年11月12日発表の結果は、同年8月時点より検査人数は3.3万人増、患者は疑いも含めて15人増えた。これは10万人当たり45人の割合である。この発症率は最大のゴメリの10万人当たり198人に次ぐ、ウクライナのジトミールやロシアのプリヤンスクなどの汚染地に相当する。一方、宮城県などの事故前2007年の統計では15歳から19歳の甲状腺がん発症率は10万人に1.7人であった。「目に見えて」多い。まだ福島県の調査は2次検査を終了していないのでさらに増加する可能性が高い。大人の甲状腺がんをはじめ、他の放射線被曝の被害が危惧される。
                       2014年2月7日の発表では新たに2.8万人の調査で16人に癌およびその疑いが発見された。これは10万人あたり57人である。検査地域は異なるものの事故から期間が長いほど増えているように見える。これまでの検査をまとめて福島県は25.4万人の調査で74人のがん及びがんの疑いで、0.03%、つまり10万人に30人と発表している。疫学の立場からも津田敏秀氏は有病期間を考えてもブレイク・アウト(異常多発)としている。年齢構成や遺伝子検査などより詳しい検査を進めるとともに、放射線被曝の影響をより明確にしなければならない。

                      3.田崎氏の著書は時代遅れのICRP勧告を基礎としている 
                       田崎本は、欧州放射線リスク委員会ECRRなどICRPに批判的な見解は、ICRPが受け入れないので、科学者の一致を見ていないという口実の下に一切採用しない。これでは必然的にICRPの姿勢を踏襲したものにならざるを得ない。科学者は意見が分かれるとき、いずれが正しいかを判断しなければならない。古い見解が新しい真理に置き換えられて科学は進歩するのである。
                       最近、明らかになった放射線による被害として、放射線による活性酸素の発生によって細胞膜が破壊され、さらに細胞の連鎖的な破壊によって心臓や腎臓など内臓が破壊されることがわかってきた(後述のペトカウ効果)。臓器に取り込まれ、蓄積し、継続的に放射線を放出する人工の放射性物質は極めて危険であることが明らかになってきた。それ故、人工の放射性セシウムと臓器に蓄積されないでスルスル全身を移動する自然の放射性物質カリウム40とをベクレル数のみで比較して安全性を論じることは誤りである。これは「新・環境論」の中で故市川定夫氏が繰り返し強調されてきたことである。5) その郡のp173を見ると、自然放射線のうち「その大部分がカリウム40によるものである。カリウム40は、天然に存在するカリウムのうちの1万分の1強を占めており、この元素が環境中に多量に存在し、生物にとって重要な元素であるから、カリウム40が否応なしに体内に入ってくる。しかし、カリウムの代謝は早く、どんな生物もその濃度をほぼ一定に保つ機能をもつため、カリウム40が体内に蓄積することはない。このような生物の機能は、カリウム40が少量ながら存在したこの地球上で、生物が、その進化の過程で獲得してきた適応の結果なのである。カリウムを蓄積するような生物が仮に現れたとしても、蓄積部位の体内被曝が大きくなり、そのような生物は大きな不利を負うことになるから、進化の過程で淘汰されたであろう」。鷲谷いずみ氏も同様のことを書かれている。最近はカリウムだけが細胞膜を通過できるK-チャネルの存在が注目されている。
                       また、ビキニ水爆実験後の海洋調査の結果として、三宅泰雄氏達が魚類を調査して放射性物質が集中的に脾臓、肝臓などの内臓に蓄積されることを報告している。6) 後述するがバンダジェフスキー達はチェルノブイリ事故により被曝し、死に至った100人を超える子供や大人を病理解剖し、セシウム137が臓器に蓄積していること、その1キロ当たりのベクレル数を求め報告した。また、被曝地の住民を調べ、体重1kg当たりセシウム137が20ベクレル位を超えると心電図に異常が出ることや、心臓発作による突然死につながることを警告している。さらに同じような汚染したエサをラットやハムスターなどに与えて、臓器への蓄積と症状を動物実験で確かめている。7) 膀胱がんの研究によれば1リットルの尿中約50ベクレルの濃度のカリウム40ではなく6ベクレルや数ベクレルのセシウム137の濃度によって膀胱がんの発生率が左右される。それ故、もっとも重要な、臓器への取り込み効果を無視する田崎本の「安全」は根拠がない。8) この点に関する田崎本の記述は次のようになっている。
                       p41 「放射性セシウムの場合は、水に溶けて吸収され筋肉などにほぼ均等に分布してから排出されると考えられているので、外部被曝と大きく異なる健康被害は起こさないというのが主流の考えだ」
                       p42 「まとめれば、内部被曝だからと言って異常に恐ろしいと考えるべきではないが、外部被曝よりは複雑で理解し切れていないことがある」
                       ここで次の誤りがある。筋肉などに「ほぼ均等に分布」である。バンダジェフスキーたちの病理解剖の結果によると、臓器に取り込まれたセシウムは臓器の一部分に偏在しているので均等ではない。7) また、高温で放出されたセシウムの微粒子が観測されている。それ故、肺などの体内に微粒子としても存在する場合もある。細胞膜のK−チャネルは特異的にカリウムを通過させる構造を持ち、大きさの異なるナトリウムやセシウムは通過しにくい構造になっている。生物進化の結果であると考えられる。このようにセシウムは多様な場所に様々な形で存在する。 この点はICRPが個々の臓器を一様均質物体として内部被曝を評価していることにより、内部被曝が過小に評価されているので、特に重要である。継続的で、局所的な被曝は修復中のDNAをさらに攻撃するなど、2重らせんを破壊しやすいことでも危険であると考えられる。
                       田崎本は注を付けp42「もちろん、体内のセシウムの振舞が完璧に理解されているわけではない。少し先の脚注を見よ」と書く。その少し先の脚注では p48 「実効線量の評価では、放射性物質が臓器全体に分布して、均一のダメージを与えると仮定しているが、それが不適切だという指摘もある。体の中の生体分子は,きわめて複雑にふるまうから、そこに放射性物質が紛れ込むことで、予期せぬ「悪さ」をする可能性があるかもしれない(ぼくにはよくわからないし専門に近い人に聞いても、あまり意見は一致していないようだ。毎度のことだが、「すさまじい被害がある」可能性はないものの、「すべてが完全にわかっている」わけではないということだ)。」
                       このような注を付けながら「内部被曝だからと言って異常に恐ろしいと考えるべきではない」というまとめがどうして出てくるのだろうか。体内の個々の人工の放射性物質の振舞はヘレン・カルディコット博士の言うようにほとんど理解されていない。膀胱がんの研究によれば多様な過程が絡み合って発生するようである。膀胱表皮に取り込まれた放射性セシウムの放射線によって生じた活性酸素が重要な役割を果たす。8) 田崎本は完全にはわかっていないといいながら、どうしてすさまじい被害がないと言えるのだろうか。
                       田崎本は定量的なことは一切言わず、「すさまじい」とか「目に見える」、「異常に恐ろしい」とか、形容詞であいまいにしているように見える。科学的には定性的より定量的な方がすぐれた記述であることは明らかであろう。子どもたちにもそう教えるべきである。

                      4.予防原則の無視
                       ICRPの権威を利用している田崎本はバンダジェフスキーやウクライナ政府の発表による「長寿命放射性元素体内取り込み症候群」を無視している。7) それは専門家の間で一致を見ていないからというのであろう。それ故、田崎本の言う被曝被害はDNAの損傷に限られる。これは多数の死体を克明に調べ、血のにじむような苦労の結果ベラルーシやウクライナ、ロシアで明らかにされた医学的知見を切り捨てるものである。
                       しかも、田崎本のこのような態度は明らかに「予防原則」に反している。科学的に新しい知見が提出されたとき、完全な因果関係の証明がなされるまで待つと取り返しのつかない被害の拡大の可能性があるとき、「賢明なる回避」という公害問題の原則が提出され、「予防原則」と呼ばれる国際的な合意となっている。なぜか田崎本はこのよく知られた原則を一貫して無視している。ベラルーシでは年間1mSv以上の被曝の心配のあるところでは避難の権利が認められている。
                       予防原則(Precautionary Principle):ある行為が人間の健康あるいは環境への脅威を引き起こす恐れがある時には、たとえ原因と結果の因果関係が科学的に十分に立証されていなくても、予防的措置(precautionary measures)がとられなくてはならない。
                       しかもバンダジェフスキーの名づけた「長寿命放射性元素体内取り込み症候群」はウクライナやロシアでも報告され、さらに生殖系を介して未来世代への影響も報告されている重要な問題である。9) チェルノブイリ事故の被害者の尊い犠牲によって得られたものである。7) 今は亡き綿貫礼子さんは肝臓がんに苦しみながらも、自らの生命の危険も顧みず、吉田由布子さんたちの協力を得て、警告の書「放射能汚染が未来世代に及ぼすもの」を出版された10)

                      5.最終判断は個々の住民にゆだねる無責任な態度
                       田崎本のほとんど被害はないという言葉を信じれば帰還して暮らしてよいはずである。避難は無駄な行為と判断される。もし、帰還によって被害を受ける人が増大すれば、田崎本にも責任があるのは当然である。同書はp114で「心配しなくてよいという結果が出ている」といっているからである。
                       田崎本は食品基準としていくらを限度とすべきか、いくらの汚染までは居住してよいのかなど定量的なことは一切言及しない。子どもを含め個人の判断にゆだねるのである。個人の選択の問題であるというのである。これは科学とは無縁の態度である。科学者は如何に冷酷であろうとも、科学的な結論を述べるべきではないだろうか。もちろん、伝える方法は細心の注意を必要とするが、より大切なことは間違って安心を与えていないかどうかである。予防原則に従って避難したが、実際は避難する必要がなかったときは経済的損失が主であるが、逆に避難せず、被曝した場合は人命が損なわれるかもしれないからこそ、予防原則が適用されているのである。

                      6.リスク・ベネフィット論は強者の論理‐「やっかいな」放射線という題名について
                       田崎本が立脚しているのがICRPのALARA(As Low As Reasonably Achievable)と呼ばれる立場である。田崎本は「経済的社会的に合理的に達成できる範囲で低く」というリスク・ベネフィット論の立場を「公式の考え」として紹介している(p69)。しかし、それ以前はALAP「できる限り低く」であった。
                       p69 「放射線被曝によって生じうる害と、その他の利益を秤にかけて、上手にバランスさせながら、被曝量をできる限り低くしていこうとしているのである。」
                       核実験や原発による被曝のリスクが科学的に明らかになり、それに対抗するためにICRPが打ち出したのが、リスク‐ベネフィット論である。しかし、核実験や原発から一般人は利益を受けないので、ICRPは苦慮の末、「社会的・経済的利益」としたのである。原発における「その他の利益」とは何か。田崎本があいまいにしている電力会社の利益と、その利益にあずかるどころか高い電気料金を支払う一般市民・住民の被曝リスクとのバランスを取ることが可能であろうか。
                       放射線被曝の歴史を克明に調べた故中川保雄氏は次のように結論している。ICRPの言う「今日の放射線被曝防護の基準とは核・原子力を開発するためにヒバクを強制する側が、それを強制される側に、ヒバクがやむを得ないもので、我慢して受忍すべきものと思わせるために、科学的装いを凝らして作った社会的基準であり、原子力開発の推進策を政治的・経済的に支える行政的手段なのである」。11) この言葉の通り、一般市民や子供たちには原子力利用から利益はなく、放射線の被害を受けるだけである。特に農業、漁業にとっても一方的にリスクのみである。遺伝的被害も考えるとどんなに微量でも危険であり、強者が弱者にヒバクを強制しているのである。田崎本は強者の立場に立ち、「やっかい」というあいまいな言葉で、危険性をあいまいにし、子供たちをだましていることになりはしないだろうか。なぜ田崎本は普通に使われる「危険な」放射線といわないのだろうか。それは正しく恐れるならば被曝は不当ではなく、合理的だという立場にあるからと思われる。それ故、私には田崎本は子供たちや妊婦、大人の被曝を容認する「危険な書物」であると思われる。総体として、原子力の平和利用を提唱したことで加害者といわれかねない物理学者の一人が、このような被害の拡大に手を貸すのは許せないことである。

                      7.田崎本は疑問点や間違いの多い本である
                       特記すべき疑問点や間違いを以下に列挙しておこう。

                       7−1 公平と真理
                       p3 「ただし、この本は「原発廃止」を訴えて書いた物ではない。それは誤解しないでほしい。この本では、そういう意見や立場とは関係なく、わかっていることをできるだけ公平に解説したつもりだ。」
                       公平な立場とは何か。これこそ問題の鍵であり、争点である。田崎本の公平とは「大多数の意見」とか、「主流の考え」である。結局、それはICRPが容認するものでなければならず、 田崎本の「公平な立場」とはICRPの立場であり、「公式の考え」として田崎本の基礎となっている。
                       国連科学委員会やICRPは英語の論文が中心である。しかし、ヤブロコフたちはスラブ系言語で書かれたものを中心に5000以上の文献を調べたとして甲状腺がん以外の多くの病気や被害者を明らかにしたのである。3) なぜ、ICRPに対抗してECRRができたのか。両者の相違点に触れず、後者を無視してICRPの見解が正しいとする根拠はどこにあるのか。科学者は本来、如何に不公平であっても真理を語るべきである。それが未来も含めた人類に対して誠実であり、正しい態度なのである。ガリレオ・ガリレイは真理を基準とし、公平を指導原理としなかった。

                       7−2 閾値と集団線量
                       p61 (広島・長崎の調査について)「この調査だけからでは,100mSv よりも少ない被曝で癌が増えるのか増えないのかわからないというのが多くの人が支持する結論である。」
                       ここで「100mSvよりも少ない被曝で癌が増えない」ということは閾値があるということであり、この表現は不正確である。広島・長崎の結果は100mSv以下で「統計的に有意でない」ということであって、癌が発生しないということではない。危険率(偶然に起こる可能性の確率)Pが信頼度の基準とされる0.05より大きいということであって、100mSv以下の被曝量でも癌死数が被曝ゼロとされる対照群(この人たちも内部被曝していた)より増加しているのである。被曝量の値の5〜100mSvでは危険率P=0.15で、5〜50mSvでP=0.3であり(Brenner et al PNAS 100、p13761)、信頼度が落ちるということである。
                       津田敏秀氏は「福島について100mSvを持ち出すことは、単に『統計的な有意差がない』事と『影響がないこと』を混同している。」、「福島では有意差が出る可能性が十分ある」としている。14)(津田著p96)。閾値をめぐる問題は被曝をめぐる本質的な問題であり、広島・長崎だけでなく調査を広げる必要があるのである。広島・長崎の被爆者調査でも若い時に低線量被曝した被爆者の死が最近多くなり、低線量被曝域が線形に近くなってきた(K.Ozasa et al Radi.Res.177,229、2012)。まだ、統計的に有意ではないが、小笹氏達も線形が最もふさわしいとしている。古くからあるJ.M.Gouldたちの研究を調べれば100mSv以下でも被害が生じることは統計的に明らかであるにもかかわらず、田崎本はそれにも言及していない。12,13) スチュワート(Alice Stewart)の妊婦のレントゲン検査による被害の結果や遺伝的影響を考えれば単純な外部被曝による被曝線量に対するがん発生の線形依存性は明確ではないだろうか。1)ICRRP2007年勧告も「約100mSv以下の線量においては不確実性が伴うものの、癌の場合、疫学研究および実験的研究が放射線リスクの証拠を提供している。」としているのである。  
                       p65 「線形閾値なし仮説」は文字通り仮説であり、科学的に確立している事実ではない。」
                       p67 「また、福島第一発電所で起きたような事故の際には、「公式の考え」を使って、一般の人々への危険がどの程度ありうるかを見積り、(たとえば、避難するかしないといった)判断のよりどころとすることだ。「公式の考え」は、癌による死亡者の増加を科学的に予測するための「計算式」ではないし、まして、個々人ががんで死亡する危険性を見積もるためのものでもない」
                       p68 「標準人の考えを用いず、個々の人たちの被ばく状況を適切に把握すべきであるとしている。」
                       田崎本は私が批判した泉氏と全く同じように集団線量という考え方をICRPに従って否定しようとしている。10)多数の人が低線量で被曝し被害が被曝線量に線形で生じる時、人数と被曝線量の積、集団線量、人・シーベルトは被害の予測として重要な概念である。田崎氏、泉氏やICRPはなぜかくも熱心に集団線量を否定しようとするのか。
                       一方、田崎本がp65で引用しているD.J.ブレンナー達の論文(PNAS 100,p13761,2003)はそのまとめで50mSv‐100mSvでの長期被曝で癌の増加の証拠があるとした後で、「10mSv以下の実証は難しい。しかし、実証が困難であるということは被曝が社会的に無視できることを意味しない。非常に小さいリスクでも大人数に適用されると重大な社会的健康問題になる」と集団線量の考えを述べている。

                       7−3 疫学の軽視や無視
                       p71 「広島・長崎での調査よりも大規模な被曝事例の調査はないし、理論や動物実験だけでは、低線量被曝の人の健康への影響は完全にはわからない。」
                       p71 「低線量被曝での癌のリスクについての「公式の考え」は、あくまで、そのようにして作った社会的な「目安」であって、癌による死亡率を予測するための科学的な理論でないということを忘れてはいけない。」
                       『医学的根拠とは何か』によれば津田敏秀氏は「数量化の知識なき専門家」(p95)と題して次のように記している。14)
                      「実は広島と長崎のデータを併せて、100mSv以下の被爆者は全年齢層併せても68470人しかいない(5mSv以下38509人、5mSv以上100mSv以下29961人、100mSv以上18141人、K.Ozasaら、Radiation Research,2012)」
                      以上のように広島・長崎のデータが68470人である。しかし田崎氏の上述の「長崎・広島以上の大規模な調査はない」という記述は、以下に見るように間違いである。 
                       たとえばWHOのIARC(国際がん研究機関)は15ヵ国の原発核施設労働者60万人から1年未満の労働者など特殊な人を除いた40万人に対して調査した。(E.Cardis et.al. Radia.Res.167(2007)396-The 15 Country Collaborative Study of Cancer Risk among Radiation Workers in the Nuclear Industry)。 一人当たりの累積被曝量の平均は19.4mSvであった。がん死者と被曝線量の直線関係は統計的に有意であり、白血病を除くがん死の過剰相対リスクは1Sv当たり0.97であった。田崎本は「目安」であって「予測」に使ってはいけないという。IARCの疫学調査は科学であり、被曝労働の被害の予測にも使えるのである。
                       福島では子どもの甲状腺がんの調査がなされているが、すでに2013年11月12日に22.6万人の結果が発表されている。この調査人数はすでに広島・長崎よりずっと多い。正確を期し、わかっていることを正しく記述したはずの田崎本の記述が信頼できないのである。統計学の結果である疫学の結論を被害の予測に使えないとするなど田崎本の誤りはどこから来るのか知りたいところである。
                       さらにスウェーデンの汚染地域でがんが増えていることを報告したトンデル論文がある。(M.Tondel et al J.Epidemiol Community Health ,58.1011,2004) 114万人の住民を調査対象とした。観測されたがん発生の過剰相対リスクは土地の汚染度1平方メートル当たり100キロベクレルに対して0.11であった。今中哲二氏の見積もりによると1シーベルト当たりの相対過剰リスクとして5~10となった15)。広島・長崎データの場合0.5なので、トンデルらが観測した発がんリスクはその10から20倍に相当するという。
                       がんの発生率に関して、私は次の点が重要であると思う。一般に放射性物質や化学物質による汚染は独立にあるのではなく複合的な汚染である。これは核実験による放射性降下物による汚染が進んでいた時代には、レイチェル・カーソンによって化学物質による複合汚染が警告された。現在は原発事故と化学物質との複合的な汚染効果も重要である。J.Mグールドたちのアメリカの原発周辺の乳がんの死亡率調査によると、両方に汚染された地域が放射線の影響を強く受けた。12,13) 喫煙と放射線との複合効果は良く知られている。その意味で我が国のように農薬を大量に使用する場合は、放射線被曝が一層危険である可能性がある。

                       7−4 低線量被曝における重大な誤解
                       p72 「低線量の被曝の健康への影響が「わからない」という説明を聞いて、「わからない」ということは、「想像を絶するすさまじい被害があるかもしれない」と感じてしまう人がいるようだ。ここまで読んできた読者には説明するまでもないだろうが、もちろん、そんな心配は無用だ。」
                       P72 「そもそも低線量被曝の影響が「わからない」のは、広島・長崎で影響が見えないからだ。被害があるにしても、理屈で考えられる限り最大でも「調査でぎりぎり見えないくらいの規模の被害」ということになる。「人がバタバタとがんで倒れる」ということはあり得ない。 また、いくら放射線に常識が通用しないといっても、被曝した線量が小さいほど健康への影響が小さくなっていくことに疑いはないと思う。ICRPの「公式の考え」は絶対に正しいわけではないが、ある程度の不確かさのあることを知ってさえいれば、低線量被曝の影響を考えるための「目安」として役に立つはずだ。」
                       広島・長崎で影響が「見えない」のは内部被曝など重大な被曝が隠されたからである。熱線ではなく内部被曝で「バタバタ倒れた」人たちは広島・長崎で多数あった(例えば、「僕は満員電車で原爆を浴びた」米澤鉄志語り、小学館2013年、矢ケ崎克馬著、「隠された被曝」新日本出版、2010年)。この隠された被曝を田崎本は被害が見えないくらい小さかったと重大な誤解をしている。前述のようにチェルノブイリでも被害は隠されている。3)
                       また、低線量域の方が、線量効果が高いとするペトカウ効果をどう考えるか。これはペトカウが発見した実験事実であり、放射線で発生した活性酸素が高線量であると互いに相殺し、効果が小さくなるので、低線量の方が、活性酸素が長く生き残り、細胞膜の破壊効果が大きいという説明がなされている。また、活性酸素は細胞の中の脆弱な部分であるミトコンドリアを破壊し、免疫力や体力を失わせることが明らかになってきた。
                       p79 「ただし、そういった胎児への影響は、被曝線量がおおよそ100mSvを上回るあたりから有意に発生するというのが一般的な見解だ。福島第一発電所事故の際に妊娠していた人が、短い期間にそれだけの線量を被曝することは考えられないだろう。…ICRPも胎児についても小さな子供と同様標準人の3倍を提案している。」
                       チェルノブイリ事故以後ベラルーシやウクライナで研究が進み、生殖系への低線量被曝がホルモン作用を通じて胎児に影響することが明らかになってきた。9) 胎盤や子宮にセシウム137が取り込まれることによる生殖系の被害のみならず、妊婦の脳に取り込まれたセシウム137に依って、母親の脳神経活動が乱され、胎児との脳神経活動の連携が混乱させられるといった報告もある。9) 田崎本が、影響は有意でないとする100mSvよりずっと低線量である。また、後の世代にまで影響が続く。田崎本の言う「公式の考え」は出生率の低下が憂慮されているチェルノブイリの被害を十分検討した結果とは思われない。単にがんが3倍増としているようである。ぜひ、綿貫さんたちやバンダジェフスキーの著書を読んでほしい。ベラルーシやウクライナは出生率の低下に苦しんでいる。異常出産が増加しているから、子どもを持つ意欲の低下ではなく、放射性物質による生殖系の機能の低下が問題とされている。9) 以上から田崎本の100mSv以下では胎児に被害がないかのような記述は福島事故に苦しむ胎児と母体の健康にとって重大な被害をもたらすことになりはしないかと危惧される。

                       7−5 予防原則を無視し、被害への警告に対する牽制
                       p116 「研究者が必要以上に危険を強調したり、マスコミがセンセーショナルに報道したりといった『行き過ぎ』だけはぜひとも避けてほしいと今から願っている。」
                       これは国際的な合意である予防原則を否定する見解である。予防原則はむしろ、因果関係や機構の完全なる証明がなくても人類を守るために、行き過ぎの可能性があっても「賢明なる回避」を薦めているのである。これは水俣病はじめ多くの公害の深い反省に基づくものである。あまりにも歴史において、対応処置が遅れてきた反省からである。福島の甲状腺がんもヨウ素剤の投与が見送られたことが危惧される。それなのに田崎本は「行き過ぎだけは」と強調する。普通は人命を尊重し、「逃げ遅れだけは避けてほしい」であり、その真意が私には理解できない。放射線による甲状腺がんは悪性で転移しやすく治りにくいというのは山下俊一氏達の論文の教えるところである。ウクライナの低線量汚染地に暮らす子供たちの健康の悪化をNHKは緊急出版している。16)

                       7−6 楽観的予想
                       p116 「これから先、福島でがんと診断される人が増えていくだろうと僕は考えている。これは、放射線の影響で癌が増えるからではない。おそらく癌はほとんど増えないが、多くの人が定期的にがんの検診を受けるようになり、早期発見が進み、見かけ上のがんの患者が増えるということだ。その結果として、初期の段階で治療する人が増えて、最終的にはがんによる死亡率は減っていく可能性が高いと思う。」
                       まさに、驚くほど楽観的な予想であり、言葉である。ただし、田崎本の言うスクリーニング効果(調べすぎの効果)はチェルノブイリでも言われたが、2002年にゴメリで15歳以下の甲状腺がんがゼロとなるなどの事実から、発症は原発事故によるものであったことが確認され、スクリーニング効果は否定されている。田崎本の楽観的な予想に反して、原発事故以後、ウクライナ、ベラルーシでは死亡率が増大し続け、20年後にやっと増加が止まりつつある。これもウクライナでは1997年に飲み水の基準を2ベクレル/kgに引き下げて以後であった。
                       この間、この両国の人口は、チェルノブイリ事故以後のピークから、合計で748万人も減少した(それぞれ670万人減、78万人減)。とくにウクライナでの人口減は激烈なもので12.8パーセントだった。およそ8人に1人が減ったという割合になる。ベラルーシでも7.6パーセントの減少率であった。さらに、ロシアでも2008年まで約580万人の人口減が記録された。この3国での人口減少は合計1327万人に上り、減少率は6.3パーセントであった。たしかに人口動態には、社会主義崩壊に伴う経済混乱が影響した部分があることは疑いない。しかし、混乱が収束して経済が回復しても人口の減少は続いてきたという事実が示すように、チェルノブイリ事故の長期的影響がそこに反映していることは疑いえない。ヤブロコフらは、チェルノブイリ事故による犠牲者数を約100万人と見積もっているが、この急激な人口減少と対比するならば、この数字が決して法外な数字ではなく慎重に評価された数字であり、また数字の示している事態が極度に深刻であることを感じないわけにはいかないであろう(『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店)。3)
                       p117 「要するに,いつまで経っても、ぼくは確信をもって何かを言えるようにはならなかったということだ。…そういう「確信をもってものが言えない状態」のままで書いた。だから、これまでの研究・調査の結果、ほぼ確実にわかっていると思える事柄については「わかっている」とちゃんと書き、そうでない事柄については「わからない」と正直に書いた。」
                       しかし、私には「わからない」事柄でも、田崎本は「わかっている」としてICRPの見解を信じて述べている箇所が多くある。例えば、通常いわれるように、ICRP の内部被曝の評価に関しての疑問である。アルファ線やベータ線による被曝は体内では射程距離が短い(夫々およそ0.04ミリ, 5ミリ)ので、極めて局所的な被曝である。それをICRPは係数を大きくするものの、生体内の機構を無視した一様物体に置き換えて被曝を評価しているのである。しかし、田崎本は疑問も述べるのであるが、結局ICRPに基づき、それを目安として、内部被曝はことさら恐れる必要がないというのである。

                       7−7 放射性セシウムをカリウム40のベクレル数まで許容する重大な誤り
                       p110 「1日の放射性セシウムの摂取量が30Bqなら、体内のカリウムとセシウムの量はだいたい等しくなる。後は、どこまで内部被曝が増えるのを許すかで、これは個人の考え方だろう。もともとあるものが数倍に増えても気にしないというなら、結局1日に200Bq程度のセシウムを摂っていいことになり、最初の厚生労働省の基準に戻る。もともとある物と同じくらいなら許そうという人は、放射性セシウムの摂取を1日30Bqに抑えることを目指せばいい。」
                       これはとんでもない主張である。バンダジェフスキーたちの研究によれば体重1キロ当たり20Bq/kgでも心電図に異常が出る。それは心臓疾患につながり、心臓発作による突然死に至ることもある。これはカリウムと異なり、心臓に取り込まれた放射性セシウムによる健康破壊である。その点を理解しない田崎本はカリウム40の数倍として、毎日200ベクレルまでも許容する。そして厚生労働省の古い基準まで正当化する。一方、バンダジェフスキーは基本的にはゼロであるべきだという。それは脆弱な生殖系や脳、心臓など血管系への被害も考慮してのことである。それ故、この田崎本の記述を信じて毎日30〜200ベクレルを摂取することは極めて危険なことである。カリウムとセシウムは臓器に取り込まれ方が異なり危険度が全く異なる。毎日200ベクレル摂取すると100〜200日くらいで2〜3万ベクレルが蓄積する。体重60kgの人なら、体重1キロ当たり300〜500ベクレル以上となり、心電図や生殖系の異常の起こる濃度20Bq/kgの10倍以上を容認しているのである。たとえ毎日30Bqの放射性セシウムを摂取したとしても、約3000Bqが体内に蓄積し、体重60kgなら1キロ当たり50Bq/kgであり、心臓病や生殖異常の危険領域の値である。この記述だけでも田崎本は危険な書物になってしまう。ドイツ放射線防護協会は、こどもは4Bq/kg、大人は8Bq/kgを食品基準とすることを提案しているが、生殖系などの被害を考えるとこれでも高すぎるようである。

                       7−8 気にしない自由
                       p120 「気にしない自由」
                       科学者なら科学に基づいて発言し,危険な時は避難も勧告すべきである。未来世代にも関わることである。事故時にも気にしない自由を認めるのか。低線量被曝の危険性、内部被曝の危険性も「気にしない自由」を認めるのか。被害が出たときはいったいだれが責任を取るのか。
                       最終的な決断は市民一人一人がすべきであることは当然である。しかし、一人一人が正しく、適切な判断を行うためには被曝に関する正しい情報や知識が与えられなければならない。放射性セシウムとカリウム40とを単にベクレル数で比較して安全とする誤った知識を根拠に、「気にしない」のは看過できないことである。

                      おわりに
                       田崎氏は自分で「確信をもってものが言えない状態」と告白するくらいなら、このような本を、しかも子供向けに、書くべきではなかったのである。
                       現在、政府と原発推進勢力は「国民にヒバクを強要する政策」を推し進めている。彼がこの本を書いた目的は、この政策に進んで協力することであると言われても仕方がない。なぜなら、彼の主観的意図がどうであろうと、客観的には、彼の本はICRPに基づき被曝を過小に評価することで、この危険で破滅的な政策に荷担することになる。それ故、田崎本の罪は、この政策がもたらすかもしれない「静かな大量虐殺」や全国民的な規模での健康破壊などあらゆる破局的な結果に対する責任の一端を負わなければならないほど重大なものではないだろうか。

                      参考文献
                      1) 山田耕作:日本物理学会誌、会員の声、2013年10月号
                      2) 田崎晴明:「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」 朝日出版社、2012年
                      3) A.V.ヤブロコフ、V.B.ネステレンコ、N.E.プレオブラジェンスカヤ:「チェルノブイリ被害の全貌」、岩波書店、2013年
                      4) クリス・バズビー著 飯塚真紀子訳 「封印された『放射能』の恐怖」 講談社 2012年、p107
                      5) 市川定夫:「新・環境論III」、藤原書店、2008年,p173
                      6) 三宅泰雄:「死の灰と戦う科学者」岩波新書 1972年
                      7) ユーリ・I・バンダジェフスキー:「放射性セシウムが人体に与える医学的生理学的影響」合同出版 2011年
                      8) 大和田幸嗣他著:「原発問題の争点‐内部被曝・地震・東電」 緑風出版、2012年
                      9) ユーリ・I・バンダジェフスキー、N・F・ドウボバヤ:「放射性セシウムが生殖系に及ぼす医学的社会的影響」合同出版 2013年
                      10) 綿貫礼子編:「放射能汚染が未来世代に及ぼすもの」新評論 2012年
                      11) 中川保雄:「放射線被曝の歴史」技術と人間、1991年、同増補版、明石書店、2011年
                      12) ジェイ M・グールド:「低線量内部被曝の脅威」緑風出版、2011年、
                      13) ジェイ M・グールド、ベンジャミン A.ゴールドマン:「低線量放射線の脅威」、鳥影社、2013年
                      14) 津田敏秀:「医学的根拠とは何か」、岩波新書、2013年
                      15) 今中哲二:「低線量放射線被曝」岩波書店、2012年
                      16) 馬場朝子、山内太郎:「低線量汚染地域からの報告」NHK出版、2012年

                      付録A.
                      物性研究「ひろば」田崎本についての討論
                      (途中で不掲載が決まり議論は残念ながら中断しました)

                      編集委員A  ネットで見た朝日新聞および東京新聞の記事では 「福島県は7日、東京電力福島第一原発の事故当時に18歳以下だった子どもの 甲状腺検査で、結果がまとまった25万4千人のうち75人が甲状腺がんやがんの疑いがあると診断されたと発表した。昨年11月より検査人数は約2万8千人、がんは疑いも含めて16人増えた。県は『被曝(ひばく)の 影響とは考え にくい』としている。」
                      「東京電力福島第一原発事故による放射線の影響を調べている福島県の『県民健 康管理調査』の検討委員会が七日、福島市で開かれ、甲状腺 がんと診断が「確 定」した子どもは前回(昨年十一月)の二十六人から七人増え三十三人になった。「がんの疑い」は四十一人(前回は三十二 人)。 しこりの大きさなどを調べる一次検査で約二十五万四千人の結果が判明し、千七百九十六人が二次検査の対象となった。」
                      とあります。 2章の修正原稿の赤字追加部分と少し内容が違うように思いました。 山田先生に検討してもらった方がよいのではないかと思いメールしました。

                      山田 私の修正部分は2月7日に明かになった追加部分について書いたものです。これまでの調査も加えると25万4千人で74人のがん及びその疑いとなります。これは10万人当たり29.6人となります。県の委員はこれを0.03%といっています。数字の違いを問題にされているなら、「がん」と県が発表している人は甲状腺がんの手術を終わった人です。「がんの疑い」というのは細胞での検査で癌と判定され手術を待っている人です。2月7日の発表ではがんが手術で確定が33人、疑い(細胞診で判定)が41人で計74人です。新聞によっては疑いが42人(そのうち1名は良性でした)として75名としています。私は良性の1名はがんではないので除きました。「疑い」はほぼがんに近いようです。
                       「県は被曝の影響とは考えにくい」としている点ですが、確かに議論になっている問題です。県の主張は日本では初めての自覚症状なしでの調査なのでスクリーニング効果だとしています。記者会見では0.03%は想定内ギリギリではないかという見解です。事故の影響とは考えられないとする理由はチェルノブイリでは事故から4,5年経ってから増加したので、早すぎるということです。もう一つは年齢がチェルノブイリより高年齢に見られるということです。この点は検討の必要があり、修正部分に書きました。記者会見ではロシアの一部に0.03%のスクリーニング効果がみられると鈴木真一氏の説明がありました。私は次のように考えています。チェルノブイリの事故後2002年にはゴメリで14歳未満(福島より低年齢)よりではゼロになりました。調査人数は 25,446人です。もし0.03%のスクリーニング効果があるとすると7人くらいは発見されないといけないと思います。他にもチェルノブイリ事故の汚染地帯で0.03%より低いところは多く、ベラルーシでも国全体ではピークでも0.01%より低い。ほぼ福島の調査と年齢が等しい被曝時18歳未満では、2001年から2005年で女性が10万人あたり約12人、男性が10万人当たり4人です。福島県の検討委員会の主張のように被曝の影響がなしで、老年で発生する甲状腺がんを早く発見しているとすると事故の1986年と無関係に0.03%(10万人当たり30人)が、毎年発見されるはずですが、そうはなっていません。
                       この点で津田敏秀氏と異常発生でないとする鈴木真一氏の間で討論が行われ、津田氏は疫学の立場から、鈴木氏は医者の立場から議論しました。新聞報道では平行線でした。
                       以下に疫学的評価を示します。
                       有病期間は病気になってから手術するまでの期間で発見率を有病期間で割ると発生率になる。100万人に11人が平常時の発生率とすると有病期間が6年でも3.56倍の異常発生となる。
                       以上のように医者と疫学者との意見の違いがある問題です。この点補足しておくべきでした。コメントに感謝します。

                      20140226_yamadakosaku_fig01
                      (津田敏秀:科学、岩波書店2013年5月号、10月号、12月号)


                      付録B.
                      追記
                       私は編集委員の方に、講演後あるお母さんから被害者たちの詳細な症状のリストを受け取ったと書きました。それは単に気のせいといわれるかもしれません。それに対する独創的な試みが次のブログです。これは私山田の研究ではありません。詳細は次のブログをご覧ください。営利以外は自由に使用してくださいとのことです。このような研究が物性研究の議論を通じて発展すれば素晴らしいことであると思います。
                      http://ishtarist.blogspot.jp/2013/10/google.html#more 理論編
                      http://ishtarist.blogspot.jp/2013/11/google.html#more データ編 
                       タイトルは「東京電力原発事故、その恐るべき健康被害の全貌−Googleトレンドは嘘をつかない−」です。
                      2部から成っていて、理論編(pdf file 2.5M)とデータ編(pdf file 1.6M)でそれぞれ50 ページ、43ページあります。
                       データ編からお読みになった方が著者の立ち位置とGoogleトレンドのメリットとデメリットを理解できて、健康被害‐自覚症状として‐の時系列での統計データが示す事実が放射能によるものであることが視覚的にわかってもらえるのではと思います。
                       例えば、次の図で膀胱炎、口内炎、動悸、生理不順が2011年3月から増加していることが見えます。これは東京都での検索数ですが、大阪ではこのような傾向はみられません。学問的にも新しく、興味ある試みだと思います。

                      20140226_yamadakosaku_fig02

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